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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
一章 生首とあまのじゃくと旅のはじまり
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とある騎士の追随記録2

 大通りを抜けると比較的人の波が減り、ディーテ村の中心から離れた、まばらな観光客と見張りの鎧を着た男が点在している荒れた地に出る。雑草も生えない地面はひび割れ、流れてくる風も僅かに苦味がある。耐性のない者が長時間いると気分を悪くするためか、現れた観光客も一目見たらすぐに去っていく。

 鉄杭が地面に穿たれ、その間を強固で細かな金網で張られている。柵の向こう側、遠く離れたところに肉眼でも分かる赤が見えた。


 村の名前の由来となった、ディーテリンダルレイク。

 地方史書に記されたその湖は、底まで覗ける透き通った藍緑だったという。かつて、湖畔を囲う森は湖と同色の葉とうねりのある白い肌の樹木を持ち、やがて死んだ木々が湖の底に沈み白亜の杜を形成していたと、記録だけが残っている。


 一度でいいからその神秘の杜を見てみいものだ、とジルニアは思う。今はまるで、血の湖だ。


 黄金に輝くダンジョン、ゼスティーヴァの放つ瘴気が溶け込んだ上流の水が行きつく先が、ディーテリンダルレイクだった。

 それは本当に瘴気が原因なのだろうか。

 飲み込まれた挑戦者達の流した血ではないのだろうか。

 そんな思いを彷彿とさせた。


 ジルニアは踵を返してその場を離れる。村の端から離れた高台にある、一般人がゼスティーヴァへと最も近付ける展望台へと向かった。

 ゼスティーヴァを小さく低く模した展望台は中が吹き抜けになっており、内壁に取り付けられた階段は上りと下りで交わらないよう二本の螺旋状に作られている。

 夕刻にもなると人々は帰途につき始め、賑わうはずの展望台にも比較的待たずに上がれた。展望部は屋上にあり、端が落下防止の柵で囲まれ、全方位の景色が一望できる。

 ゼスティーヴァもディーテリンダルレイクもそれほど離れていないのに、瘴気があまり感じられないのは高さがあるおかげで風に攫われるからだろうか。と、そう思えば頬を掠める風に不快感が混じる。そうでもないようだ。


 ジルニアは赤みがかった黄金塔を一瞥し、すぐに村全体が見渡せる位置へと移動する。

 シンボルが目に付くディーテ村の代表、サルカ・カランの屋敷は村のほぼ中央にある。シンボルと同色の高く芸術的な塀で囲まれ、中心に大きな邸宅がある。一見平屋建てだが、地下があるとすれば聖女システィア・カランが囚われている可能性が高い。

 ロクからの報告書に載っていた屋敷の見取り図や従者の出入りがある家屋と、実際の景色を眺め、位置を確かめながら脳内ですり合わせていく。最も怪しいのは無論代表の屋敷だが、出入りの多い使途の不明ないくつかの建物にも目星をつけておく。

 展望台を下りたジルニアは、再び村の中央へ戻った。


 時刻は夕陽が沈む直前。空には朱色を押し退け、宵が迫ってきている。

 通りの往来は減り、住民はそれぞれの安らぐ住まいへ、観光客は帰りの馬車か宿屋へと姿を消していく。


 陽の当たる場所はまだまだ視界を邪魔しないが、通りを曲がり、塀に遮られた陰ともなると人影は見えてもすぐにはどういった人物なのか判別がつかない。

 飛び出してきた女性にぶつかることなく避けたジルニアは、夕陽に映された見覚えのある顔を見るまでは気付けなかった。おっとりとした女性の顔は嬉しそうに綻んでいた。


「あ、ジルさん」


「さっきぶりだね。他の二人はどうしたの? 女性一人で慣れない地を動くのはおすすめしないよ」


「何故かはぐれてしまって……宿に戻れば会えると思うから大丈夫です。それより、馬車でお話しした呪い(まじな)師がいて、御守りを買えたんです。ふふ、今日は当たりの日みたいですよ。ジルさんも気になるとおっしゃていたでしょう? 占ってもらったらいかがですか? ……あ、ミーア達が」


 そう言って走って行った先には馬車で同乗していた女性二人がいた。無事再会できたことに明るく文句を言い合う彼女達に手を振って別れを告げ、ジルニアは振り返る。路地の先へ。

