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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
37/122

7.聞いてしまってもいいんですか

「リア、待て。お前、結界をどうしたんだ」


 立ち上がったリアは硬い声で問いかけられる。幾ばくか緊張を孕んだ空気に、思わず足を止めた。


「結界?」


「……俺を、どうやって連れ出したんだ」


 ああ、と気付いた。

 多分木の洞に張ってあった氷の壁のことだろう。


「触ったら消えましたよ」


「…………はあ?」


「えっ?」


 怒気を含んだ責めるような声に、リアはびくっとする。結界と言っていた氷の壁を軽んじた言い方が、怒らせる回答だったかと、慌てて弁明を探した。


「えと、あの、確かにちょっと抵抗を感じたので、思い切ってぐいっと押してみたんですよ。きっと、あの、懺悔の力が働いたんです」


「…………一人でか?」


「は、い? ざ、懺悔の力は私だけですけど、ほら、私たちって心臓の契約で結ばれてるじゃないですか? きっと二人の力ですよ?」


「…………あぁ、もういい」


 自分でも意味の分からない言い訳に、なんだか馬鹿にされた感じがしたが、シリアスな雰囲気が消え去ったので流しておこう。

 触ったら消えるなんて、結界だったのなら欠陥とも言えるが、壊したことに負い目を感じたので黙っておく。


「あ、そうだ」


 城門に向かおうとして思い出す。

 すっかり忘れていたが、対トリム隠しアイテムを購入していたんだった。それを、バッグからごそごそと取り出した。


「中心街で気づけば良かったんですけど、布だけじゃ信用できない門兵がいたので、とりあえず別の物を買ってきたんですよ」


 そう言ったリアの手に握られていたのは、目出し帽。


「――馬鹿、なのか?」


 直接的に侮辱される。

 泥棒とかがよく使うイメージがあるが、本来は防寒具である目と口元だけ開いたアレだ。

 兜的なものを探したがさすがに見つからず、もう閉めたいんだがねぇと追い立てるお婆さんに何とか待ってもらって探したのだ。見つけた時はこれだ! と意気込んだが冷静になってみるとやはり違ったかなとは思っていた。


「いいの、なくて……一応こんなのも買ってます」


 結局、折り畳み式のエコなお買い物バックの中に収まることになった。




 リアは閉じられた大きな門を見上げて、はあ、と息を吐く。

 走って戻ってきたものの、辺りはもう真っ暗だ。大体夕飯の時間帯になっている。


 やっぱり、遅かったかぁ。野宿、かなぁ。


 先程外に出た時は、ほぼ閉められた門の少し開いた隙間から出してもらった。今はもう完全遮断である。

 どうにか気付いてもらえないかなと上を見上げてみても、見張りの人影は確認できない。ここから見えないだけかなと試しに叫んでみようとする。


 ――ガコッ


 何かを外すような音がして、そちらに視線を向けると手の平大の四角い穴が開いているのに気付く。そのまま見ていたら、門の木目のひとつがドアのように開いた。一目で分からないような出入口になっているようだった。

 その先から背を屈めて姿を現したのは、あの一般口の門兵のお兄さんだった。


「ああ、良かった。遅いから心配してたんだよ。少ないとは言え、森にはモンスターもいるからね。忘れ物はあった?」


「お兄さん……好き」


「ん? 何か言った?」


「……いいえ。はい、ありました」


 お買い物バックを少しだけ見せた後、パタパタと小走りに小さいドアに向かって行く。「決まりだからごめんね」と言って登録証の提示を求められたが、そんなの、全然いい。


「わざわざ待っててくれたんですよね。時間外勤務なんじゃ……お兄さんいい人過ぎて、大丈夫ですか? 優しさ売りすぎですよ、ちゃんと買ってますか?」


「面白いこと言うね。もうすぐ交代だから大丈夫。よく心配してくれる人がいるけど、僕も沢山人に助けられてるから返しているだけなんだけどね。はい、ありがとう」


「こちらこそ、ありがとうございます。おかげで野宿を免れました」


 門兵のお兄さんは登録証を返す際、何かに気付いてリアの顔を除きこんだ。


「目が腫れてるけど、何かあったの?」


「えっ、あー、ちょっと、魔狼とバトっちゃっただけです」


「怪我でもしたの? 診療所の場所は分かる?」


 リアは首を左右に振り、ぶんぶんと片腕を振り回し元気をアピールする。


「そっか、女の子でも冒険者だもんね、強いんだ。要らない心配だったかな」


「いーえ、嬉しいです」


 リアがへへっと笑うと、お兄さんも笑顔を返してくれる。そして可愛らしい小さな包みを取り出し「お返し」と言ってリアに渡した。中からは甘い匂いがして、何かのお菓子だと思われる。そのお礼にまた飴玉を渡し、お兄さんに手を振って別れた。

