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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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10.楽しいお買いものです

 日々を過ごすだけの衣服は、あの古着屋で購入したもので事足りている。加えて、それなりに良い軽鎧でも装備屋で買えば、防御面は悪くはない。事実、パーティーの時はそうしていたし、ディーテ村で手を加えられなかったらそのまま使い続けていただろう。

 ならば何故冒険者向け服屋にわざわざ三回も足を運んだかと言えば。


「わはぁ……かっこいいぃ」


 傭兵の男に軽く鼻で笑われながら店内に足を踏み入れれば、広がるスタイリッシュな最新デザインの服達に、思わず感嘆の声が漏れる。

 そう、格好良いのだ。

 あるいは可愛くもある。

 戦闘や長旅に耐えうる丈夫さを備え、尚且つ見た目が鎧のように無骨ではない。後衛の魔術師なんかは、鎧ではなく魔防が施された刃をも防ぐローブだけだったりもする。

 リアにとって密かに憧れの店だった。

 話だけ、そういうところから買った服を着ている人に聞いたりして、いつかは行ってみたいと思っていた。それが今叶ったのだ。


 広い店内にはところ狭しと商品が並んでいる。体格も様々な冒険者だから、基本的にはオーダーメイドだが、少し安いものでは既成サイズも多々あるようだった。

 ほうほうと見て回ると、トルソーが着ているコートの一つに目が止まった。

 細目のシルエットに膝下まで隠れる長い丈で、深いフードがついている。色は灰みがかった紺の生地に、青と白のラインが所々入っているので地味すぎず、派手過ぎない感じだ。

 色合いに既視感を覚えたが思い出せず、出来る人っぽい形が良いなと眺めていたら、背後に気配を感じて振り返る。


「そちらはぁ、王都で人気のデザインなんですよぉ」


 間延びした高い声で、むちむちした筋肉質の女性が笑顔を貼り付けて話しかけてきた。店員なのだろうが、冒険者と名乗っても差し支えないくらい、強そう。


「はあ……」


「この色がぁ珍しくってぇ、ほらぁ、最近の人ってぇオンリーワンにこだわる人多いじゃないですかぁ。その点この商品はぁ、誰とも被んないカラーで、このラインがぁ個性を出してるんですよぉ」


「はあ……」


 最近の人って何? 色は嫌いじゃないけど、この色でオンリーワンですと言われてもあんまり心惹かれないな。


 曖昧な笑顔で返しておくと、リアの微妙な反応を汲み取った女性店員が方向性を変えてくる。


「機能性も兼ね備えててぇ、防刃、防水生地でできてるのに通気性あるんですよぉ。でもでもぉ、風を通すってことじゃなくてぇ、コート内を一定に保温してくれるのでぇ、ちょうど良い体温を保ってくれるっていうかぁ」


「ほお……」


 なんだそれすごい。仕組みはよく分からんけど、すごい。


「すっきりした見た目なんですけどぉ、趣向を凝らしててぇ、ここに隠しポケットがあったりぃ、フード被ってここまで閉めると寒さ暑さからほとんど守ってくれたりですねぇ。あとはぁ袖のここに専用ナイフが仕込めたりするんですよぉ。あ、ナイフは別売りでぇす」


「おお……」


 隠しナイフ! かっこいい!


 心動かされそうなリアに狙い撃ちをかまそうと女性店員が意気込んだ。


「これは一点限りでぇ、既成サイズなんですけどぉ、スレンダーなあなたの体格にぴったりだと思うんですぅ。可愛らしいお顔立ちだからぁちょっと大人っぽい色合いの方が女性らしさを際立たせるっていうかぁ、あなたの髪もまるで……えーとぉ……泥パック……」


 だが何故か狙い撃ちが逸れていった。


 泥パック? 美容の?


「……は、昨日してぇ、じゃなくってぇ、えー……曇り空の」


 リアの髪色を何かに例えて褒めようとしているのだろうが、上手い例えが思い浮かばない様子である。それに気付いたリアは目を泳がす女性店員におずおずと言う。


「あの、無理に例えなくてもいいですよ?」


 難しいと思う。リアのくすんだ(にび)色の髪は自分でも綺麗なものに例えることはできない。


「そのぉ、素敵な髪色にも似合うと思うんですよね」


 濁した。


「……ども」


 なんとも微妙な空気が流れて、女性店員とお互い苦い笑顔で見つめていると突然「あ!」と叫ばれて心臓が跳び跳ねた。

 びっくりして固まったリアの腕を掴み、ぐいぐいと鏡の前に連れていき立たせた。そしてテキパキとトルソーからコートを脱がし、鏡と向かい合ったリアの体の前に合わせた。


「ほら、見てみて、あなたの目の色とお揃い!」


 コートとリアの目を交互に指差し嬉しそうに女性店員は言った。気付いた興奮にキャラが崩れている。

 なるほど、と先程感じた見覚えはこれだったかと納得した。

 鏡を覗き込むと、久しぶりにじっと見つめ返す瞳が映っていた。瞳孔と虹彩の縁を灰紺色が占め、僅かに鮮やかな青が虹彩の中に散らばっている。

 リアは、自分さえ忘れていた自分の色に気付いてくれた、今は少し恥ずかしそうにしている女性店員に笑いかける。


「ありがとうございます。これ買おうと思います」


「……はぁい、ありがとうございますぅ。お会計しますのでこちらへどうぞぉ」


 コートをさっと畳んでカウンターへとリアを誘う。素を垣間見てしまった気まずさに二人とも言葉はない。

 冒険者証の提示を求められたので取り出すと、困った表情で「鉄ランクはぁ、分割できなくってぇ。ローンならぁ」と言われた。首を傾げると、見せられた金額にリアは口をキュっとつぐんだ。