 今の女性で最後の客だったのか、人影はひとりだけで、子供のように小柄なシルエットが地面に布を広げて座っていた。


「こんにちは。こんばんはかな? まだ営業中ですか?」


 顔を上げた呪い師はフードと薄暗いせいで顔の全てが見えないが、深く刻まれた皺の多い口元を弧に描いたことだけが分かった。抜けた歯の隙間から老婆のしわがれた声が漏れる。


「必要のない人間は近寄らないようにしてるんだがね、たまぁにこうやって強いお人が紛れ込むのも面白いものさね」


「……? 僕には必要ないと? 強いとは……男性で占いに来る人は珍しいということですか?」


 老婆が呟いた言葉が理解できず尋ねると、それには答えず枯れ枝のような指で地面をトントンと叩いた。用件を話せという動作かと思い、ジルニアはしゃがんで口を開く。


「実は彼女に振られてしまって、新しい出会いについて占ってもらえないかと思ったんですが」


「ほぉう、ここへは人を探しにきたんだね」


 突然そう言われて聖女を助けに来た任務が頭を過り、ジルニアは内心驚く。出会いを占ってほしいとは言ったが、この村に出会いを求めてきたとは言っていない。しかし、そうともとれる言い方だったかと心を落ち着け、微笑を浮かべて同意する。


「そう、ですね、この村でいい人がいるなら出会いたいです」


「出会えるさ、ただし期限があるねぇ。星が消える夜までだ。それまでに辿り着けなければ、枷のない偽光は真なる闇へと変わるのさ」


 呪い師はそう言うと、くつくつと小さく笑う。表現が婉曲過ぎて真意が分からない。

 ジルニアは、噂になるほどこの村に長く居る老婆から何か情報が得られないかと思っていた。占い自体はついでで、市井のものなんて初めてだが、この呪い師は何か変だと感じた。


「星が消える夜というのはいつのことでしょう? しばらく雨は降らないようですが……辿り着くというのは、出会えなければ、僕に何かが起こると言うことですか」


「全て繋がっているんだよ。辿り着けなけりゃぁ終わるだけさ。何も起こらんよ、お前さんにはね」


 呪い師はそこで言葉を切った。解説してくれるつもりはないらしく、話が噛み合っていない気もする。

 占いとは多義的に受け取れるような言葉を含み、結果をもって合致した箇所を信じるものだ。現時点でいくら追及しても信憑性は不明なままだろうと、ジルニアはついでの用件を早々に終わらせる。


「そう、ですか……心に留めておきます。僕はディーテ村に来るのは初めてですが、途中知り合った女性にあなたの噂を聞いたものですから是非にと思っていたんです。ここは活気があっていいところですよね」


 雑談から話を引き出そうとすると、再びくつくつと笑い声が聞こえた。長く、まるでジルニアが紡ぐ言葉が可笑しいというように老婆は口を歪める。


「何か、変なことを言いましたか」


「オレは必要なことしか言わねぇのさ。空言からは空言しか生めねぇから、もうお前さんは去りな。すぐにでも星は消えるよ、お前さん方には辿り着くまでの時間がないんじゃないのかい」


 呪い師は広げていた御守りであろう黒い石と敷いていた布を手早く片付け始める。


「……ありがとうございました。お代はいくらですか」


「必要ないさねぇ。面白いものを、見せてもらうだろうからね。光でも、闇でも、楽しみにしているよぉ」


 あっと言う間に容積の小さな小箱に全て詰めると、最後に抜けた歯を見せて陰に消えていった。

 ジルニアは呪い師が消える直前に、耳の裏に隠しているイヤーフック型の通信術具に手を触れて魔力を流す。


「ゼロさん、ティスタ通り二つ目の路地を右に曲がった呪い師を追ってもらいたい」


『ナナを向かわせる』


 落ち着いた低い声ですぐに返答があり、潜入員の一人が呪い師を追っていった。怪しい言葉はそこかしこにあったが、あの呪い師は「お前さん方」と言った。今回の件とは直接関係がないかもしれないが、何かを知っている、あるいはこちらの動きを握っているような口振りだった。見過ごすことはできない。


