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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
一章 生首とあまのじゃくと旅のはじまり
17/122

17.穏やかな時間です

 招き入れられた家の中には、部屋の真ん中に簡素なテーブルと椅子が三脚、台所と最低限の家具があるだけだった。奥にも部屋はあるようで、おそらく寝室だろう。

 レティアナはどこに何が置いてあるか把握しており、台所の下からバケツを取り出すと水を汲んでくると言って出ていってしまった。

 テーブルの近くに行くと長く使っていただろう生活感が染みついた二脚の椅子が向かい合っていた。残りひとつの椅子は、使われた形跡がないまま時間だけが経ってしまったような綺麗さがある。食器も三つずつあるが、どれも二つだけが欠けたり使い古した感じがした。

 二人で、長くここに暮らしていたんだろう。

 二人で、誰かを待っていたんだろう。


 はっとして、リアは首をぶんぶんと振った。駄目だと思った。


「どうした?」


「いえ、どうにも。ちょっと埃を払おうかと」


 レティアナはすぐに戻ってきた。布巾を濡らして絞り、テーブルと椅子を手早く拭く。


「どうぞ、座って。急ぐから、少しだけ待っていて」


 リアは勧められたとおりに使い古された方の椅子を引いて腰かけ、トリムを膝の上に乗せた。

 レティアナは続いて台所を拭き上げ布巾を脇に置き、次に食器や鍋を洗い始めた。

 慣れた動きだったが、彼女が着ているのは質の良い袖が長い服で、捲り上げてもずり落ちてどうにも邪魔に思える。白に銀糸の刺繍が入った可愛らしい服はレティアナによく似合っているものの、今の庶民的な動きとミスマッチ過ぎた。


 リアは暫く少女が細々と動き回る様をぼんやりと眺めていたが、一息つくとトリムをテーブルの上に置き、レティアナに近付いていった。


「ちょっといいですか」


「え?」


 両手が濡れたままのレティアナの背後に立ち、湿った袖を丁寧に外向きに折り曲げていく。両の袖とも肘あたりまで捲り、離れると、レティアナがか細い声で「ありがとう」と言った。

 それに返事をすることもなく、リアはバケツと布巾を持って奥の部屋へ行く。


「借りますね」


「ま、待って。ごめんなさい、すぐに終わらせるから、もう少しだけ座っていて」


 ぐるんと振り返ったリアはわざとらしく大きく溜息を吐く。


「謝られたって私が待たせられる時間が短くなるわけじゃないでしょ。寝床も提供するって言ってましたよね? いざ休もうって時にまた待たせるつもりですか? 冗談じゃないんですけど。それにあなたなんかより私がした方が遥かに速いですよ。こちとら掃除に関しては鍛え上げられてきてんです。そこら辺の家庭レベルと一緒にしてもらっちゃ困ります」  


「……でも」


「あー、お腹空きました! まだ待たされるんでしょうかね!」


「……はい」


 奥の部屋に入る直前、トリムと目が合った。言葉もなく、呆れた半眼で見られていたようだったが、ふんとそっぽを向いた。


 奥の部屋は一人用の机と狭い部屋の半分を埋めるベッドがあり、その先にもう一つ扉があった。そこを開けるとさらに手狭な部屋と一人用のベッドがある。

 リアは窓と扉を開け放してさっさか掃除を始めた。放置されていただけで、丁寧に片付けられた形跡があったので、それほど大変ではなさそうだ。


 高いところから順に拭いていたら、玄関戸を叩く音が聞こえた。首を出して様子を窺うと「レーナちゃーん」というシスティアではない女性の声が聞こえて、慌ててトリムを回収しに行く。寝室に引っ込んでレティアナに目配せすると、レティアナは頷いて扉を開けた。


「はい」


「あらあ! やっぱりレーナちゃん戻ってきてたのねえ! お爺がレーナちゃんに会ったっていうもんだから、まさかと思ってねえ! 中央の騎士さまが来てたりしたみたいだけど、何があったんだい? 大丈夫なのかい?」


「ええ、詳しくは話せないけれど、私は大丈夫。心配させてしまってごめんなさい」


「全然謝ることじゃあないんだよ! レーナちゃんが大丈夫ならいいのさ! けどこれからどうするんだい? タイモンも……その、いないじゃないか……まさか、ひとりでってんならうちに来ないかい? うちはひとりくらい増えたって変わりゃしないんだよ?」


