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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
35/122

5.化けの皮がはがれました

「セリーナさん……助けて……」


 ほろほろと涙を流すリアの消え入るような小声に気づいたセリーナは驚き、そして躊躇いなく部屋に入って傍に歩み寄る。リアの頭に優しく触れ、自身の胸に軽く押し付けた。その温かさと柔らかさに安堵し、さらに瞳から雫が溢れ出す。

 気張ってこの場に臨んでいたのに、訳の分からない窮地に立たされ、巨体に迫られ身の危険を感じて、正直とても怖かった。


「一体どうしたの? 統括長にいじめられたの?」


「……え、いや私は」


 リアの突然の変貌に呆気に取られていたアークは我に返って否定しようとしたが、それはギルド長に遮られる。この短時間だけでもギルド長から遮られまくりな雑な扱いで、普段の苦労が窺えた。


「なんだ? お前、ネコでも被ってんのか。さっきまでの威勢の良さはどうした?」


 ギルド長に呼びかけられて、リアはびくっと身を竦める。

 一度崩れた虚勢を立て直すには手遅れで、このふかふかした柔らかさから離れなければならない。それは無理な話しだ。

 今の言葉にリアを泣かせたのはギルド長だと把握したセリーナは、小さい溜息を吐いてギルド長に向き直る。


「ギルド長、また冒険者に無理難題を突き付けたのですか? 彼女は大切な仲間を失ったばかりで、ひどく傷ついているのですから、お子さんほど歳の離れたリアさんを泣かせるような言動はやめていただきたいです」


 上司に、というか組織のトップにも毅然とした態度で話すセリーナが頼もしすぎる。だがこんな常識外れのギルド長に盾突いて大丈夫だろうか。

 懸念通りギルド長は不機嫌そうに片眉を上げてセリーナを見下す。


「んだぁ? 一介の受付が随分な物言いだなぁ? 冒険者なんだから、隠れてねえで正々堂々と戦えって当然のことだろう」


 温度の下がったギルド長の低い声にリアがセリーナの服をぎゅっと掴む。暴力上司がセリーナに手を上げたら許さない、と幾分か乾いてきた瞳で睨んだ。

 しかしセリーナは全く怯える様子はなく、それどころか目を丸くして瞬きを繰り返した。


「はい? リアさんと、ギルド長がですか?」


「おうよ」


「どうして、そのようなことに……?」


 訝し気な声に、リアはなんだか変な空気の流れを感じて顔を上げた。それに気づいたセリーナもギルド長からリアに視線を移したので、ちらっと見た後、無茶振りを説明してみる。


「私がまだ言ってないことがあるって言いがかりをつけて……私が負けたら話せって……」


「は?」


 その回答に疑問を浮かべたままのセリーナが、今度はアークに問う視線を投げかけると、彼は頷いた。


「追加報酬の額を呑まれなかったのですか?」


「いや、提示すらしていないな」


「……リアさんの情報が当初の報酬に見合っていなかったと?」


「とんでもない、十分すぎるほどだ」


「なら、何故……」


 言いかけてセリーナは何かに気づき、ギルド長を鋭い眼で見上げる。

 その視線に不機嫌なギルド長はふんと鼻息を荒げ、「小せえことはいいんだよ」と腕を組んで呟いた。リアだけが訳が分からず疑問符が沢山頭に浮かぶ。

 セリーナはリアに向き直ると、両手を両肩に乗せて真面目な表情で言った。


「リアさん、正当な取引を成していないのだから、無理に話す必要はないのよ」


「……え?」


 どういうこと?


「ギルド長のおっしゃる、戦って負けたら話せ、なんて戯言、無視していいわ」


「おいおい」


「そう、なんですか?」


 セリーナはギルド長の呼び掛けなど聞こえていないように、これっぽっちも注意を払わず頷く。


「ええ、騎士団の聴取とは違うの。向こうでは全て話せと脅されたかもしれないけれど、ギルドと冒険者の関係は対等なの。だから、報酬に見合うと思った情報だけ話してくれればいいし、どちらかに過不足があるのなら、それは交渉次第で金額を釣り上げたり、追加情報を求めたりするものなのよ。外では暴力で吐かせようとする輩もいるけど、私達ギルドは、違うわ」


 最後の言葉の後、セリーナはギルド長を見た。「だから、俺は正々堂々……」と何か言っていたが言葉尻は聞こえなかった。


 あ、なるほど。だからアークさんあんなに下手(したて)だったんだ。


 焦りのあまりなんとか誤魔化す方法ばかり考えていたリアは、目から鱗が落ちた。

 ギルド長とか統括長とかナントカ長がついていると、一応自分もギルドに所属しているから偉い人には従わなくてはならないと思っていた。実際は喧嘩を売ったりしたが。

 そうではないのか。突っぱねても良かったのか。


「……勉強になりました」


「まだ浅いんだもの、知らなかったのも無理はないわ。私が先に教えておけば良かったわね。だから、ギルド長の主張はもってのほかだから、気にしないでいいのよ。さ、精算があるから行きましょ」


 新人冒険者に優しく教えてくれる女神に促されて、リア達は部屋を後にする。しようとした。だがそれをまだ阻む巨悪。そして守護する女神。


「いやいや、待てや。俺の話は終わっちゃいねえよ」


「ギルド長、無理強いはギルドの沽券にかかわりますよ? 騎士団のように強制されるおつもりですか」


「ちっげーよ一緒にすんな。そうじゃねえ、この際内容じゃなくてだな、お前だよ。お前のその態度はどういうつもりなんだ?」


「態度? ギルド長が怖がらせるから怯えてしまっているのでは?」


 セリーナは首を傾げる。

 指をさされ、化けの皮が剥がれてさすがに自分でも差が激しいなと思っていたリアは、真実をばらしてしまうことに決める。だってもう無理に話さなくていいと分かったし、装うのは疲れる。


