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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
一章 生首とあまのじゃくと旅のはじまり
28/122

とある騎士の追随記録終

「な、あ!?」


 光は核の中心に突き刺さっていた。

 そして細い電撃が走ったかと思うと、光は再び槍の形となる。

 やがて槍はガラスが割れるようにその身をキラキラと崩し、消えていった。


 ボスモンスターを飛び越え、地面に着地していたジルニアは、その光景を呆然と眺めていた。


 魔術で凍らされたモンスターの固くなった表皮がひび割れ、中の溶解液がぶつぶつと溢れ出す。大量の蒸気が風にさらわれた後は、真ん中から二つに砕けた深紅の核だけが残った。


 すぐに上を確認したが、すでに人影は消えていた。あの距離から、人ということだけしか判別できないような離れた場所から、核一点だけを正確に狙ってみせた。


 魔術が解除されたのか、騎士達が動きだし、核の近くと、遺された鎧の一部と、ジルニアの側にそれぞれ近寄って行く。

 あの絶好のタイミングで我々ではなく、モンスターに攻撃を与えただけで姿を消したということは、人影は騎士団に害成す意思はないのだろう。


「いや……助けられた、のか」


「先輩! 今のは……腕は、大丈夫ですか」


 ダタールは兜を外し憔悴しきった表情でジルニアに駆け寄る。強張(こわば)って揺れる瞳は仲間をモンスターの体内から救い出せなかったことへの悔恨だろう。

 ジルニアの腕の皮膚は赤黒く固まり、少しでも動かすと痺れるように痛みが走る。


「……ああ。ダタール、助かった、本当にありがとう」


「いえ、自分は……」


 俯くダタールの肩を叩き、目撃した人影の姿について皆に告げて、この場の保存と見張りを動ける騎士で手分けして対処する。

 それから一時間ほどして下層班の騎士達が戻ってきた。ジルニアは指揮権のある騎士に軽く報告を済ませ、人影について確認に行く了承を貰う。

 サイファを繰り返し使い、僅かな倦怠感を感じながら人影のいた外壁に辿り着いた。流石にいるとは思っていなかったので、手掛かりが何も残されてはいなくても溜息ぐらいしか出なかった。

 そこから下を眺めると、極小の騎士達と赤い核が見えるが、やはりこれほど遠くからあれほどまでの魔術を使ったとなると只者ではない。

 今のところ敵ではないと思われるので、姿を現してもらえないだろうかと疲れた独り言を漏らした。


 心地良い風が吹き、遠くに視線をやるとディーテ村と真っ赤な湖が見えた。その鮮やかな彩飾に、悪くない眺めだなと思った。




*****




「なんでいつもすぐに診せに来ないんですか!? 私昨日言ったばかりですよね!?」


「…………ごめん」


「謝ればいいと思ってませんか!? 時間が経てば経つほど治癒術は効きにくくなっていくって、私これ何回言ったか分かりますか!?」


「えーと」


「回数は問題じゃないんです! 理解してないことが問題なんです! ジルニアさんて馬鹿なんでしょ!」


「…………はい」


 治癒班のナルに怒られるのはいつものことだが、今回は特に雷が大きかった。それも無理はない。

 時間が経つごとに腕の痛みはおさまっていったのだが、それと比例するように動きが鈍くなり、今は指先を動かすのにも苦労するほどになっていた。さすがにこれはまずいと転がり込んだのだ。今後の任務に支障を来すことにでもなったら非常に困る。

 怒っていたナルは突然うって変わって声のトーンを落としてしゅんとした態度で言う。


「ここまで深いと私完治させる自信ないですよ……先に王都に戻れるようお願いして先生に本格的に治癒してもらいましょ」


「え、そんなに?」


 うっかり零した驚きに、ナルにじろりと睨まれ、失言に気づいて雷がまた落ちると覚悟した時だった。


「よろしければ、わたくしに診せていただけませんか」


 穏やかな声音に振り返ると、窓から差し込む木漏れ日のせいか、キラキラと光を纏った女性が部屋の入口で微笑んでいた。

 きゃあという感激の声をあげて、ナルは立ち上がりその女性、聖女システィアに席を勧める。システィアは礼を言ってジルニアの前に座ると、にこりと笑った。展望台で見た時と別人のようなその笑顔に、助かってよかったとジルニアも笑顔を返す。