 道の途中で髪の長いフローラルな女性とすれ違い、何となく振り返って見てみるとお兄さんの元で止まって何やら話している。

 ピンと来たリアは壁に姿を隠して、にやにやとその様子を眺める。きっと、よく心配してくれる人と言ってたやつだ。

 しばらくすると、その女性に手を引かれるようにお兄さんは連れ去られていく。多分、本当にリアが戻るのを待っていてくれただけなんだろう。彼には幸せになってほしいと切に願う。


 宿屋を探してうろうろ彷徨ったが、こんな時間なせいか大通りの宿の個室はどこも満室だった。せっかく街の中に入れたのにまさかここにきて寝る場所が確保できないとなると、酒場なんかで夜を明かさなければならなくなる。それは辛い。精神的に疲労困憊なのに。

 人の目がある場所ではトリムも話してはくれないだろうし、狭くても汚くても個室を探さなくてはと、八軒目の宿屋で肩を落とした頃。八回目のどこか空いてそうなところはないかと尋ねれば、言いにくそうな渋い顔であそこならと教えてもらう。

 その場所へ向かうと、大通りから外れに外れた一見して自宅なのか宿屋なのか分からない建物の前へと辿り着いた。リアは訝し気に建物全体を見渡す。


 うーん……あ、看板。宿屋で間違いはないのか?


 思い切ってドアを開けてみた。カウンターに灯りが一つだけで非常に薄暗い。


「あのー、泊まりたいんですけど、空いてますかー?」


 ……静かだ。


「誰かいませんかー?」


 ……静かなままだ。うん、やっていないなこれは。


 ドアを閉じようとしたところで、奥から物音が聞こえた。人の気配があったので一応待ってみていると、怖い顔をした小さいおばちゃんが離れた位置からこちらを窺っている。そこはかとなく野生感。


「……客?」


「客っす」


 唸るような声が聞こえ、よいしょっと、という掛け声の後にのっそり急ぐでもなくやってくる。カウンターの下から使い古された宿泊簿を取り出し、ペン先を舐めてチラッとリアを見上げる。


「何泊?」


「とりあえず一泊で。個室あります?」


「あるよ」


「良かった、ここ九軒目なんですよ。どこの宿屋も満杯で困ってたら」


「三千」


「え?」


「一泊、素泊まり、三千、先払い」


「あ、はい」


 お金を払い、雑談を許してくれないおばちゃんに連れられて二階に上がっていく。「ここ」と言って簡単な鍵を渡しさっさと姿を消してしまった。少し錆びた鍵を見つめ、リアはバックからピックツールをこそっと取り出し解錠を試みると、ものの五秒で開いてしまった。大丈夫かここ。

 しんとした廊下は他に三つのドアがあるが、人がいる気配が全くない。客はリア達だけなのだろう。値段設定も安すぎるし、儲けなど眼中にないヤル気のなさだ。渋い顔の理由がよく分かる。

 部屋に入り、あまり意味のない気がする鍵をかける。もう一つ、壁に取り付けられた金属の輪っかに、L字型の金属を引っかけるタイプの、トイレによくある鍵もあったのでかけておく。

 灯りをつけて見ると、一人用のベッドがひとつと、同じだけのスペースがあるだけである。まあ、話して寝るだけだし。ただ、掃除はきちんとされているようで安心する。もうそれだけで十分だ。


 リアはお買い物バックから布の包みを取り出し、ベッドの上に置く。ぐるぐる巻きにされた布を丁寧に剥がし、トリムと顔を合わせると、彼は目を開け深紅の瞳で見つめ返した。ほっとしたリアはトリムをそのままベッドの上に乗せて、自身は床に正座する。


「では、お願いします」


「……お前も座ったらどうだ」


「いえ、わたくしめはこちらで。お叱りを受けるのに、トリムさんより目線が上になるなんて恐れ多いですから」


 きりっと真面目にトリムを見上げる。リアの強い眼光を受けたトリムは、瞬きでそれを遮り、自らは視線を下げて交錯しないようにする。そのトリムにしては自信のない様子にリアは内心首を捻ったが、続く言葉でそれも吹き飛んだ。


「遅くなった事情は後ほど聞くが、俺は怒ってなどいない。勘違いをさせてしまったことは悪かったと思っている。魔狼についても、助けるのが寸前になってしまった。すまない」


「……え? へ、勘違い? え?」


 謝られた……?


