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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
二章 上半身と光の勇者と目の上のたんこぶ
32/122

2.うっかりしすぎです

 街に入るだけですでに結構な時間が費やされていた。

 リアは駆け足でギルドへと向かうが、サライドは広い街であり、ギルドは中心部に位置するので割とすぐに歩き始める。途中、街中を移動する乗合馬車の停留所を見つけたので乗ることにした。

 外壁近くは住宅街があり、中心部に向かうにつれ賑わいがある街並みになっていく。見覚えのある市場を通り過ぎる時は、元パーティの仲間達と食い歩きした記憶が蘇り視線を上に逸らす。仰ぎ見た建物群の向こう側に一際大きく堅牢な石造りの建物が見えた。


 馬車から降りると、目の前に目的の冒険者ギルド、道を挟んで反対側に商人ギルドの建物がある。冒険者ギルドの無骨な石造りに対し、商人ギルドは彫刻や噴水があったりと優雅な雰囲気だ。初めて訪れる者も間違いようがない様子に苦笑いする。


 リアが冒険者ギルドの重い扉を押し開けて中に入ると、昼過ぎの夕方前という中途半端な時間帯の為か人はまばらだった。

 広いフロアには何十枚もの掲示板が立てられ、比較的難易度の低いクエストや雑用に近いものはそちらに掲載されており、討伐依頼やダンジョン挑戦等の成功報酬が高く危険があるものは柱や壁に大きく貼られている。

 リアは掲示板の反対側にあるカウンターに向かうと、十人いる受付の人の顔を確かめた。そして、ちょうど前の冒険者の対応が終わって空いた女性の受付へと駆け寄る。


「こんにちはセリーナさん。次いいですか?」


 呼ばれた褐色の肌の女性は、クリーム色の髪を揺らしてリアを見つめた。そしてきつい目を細ませて顔を綻ばせる。


「あら、リアさん。もちろんよ、クエストの報告かしら?」


 リアは覚えていてもらったことに安堵し、カウンターの椅子に座った。


「はい、それと、核の精算と、パーティの解散と、個人登録証の発行をお願いします」


 セリーナはリアの背後に彷徨わせていた視線をぴたと止め、笑顔を消して神妙な顔でリアをじっと見つめる。


「……皆は?」


「えっと、生き残ったのは……私だけで……」


 リアはそれ以上言葉が続けられず、奥歯を噛みしめて俯いた。セリーナが「そっか」と言ってリアの頭をポンポンと軽く叩く。

 セリーナはリアが冒険者ギルドに登録する際に色々と親切に教えてくれた人だ。元パーティの仲間達とも面識がある。


「危険な旅路だものね、残念だわ。君たちが出発する前にもう一度会えれば良かったけれど……リアさんが生き残れたことだけでも幸い。自分を責めないでね」


「ん……ありがとうございます」


「それで、冒険者は続けるのね? もし……自暴自棄になっているのなら、登録証は発行できないわよ」


 セリーナの鋭い瞳の中には慈しみがあることをリアは知っている。事務的な対応をすべきギルドの受付の職務で、彼女はとても親身にしてくれている。リアは困った笑顔で答える。


「違いますよ。生にはしがみつきまくってますから大丈夫です。ちょっと……えーと、助けてくれた人がいて、その人に協力するんです。また旅をしなければいけないので、登録証作っておこうかと思ったんですよ」


「……そうなの、その人に感謝ね。一緒には来ていないの?」


「はい。外で待ってます」


 セリーナは納得してくれたようで、モンスター討伐の精算から手続きを始めると言って核の提出を求められた。担当の人が奥の部屋からやってきて、鑑定のために持ち去っていった。