「あー、あの……すいません、こっちが素です」


「はあ?」


 ギルド長が眉根を潜めてじろじろとリアを眺めたので、偽っていた仮面に後ろめたさを感じたリアはすっと視線を逸らしてセリーナの陰に隠れた。

 しばらく視線に耐えていると、「あ゛ー」と一人呻いたギルド長は後頭部をぼりぼりと掻き、眉間に皺を寄せ何も言わず部屋を出ていってしまった。

 そのまま戻ってくる気配がなかったのでリアは唖然とした。自由行動過ぎで、思考回路が理解できない。現れた時と同じく、突然発生し過ぎ去る嵐のような人物だった。


「ごめんなさいね」


「……はっ、大丈夫です。それよりセリーナさんこそギルド長にあんなに言っちゃって大丈夫ですか? 後で怒られたり、お給料減らされたりしませんか?」


「ふふ、大丈夫よ。ギルド長は権力を振りかざしたりしないから。気に入らなければ、その場で、物理で来るわ」


「それは……それで……」


 言葉まんまの意味で、パワーハラスメントなのでは?


 呆れてものが言えないリアの語りすぎる視線に、セリーナは困ったように肩を竦める。ギルド内でも周知されていそうなギルド長の言動のようだ。また冒険者に無理難題、と言っていたし恒常的な日常茶飯事なのだろう。


「暴力的な冒険者に対してはとても効果的なのだけどね。ところで、態度がどうとか言っていたけれど?」


 セリーナはギルド長の言葉について尋ねてきたので、リアは少しだけ気まずい気持ちで笑う。


「何聞かれるか分からなくてびくびくしてたんで、ちょっと無理して丁寧に対応してたんです。慣れないことはするもんじゃないですね」


 「そうなの」とセリーナは微笑み、実際のリアの変貌を見ていないので納得してくれた。リアを連れだって廊下に出て、ドアの前で統括長に一礼すると先導する。

 続いて行こうとしたリアも声をかけておいた方がいいかと思いアークを見ると、彼の傾いた眼鏡の奥には何とも言えない微妙な表情があった。


「……先程までの、君は……?」


「すいません統括長さん変にネコ被ったりして。あとさっき庇ってもらってありがとうございました。私こんなんですけど、一応お話ししたことは嘘じゃないです」


 トリムさんのくだり以外は。というかそれすらも必要なかったな。


「ん゛んん、いや、こちらこそ時間をとらせたね」


 何故か咳ばらいをして、眼鏡をかけ直して最初に見た落ち着いた様子に幾分か親しみやすさを足してアークは片手を上げた。それに手を振られたと思ったリアは軽く振り返して、セリーナの後を駆け足で追う。

 それからカウンターに戻り、どの核がどれだけだったのかと丁寧に解説をされながら情報料も含めた報酬の支払いを終える。そして待ちに待った三角形の個人登録証を手に入れ、リアは冒険者ギルドを後にした。




 重い扉に体重を乗せて開け、空を見るとすでに夕焼けで真っ赤に染まっており、対照的にリアの表情は青くなる。ギルドで個人登録をするだけなのに、想定を遥かに超えた時間が経過してしまっている。


 まずいぞまずいぞ。トリムさん怒ってるかな。


 乗合馬車まで走ったが、中心部から離れるほど住宅街は多くなるので帰宅ラッシュにはまり中々乗り込めそうにない。そわそわして順番を待ち、ぎゅうぎゅうに詰め込まれながら中心部から離れて行く。通り過ぎる市場からは夕飯の一品を狙った香ばしい肉の匂いが漂い、リアのお腹も空腹を訴える。

 門に近付き、馬車の可動範囲が終わると、あちこちで夕飯の準備が漂う簡素な住宅街に辿り着く。どちらかというと裕福ではない地域であろう。街の中心付近にあった大店より見劣りする小さい個人商店を横目に走り出そうとした。

 そこではたと気づいた。

 果たしてあの怪しい布の包みを門兵は見逃してくれるだろうか。

 登録証があるので基本的には検められないが、あくまで基本的にがつく。あの半音上がった「んー?」男は正直信用できない。となると、やはり一目で分かる何かに入れておいたほうが安心だ。

 徐々に薄暗くなっていく景色に焦りが募るリアの瞳に、よぼよぼのお婆さんが趣味でしているような小さな店が映る。そして店をたたんでいるお婆さんに駆け寄った。




 東第一門(と、いうらしい)のお兄さんに「忘れ物ー」と言って街の外へと出してもらった。中から外への通行は制限はなかったはずでは? と疑問を口にしたら、常時開放の朝昼と違って夜間は門扉を閉めるらしい。入門も基本的にはしていないということで、益々急いで迎えに行って戻らなければ閉め出されてしまう。


 朱色は完全に消え、刻々と夜の闇が迫ってきている。

 そんな中、森へと足を踏み入れるのはそれなりに勇気が要る。不気味な静けさが占める、先の見えない木々に遮られた視界は、モンスターが息を潜めていてもおかしくはない。

 そういえば結局武器も買えていないリアは、自分の身を守る術が全くないことにやっと気付いた。遅すぎてどうしようもないので、大至急トリムと合流しなければかなり危うい。

 さくさく森を歩いていると、大きめの木の前に引っ張って持ってきた倒木を見つける。薄暗いので遠目には分からなかったが、近づくにつれ確信を持つ。


「お待たせしてすいませーん!」


 倒木を引きずり、木の洞の中にいるはずのトリムへと謝った。

ギルドはわちゃわちゃしてました。

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