4.大ピンチです!
開かれたドアをくぐって目の前に現れた男性を、その巨体にリアは呆気に取られて見上げた。
焦げ茶色の短い髪とそれより幾分か濃い瞳は、野性的に輝いていて力強さに怯みそうになる。熊と表現するに申し分ない肉体は縦にも横にも大きく、筋骨粒々として鍛え抜かれていることが一目で分かった。顔に刻み込まれた皺と傷痕はその分だけ壮絶な人生を歩んできたことが見てとれるが、三十台にも見える若々しさにまだまだ現役で先頭を走っていそうな雰囲気を感じさせた。
ノックもなしに失礼な、と思うと同時に、リアは自身が獲物として捉えられた錯覚を抱く。錯覚、そう思いたい。
「……ギルド長、どうされました?」
ひえぇ、トップ出てきた。
アークの呼び掛けに、ギルド長は彼を一瞥しただけで答えず、リアの姿を頭のてっぺんから足先まで観察する。
その不躾な視線に、リアは怯えつつも負けじと睨み返す。ギリギリお客様対応の笑顔の盾で防いでいる。絶妙な表情だ。
「お前が、ダンジョンから生還した冒険者か?」
ギルド長の酒やけした低い声は、見た目に負けず劣らず迫力があった。
「はい」
「本当か?」
即座に疑ってきたギルド長に、リアは首を傾げる。嘘などではないし、先程ギルドでも確認がとれたとアークが言っていたのに。
その疑問に答えるように、アークが慌ててギルド長に向かって説明する。
「ギルド長、クエスト受注とディーテ村の報告から彼女がゼスティーヴァに挑んだ確認は取れています」
「その報告を信じれば、だろう? この女と村がグルになって俺達を騙くらかしているかもしれんだろ。現に、今その村とは連絡が取れていないんだ」
はぁ……? こいつ、何言ってんの?
言うに事欠いて私と、憎いあの村が、グル?
突然部屋に現れ、じろじろと全身をなめ回され、さらには意味の分からない言いがかりに、沸々と怒りが沸く。
笑顔を消したリアと失礼な物言いのギルド長に挟まれて、アークは冷や汗を浮かべながら、リアを背にする。
「連絡は、確かにそうですが……そもそも必要性が感じられません」
ギルド長はアークの言葉に片眉を上げ、視線を逸らして考える素振りを見せた後、思い付いたように言う。
「あー、それは情報料をふんだくるためじゃないのか? ダンジョンに行ったっつって適当な話をして、ギルドから金を得ようと考えたんだろ」
頭から疑った失礼すぎる発言に、熊男の威圧感よりむかっ腹が勝ったリアは、睨んだまま一歩踏み出す。
その情報料を顔面に叩きつけてやろうかと思った。まだ貰ってないけど。
そんなリアを遮ったのは、初めはあんなに怖かったアークだ。
「……ギルド長、さすがに無理があります。彼女は勇者に選ばれた素性に問題ない人物ですよ? ディーテ村の代表と連絡がとれないのは事実ですが、騎士団から我々に連絡があればすぐに分かることです。今回のように情報遮断された状態のギルドと騎士団の関係を彼女が把握していたとは思えませんし、些細な情報料のために、彼女がそのリスクに対しこれほど回りくどい手段をとるというのは、割りに合わないと考えられます。それどころか、彼女が持ち込んだ核はダンジョン高層にふさわしい程の球体で、情報料より遥かに高額です。微々たる金の為に我々の申し出を待つなど実現性が明確でなく、また彼女がゼスティーヴァから生還したことについても疑いようはなく、そもそもダンジョンの成功報告でもない内容に彼女自身が価値を持たせる必要性はないものと思われますが」
流暢に早口で庇ってくれるアークに、リアは驚いた。
核そんな高いんだ……じゃなくて、よく分かんないけど、いい人じゃんアークさん!