「リアさんの登録証はすぐ作れるけれど、パーティーの解散は……皆の登録証か死亡事実が分かる物が必要なの」


「……これしか」


 リアはバックの中に入れてあった勇者の服の切れ端を取り出す。丁寧に折りたたんで別の布にくるんでおいた。布を広げてみせるが、セリーナは首を左右に振る。


「これだけでは証明にならないから、行方不明扱いになるわ。リアさんはパーティ脱退ということになるけど、了承してね」


「そですか、私は別に構いません。パーティ自体はずっと残るんですか?」


「最後の受注から三年、どこのギルドにも報告が入らなければその時にパーティ消滅になるの。登録証も同じ。名前は……リストに載るわ」


 ギルドの死亡者リストというものがあるのだろう。詳しい生い立ちは知らない仲間達の生きた証が残るのは悪いものではないなとリアは僅かに微笑んだ。


「リアさんたちは勇者パーティでもあったんでしょう? そちらの方は分からないけれど、王都に報告に戻らなくていいの?」


「あー、最低でも半年に一回定期報告を上げないといけないんですが、まだ期限は先なのでとりあえず後回しでいいかなと。私が生きているのに戻るのは許されない気がしますし」


「……そう、厳しいのね。自分達は安全圏で無理強いを課すんだから、権力者は嫌いよ…………ま、それはともかく、最後になってしまったけれどクエストの内容は何だったのかしら? 君たちのパーティランクは高かったからクエストの難易度を見直さなくてはいけないかもしれないわ」


 勇者パーティとは、ギルドの冒険者パーティとは異なる肩書きであり、魔王討伐が最終目標にある。リアは途中参加だったが、仲間達は元々ギルドに登録済のパーティで実績もあった。

 ギルドのパーティはランク付けされ、クエストの難易度については推奨ランクが記載されている。セリーナが言ったのは、上から二番目にあたるランクだったリア達が、命を失うほどの危険性があったということで、クエスト難易度の見直しが必要ということだろう。


「ゼ……なんでしたっけ、あの、金ぴかの」


「金ぴかの? ゼアス鉱山の救援依頼かしら。坑夫の救助は終わったと報告だけはきていたけれど」


「いえ、ダンジョンの方です」


 セリーナは一瞬固まり、そしてカウンター越しに勢いよくリアに掴みかかった。驚きと、豊満な二つの丘が眼前で揺れたことに戸惑う。


「ダンジョン? ゼスティーヴァ?」


「ほ、あぅ……多分」


 聞かれたことが頭を一周回ってそう答えた。

 セリーナは「確かに、それなら」と呟いてリアから離れた。真剣な眼差しに焦りを灯し、リアにここで待っているよう告げて奥の部屋へと走って行った。

 

 リアは今更になってかなりまずいことを口走ったことに気づいた。


 クエストは大きく二つに分けられる。受注制限があるものとないものだ。

 個人の小さな依頼や人数に制限を設けているものは、確実な依頼達成あるいは失敗の結果をもってクエスト終了となるので、受注制限がある。

 一方、期限も人数制限もなく受けたい冒険者の数だけ受けれるものが後者である。筆頭にダンジョン攻略やモンスター討伐といった、危険性の高いものや終わりを設けられないものだ。モンスターの討伐となると最悪クエスト受注していなくても核の提出があれば報酬は貰える。


 今回のダンジョン攻略クエストはボスの核が入手できなかったのでリアとしては失敗という形に終わった。そして受注制限のないクエストは、失敗の報告を必須としていない。報告やあるいは照会をしなければ、何のクエストを受けたか等そうそう分からない。現に、ダンジョン攻略クエストを受注した際の受付は別の人だったので、セリーナは知らないでいた。


 椅子に座って動けないまま、血の気が引いていく。


 トリムはギルドに行くことを否定していない。それは今までの口振りからもギルドやクエストに関して詳しくないからだろうし、リアも登録証の発行についてしか言っていないので、ダンジョン攻略にギルドでクエストの受注が必要であったことを知らないと思われる。だから強くは止めなかったはずだ。


