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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
一章 生首とあまのじゃくと旅のはじまり
16/122

16.感動のシーンですか?

あまのじゃくの本領発揮です。

 レティアナがサークル状の空間を抜けた頃に、木々の間から遠目でも分かるほど華奢な女性が姿を現した。長い銀髪を緩く三つ編みにして手前に流し、薄い肩掛けをしただけで着ている服装はみすぼらしい。今にも倒れてしまいそうな線の細さだが、何故だか気高く、凛とした空気を纏っていた。まるで光に愛されているかのように彼女の周りだけ輝き、見る者に神々しさを植え付ける。


 一目見てレティアナの母様だと分かった。


「第二夫人の子は普通じゃないと思ってましたが、第二夫人が普通じゃないんですねぇ」


「そのようだ。あれは生まれながらの聖者のようだな。息をするのと同等に癒しをばら撒く」


「ほぁー……第二夫人の子の言ったことを疑う余地なしじゃないですかぁ」


 ほうっとリアは頬杖をついて息を吐いた。


 母様はレティアナの姿を見つけると足を止めた。同じように、レティアナも止まったので、彼女たちの間には多少の距離がある。全く聞こえないが、そのまま何やら話している。ひとりで森に入ったことの弁明中なのか、レティアナの後姿が強張っているようにも見えた。

 少しして、若い男性が現れた。トリムが言っていたもうひとりの人だろう。淡い橙色の髪に、筋肉質な体格を持っていた。男性はレティアナ達を見つけると、二人の邪魔をしないように離れた位置で様子を見守っている。

 やがて、母様はよろよろとレティアナに歩み寄り、それはもう大事そうに包み込むように抱きしめた。レティアナは両腕を持ち上げ、途中で止まり、一度拳を握ってから抱きしめ返した。


 それから、レティアナが泣いているのが分かった。あれほど落ち着いた少女が、声を上げて感情のままに泣いていた。ただの子供のように。


 リアはその様子を複雑な心境で見つめていた。


「私、このまま立ち去りたいなあ」


「好きにすればいい……が、何故だ?」


「……何と、言うか、これ見よがしな同情を誘う様子を見たくないんです……彼女に対するスタンスが崩れてしまいそうで」


 言葉にし辛い感情が渦巻いて、徐々に落ち込んでいくのが自分で分かる。見たくないと言いつつ、彼女達から目は離せなくて、立ち上がる気力もない。


「意地で保っている建前のことか。もはや在りもしないものを装う徒労は馬鹿げている。一体何を強がっているのか知らんが…………無意味なことに身を費やすな」


 トリムさんの呆れた声がなんだか優し気に聞こえるなんて、末期だ。……疲労が。


「……在りますよ。ありありです。私は、許すわけにはいかないんです」


 ぼそぼそと口先だけ呪い節を呟きつつ、立ち上がれない理由も疲れのせいにする。

 無意識にトリムの髪の毛先をちょいちょいと弄ぶと、煩わしそうに眉をひそめたトリムは「勝手にしろ」とだけ言った。


 ふうと息を吐いた後、深呼吸をすると甘い香りが鼻についた。

 ふと、右手の赤い果実を食べるチャンスがやっと今あることに気づいた。リアは袖で果実のかぶりつく範囲だけを拭き上げ、いよいよだと表情を緩める。歯を立てると、少し固めの皮を破って甘い果汁が口いっぱいに広がる、はずだった。


「ぉああぁぁ」


「……次は何だ」


 甘さの代わりに、渋さが口いっぱいに広がってゆく。

 味なのか何なのか分からないこの口内の水分を奪われるような感覚。口をはくはくと開閉して紛らわそうとしても、なかなか消えてくれない。何か、口直しを。

 とりあえず手近にあった薬草っぽい草をむしり、ぶんぶんと振って一瞬の躊躇いの後食いちぎって咀嚼。


「にが……すっぱ! 何これすっひゃ、れ? ひはは、ひひれ」


「有毒植物まで食べるとは、口汚い」


「ひはう! ふれひふ! へは、ほめへお!」


 舌がピリピリと麻痺して言葉にならないので、訂正も不満も伝わらない。

 被害が口の中だけで毒と言っても強いものではないのだろうが、知っていたなら止めてほしかった。いや、ダンジョンの貯水湖で耐えられる毒性度を試すとか言っていたし、もしや、わざと。