一方、次々と述べられる弁護に徐々に眉間の皺が深くなるギルド長は、アークが言葉を切ったと同時に叫んだ。
「だぁー! お前は何でも理詰めりゃいいと思ってんな!」
「いえ、事実を……まだ彼女の報告内容が偽りであるという主張の方が理解でき、あ、いえ、君が嘘を吐いていると言いたいわけでなく、私は疑っていな」
「んなこたどうだっていい」
話しが逸れ言い募ろうとするアークを制し、ギルド長は握った拳から太い人差し指を伸ばす。指の腹を上に向けたままアークを指して、それから彼の背後に立つリアに移し、低い声でゆっくりと言う。
「俺が言いたいのはだな、お前、あのダンジョンから生きて戻れるほど強いのか、ってことだ」
その言葉にリアは息を飲んだ。
アークは何を言っているか分からないという風にギルド長を見上げた。何を当然な、とでも思っているのだろう。
リアの今までの話はある前提の上に成り立っている。
それは、ダンジョンの高層で生き残れる程の、強さ。
その強さに、より信憑性を持たせる為にリアはこれほど取り繕っているのだ。アークの評価についてもやんわりと否定はしてみせたが、他者から見れば謙遜しただけに思えるだろう。
乗り切れると思っていた。
事実が目の前にあるのに、リア自身の強さに証明を求められることなど、普通はないのだから。
だが目の前の熊男は、普通ではないんだろう。
そしてリアは、追及されれば、はぐらかさないといけない。方向性は同じままに、幾分か心を落ち着けてギルド長に言う。
「私は、強くなどありませんよ。ですから、引き返したのです」
ギルド長は口の端を上げて、はんっと笑う。
「ああ……本当に強い者でも、そう言う。自分を完全に把握しているから、生死の境界線を見極めることができる。そして、むやみやたらに力を誇示しない。確かに、当てはまる。……魔術具越しのお前の言葉では分からなかった。だから、俺は自分の目で確認しに来たんだ」
あの魔術具の先にはギルド長もいたということか。
盗み聞きのような印象に不信感が育つ。言葉の先は正直聞きたくはないが、とりあえず聞くしかない。
「……それで、いかがでした?」
「疑わしいな。強い者は立ち振舞いで分かる。だがお前はそこらの冒険者と同じだ。生き残れるとは、到底思えない。……お前が本性を隠していない限りは」
心臓が早鐘のように打つ。
このギルド長という男は、論理的思考より自分の本能を信じるタイプのようだ。さらにくそ面倒なことに、戦うまでもなく相手の力量を見極める目を持つ。
アークがきちんと説明してくれているのに、あれで納得しないんじゃ、リアから事実だと告げても無駄なことだろう。
トップに目をつけられるなんて、運、悪すぎー。
「運が、良かったんですよ。私自身は強くありませんから」
「運だけじゃ生き残れないのが、あのダンジョンだ。ゼスティーヴァはダンジョンの中でも生還率の低さが折り紙つきだ。俺でさえ、半分も行かず諦めて戻ったんだからな。……まあ何十年も昔だが!」
最後に言い訳っぽく追加した。実力主義のギルドで、弱いことは恥だと思っているのだろう。どうでもいい。
経験者かよ……超厄介。
リアは息を細く長く吐きながら考えた。まぶたを閉じる。
事実は聞いてくれない。ならどうすれば話を逸らせるか。うやむやにできるか。
顔を上げてギルド長を捉えたリアの瞳は、覚悟が宿っていた。
よし、喧嘩を売ろう。
「生還率が低いのは、ディーテ村の謀略のせいではございませんか? それがいつからなのかは存じませんが、亡くなった方は数え切れないほどいるのでしょう? ゼスティーヴァの難易度の高さに気をとられているようですが、事実、それほど強くはない私は帰ってこれておりますよ? ギルドがただ村の企みに気づけなかっただけで、本来であればすでに攻略者が出てもおかしくない難易度だったとは考えられませんか? 先程から私を責めているような口振りですが、異常を通常と誤認し放置した、ギルドの職務怠慢とは思わなかったのでしょうね」
つまり、ダンジョンの難易度は大したことないし、調査をしなかったギルドのトップであるあんたの思い込みをこっちのせいにすんな、と丁寧に言っている。