 勘違いという単語が気になったが、それよりも言いようのない不安に襲われる。さっきまでいつも通りだったのに突然殊勝に謝られるなど、まるで、――頑固な近所のお爺ちゃんが死ぬ間際に優しくなった過去の記憶が蘇る。

 リアはばっと膝立ちになってトリムの両頬に掴みかかった。柔らかい、温かい、息もしている、さっきとは違う。目を伏せていたトリムはその行動に息を呑んだ。


「な、んだ……近、い」


「死なないですよね? また動かなくなったりしないですよね?」


「……しないから、とりあえず放せ」


「ほんと、に?」


「ああ、本当だ。頼むから放してくれ」


「……はい」


 そう言われて大人しく手を放し、座り直すリア。トリムへの信用と不安がせめぎ合っている。

 リアのせいで髪が乱れてしまったので、手を伸ばして黒髪を整える。それを一瞥し、トリムは再び口を開いた。


「まずは、勘違いを正そう。昼に言った、命にかかわる話、というのは今回とは別件だ」


「?」


 別件? 何が本件?


「命にかかわるというのは、命楔、つまり俺達の契約について細かな部分の懸念があったから、それについて再認識をすべきだと思った。重要なことではあるが、即生死に繋がるものではない」


「は、はあ」


 それが別件? 命にかかわる、重要なこと。まあ確かにそうだ。


「そして、森で結界を張り、抵抗を無くしたことについては……命楔とは関係なく、意図的なものだ」


「……え?」


 関係ない? 命にはかかわらないということ?


 トリムが何かの意図をもってあの行為に及んだ。それについて、自分で命を危険に晒したりしない。それは、そうだろう。

 あの彫刻のような状態は、リアが不安視するようなことではない、ということだ。


 そっか、良かった。


 ほぅ、と力が抜けた。


「危険が迫れば、反応があるようにはしたが……それ以外は完全に外界と遮断していた。それで、あれほど近くにいたにも拘らず、お前を危険に晒した。俺の落ち度だ」


 ぼーっと話を聞いていると、トリムはとても反省しているようである。珍しすぎて不思議な気持ちになる。

 いつも何もかも把握したうえで、先回りして動くトリムが、今回は違う。反省するような、安易な行動を選ぶ人ではないはずなのに。


「なんで、ですか?」


 そんな疑問が浮かぶのは当然のことだった。


「なんでそんなこと、してたんですか?」


 口に出してから、少しだけ後悔した。僅かに苦い顔をしていたから、多分、この質問にトリムは答えてくれないだろう。


 リア達はお互いのことをよく知らない。二人とも過去について自分から話すことをしない。リアは自分自身のことを話したくなかったからだし、そして、おそらくトリムもそうなのだろう。

 だから、首だけしかない、体が散らばった、彼の異状さについても触れないでいる。

 彼が自分から語らないことについては、あまり触れないようにしていたのだ。

 命の恩人であり、信頼もしている。半年間という期間しかないが、全身全霊で協力しようと決めている。それで十分だと思っている。

 トリムの過去については、知らないままでいい。

 今のトリムを知っていれば、それでいい。

 こんな短い間にも、彼は嘘を吐かない人だと分かった。必要でないことがあれば、嘘で偽らず、何も語らないのだと分かった。

 だから、この質問も流されるだろう。それを追及するつもりもない。


「……………………休んで、いた」


 長い静寂の後、リアが切り出す前にそう言ったトリムに、密かに驚いた。

 てっきり黙ったまま終わると思っていたから、これは聞いていいことだったのかと、安堵した。


「なんだ、じゃあ私が最初に言った寝てるってあながち間違いじゃなかったんですね。疲れてたんですか?」


 ずっと索敵の魔術を使っているのだろうし、リアみたいに気を抜いたりすることもないのだろう。リアの何倍も働き続けているのは想像に難くない。


「そうではないが……守るべき、リアもいない、からな。戻らないと思っていた……今日は」


 リアは目を丸くして、苦笑した。もしかして戻らない方がトリムはもっと休めたのではないかと思うが、それはそれですぐ帰ってくるという自分の言葉の信憑性が露と消える。どちらが良かったのか、よく分からない。


「えー、やだなぁ、さすがにそこまで薄情じゃないですよ」


「そうだな……悪い」


「そんなに謝らないでください。元はと言えば私が遅かったせいですから。じゃあ、私一人で勘違いして騒いじゃってたんですね……うわぁ恥ずかしい」


 謝るトリムにどうにも居た堪れなくなって、両手を頬に当てて俯いた。トリムと出会う前はもう少し落ち着いていたような気がするのに、ダンジョンの爆発と一緒に感情の調整ネジがぶっ飛んでしまったのではなかろうか。今回は特に酷かったが、ちょうどトラウマを的確に狙ってきたのが悪いのだ。

完全に書き損ねてましたが、リアのバックはボディバッグをイメージしてます。ぴったり背中につく斜めのアレです。

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