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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
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8.心労をかけてすいません

「えっと、じゃあ契約についての懸念って何ですか?」


 自己嫌悪が少し落ち着いたところで、その別件とやらを尋ねてみる。紛らわしい言い方だっただけで死に直結するわけではないと分かり、冷静に話を聞くことができる。ただ魔術に関することなので、理解できるかはあんまり自信がないけども。


「ああ、命楔は初めて使ったものだからな、どこまでが効力の範囲に入るのかが正直不明だ。距離であるとか、意志がどこまで絡むのか、といったことがな」


 リアはその発言に目を丸くした。トリムはたまに信じられないことを口走る。命にかかわることなのに、初トライで分からないこともあったなんて。


「そんな分かんないもん使ったんですか。怖いなー」


「俺も追い詰められていたんだ。期限内に何としても果たさねばらなん。……それで、例えばだが契約を放棄しようとしたらどうなるか……それは、分かっているか?」


 トリムは目を細め、真剣な表情で問う。

 確かに、今まであの封印の場所に辿り着けた人はいないのだから、逃すまいとよく知らない魔術を使うほど切羽詰まってたというのも理解できる。リアを逃したとして別の人が再び現れるとも限らない。

 こんな強くもないちゃらんぽらんな人物しか選択肢がなかったと思うと、不甲斐なさを感じつつも同情を禁じ得ない。悲しいかな、不出来さは自分が最も分かっている。

 あんな拒否りまくりの態度をとっていたが、リアとしては沢山助けてもらって幸運だったなと振り返る。いや、まだこれから何があるか分からないから判断はできないか。

 それはともかく。


「えーまあ心臓に誓ったくらいですから、分かってますよ。逃げたら死んじゃうかなーくらいは」


 命って言ってるしね。


 今更反故にするつもりなんて皆無だし、それほど長くもない期限もあるからあまり気にしていない。

 そんな軽いもの言いに、トリムは眉間に皺を寄せた。もう少し真剣に言うべきだったかもしれない。


「……そうか、それが分かっているのならばいい。お前は随分あっさりと契約したからな」


「結構ごねた気もしますが」


 少しの間があった。


「そうだな。記憶違いだったようだ。……ともあれ、その“逃げたら”の範囲がどこまで適用されるかが分からない。俺の心臓は遥か遠くにあり、それを基点とするか、俺を基点とするか。また距離は関係なく、逃げる意志を持った時点で適用となるのか」


 その言葉に、サライドに入る前、トリムがリアを一人で行かせたがらなかった理由に見当がついた。

 命楔の契約範囲が不明だったから、というわけだ。

 これまた驚きの内容。ギリギリの縁を歩いていたらと思うと。だが後の祭りだからもうどうしようもない。

 リアは口を尖らせて言う。


「意志の方は試しようもないですけど、そんな離れたくない理由があったなら先に言ってほしかったです。結果的に街ひとつ分くらいなら離れても大丈夫って分かりましたけど、駄目だったらどうするつもりだったんですか。二人ともお陀仏だったのでは」


「契約内容に明確な距離は設けていなかったから、突然死ぬということはない。その点は大丈夫だ。だから離れた分だけ、どのように命楔の力が働くか試してみたくもあった。単純に苦しくなるのか、物理的に止められるのか、意識に絡んでくるのか、な。どうだった?」


 しれっとした様子で聞く生首に、リアは開いた口が塞がらない。ますます、自分だけが命にかかわると騒いでいたのが馬鹿らしく思えてくる。


「また人の危険で実験してたんですか! マッドサイエンティストめ! 全く何にも感じなかったですけど!?」


「俺もだ。つまらんが、次からは安心して送り出せる。以上だ」


「以上だ、じゃ、ねえ! さっきの殊勝さはどこに消えたの!?」


 リアの叫び声に、トリムはふっと表情を崩し目を閉じる。何か弁明があるのかと思えば、何も語らず、これは無視のやつだとすぐに気付く。

 唸り声をあげて睨んでいると、しばらくしてトリムはふと目を開けた。今までのやりとりなどなかったかのように清々しい顔をしている。


「さて、次はリアの番だ。一体何をやらかしたんだ?」


「はうっ、やらかした前提」


 失態が頭を駆け巡る。


「…………長く、なりますよ」


「ああ、話せ」




 一通り告げた後だった。


「前言撤回する。安心して送り出せない。登録証を発行しに行っただけで何故、ギルドの(おさ)に喧嘩を売られる結果になるんだ」


 リアの報告に口を挟むことはしなかったが、どんどん視線が痛いものに変わっていき、話し終えた最初の苦言であった。


「どうしてでしょうね。神のみぞ知るってやつですかね」


 一方のリアは、話していたら意外と自分頑張った方じゃないかと思い直した。失言は言い逃れできないが、中々上手く誤魔化していたなと自分を褒めてやりたい。

 ギルド長の脳筋な考えなどリアが分かるはずもないし。

 トリムの厳し目な視線を直視することはできないが。


「軽く考えてはいないか? 俺達はこれからダンジョンに向かうんだぞ? お前の話によると、ギルドとダンジョンは切っても切り離せない関係性なのだろう。その、大元に目をつけられるとは……下手すれば騎士団より厄介になりかねない」