 夜の帳は下り、夜店や酒場付近以外、人通りはほとんどなくなる。

 ジルニアは呪い師をナナに任せ、先程目星をつけた建物のひとつへと来た。二階建ての木造家屋は窓がないだけで何の変哲もない。

 胸ポケットから手の平に乗る大きさの長方形のプレートを取り出し、指でスライドさせる。灰色の粒が蠢いて、集まり渦を巻いた点は色が濃くなっていた。周囲の人の魔力の動きと同期する騎士団屈指の魔術具で、中心以外に近くには二つの渦があった。

 ジルニアは辺りを見回し視線がないことを確認して、二階建ての上を見やる。真四角の建物は屋上に洗濯物干しの棒が僅かに飛び出ていた。

 すっと息を吸い、全身の魔力の巡りを意識して足元へと集中させる。体の外へ放出させる瞬間命令式を組み込ませ転換し、風魔術として固定化させる。再び辺りを一瞥、そして姿勢を低くし、小さく呟く。

 

「サイファ」


 足を伸ばしたジルニアの靴底が地面から離れる瞬間、極小の空気の破裂が起こった。宙に放り出された体勢を崩さないよう、すでに纏っている風魔術を再度出力して屋上へと着地する。足音を殺して膝をつき固定化を解くと、ジルニアの周りにふわりと風が広がった。

 魔術の展開と同時に出力量とバランスを調整しなければ簡単に落下してしまうサイファは、集中力を要するが静かに高所へ移動できる隠密活動に向いた魔術だ。


 屋上から二階へ繋がる蓋を少し開けて覗く。暗く、人の気配がないことを確認し体を滑り込ませた。

 二階は倉庫のようだ。整然と並んだ鎧は王都で流行りの細身のタイプで、魔防が施された上等なものだった。所々に蔦や葉をモチーフにしたような彫り込みがされている。暗い中よく目を凝らすと彫の底に黒い着色もしてあるようだった。

 息を潜めて一階の様子を窺うと、女性が黙々と鎧に何かを打ち付けていた。細長い赤い棒を、鉄鎚で鎧の掘り込みに添わせて叩いている。

 もう一人の女性が打ちつけた後の彫に筆で何かの液体を塗っていくと、赤色が黒く変色していく。二人は無表情で一言も発さずにただ同じ作業をひたすら繰り返していた。


 着色の作業? ……いや。


 手袋をして赤い棒を持っている女性の腕に、痣のような大きな黒点を見つけた。まばらに散らばったそれは、もう一人の女性の皮膚にもちらほらあるようだった。

 ジルニアは短剣を取り出すと、二階にある鎧の目立たない部分の彫を削った。切先に黒い粉状のものが付いたそれを観察してもただの着色料のようである。次に親指と人差し指で挟み取り、試しにただの魔力を流してみた。じりじりとした熱に違和感を感じたジルニアはさらに強く流す。


「っ」


 突き刺すような痛みに指を開いてみると、皮膚が黒く変色し爛れていた。その様子に見覚えがあったジルニアは記憶を探る。以前、騎士団に入る前に目の前で黒く変わっていく人を見たことがあった。


 これは……崩壊の魔術……?


 呪術師が使うことが多く、主にゆっくりと腐らせるために用いる魔術で、あまり知られているものではない。


 魔防が施されている装備そのものに、崩潰の魔術が組み込まれている? 意味が分からない。


 赤い棒は崩潰の魔術が発現するよう作られた物質なのだろう。そして塗った液体には魔防の効果がある。魔力が触れなければ崩潰は起動さえしないというのに、何の意味があるのか。まさか本当にただの着色だけのためというはずも――――。

 ジルニアはハッと息を呑んだ。

 ひとつの可能性が浮かぶ。


 魔力と瘴気は似て非なるもの。

 人は魔力を代償に物理を超えた魔術へと昇華することができるが、元より生きているものは魔力を持ち、死んだものは魔力を失う。つまり動かないものには魔力はないはずなのだ。

 それに当てはまらないもの、魔力が確認されないのに生物のように動き、あるいは魔術に似た現象を起こすものが存在する。それはモンスターと呼ばれる歪なもの達。

 生物を襲うことが本能に刻み込まれているようなそれらは、体のつくりは勿論のこと、核という結晶を体内に宿している点が最も生物と異なる。その核から生み出され、生物の魔力のように循環しているものが、瘴気である。