「ありがとう、ミコおばさま。とても嬉しいけれど、私ね、実は、母さまと暮らせることになったの」


「本当かい!? そりゃあ良かったねえ! なんだっけ、聖職者の巡業とやらから帰ってきたってことなんだね。私も初めて会うよ。緊張しちゃうねえ」


「驚いてしまうかも」


「ははっ! 楽しみだわ! じゃあ後でお裾分けを持って行くわね!」


 レティアナと近所のおば様はさらに雑談をして、会話が終わったようだった。


 リアはトリムを抱き込み床に座り込んでいた。途中で耳を塞いだが、声の大きいおば様は手をすり抜けて会話を運んできたので、すぐに諦めた。ここに長居をすると本当に聞きたくないことばかり聞いてしまうかもしれないと思った。


「リア、あまり強く締めるな」


「……すいません」


「はぁ……厄介な」


 リアはむうと仏頂面で顔を上げた。そしてトリムを部屋の隅にある机に乗せて、無言で再び掃除を始めた。


 その間にもレティアナはすぐ戻ると告げて何度か外に出ていったようだ。その内、コトコト煮るような音と、ダンッという力強い包丁さばきが聞こえてきた。

 「レーナちゃーん」と聞き覚えのある大きな声とともに、おば様はお裾分けを持ってきたようだった。レティアナの母様が帰ってきてないことを残念がり、また明日来ると言って帰っていった。


 外は暗くなり、手狭な部屋の掃除が終わる頃、玄関戸が控えめにノックされた。レティアナが返事をすると、扉を開ける直前システィアの声が騎士もいると告げた。


「遅くなってしまってごめんなさいね。わたくしはいいと言ったのだけれど、騎士さまが念のためにと護衛をつけてくれたの、驚かないでくださいね」


 システィアの配慮は、なんだか他人行儀でわざとらしい気もしたが、近所の人とも面識がないくらいだしこんなものかなと思いながら息を潜める。騎士はレティアナとも二言三言会話をして、一礼すると去って行く。

 扉が閉まったことを確認し、リアものそのそと台所へと向かった。


「近くに待機されているらしいので、気を付けてくださいまし……あら」


 リアがバケツを持って現れると、システィアは目を丸くして口に手をあてた。それからパタパタと駆け寄ってリアの両腕に触れると「リアクタ」と唱えた。掃除で少しだけ溜まった疲労が、温かいベールに包まれたようにふんわりと溶けていく気がした。


「わたくしが遅かったばかりに、ありがとうございます」


「……いえ」


「リア、座って。スープができたから、すぐによそうわ」


 いつの間にかそばに来ていたレティアナが、リアからバケツと布巾を奪っていく。あ、と思い出したリアは、寝室の机に放置したままのトリムを迎えに行った。


「すいません、ほっときっ放しで。やっと食事ですって。えへへ、楽しみですね」


 詫びつつ、素直に楽しみな食事に顔がにやける。

 食べ物に罪はないのだから有り難くいただくべきである。忘れていた空腹感も思い出してきたし、気を付けるべくは興奮して食べ過ぎないようにしなければならない。流石に水だけの生活からお腹いっぱいは腹を壊すだろう。

 トリムは「ああ」と頷くと、求めていた同意と全く違う返事が返ってきた。


「リアが夢中になると穏やかでいい。今後も掃除の機会があれば積極的に取り組むように」


「それは、褒め……? いえ、あまりいい意味が含まれてませんね? そんなこと言うと、スープ食べさせてあげませんよ?」


 どうだと言わんばかりに腕を組んでトリムを見下ろすと、「……食べさせるつもりだったのか」と驚愕の表情で固まるトリム。

 当然、頭部だけなのだし、介護よろしくふーふーして食べさせる気満々だったリアは逆に不思議だった。弟妹によくしてあげていたので、なんのことはない。特に抵抗もない。

 もしかしてと、そんな感じの魔術を使い自分で食べるという可能性に気づいた。それはとても便利だなと納得しかけたところで、予想外の返答に今度はリアが驚愕した。


「俺に食事は不要だ。問題ない」


「え!? な、なんでですか!? 人なんでしょ!?」


 不要だという発想はなかったので、思わず食ってかかる。人なのに食べないなんてと、拭い去っていたはずのモンスター疑いが俄かに生まれた。


「そこまで驚くか。封じられているというのは、通常の生命活動すら止められているということだ。故に、今は必要がない」


「えっでも、しゃべったり、息したり、不機嫌な顔したりしてますよね」


「最低限、抗って動かしているだけだ。一度、抵抗を極限まで薄くして見せただろう。何もしないとああなる。分からないならもう一度して見せるが」


「森のアレですか! いいです! 要りません! 理解しました!」


 彫刻のようなアレはまるで死体のようで、中々心臓に悪かったので二度と拝みたくはない。


 それでも、食事の席には同席してもらおうとトリムを抱いて戻ると、すでにスープは盛られ、近所のおば様お手製の肉と野菜の炒めたものが並べられていた。胃に優しくなさそうだったので、いい匂いに後ろ髪引かれつつ辞退する。