アークはリアの笑顔で責め立てる様子に固まり、ギルド長はリアに負けじとにやりと笑った。
「いいや、それは俺の落ち度だ。確かにな、俺は報告書だけしか読んでなかった。確かめなかった俺のミスだ。だからな、まあ正直なところ好奇心がほとんどだったが、確認しにきたんだよ、お前をな」
「今さら、私を確認しに来たところで何か変わるとも思えませんが? 申し上げた通り、私は特別強くありませんが、人一倍悪運は強いのです。悪運だけは、ずっと」
責任の所在を匂わせつつなんとか誤魔化そうと試みたが、反応したのはアークだけだった。頭に血が上ってでもくれれば、身の危険を感じたと言って逃げられるかもしれないと思ったのに。脳筋の熊男のくせに、嫌に冷静さは持っている。やはりただ強いだけの馬鹿じゃギルド長という席は務まらないか。
「悪運なあ? ……はっ! やっぱり、自分の目で見ることは必要だ。報告だけじゃ分からねえ。……お前、何を誤魔化している?」
ギルド長の瞳は、肉食獣が獲物を前にしたような、逃げることを許さない眼光があった。比べてみれば、目つきの悪いアークなど可愛く思えてくる。
誤魔化していることを見抜かれ、相変わらず激しく暴れ回る心臓の音を無視して、リアは言葉を絞り出す。
「……本当のことしか言っておりません」
「ああ、本当のことかもな。だが、言ってねえことがあるだろう?」
なんで分かるの……野生のカン怖すぎる。
「これ以上、私から申し上げられることはありません」
「はんっ、つまり伏せていることがあるんだな?」
嫌なところを突いてくる……意地悪い性格してんだろうな。
「私の話しは全て聞いていたのでは? 判断は、そちらにお任せしますので」
「違えよ、俺は言葉遊びをしてんじゃねえ」
濁させてよ……絶対空気読まないタイプだ。
「信じてくださらない方に、何を言っても無意味でしょう?」
「だからな、ちっ、俺はこういうの苦手だっつってんだろ。めんどくせえな! 表出ろや、それではっきりする。強くなければ生き残れない。弱ければ隠してることを洗いざらい吐いてもらおうか」
苦手そうだとは思ったが、苦手だとは言っていないギルド長の突然の表出ろ発言に、リアは最初言っていることが理解できなかった。よくよく噛み砕いてみれば、リアとギルド長が直接対決をして、結果で真実を話せという、リアにとっては負け一戦の買った時点でアウトな喧嘩を売っているのだった。
このギルド長ただ強いだけの馬鹿じゃないの!?
「ギルド長! それはあまりにも」
リアとギルド長の攻防を固まって聞いていたアークが、流石に突飛な話の方向性に行ったことに気付き、ギルド長を止めようとした。しかしアークの顔面は巨大な手の平で押し退けられ、眼鏡が飛ぶ。
「うるせえ、黙ってろ。冒険者なんだから力で決着つけて当然だろ」
無茶振り! 瞬殺される!
自分から売った喧嘩はスルーされ、思わぬ事態へと発展してしまい、もうどうしたらいいのか分からない。ガンガンぶつけられる殺気のような威圧感に泣きそうになってきた。でかいし怖いし、簡単に捻り潰される未来しか見えず、ヘビに睨まれたカエルの気持ちを体感。
この人、絶対普通じゃない。
冷や汗が背中を伝う。ギラギラと楽しそうな眼光だけでリアを殺しにかかってきており、戦闘狂なのは間違いない。
違う方向に動悸が止まらないリアは、ギルド長からじりじりと距離をとる。
逃げ道であるドアは巨体に塞がれているので、天井は高いが二階くらいならなんとか飛び降りて逃げられるのではないかと窓に視線をやった。
「おお? 中庭か、いいぜ。十分な広さだ」
ちがあああぁぁぁう!! ヤル気になんないで!!
「彼女は貴重な情報源なんですよ!」
眼鏡をかけ直して起き上がったアークが叫ぶ。
心臓が! 破裂! しそう!
混乱状態に陥った部屋を静かな目で眺めていた帯剣した男性が、ふとギルド長の背後に視線を向ける。そこには柔らかなシルエットの女性が困惑の表情で佇んでいた。
「ギルド長、どうされたのですか? 統括長に呼ばれて参りましたが……何か問題でも?」
その声と姿を見て、リアの目からは涙が噴き出した。