「お体はもう大丈夫なんですか? シス……聖女様」


「ええ。どうぞシスティアとお呼びくださいな、ジルニアさん。聖女たるもの、自分で自分を治せなくてどうしましょう……なんて、ふふ」


 おどけた様子で笑うシスティアにジルニアも微笑み「私の名前をご存知なんて光栄です」と恭しく頭を下げる。システィアはジルニアの腕をとると、傷口に触れないよう手のひらで撫でる。


「助けていただいた騎士さまですもの。本当はもっと早くお礼をしなければならなかったところ、後回しになってしまい申し訳ございません。ありがとうございました、ご恩に報いれるほどの働きはできないかもしれませんが、わたくしの微力が必要な時はおっしゃってくださいませ」


「とんでもない。湖の浄化の話は私も聞きました。救ってもらったのはこちらの方ですよ。ところで、レティアナちゃんとは会えましたか? とても心配していました」


 システィアは微笑みの中に僅かに悲しげな色を見せ、ゆっくりと頷いた。だが再び顔を上げれば、もうそこに悲哀はない。ジルニアはまだ会えていないのだろうかとも思ったが、答えは違った。


「はい。会って、話しができました。とても、成長していて……驚きましたわ。副団長さんのおかげで、わたくし、レティアナと一緒に暮らすことができるようになりましたの。ようやく、夢が叶うことが……本当に、嬉しいのです。ジルニアさんと……皆さんのおかげですわ」


 ジルニアは複雑な気持ちを笑顔に隠した。

 親子で暮らす、そんな当然に思えることが今まで彼女達に許されなかった環境と、聖女の今後の処遇について、昨日副団長から聞かされていたからだ。


 システィア・カランは今後国の監視下に置かれることになる。目立った行動の制限はないものの、個人での移動の自由はなくなり、必ず騎士の同行が必要となる。それも、相応の理由がない限り、ディーテ村から出ることはできない。

 理由は、禁じられた人心操作の魔術――メイトルを人に対して使ったことによる。いくら囚われた状況を鑑みたところで、聖女が使用することによって危険な魔術となり得るものを許可なく用い、被害者が出たことが、王室や騎士団上層部に問題視された。ただ、公に知られてはならないことなので、公的な処罰は免れ、上述のような国の監視下に置くということで話はまとまったらしい。おそらく、副団長が奔走したのだろう。


「ファーレ」


 何も感じなくなっていた左腕にピリピリした刺激があったと思えば、ぬるま湯に浸けたような温もりを感じた。見ていると、時間を早めているかのように、肌が通常の色を取り戻していく。


「すごいです……!」


 ジルニアのすぐ後ろから、ナルが興奮を露に呟いた。

 ゆっくりと感覚が戻っていき、「終わりました」という頃には問題なく手のひらの開閉ができた。


「素晴らしいですね。ありがとうございました」


 ジルニアがお礼を言うと、軽く後頭部を(はた)かれ「感動が薄い」とナルに怒られる。そして彼女は聖職者にしか分からない単語を織り混ぜながらシスティアに質問を投げかけ始めた。ジルニアは多少理不尽さを感じながら、ナルに席を明け渡した。

 しばらく(一方的にナルが)白熱した議論を繰り広げた後、システィアは「村の皆に無事を伝えてきます」と言って去っていった。特に他の用はなかったようで、ジルニアに礼を言いに来ただけだったのだろう。律儀な人だ。


「私が王都に来たときには聖女様は病床に耽ってらしたから、直接話しができるなんて夢のようです……」


「それは良かった」


 ナルが恍惚とした表情で呟いたので、声をかけると、呆れた目を向けられる。


「……ジルニアさんって、一見優しそうなのに心がこもってないというか、分かりづらいというか、心動かされることってあるんです?」


「勿論あるけど……ナルちゃんなんか怒ってる? 今日いつにも増して辛辣だね」


「別に。ルーイくんを見習ったらいいですよ。誰が見たって聖女様に心奪われてるの分かるくらいに素直ですよ」


「え、ルーイが? どうして?」


「どうしてって、ジルニアさんみたく治してもらったからですよ。私はなんでそんなに動じないのかが逆に不思議です。叶わない恋! けれど好きな気持ちは止められない! ……そういうの分かります?」


「…………理解はあるよ?」


「分からないんですね」


 その後、聖女の復活演説が代表の屋敷前で開かれた。人が絨毯のようにひしめき合った混雑具合で大変だったと、何故か観覧者側から聞いていたというナルから興奮気味に話を聞いた。