 両手で口を押さえて涙目で睨むと、トリムは素知らぬふりをしてリアから視線を外し、茂みの向こうを見やった。つられてリアも顔を向けると、目元を腫らしたレティアナが困惑した表情で立っていた。


「話をつけてきたのだけれど、何があったの?」


「語るのも馬鹿らしいことだ。無視していい」


「ほうはへほひほい!」


 レティアナが立ち上がるのを促すように手を差し出した。

 リアはそれには掴まらず立ち上がり、ぱんぱんと土に汚れたお尻を叩く。


「騎士の方には村に戻ってもらっているから大丈夫よ。母さまに紹介するからこちらへ」


 なんと、橙頭の男性は村人ではなく騎士だったようだ。なぜ一介の女性に騎士がついていたのかは謎だが、危ないところだった。だが正直母様も先に帰らせてほしかったというのは、あまりにも酷か。


「ひょうはいへえ……」


「リアの事情は伏せているから安心して。万が一何かあっても私が守るわ」


「お、おふ」


 微妙に納得していない態度をすると、なんとも雄々しい言葉が返ってきた。大木を切り倒す魔術を目の当たりにしているし、頼りになる方向での成長具合が目覚ましい。


 ダンジョンを出て、面と向かって大人と相対するのは初めてだ。トリムをどうしようかとお伺いを立てると「構わん」と許可が出た。そのままでいいらしい。


 茂みから出て母様に近付いていく。

 風に髪と肩掛けがふわりと揺れ、柔らかな雰囲気と穏やかな微笑みはさながら聖女のようで、なんだか拝んでしまいたくなりそうな美しさだった。すでに美少女のレティアナも、将来への期待がさらに大きくなるほどよく似ている。


「あなたがレティアナを救ってくれた方ですね。まずは心からお礼を申し上げます。本当に、本当にありがとうございます」


「ひはいはふ」


 救ってなどいないのに深々と頭を下げられて居心地が悪くなったリアは即座に否定した。だが、なにぶん舌が麻痺しているせいで、リアの返事に顔を上げた母様は微笑のまま小首を傾げた。


「リアが現れなかったら死んでいたと思うの。命の恩人だから、お礼をするのよ」


「ほあ」


 レティアナに親し気に右腕を掴まれてしまった。命の恩人ということにして家に招く理由を作ったようだ。振り払えば逆に怪しまれてしまうので、やむを得ずそのまま握らせておく。怪しさは常に全開のような気もするが。


「それはいいことですね。……ですが、その前に」


 風が通り抜けるようにあまりにも自然に目の前に来ていた母様に、リアはワンテンポ遅れてはっと息を呑んだ。差し伸べられた手は優しくリアの頬を撫で、母様は鈴音のような声「ファーレ」と口にすると、心地良い温もりがリアの口から胸元までを包んだ。


「きもちい……あ、喋れる」


「大したことはできませんが、以前は聖職者をしておりましたの」


 母様はリアとそれからトリムに視線を移してにこりと微笑み、あまりにも優雅に膝を曲げる。


「わたくしはシスティア・カランと申します。何やらご事情がおありのようですけれど、娘を救ってくれた方を決して無碍にはいたしませんのでご安心ください。見たところ疲労の色がお強いご様子。ぜひ家で休まれていってくださいませ。微力なれど、お力添えさせていただきますわ」


 ……こりゃ逃げらんねーわ。


 押せば折れてしまいそうな細さで、リアの方が絶対筋力腕力等強いことは確信できるが、逃げることが叶わないと思わせる威圧感がシスティアにはあった。

 リアは曖昧に笑うしかなかった。




*****




 森を抜ける直前の場所でリアはしゃがみ、トリムと共に待機中である。


 システィア母娘(おやこ)は先に村に戻り、場が整ったら迎えに来ると言った。システィアは、人目につきたくないという逃亡者まがいの発言に言及するでもなく、そうなるように対処します、と受け入れた。物わかりが良すぎて逆に疑いたくなる。


「娘が脅されていると思ってとりあえずは従い、安全を確保してから騎士の人達に言いつけて私たちを捕まえようっていう魂胆なんじゃないですか。そうとしか考えられないと思いませんか」


「そうかもな」


「ですよね! やっぱりそうなんだ。母様が少し待たせてしまうかもしれないけど、って言ってたのは、騎士達をうまく配置させるためなんですよ。気づけば取り囲まれていてってパターンよくあるじゃないですか」


