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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
一章 生首とあまのじゃくと旅のはじまり
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13.そんなこと言われましても

 トリムは寝転んだリアに対して何も言わず放っておいてくれるので、近くに危険はないのだろう。

 出会ってから索敵は完全におんぶにだっこだが、王都で買ったリアの半端な術具より、トリムの魔術の方が優秀なので仕方がない。できる人がすればいいのだ。


 はたと自分の考えに疑問を覚えて目を開ける。眩しい。


 いかんいかん、これは駄目な考えだ。自分にできないことを任せるのと、横着して無責任に任せるのを同じにしちゃいかん。結果的に任せることになるならまだしも、気持ちは対等でありたい。


 両腕で勢いをつけてむくりと上半身を起こす。

 バックから索敵の術具を取り出して、胸の前に水平になるように掲げた。黒と黄色の二本の針が真ん中を金具で止められ回るようになっている、一見して方位磁針(コンパス)のようなそれの、針の留め具を外した。


 針はそれぞれ魔力の動きと瘴気の溜まりに反応するようになっており、どちらも同じ強さで同じ方向を向けばその先にモンスターがいることが分かる。モンスターの核は瘴気の結晶であり、原動力であるそれを元に動くことにより魔力の動きと近似した波を放つらしい。よく分からん。

 近場で大きな魔術を使うと黄色の針がそちらに反応してしまうが、エンカウント前に使うものなのでそうそう問題にもならない。簡易だが魔力なしのリアでも使える優れものだ。安いし。


 黄色の針は左右に揺れ動いてトリムの方を向いたが、黒の針はゆっくりとダンジョンの方角に回っていくのが分かる。ダンジョンの消えゆく瘴気に一番にゆらゆらと反応するくらいだから、この付近にモンスターはいなさそうである。


「面白いものを持っているな」


「これですか? よくある市販品ですよ。魔力使う高いやつは私扱えないので」


 高価な術具は、ほとんどが使用者の魔力を使う魔術具である。方角だけでなく、瘴気の程度や距離まで精密に可視化してくれるもので、針のようにアナログ感はなく、液体結晶に対象が点描として映る感じのスタイリッシュな見た目だ。


 トリムは索敵の魔術を使えるのでそもそもが必要なく、こんな安物は見たことがないのかもしれない。

 リアはトリムの目の前に差し出してくるくると水平に回して見せる。円盤状の囲いに入った八方向の目印だけがリアの手の動きに合わせて回り、黒と黄色の針は固定されているように向きを変えない。


「人にも反応するのか」


「人というか、生物全般です。黄色い針は魔力の動きが活発な方を向くので、さすがに植物は弱すぎますが、大概、動物より人の方が、特に魔術を使う時に一番勢いよく反応します。ま、微弱な魔力は距離に応じて精度が落ちますし、索敵避けのローブには完敗なので、黒い針があってこそ意味を成す貧乏冒険者のモンスター索敵用ですね」


 権力者とか、裏稼業向けの人達に対しては完全に人向けの索敵魔術具もあるとか。桁に目が飛び出すほど非常に高価で、リアのような善良な一般市民には触れる機会は皆無だろう。

 リアは話しながらも、そのコンパス術具をトリムの前で左右に大きく動かしてみている。


「なんか、ずっとそっち向いてますけど、索敵の魔術か何か使っているせいですか? この針に無視され続けている身としては正直羨ましいです」


「俺がそばにいる限りはそちらの針は役に立たなそうだな。リアも魔術を覚えるといい。お前の頭では時を要するだろうが、いずれは…………いや……そうだな、使える日が来ることがあるかもしれない」


「遠回しに馬鹿って言ってます? そうじゃなくて、私は魔力がないんですよ。なので、決して私は頭悪くないですけど、土台無理な話なんですよ。決して頭が悪いことが理由じゃないんですよ。決して」


 憮然として言ったリアの言葉に、トリムは何を言っているか分からないといった感じに眉をひそめる。ふざけた発言だとちょっと馬鹿にした感情も見え隠れしている。


「魔力のない生物がいるはずないだろう」


「そりゃ、ゼロコンマいくつはあるかもですけど。計測器が反応しないくらいの保有量みたいなんです。だからほら、このとーり、至近距離でさえ針は微塵も反応してくれません」


 コンパス術具を胸に当て、ぐぐぐと全く分からない自分の魔力の流れを意識してみるも、黄色の針はトリムを向いたままだ。


「…………ふむ、試してみるか」


 しばらくその様子を見ていたトリムは興味深そうに呟き、突然フリーズした。


「え……?」


 何を試すのかと口を開きかけたリアは、そのいつもと違う様子に言葉を失った。

 木々の間を吹き抜ける風にリア達を取り囲む草木が揺れる。

 しかし、リアの髪も揺らすそれに対し、トリムの髪は微動だにしない。黒髪は針金のように動きを変えず、開いたままの緋色の瞳はガラス細工のように魅入る輝きを反射するが、瞬きどころか僅かな眼球の動きさえない。

