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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
115/122

31.どちらさまですか


「へ?」


「兜だけ持っているのは、何のためなのかね?」


 気の抜けた返事をした行商人に対し、笑みを変えない細目男はリアに視線を向けて言葉を続けた。


「…………商品ではないのでお答えできません」


 驚いて細目男を凝視してしまったが、よくよく考えてみれば答える必要はないと気づいた。ふいと顔を逸らし、冷静にそれだけ返す。

 行商人と話していたのに突然リアに話しを振るなんて、そんなに兜が気になったのだろうか。

 客対応は行商人(おじさん)が請け負ってくれるので、リアは相手にしてはいけない。ただの兜に興味を持つなんて変わった人だ。大丈夫、まだ何も問題はない、と誰にでもなく自身を納得させる。


 静かになり諦めたのかと思えば、細目男は「はははっ、確かにそうか」と突然笑い出した。


 何がおかしかったの……?


 リアは訝しみ、もう一度男を見てしまった。

 その変なものでも見るかのような視線に気付いた男は、笑いを堪えながら行商人の前を過ぎ、リアの方へと近寄って来る。嫌な予感と共に。


「あちょっとお客さん」


「実はだね、君のことを聞いて来たのだ」


 身構えたリアに男はそう言った。

 止めようと声を掛けた行商人の声も止まる。


「…………何を……誰から聞いたんですか?」


 平静を装って言葉を紡いだ。

 嫌な予感が確信に変わる。


「門の兵士からだ。君が我が街に入ったという知らせを受けてね」


 うわあぁやっぱりかぁ。


 予想できる答えだった。同時に、問題しかない答えだ。やはり入門審査でのあの違和感は明らかなものであり、どこかへ報告されてしまっていた。


 今の答えから目の前の問題は二つ。

 まず、この細目男は門兵から報告を受ける程度の立場にあると意味していること。

 そして、珍しい露店への興味本位で立ち寄ったのではなく、リアに対してわざわざ足を運んだ理由があること。ただ、客の振りをして現れたのは謎である。


「驚かないのだね。思い当たる節でも?」


「さあ……皆目見当もつきませんね。というかあなたはどちらさまで?」


 絶対地位の高い者だろうが、事情を明かさぬ者にこちらの情報を与えてやるつもりはない。ギルドの要人か騎士団の関係者か。

 もしかしたらただの変人という可能性も無きにしも非ず(希望)。


「本当に分からないのかね?」


「ええまったく」


「ふ、そうか………………知っているかね、入門審査では多くの探し人や罪人の情報を照合しているのだよ。フォニスヴァレーに訪れたのは偶然だろうが、君の所在を求めたのは()だという。何故鉄ランクになって間もない者をと調べてみれば、成程、ただの冒険者ではない。無論、罪人でもない」


 情報を与えてやるつもりはないが、なんだか既に握られている気がしてならない。なのにこちらは細目男どころか、男が言う()についても掴み切れない。


 だが口振りではリアの登録証を利用して居場所を突き詰めようとした張本人ではないようだ。細目男は第三者的位置にいる。


 一方的に知られている状況に気持ち悪さを感じつつ、リアはどうすべきか思案する。

 アーサが戻るまでは移動しない方が良い。かつ男は武器等も持っておらず危険は感じない。このままでは誰にどのような情報が漏れているか分からず対処のしようもないので、ここは逆に情報を得るチャンスと考えよう。