 リアは使い古された方の椅子に座り、向かいにレティアナが座る。綺麗な椅子と、綺麗な食器類は、システィアの前だ。システィアは困惑して替わろうとしたが、リアがスープがあればいいと言って封じた。


 そして、いよいよである。

 大きすぎる気がしないでもない野菜が、湯気が僅かに立ち上る透明な液体の中に浮かんでいる。

 スプーンを浸し、すくい上げて口元に運んだ。


「ふう、あったかいですねぇ。……いただきます」


 人肌に冷まして口の中に含むと、じんわり野菜の味がした。ごくりと飲み込むと、喉を伝って体の中に熱が広がっていくのが分かる。染み込んでいった感覚に、ほっと息が漏れた。生き延びた、命脈を繋ぐ熱だ。


「あの……ごめんなさい」


「ええと……」


 気まずそうにどもる母娘を見ると、レティアナは目を伏せ、システィアは困ったように笑っていた。

 何だろうと思いながら、さらにスープを一口飲んだ。


「実は……料理は初めてなの。父さんが刃物とか、火を触らせてくれなくて。見よう見真似では、できないものなのね」


「そうだったのですね。全て任せてしまって悪かったですね。レティアナ、明日はわたくしも一緒に作るから、ゆっくり覚えていきましょう」


「はい……リア、こんなにも待たせて、こんなスープで…………え」


 やり取りを聞きながらも手を止めなかったリアは、自分を見て固まるレティアナとシスティアを見つめ返す。


「なんですか」


「そんなに……不味(まず)かった?」


「え? いや、普通に……ああ」


 スープに集中していたリアはそこで初めて自分が泣いていることに気づいた。だが、泣いているというよりはただ目から涙が流れ出ているだけで、感情はそんなにない。ほっとした、そういう生理現象に近いものだった。


「飲んだ分漏れ出てるだけなので気にしないでください。味はまあ、薄いのかもしんないですけど、今の私にはちょうどいいです。美味しく作れるに越したことはないので、明日からは励んだらいいですよ」


 リアはそれだけ言って再び食事に集中することにした。

 しばらくは食器の触れ合う音だけが響く。


 飲み終わり、形が全く崩れない野菜をつつきながらもう少しいけるか、なんて考えていると右から手が伸びてくる。システィアはリアの涙を拭い、優しく頬を撫でて微笑むと、お皿を攫って鍋に向かった。どうやらおかわりを注いでくれるらしい。

 おかわりを貰ってお礼を言ったら、今度は頭を撫でにこりと笑う。女神かと見紛う笑顔だった。食事と寝床を要求しただけなのに、ひしひしと感じる好感度の高さに居た堪れなくなりそうだ。


 食後はお風呂が準備できていないからと、お湯とタオルを貰ったので、レティアナと共に奥の部屋で髪と全身を拭き、どこから持ってきたのか肌触りの良すぎる服を借りた。その頃には腹も満たされ全身もさっぱりして心地良い眠気に包まれていた。

 奥の部屋から戻ると、システィアとトリムがテーブルで何やら話し込んでいたようだった。


「あふ……次はトリムさん拭いたげるので、お湯とタオルのおかわりください」


「ええ、持って行くわ」


 レティアナが準備をしに行く様子を見て、リアは欠伸をしながらシスティアに一言言ってからトリムと一番奥の部屋に戻る。


「何話してたんですか?」


「大したことではない」


「えー、内緒話ですかぁ、やりますねえこのこの」


「あ?」


「冗談ですよ。すいません」


 しばらくしてレティアナが替えを持ってきて、終わったら呼んでと言って去っていく。リアは湯でタオルを絞り、トリムを膝の上に乗せて構えた。


「俺は必要ないんだが」


「またですか? でも私と一緒に爆発に巻き込まれたり、私と一緒に地べたに寝転がったりしたでしょう。汚れてないはずがないじゃないですか。私は汚れてましたよ!」


「封じの魔術は保護の役目も果たしている。俺が汚れることはない」


「……それって私がくしゃみした時あんなに怒ることもなかったんじゃ……いや、てかトリムさん自身は汚れなくても、その魔術コーティングされてる上は汚れませんか? 結局持つの私なんですし、綺麗にさせてくださいよ」


「まあ、そうだな。仕方ない」


「わーい……ん? 何か違くね」


 結局、トリムを拭き終えたら眠気で頭がぐらぐらしていたので、レティアナを呼ぶ前にちょっとだけ横になろうとベッドに倒れ込むと、そのまま起きることはなかったのである。

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