 リアを一番最初に治療し眠った時とは比べ物にならない程の彫刻らしさだ。生きているとか死んでいるでとかはなく、無機物のように止まっている。


「……あの……トリムさん?」


 リアの胸につけた、コンパス術具の黄色の針が目標を失い、ただ揺れ始める。

 針は、枝から枝へ飛び移ったリスに気まぐれに反応しただけで、通り過ぎるとその身を風に遊ばせた。相変わらずリアには無関心だ。


「…………ねえ」


 さすがに不安になって、リアはトリムににじり寄って顔を覗き込む。赤い瞳に自分の姿が映っているのが見えたが、意思というものが全く感じられない。


 ふと、地面に置いたコンパス術具の針が、ちょうどリアの真横の方角へと針を動かした。リアはそれを視界の隅に捉え、針の先の木々の向こうと術具とを交互に見やった。

 黒い針は動かないのでモンスターではないが、これだけの反応を示すのは人が魔術を使った時と同じだった。今ここで人となると、一番可能性が高いのは騎士団だ。


「ねえ! トリムさん起きて! 人が!」


 こそこそと小声でリアが呼びかけると、トリムはひとつ瞬きをした。それからコンパス術具をちらと見た後、リアを見上げた。


「起きている」


 フリーズする直前と何も変わらず、普通に返事をしたトリムに、リアは拍子抜けして目を瞬かせた。

 気づけば、黄色の針は再びトリムを向いていた。


「なんだったんですか、今のは……っじゃなくて、人が来てるんじゃないですか!?」


 焦るリアとは対称的に、トリムは落ち着いた様子で一度針が向いた方向を見る。


「そうだな。ひとり、子供のようだ」


「……子供?」


 こんな森深くに、子供が、ひとりで?


 それが事実ならば、なんだか嫌な予感しかない。

 森の一番近くの人里は、あの恨みたっぷりの村だ。とはいえ、上から見た時に相当距離があることは確認したので、迷子というよりは積極的に入り込まなければ、こんな場所には来れないはずだ。突然折れたダンジョンの様子を確認しに遣わされたのだろうか。


「確かに、全く反応を示さなかったな。何故だ?」


 索敵術具の針は、その子供に反応したようだったのに、何を言っているのだろうとリアは首を傾げた。


「何故って……子供が?」


「いや、リアの話だ」


「私かよ」


 リアが嫌そうな顔で隠れるべきか考えていたのに対し、トリムは神妙な顔で別のことを考えていたようだ。

 リアにとってさして重要でないことに何をそんな真剣に考える必要があるのかと、やれやれと肩を竦めてみせた。


「だから、魔力がないからって言ってるじゃないですか」


「そんなはずはない。個体に大小あれど、生物は生きている限り自然と体に魔力を溜め、循環させるものだ。いくら何でも、人が矮小な野生動物に劣る保有量なわけがあるか」


「はあ、そうなんですか」


 実感のない新事実に気の抜けた返事をしたら、トリムに睨まれた。


 そうは言われても、リアとしては理由を問われたところで答えようがない。

 生まれ育ったところは魔術師なんていなかったし、魔力が全ての生物にあるなんて知らなかった。リアのような魔力皆無な人も世の中にはいるものだと思っていた。実際のところ、勇者パーティに入って計測器を使った時に初めて魔力というものを認知したくらいだ。

 そして、矮小な野生動物にさえ劣っていると言われて、気にしていない素振りはしていても、僅かな憧れと矜持にひびが入り、できればさっさと避けたい話題だった。


「じゃあ、あのリスがたまたま小さな身にすごい魔力を秘めていたからとか、この術具が実は壊れているからとか、そんなところじゃないすかね。というか、そんなことより子供」


「それはリアだけに全く反応しない理由にはならん。一体何なんだ」


「私よりトリムさんの方がどう見たって、何なんだ、じゃないですか? すごい棚上げ。じゃなくて、子供が」


「くそ、こんな体でなければ調べられるんだが」


「五体満足であっても、何もさせませんよ? てか、子供」


 不穏な空気を感じ取って先に釘をさしておくことにしたら、舌打ちをされた。


「子供一人如きに隠れまわる必要はあるまい、放っておけばいい。どうせ戯言として片づけられる。気になるのならば、物理的に片付けるが」


「物騒な発言ですね。気にしないでいいなら気にしません。ほっときましょ」


 リアはトリムを抱き上げ、よっこいしょと立ち上がる。普通に立ち上がれたつもりだったが、ふらりと体が揺れるのを感じて、足に力を入れて踏みとどまった。


「……えと、あれ?」


「どうした?」


「なんだか、体にあんまり力が入りません。疲労困憊というわけではないんですが、なんだろう、ガス欠的な……あー」


 言っていて気づいた。

 ダンジョンからやっと解放されて、緊張感が途切れた今になって、体が限界を訴えてきたのだろう。即ち、腹が減ったと。


「傷とかの治療はトリムさんにしてもらったから動けるには動けるんですが、エネルギー枯渇が予想外に深刻なようです。空腹感が麻痺しちゃってたんで分からなかった」


「そういうことか。いつから食べていないんだ?」


「……分かんない」


 ダンジョン内は朝も昼も夜も分からなかった。思い出したくもない家畜似のモンスター肉を最後に食べてから、水しか飲んでいないが、どのくらい経ったのだろう。二、三日のような気もするし、一週間以上のような気もする。元パーティの回復術やトリムの治療のおかげもあるが、人間、限界を感じれば意外と動けるものだと実感した。


「歩けないのか?」


「いえ、そこまでじゃないです。幸いここは普通の森ですし、食べ物を探しましょう」


 果実とか、食用可の花の根とか、リアはある程度見分けられるのでそれほど難しくないだろう。キノコはさすがに失敗が怖いなー。

 ゆっくりと歩き出すと、最初立ち上がった時のような力が抜けそうな感じはしなかった。行ける。

 途中現れたウサギをトリムが狩ろうとするのを、肉はまだ早いと止めたり、木の根に躓いたりしながらしばらく彷徨っていたら、水の音が耳に入った。

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