*****




 ゼスティーヴァの調査については、ボスモンスターの登場により、上層班も下層班も引き返し、一時中断となった。負傷者、そして殉職者も出たことから早期の対応より慎重な対応が求められるとして、ディーテ村の事後整備に目処が立ち、経験ある人員の確保ができてから再度調査を行うという決定だ。


 ジルニアはあまり気乗りしない心持ちで、ディーテ村の端、シド地区で静かな生活を送る人々を眺めていた。

 事件から日は浅く、未だ詳細が判明していないレイラに関係する組織から、何らかの危害が聖女に加えられる可能性がある。ジルニアの気分が明るくないのは、その組織からの護衛という名目に隠された監視任務についてだった。

 これほど近くに常駐して生活を見続けられることは気持ちのいいものではない。また、すぐ側に騎士の存在があれば、嫌でも辛い経験を思い出させてしまうだろう。やっと、親子で暮らせるのに、と。

 任務よりも、彼女達に肩入れしてしまっている気持ちには気づいている。それでも命じられるままこの場にいる中途半端な自分に何度目か知らない溜め息をついた。


「お疲れねえ騎士さま! はい! 干果梨あげるから頑張りな!」


「ミコさん、あの、護衛任務中は食べれないことになってまして、ってさっきも」


「いいからいいから! 黙っといてあげるよ! これねえ、中央地区の露店で売ってるやつだから! シルビィの森でしかとれない渋果梨を干したやつ! 甘くて疲れもとれるよ!」


「……後でいただきますね、ありがとうございます」


 ぐいぐいくる近所のおばさんから断り切れず受け取った。一人で食べる量でもないお土産用の干果梨の袋を、黒衣の裏のベルトに吊るす。先輩にでも見つかったらまずいからだ。


 システィアとレティアナは先程沢山の荷物を持って家に帰っていった。システィアの前夫とレティアナが二人で暮らしていた家らしく、レティアナはレーナという愛称で呼ばれ、この辺りの人々とは良好な関係のようだった。母親が聖女ということは隠していたようで朝の騒ぎは凄いことになっていたが、すぐに受け入れられそうな雰囲気にジルニアは安心した。


 夕焼けに目を細める。空には星々が顔を見せ始め、そういえば呪い(まじな)師の老婆はその後見つかったのだろうかと思った。ちょうど同じ時刻だったろう。

 呪い師の占いは、よく考えてみれば当たっていたのかもしれないと、そんな信憑性のない思考に自分で笑う。


 ――ガタッ


 ジルニアの意識は急遽戻される。

 システィア達の家から固く重いものが落ちた音が聞こえたからだ。何かを倒したのだろうかと、玄関のドアを叩きかけ、手を止める。日常生活の小さい出来事ならば、ジルニアの出る幕などなく、二人の邪魔をしたくはない。何か男手が必要になるような場合は、騎士がいることは知っているので助けを呼びに来るだろう。

 けれど念のために、ジルニアは騎士団の魔術具を取り出した。人の魔力を感知する魔術具だ。彼女達が問題なく動いていれば、自分は必要ないと安心して退散できる。


 そして、息を飲んだ。


 システィアとレティアナではない、誰か、がいる。


 ……いつだ?


 ジルニアは聖女と共に移動をした。ならば、二人が家を出ていた間にその者は入った――忍び込んだのだろうか。

 静かに窓へと移動し、カーテンの隙間から中を覗く。薄暗く、テーブルの上の荷物が邪魔をしてはっきり見えないが、身長からレティアナらしき人影がパタパタと動いた。


 行動を制限されるような場面ではない?


 システィアの交流に関しては制限しているわけではないので誰を招こうが問題はないが、騎士である自分の目に触れず、得体の知れない人物が彼女らの傍にいることが不安を募らせる。

 ジルニアは黙考し、再び玄関へと向かった。一瞬迷い、ドアをノックする。


「システィアさん。大きな音がしましたけど、何か問題でもありましたか」


 平静を装って声をかけた。すぐに返事がある。


「問題ございませんわ。椅子を倒してしまっただけでして」


 システィアの声は、昨日話した時と何ら変わりなく落ち着いた穏やかな声音だった。それに一安心し、次いで違和感が生まれる。システィアは感じの良い律儀な女性だ。扉越しに話しを終わらせるだろうか。