「そうかもな」


 しばらくしてレティアナが家屋の脇から小走りに駆け寄ってきた。辺りを一瞥して人気のないことを確認すると、森に入り、リアの隠れている脇にしゃがむ。


「母さまが引きつけてくれているから、今のうちに」


 自然に右手を取られて、手をつないだ形で村に入っていく。相変わらず趣味が良いとは言えない複雑怪奇で奇抜な色の建物を何件も通り過ぎて、ダンジョンに挑む前に泊まった代表の絢爛豪華な塀が見えてきた。

 遠くで多くの人のざわめきが上がる。ここまで来るのに誰の気配も感じなかったのは、その代表の家付近に集まっているからのようだった。

 やはり、とリアが握った手を強張らせるのに気付いたように、レティアナは「大丈夫よ」とリアを見上げ、手を握り返した。


「森だと逃げられる可能性がありますからね。こういう逃げ場のなさそうな路地とか、代表の家とか袋小路にしてネズミのごとく叩き潰す予定なんですよ。囮と思われる第二夫人の子が手を離した時が(かなめ)です」


「そうかもな」


 リアはぶつぶつとレティアナには聞こえないよう呟く。

 代表の家とは反対方向の路地へと歩を進め、人声からは離れて行く。突飛な色使いの建物はなくなり、普通の石と木造の住宅が並ぶ風景になった。

 ひとつの家屋を曲がろうとした時にレティアナは足を止めた。人差し指を立てて口に当て、リアにここで待っているようジェスチャーで告げる。

 レティアナの手が離れ、走って向かった先に年老いた男性が歩いていた。


「ロア爺、こんなところでどうしたの? お家は向こうじゃない」


「おやぁ、レーナちゃんやぁ。最近見とらんが、どっか行っとったかねぇ。おれはなぁ聖女さまが舞い戻ったっつってぇ、せがれたちが言っとったもんでなぁ、おれもなぁ、見に行くところなんだぁ」


「それなら反対方向よ。ほら、あの赤色の変な棒見えるでしょ? あれを目指すといいわ」


「ほんなぁ、あんな変なもん、立っとったかなぁ。ありがとうなぁ、レーナちゃん。ほい、飴ちゃんやるなぁ」


「ありがとう。黒い鎧の騎士さまを見かけたら、聖女さまのところへ連れて行ってくれると思うから、声をかけてみて」


 老人の耳が遠かったせいで、レティアナの声も気持ち大きめで、二人が話した内容が丸聞こえだった。老人はもうひとつ飴玉をレティアナに渡すと、頭をぐしゃぐしゃと撫でて去っていった。レティアナは乱れた髪のままリアの元に戻ってくると、飴をひとつ渡し、再びリアの手を握って歩きはじめる。向かう先は、老人が歩いて行こうとしていた路地だった。

 並んだ家屋の三軒目で足を止めて、「ここよ」と言った。何の変哲もない、どちらかと言えばレティアナには不釣り合いな古ぼけた家。


「お爺さんは騎士団のやり手の遣いなのかもしれません。今の会話の中に暗号が含まれているとしたら、私たちの情報は筒抜けですよ。この家も扉を開けた瞬間に刺客が襲ってくる可能性があります」


「そうかもな」


 レティアナは首元から簡単な造りの鍵を取り出した。鍵自体も、それが下げられていた紐も年季の入ったもので、慣れた手つきで鍵穴に差すと躊躇いもなくドアを引いた。

 少し埃っぽい空気が中から漂い、人が長年住んでいなかったように生活感のない静けさが感じられた。


「埃っぽくてごめんなさい。掃除する時間がなかったの。ここを出る時に綺麗にはしてきたつもりだけれど、やっぱり人が住まないと痛んでいくのね」


 レティアナはやっとリアの手を離し、玄関に入る。だが後に続こうとしないリアの気配に気づき、振り返って分かりづらい表情を僅かに暗くする。


「用意ができてなくて、失望させてしまった? 急いでするつもりだけれど、どうしても少しは待たせてしまうわ……ごめんなさい」


 このままだと、子供のもてなしに文句をつけている、狭い心の持ち主のようではないか。

 立ち往生するリアに痺れを切らしたトリムが呆れた声を出す。


「早く入れ」


「……うぐう」


「言いたいことがあるなら、聞いてやる」


「うぬぬぬ………………………………ないです」


リアは諦めた表情で、実家に似て馴染みある木造の家に、渋々と足を踏み入れた。

システィアの一人称表記訂正してます。

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