 オーダーメイドの軽鎧買えちゃうじゃん……。


 まさかこれほどするとは。高ランク冒険者のステータス的な感じで、皆憧れるだけあるなぁと額を見つめる。買える額ではあるし防御面に重きを置いていこうと決めていたが、服にこれだけかけて良いのだろうか。高い買い物をしたことがないリアは不安に苛まれる。どうしたらいいか誰かに相談したい。トリムを連れてくれば良かったとどうでもいい後悔をする。

 その後、女性店員は悩み出すリアに試着を薦め、質感と着心地の良さと、刃物を突き立てても切れない防御力に納得をさせて購入を決めさせた。やはり販売のプロは違う。無論、専用ナイフも買った。


 早速ロングコートを着用し、浮き足立つ心にスキップしそうな足取りを抑えて、下見がてら教えてもらった装備屋を回る。

 小さい武器屋から、高そうな防具屋まで、冒険者の街というだけあって多種多様な店が建ち並んでいた。武器と防具が揃えられる総合武具店なんかもあった。

 武器屋は短剣や弓等、前衛職でない軽いものをメインに売っている店に目星をつける。あとは色々チラ見しつつ、服屋の女性店員に聞いたおすすめの防具屋がいいだろうと決めた。

 上手いこと進んでいる。


 宿屋に戻る道筋で、古ぼけた装備屋が目に入った。店の装いもだが、中古品販売店のようだ。長剣、ナイフ、杖、鎧に手甲、ブーツと何でもござれのある意味総合武具店。

 こういうところに意外と掘り出し物があるよなぁと軽い気持ちで覗き見る。ちらほら客もいて、貧乏冒険者からぴかぴかの鎧を着ている者まで幅が広い。なるほど考えることは皆同じか。

 雑に積み上げられた商品を見ていると、鉄製の軽そうな兜が無造作に置いてあった。




「と、いうわけで、安くて、いーい感じの兜をゲットしたんですよ」


「…………お前の短絡的な思考はよく分かった」


 トリムに買い物の結果を報告した最初の感想である。

 だいたい予定時間通りに宿屋へ戻って来れて、自信満々に買い物商品を紹介したのだ。上手くことは運び、貶される謂れはないはずなのだが。


「え、何か変ですか? ちゃんと着け心地も試したんですよ!」


 鎖骨まで保護するフルフェイスの兜を片腕で持ち、もう片方の手で中をペタペタ叩く。


「そんなものどうだっていい。何故、兜だけなんだ」


「? 兜が良いって言ったじゃないですか」


「言ったが、兜だけ持っているお前は何者なんだろうな?」


「え…………あ」


 想像してみてやっと、変なことに気付いた。

 視界が遮られたり、声や空気がこもったりすることを嫌って、街中では兜だけ外して持ち歩いている冒険者もよく見かける。あるいは、鎧だけ着て兜自体は拠点等に置いてきたりだ。

 だが、逆はない。

 兜だけ持って、鎧を着ていない者は見たことがない。


「おぅふ……言って、くれてたら……」


 そんな簡単な考えに及ばなかったことが地味にリアの精神を削る。持っていた兜を被りながらもごもごと責任転嫁をすると、


「ああ、俺が悪かった。お前の単細胞を把握していなかった、俺がな」


 平然と認めるトリム。これには逆に責め立てられているようで、リアは「傷つくからやめてぇ」と悶え苦しむ。両手を兜の前に重ね、しくしくと泣き真似をした。


「今回は失敗はないと思ったんです……」


「別に失敗というほどではない。ただお前がおかしな奴として見られるだけだ。……いや、そう思えば、元々かもしれんな。ならば特段問題視するほどのことでもなかったか。あるいは、俺が俗世の感覚と乖離している可能性を見落としているとも」


「じわじわ削るのやめてもらっていいっすか!?」


 リアは兜の中から叫ぶ。

 この兜、防御力は紙の如しだがその分軽く、薄っぺらい緩衝材は最小限で、視界は良好。暗めの灰色でシルエットは飛び出る箇所もなく、リアが抱えていても痛くならないし、コートと喧嘩しないデザインが何気に気に入っているのだ。

 これで、鎧本体もあれば万々歳なのだが、おそらくこの紙装備から見ると早々に実践退場させられたのだと思われる。だから兜だけ中古店に置いてあったのだ。


「ぴったりの見つけたと思ったんだけどなぁ」


「リアが良いのならばもうそれで構わん。異様ではあるが、わざわざ中を見ようとする輩もいないだろう。それに、まだ兜を買ってきただけマシ……これ以上変なものを持ち出される前に、ここが妥協点とも……」


 最後はぶつくさ言い聞かせるように呟く。期待値が目の前で下がっていくのが分かった。


 その後は「こんなところにポケットがあるんですよ!」とか「ここまで閉めると顔も隠れるんですよ!」とか事細かにコートの趣向を披露するリアに、抑揚のない「良かったな」としか返事をしなくなったトリムの会話が続いたのだった。

二章10話にして、やっと主人公の外見に触れることができました。

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