 何か、開けられない理由があるのかと勘ぐってしまう。例えば、脅されているといった。


「そうですか。お手伝いできることがあればしますよ?」


「今は大丈夫です。必要になる時があれば、お願いしますね」


 やはり、何か変だ。

 落ち着いた声に変わりはないが、声はドアから離れたところから発せられている。つまり初めから開けるつもりがなく、システィアの返答も意図して会話を終わらせようとしている風にも聞こえる。

 魔術具のプレートに視線をやると、渦は三つともすぐ近くに固まっている。システィアが動けない理由でもあるのか、と、レイラにナイフを突きつけられていた時の嫌な記憶が頭をかすめる。

 このまま動く気配がないようであれば無理にでも家の中を検めなければならないと、黒刀の柄を握った。


「ドアを開けてもらえませんか? お話しておきたいことがあるので」


「急ぎでなければ、改めていただけませんか」


「すぐに、終わります。私も、もうすぐこの任から離れるので、できれば急ぎでお願いしたいです」


 案の定断られ、苦しい言い訳で食い下がる。

 体感上は長い静寂が過ぎ、息を詰めて反応を窺う。

 やがて、ドアに人の気配が近づき、システィアが顔を見せた。


「どういった、急ぎのご用件でしょうか」


 ジルニアは、ほっと息を吐いた。システィアは困惑した表情で見上げており、部屋の中には椅子に座った女性がひとりとレティアナがその女性の手を握っているだけだった。

 思い過ごしに安堵しかけたが、ドアを開けてもらった用件を考えていなかったことに焦った。無礼なのはもう仕方ないが、馬鹿正直に怪しいと思いましたなどと言えるはずもなく。


「…………急がせてすみません。明日、ゼスティーヴァの下層内部に私も行くことになりその後王都に戻るので、お話しする機会がもうないかと思い、交代前にお伝えしておこうかと」


 システィアは目を丸くした後、僅かにくすりと笑った。

 これでは、無理矢理ドアを開けてもらった急ぎの理由にはならない。

 彼女がジルニアの真意を汲み取ったかは定かではないが、特に追及するでもなく「あら、そうだったのですね」と言って笑顔で会話をする。

 ジルニアは、システィアに今回の事件とは別の怪しい人物の存在にも注意してもらうよう伝え、早々に切り上げようかと思っていた。しかし、その間微動だにしない女性の不自然さにに気づく。

 肩にかけられたガウンで隠され初見では見過ごしていたが、椅子から左腕がだらんと落ちている。体も椅子の背と机に預け、自重を支えられていないようである。体のどこかが悪いのは明らかであり、その治癒に関してはシスティア以上に適任はいないだろう。


 だが、ならば一人でどうやって来た?


「失礼ですが彼女は?」


「……巡業中に出会ったわたくしの友人です。わたくしを訪ねてきてくださいましたの」


「そうでしたか。一度も見かけなかったもので、少し驚きました。すぐにこちらまで訪ねて来られるとは、よほど心配だったんですね。それにしても、どこか体調が悪いんですか?」


「施術中でしたの。それもあってわたくしのところに。まだ続きが必要ですので、そろそろ――」


 システィアはジルニアの双眸をじっと見つめて、笑う。笑顔の中に、有無を言わせぬ光を灯して。

 違和感はあるが、聞いたところで答えてはくれないだろう。何よりも、システィアとそしてレティアナからその女性を守ろうとする強い意志が感じられた。

 元より、彼女らに危険がなければ、ジルニアは今この場に必要はないのだ。


「ああ、失礼しました。…………取り込み中、申し訳なかった」


 システィアに詫びた後、家の中にも投げかける。

 ぐったりした女性は横顔を見せ、肩にかかる程度の短い髪を揺らした。緩慢とした動きに初めは分からなかったが、頭を下げたのだと理解する。

 ジルニアはその横顔を見つめた。鈍色の髪に隠されてほとんど顔が見えないが、システィアの友人というには彼女は若すぎるように思えた。聖職者としての巡業中に出会ったとなればこの村の出身ではないだろうし、一年近く音信不通だったシスティアが回復したと公になったのはここ数日のことだ。早すぎると疑問を感じるのも当然だった。