 魔力と瘴気は似て非なるもの。その最も非なる点が生物への悪影響であり、最も似ている点が本質そのものである。そう学んだのだ。


 実際のところ、試してみないことにはどういった結果をもたらすかなどジルニアには分からない。ただ似たそれを利用すること自体は不可能ではないだろう。モンスター用の索敵術具は瘴気に反応するよう作られているので、瘴気そのものを利用した魔術を作り出すこともできるのかもしれない。可能性としては十分あり得る。


 だが、もしそうであるならば、ダンジョンを前にしてこの組み合わせは最悪としか言いようがない。

 鎧に施された魔防は無論瘴気についても防ぐことができる。しかしそれは半永久的ではなく、魔術や瘴気に晒され、強い攻撃を受けた分だけ削がれていくものでもある。

 常に瘴気が漂う場では、それは顕著だっただろう。上層へと進めば進むほど、この鎧は何の意味も成さなくなるのだから。


 ジルニアは再び鎧の彫を削り、ガラスの小瓶に詰める。

 入ってきた時と同じように静かに屋上へ出て、今度は魔術を使わず飛び降り着地した。


 次の建物に向かうと入口に一人見張りがいるようで、窓も屋上もなく侵入は見送り、通り過ぎる。

 ただの空き家もあった。施錠はしてあったが人はおらず、物も家具もない。そのわりに埃が溜まっていることはなく、一時的な倉庫としての役割を果たしていたと想像できる。簡易な地下倉庫の扉があったので、多少期待して開けてみたが当然ながら何かあるわけもなかった。

 小瓶の中身を調べてもらわないことには今のところ証拠と言えるものはない。


 崩潰の魔術について歩きながらペンを走らせ、折りたたんで筒に押し込む。

 代表の屋敷へ繋がる路地を曲がると、小柄な人影が見えた。さっと報告書をポケットに隠し、眉を潜める。

 すでに夜と言っていい時刻だ。街灯がない暗い路地に子供が一人で歩いている。


「お嬢ちゃん、こんな暗いところにひとりでいたら危ないよ。親御さんはどうしたのかな?」


 思わず声を掛けてしまったが、言い方が逆に怪しかったかなと笑顔の裏で思う。

 話しかけられた子供――少女は特に動じることなく近くまで来ると、ジルニアを感情のない瞳で見つめた。


「私の家はすぐ近くなの。お兄さんこそ、こんな遅くに危ないわ」


 起伏のないひどく落ち着いた声で返答をするものだから、ジルニアは密かに驚いた。

 おそらく十にも満たない少女は暗さも相まってか闇のような深淵を瞳の奥に携えている。年相応の快活さは微塵もなく、大人びた冷静さだけが際立っていた。


「僕は大丈夫だよ。お嬢ちゃんこそ…………ここは、危ないの?」


 何故だか少女の言葉が気になって、聞き返してしまった。

 危ないのなら、近くであっても少女を家へと送り届けなければならないというのもある。


「危ないけれど、私はいいの」


「良くないよ、家まで送ろうか? 危ないっていうのは、このあたりで何か事件でもあったってことかな?」


「いいえ」


 少女は即座に否定した。次いで口を開いて、閉じた。そして顔を伏せ、しばらく無言の時間が続く。

 今までの落ち着いた様子と異なり、何かを堪える感情が見え隠れしていることにジルニアは気づいた。


「――――いいえ、何も、ないわ」


 強い声音だった。

 そして少女が再び顔を上げた時、表情には何の色も映していなかった。


「そう、なんだ…………本当に? 何もない?」


「ええ」


 少女は頷く。そこに迷いは見えない。

 断言されてしまえば、これ以上深く聞くのも不審に感じるだろう。

 だが。


「――――君は、大丈夫?」


 ジルニアの心に言い様のない不安が押し寄せていた。

 少女が、無表情の向こう側の何かを必死に隠している気がしてならない。このまま、彼女を放っておいていいのだろうか、と。


「お兄さんは、ここへ何をしに来たの」


 けれど少女はジルニアの問いには答えず、突然話を変えた。

 ジルニアは突然の質問に目を瞬かせたが、ふっと息を抜くと微笑みながら嘘を言う。


「観光だよ」


「……そう。それなら良かったわ。あなたみたいな人、ここにはいてほしくないの。早くどこかに行って」


 そしてあまりにも自然に、淡々とそう言った。

 笑顔のまま固まるジルニア。

 一瞬見透かされたかと思ったが、それで誤魔化そうにも疑われているのか確信が持てず二の句が継げない。ここへ何をしに、と聞かれたのは、この村へではなくこの場へ何を調べに来たのかという意味合いだったのか、と思考が巡る。