 い、言われてみれば確かに。


 トリムの言う危惧は最もである。

 一般人であるリアはやんごとなき騎士に見つかって命令でもされれば従わなければならない。しかし、高貴な騎士の絶対数はそう多くなく、権威も実力も兼ね備えているのは王都ぐらいだろう。事実、片田舎で育ったリアは、故郷で見たことのある騎士は少しくたびれたおじさんだった。あれはさすがに貴族じゃないはず。

 おそらく場所によって偏りのある騎士団とは違い、ギルドは全国各地津々浦々に存在している。出張所などという小規模なものもあるが、ほぼこの国の全域を網羅しているのではないだろうか。そしてクエストやランク、あるいは登録証など共通のシステムを利用できる広域ネットワークだ。

 王都に近いイコール、トップに近いギルドであるサライドの街のギルド長の一声でどうにかなってしまう可能性も考え得るというわけだ。そうなると逃げ場がない。具体的には考えたくない。


「だ、大丈夫ですよ。ギルド長、私に興味失ってたっぽいし。そんな、私みたいないち冒険者のことなんて、ね?」


「……そのまま失っていることを願うな」


 トリムはいつもの呆れたものとは違う、憂いのこもった溜息を吐いた。願うなんて曖昧な発言は似合わない。


 これは……ガチで気苦労をかけている。


 申し訳ない気持ちになりながらも、話しの区切りがついたのを体が読み取ったようで、食事を要求する声を上げてくる。システィアにもらったもう一人分のセットを夕飯にしようと立ち上がると、痺れた足に引きずられベッドへとダイブ。きちんとトリムからは避けた。


 干し果物を食べ終わった後に門兵のお兄さんに貰った可愛い包みを開けてみると、中にはクッキーが入っていた。頬張るとふさっと柔らかい弾力が返ってきて面白い食感に頬が緩む。ほどよい甘さにドライフルーツが入っていてとても美味しかった。

 色んな人に親切にしていそうなお兄さんだから、これもお礼の貰い物なのだろうなと思う。飴玉をあげたくらいでわざわざこんな可愛らしいお返しを買いに行くはずもないだろうし。


 食後は眠気が襲ってきたこともあり、部屋も薄暗すぎるからさっさと寝るに限る。寝ぼけ頭で話をして明日覚えていられる自信がなかったからだ。

 その前に森でねっころがってしまったので体を拭きたいなと、一階にいるはずの野生のおばちゃんを探しに行った。


「あのー、ちょっといいですかー?」


 ……静かだ。


「すいませーん、誰かいませんかー?」


 ……静かなままだ。寝ちゃったかな?


 一階通路は奥に行くほど生活感が滲み出てきていたので、足を踏み入れていいものかと少し迷う。物音が聞こえ見ていると、小さいおばちゃんの目が暗闇の中で光っているのに気付き、思わずガタッと後ずさった。


「……何?」


「お、お湯を貰えないかと」


 唸り声が聞こえ、おばちゃんは姿を消す。真っ暗だし寝ていたのを起こしてしまったかなと思いながらアクションを待った。

 しばらくしてお湯が入った桶とタオルを持ってきてくれたので慌てて受け取りに行く。下からガン見されてる気配がして、おそるおそる視線を向けるとおばちゃんの訝しげな目と合った。


「クスリ?」


「薬が何ですか?」


「あんた、クスリやってる?」


「ち、違います、ちょっと独り言が大きいだけですよ? うるさかったですよねすいません思ったことを口に出してしまうたちで」


「一千」


「え?」


「お湯、合わせて、一千、先払い」


「あ、はい」


 もう持ってきているので先払いか? とは思いつつお金を部屋から持ってきて渡す。高いな、宿泊費の三分の一だぞ。

 一人で宿泊しているのに一人の部屋で一人喋り続けているとなれば、麻薬的なものをやっていると思われてしまうのも仕方がない。焦ってつい大きい独り言と誤魔化してしまったが、その方が純粋に危ない人だったかもしれない。今更な気もするが、できるだけ声を潜めよう。

 部屋に戻って服を脱ぎ始めたところで「あ」と普通に意識してなかったトリムを見たら、何の反応もなくただ目を閉じていた。まあいっかとそのまま体を拭いていき、その後にトリムも綺麗にする。抵抗の言葉もない。

 ベッドの片隅にトリムを押しやり、さて寝ようと横になって目を閉じた。

 早目な就寝ではあるが、さっきまで眠かったはずなのに中々すぐには寝付けない。ここにはリア達以外宿泊客もいないので、ひたすらに静かである。瞼で光も遮断され自分の呼吸だけがただ響いて、暗闇に独り取り残された孤独感に苛まれる。


「トリムさん」


 ひそひそ声で呼びかけるとすぐに「何だ」と返答がある。それに安堵する。


「ちょっとおしゃべりしません?」


「……さっさと寝ろ」


 断られてしまった。

 予想はしていたことなので問題ない。ベッドの上を少しずつ移動し、自分の顔の目の前にトリムが来るよう体を横向きにした。黒髪の先っちょを片手に握って目を閉じる。


「……何、だ」


「何でもないです。おやすみなさい」


 小さな溜め息が聞こえた後に「ああ、おやすみ」と言われ、リアはそのまま眠りについた。

近付いたようで深まる溝。

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