 もう少し顔つきが分かるくらいに振り向いてくれないかと、知らず凝視していると、ふと無表情にこちらをじっと見ているレティアナに気づく。

 ジルニアはふっと表情を崩す。システィアの友人であり、この優しい少女がなついているのだ。疑うのは止そう。 


「レティアナちゃんも、俺も協力は惜しまないから、何かあれば遠慮なく言ってね」


「……ありがとう」


 レティアナが、ほんの少しだけ微笑んだのが分かった。あれほど感情を押し殺していた少女が、安心したように、笑った。それだけで、自分が心配することなどないのだと感じた。


「ではまた、いずれ」


「さよなら、お兄さん。また会う時まで絶対無事でいてね」


「うん。勿論だよ」


 ジルニアは別れを告げて颯爽と去ったが、交代の時刻まではもう少しあった。




*****




 ジルニアは戸惑っていた。結局、自分の噂について調べることができないまま、再び副団長の元へと呼び出されたからだ。

 副団長と直接話しをする機会など、弌刻への契約魔術を執り行った日以降は、先日が初めてである。こうも連日呼び出されては正直気がもたない。一体何が原因でこんなことになったのか。

 今回のディーテ村の任務については、秘匿性が高く最も詳細に把握しているため副団長から直々に説明があった。しかし通常は文書か、簡易のものであれば通信だけで終わることもある。

 そもそも特別任務自体稀で、ジルニアのここ二年の業務は王城の防衛だったのだ。こういった特別任務など、騎士になってから片手程しかこなしていない。


「現状、私は今の立場で問題ないと考えていた。私自身も動きやすく、ある程度は人員も自由に動かせる、とそう思っていた。だが今回上層部を納得させるにあたって、私から直訴することすら叶わず、まず団長(アレ)の重い腰を上げさせることに苦労した」


「…………」


「ああも時間がかかるとは……下手に矜持を持っているせいか……とんだ無駄手間がかかった。よって考えを見直すことにした。アレを引き降ろすこと自体はさして難しくはないが、弌刻に傷を残したくはない。面倒だが、上に追い出す方で考えている」


「…………」


「そうなると私の後継が必要でな、まあ、それはある程度目処を立てている。あと五年もすれば、十分職務を果たしてくれるだろう。ただそう悠長に待っていられない事態に面している。早急に担ぎ上げねばならん」


「…………」


「優秀ではあるが、私が抜けた穴をその者だけで補うには些か経験が足りない。そのフォローは無論するつもりだが、色々と制限が多いのも事実だ。裁量に問題なく、実力も兼ね備えた、自由に動ける人材を欲していたんだよ。そこに、実績を伴った申し分ない者がいたというわけだ。

 ……さて、以前も伝えた個別任務だ。まずは、南部でしてもらいたいことがある。しばらく通常任務から外す。一度王都へ戻り、引き継ぎを済ませておいてくれ。詳細は追って連絡しよう」


 副団長の話した内容は一騎士のジルニアが聞いていいものではなく、肯定も否定も返せず石像のように固まっていた。

 実質的な命令は最後の部分だけだ。深く考えては駄目だと本能的に感じ、ジルニアは簡潔に答える。


「はい。了解しました」


 副団長は頷いた。そして、


「ふっ……質問を許そう」


 そう言ってにやりと口の端を歪ませた。冷静沈着で謹厳と聞く副団長のイメージにひびが入る。

 質問などひとつしかない。だが聞いてしまっては後戻りはできないと、ジルニアは視線を泳がせた。「ありません」と一言言えばいいだけなのに、副団長の突き刺さる視線がそれを許さない。長い沈黙が部屋を占める。


「…………何故、副団長のお考えを自分に話されたのでしょうか。命じてくだされば、自分は」


「知りたくなかったと言わんばかりだな」


「…………いえ、あ……」


 この、はいともいいえとも返答できない副団長の言葉はわざとなのだろうか。

 言葉に詰まったジルニアを可笑しそうに一瞥し、瞬きをすると、いつもの真面目な副団長の顔になっていた。


「君のことは見込んでいる。私の考えは気にせず、君の判断でしてくれて構わないよ」


「はあ…………あ、はい」


「ああ、下がっていい」


「……失礼します」


 部屋を出たジルニアは、通路を曲がり、人の目がない場所に来ると深い溜め息をついた。ここ数日中で最も疲労感のこもったものだった。


 顔を上げると、澄んだ空に輝く朝陽が眩しすぎて、ジルニアは手で目を覆ったのだった。

 ここまで読んでいただきありがとうございます。


 これにて村での出来事は一旦終わりですが、ジルニアさんは2章以降の本編でも出す予定です。

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