 沈黙が辺りを占める中、突然路地の曲がり角から小さい影が現れた。


「レティ」


 軽やかな幼い声に、目の前の少女は後ろを振り返る。


「レイラ」


 少女が呼び返すと、レイラと呼ばれた小さい影はほっと息を吐いて笑ったのが遠くからでも分かった。

 走り寄ってきた影は目の前の少女によく似た背丈の、いや髪型も顔付きもよく似た、けれど対称的に表情豊かな少女だった。


「双子、かな?」


 レイラは少女の手を繋ぎ、ジルニアを見上げて首を少しだけ傾げて笑顔を向けた。「こんばんは」と挨拶をすると恥ずかしそうに返す様子は愛らしい。


「違うわ、家族よ。迎えがきたから私は行くわね」


「うん、気をつけてね」


 踵を返してレイラの手を引き去ろうとする少女の背に声をかけると、足を止めてじっと見つめ返される。

 その瞳は真剣な眼差しで、「お兄さんも」と言葉を残すと二人の影は闇に消えていった。




「ゼロさん、誰が近くにいる?」


 今の少女を気にしてばかりもいられず、ジルニアは人気がないことを確認して通信先に呼びかけた。少しの間を置いて返答がある。


『二つ先の通り、酒場リンデルにデミルとアコワーズが』


「合流する。それと報告がある、加えて解析を頼みたい」


『イチに預けてくれ』


「了解」


 向かいから歩いてきた細身の男性に報告書と削り屑を入れた小瓶を手渡した。これでジルニアの懸念ははっきりするだろう。


『ジルニア・ラウカヴォフ。今いいだろうか』


「え? はい」


 ゼロから珍しい切り出し方をされたので一瞬戸惑う。続けて話した内容は、先の呪い師の追跡が失敗したということだった。


『副団長には当方から報告を上げる。任を果たせず申し訳ない』


「いや……うん」


 追跡は依頼したが失敗したからといって謝罪を受け入れるのも違うような気がして、ジルニアは曖昧にしか答えられない。それより、潜入員の追跡を撒いたということの方に驚きの感情が向く。

 やはり、ただの呪い師ではないのだろう。報告についてはゼロからするので、今、ジルニアにどうこうできるものでもなかった。


 酒場リンデルは、この村随一の社交場らしく、遅い時間にもかかわらず多くの人で溢れかえっていた。観光客の夜食もだが住民の夜の行きつけも兼ねて賑わっているようだ。

 度数の低い酒をひとつ注文し、立席で食事をしていたデミルとアコワーズに近付く。


「ここ開いてる?」


「ああ、いいぞ。ひとりか?」


 アコワーズが人懐こい笑顔で歯を見せ、雑に皿を寄せてテーブルを開ける。


「うん、黄金塔を見に王都から。見ておいた方がいいところとかあるかな、それかおもしろい話とか」


「あるぜぇ。まずはな赤い棒が立った屋敷は勿論だが、近くに細っこい石造りの家があるから、そこから塔の方角を見ると、ちょうど展望台と夕陽が重なるのが実は隠れた絶景ポイントだ。あれは見るべきだな。

 あとはさっき隣村の港で聞いた話なんだがな、月に一回シリト()からの船にすっげー美味い酒が紛れ込んでくるらしい。俺は酒には目がねぇから、港で働く坊主に駄賃やってちょこおっとだけ分けてもらうよう交渉済みだぜ、がっはっは!」


 豪快に笑うと、アコワーズは巨大なグラスに入った蒸留酒を飲み干す。ジルニアはあっけに取られたままグラスが空になる様子を見て、次にデミルに視線を移すと彼は肩を竦めてちびちびとエールを舐めるだけである。

 アコワーズの酒好きは弌刻では知られたところだが、曲がりなりにも今は任務中である。今の話の中にも情報共有すべき内容があったのか、アコワーズの赤い顔のせいで判別できない。


「どうやらその酒は、屋敷に招かれる挑戦者に振る舞われる逸品らしいですよ」


 料理をつつきながらデミルが言った補足でそういうことかと納得した。

説明が分かりにくくてすみません。

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