 ダンジョンが半分に折れたのだ。それについて、クエストを受けていたリアが生還したとなれば、詳しく報告を求められるのは当然。容易に予想できるものである。

 トリムが騎士を避けるようにしていたので、見つからないようにするのは騎士だけでいいと思い込んでいた。

 つまり、完全にうっかり口を滑らせたリアの失態だった。


 トリムさんいなくて良かった。いや、いてくれた方がこうならなかったのか。


 だからといって、この場から逃げ出すことも悪手である。

 サライドはギルドを中心とした街だ。逃げ出したことが問題視されれば、高い外壁で囲まれ門兵に出入口を守られたこの街から、リアが無理矢理脱出することは不可能。


 なんとか、乗り切らねば……。大丈夫じゃなかったよトリムさん……。


 だがリアは、正直、何を言って良くて何を言っちゃ駄目なのかが明確ではない。

 ダンジョンで一人になるまではありのまま話しても問題はない。多分。そしてトリムと出会ってから、どう脱出してこれたのかは必ず聞かれるだろう。騎士団と同じくトリムの件は避けなければならないが、セリーナに助けてくれた人の話はしてしまっている。その部分をどうはぐらかすかだ。


「確認ができたわ。リアさん、悪いけど一緒に来てくれる?」


 やがてセリーナの声でカウンターの向こうではなくリアの後ろから呼びかけられた。その声にびくっと身を震わせたリアは恐る恐る振り返る。


「そんなにかしこまらなくても大丈夫よ。ゼスティーヴァでの話を聞くだけだし、統括長、怖そうな見た目だけど弱いから。何か気に障ることでもしたらリアさんでも勝てるわ」


 そう冗談を言って和ませてくれるが、リアは引きつった笑みしか浮かべられない。


「その、助けてくれたという方も呼んでもらえるかしら。外にいるのでしょう?」


「え、えと、外というのは、建物の外ではなく」


「……もしかして、街の外?」


 リアがこくこくと頷くと、セリーナは「そう」と言って一瞬考え込み、別の職員を呼んで向かうのはリアだけということを伝えるよう頼んでいた。


 まずい、すでに上の人に把握されてしまっている。


「その方からも話を聞かせてもらえれば良かったけれど、街の外から呼びつけるのは流石にね?」


「はい、無理です」


「そうよね……では、行きましょう」


 セリーナの後ろについてカウンターの端まで行くと、その向こう側にあるスタッフオンリーのドアが開く。その先には上階への階段があった。一般冒険者は滅多に入れない場所。魔窟への入口。入ったが最後生きて出てこれない。


「リアさん? 大丈夫?」


「はっ」


 混乱のあまり思考が飛んでいた。ふるふると頭を振ってセリーナに笑顔を見せる。その笑顔を張り付けたまま、同じようなドアが並んだ廊下を歩いて統括長とやらがいる部屋まで案内される。

 部屋は大して広くない応接室のようで、低いテーブルを挟んでソファが向かい合っていた。その片方に濃緑色の髪をした細い男性が立ったままリアを睨んでいる。いや、睨んではいないようだ。眼鏡の奥の瞳から鋭く見定める視線が突き刺さるだけで。


「では、私はこれで」


 うそぉ、行かないでぇ。


 セリーナが一礼して去って行く後姿に縋る視線を送ったが、あっけなくドアに阻まれる。

 部屋にはリアと統括長、そして帯剣した男性が部屋の片隅に立っている。統括長には勝ててもその男性には勝てなさそうだ。

 緊張のあまり握りしめた手が冷えに冷えていた。強張った笑顔を盾にして統括長と対峙する。


「私は冒険者ギルド中央本部統括長のアーク・シェルグランだ。君がリア・レイエルくんだね。どうぞかけてくれたまえ」


 リアは細く長く息を吐いた。この混乱と緊張のままだと、より下手なことを口走りそうだった。これ以上の現状悪化を避けるためには落ち着かなければならない。薄れた記憶を呼び出して思い込みを発揮させる。短くもしごかれたあの日々を。


 目の前の紳士は旦那様のお客様。粗相なきよう対応し、イニシアチブは取らせません。


「はい、失礼いたします」


 リアは片足を後ろに引き、背筋を伸ばしたまま膝を曲げて挨拶をすると、ゆっくりと微笑んだ。

基本的に注意力散漫主人公。

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