 トリムも同意見なのか、特に反応はない。


「私は善良な一般市民ですから、その()が何か勘違いされているのではないですか」


「ははは、まさか、それはない」


「どうしてそう言い切れるんです? 私がただの冒険者でない証拠でも持ってるんですか」


「さて、証拠は君の方が持っているのではないかな」


 ひやっとして兜を持つ手に力が入る。

 一応入門審査では(トリム)を怪しまれも調べられもしなかった。トリムのことを言っている確証はない。墓穴を掘らないよう注意しなければ。

 内心の動揺をおくびにも出さず、リアは質問を投げ続ける。


「一体何のことでしょう? 何を根拠に意味の分からないことを言ってるんですか」


「さあて、実は分かっているだろう?」


「その謎の確信は何なんですか。というかあなたは何なんですか」


「あり得ないからだよ。彼の要請で無意味なことなどないからね。私はそれを信ずる一人だね」


 意味が分からない。

 会話はしているが、答えにならない無意味な言葉を繋いでいる。

 いちいち回りくどい言い方をするのは、答える気なんて更々ないということだ。


「……じゃあその信頼の厚い彼は何者なんですか」


「誰だと思うかね? 当ててみたまえ」


 …………なんだそれ。


 当てられるのなら答えてやらなくもないという言い方にイラっとする。教えられないのならそう言えばいい。


「なら、結構です」


 先程からのらりくらりと答えをはぐらかす男は「残念だ」とわざとらしく肩をすくめた。


 質問を質問で返し、どうとも取れない回答をする。一つもはっきりさせない細目男に不満が募る。

 リアはあからさまに溜息をつき、苛立ちを露わに男を睨んだ。しかしこちらが睨んでいるのに向こうは楽し気に口の端を上げた。


「用件は何ですか? ないなら帰ってくれます?」


「はは強気なお嬢さんだ。勿論用があって足を運んだのだよ。……しかし、その前に確認しなければならぬことがある」


 細目男は一歩リアに近付き、声を潜めて聞く。


「君は今、どうして一人で行動しているのだね?」


「…………?」


 リアは意味が分からず眉間に皺を寄せた。

 目が細すぎて行商人が見えていないのだろうか。ここにはいないがアーサもいる。一人で行動はしていない。

 意図を汲み取れなかったリアに、男は続けて言う。


「五人ではなかったのかな、君たち十三番目の勇敢なる者達は」


「は……」


 何で知って……いや何で()()()()の?


 固まるリアの反応を見て、細目男は満足そうに笑った。


 リアが冒険者になったばかりの鉄ランクであり、それに加えて勇者であることも、その詳細もこの男は知っているようだった。


 だがおかしい。

 ギルドでセリーナ達に話していた内容がついに伝わったと考えていたが、それならば最初の勇者パーティはすでに瓦解していることを知っていなければならない。ゼスティーヴァでリア一人が生き残ってしまったことを知っていなければならない。


 そういえば、この男は「調べてみれば」と言っていた。リアが冒険者であることを()から知らされ、その後自分で勇者の一人であると調べたということか。


 フォニスヴァレーに訪れたのは昼頃。陽は沈みかけているもののそう時間は経っていない。リアの情報が門兵から伝わったとしても勇者であることまでは簡単に調べることなどできないはずだ。

 勇者の名や詳細は関係者以外には公表されないものであり、アーサのように自分から名乗らなければ誰が勇者であると一般に知り得ない。


 より分からなくなってしまった。


「どうして……」


「それはどうして私がこのようなことを知っているのかという意味かね?」


 無意識に溢れた言葉を拾って、リアが知りたい内容を細目男が口にする。黙って是を表しておく。

 細目男は腕を組んで勿体振るように笑みを強くした。


「我々は勇者を支援しなければならない。それは王命だからだ。その為に知るべきことは知らされている、ただそれだけだよ」


 元々情報が手元にあった?


 偶然とも言っていた。たまたまリアの来訪を知り、調べたら勇者だったということだろう。


 何者? っていうか結局……


 王命を拝するのならば貴族であるのは確実だ。

 そう暗に言っているくせに、まだ立場を明らかにしない。どういう思惑かは未だ不明だが、一つ分かったことは――この男、揶揄っている。このにやけた表情はリアの反応を面白がっている。


 これ以上聞くのは負けた気がして悔しかった。細目男の言うことが本当であるなら、勇者であるリアの支援者ということになるが。


「名乗りもしない不審者の支援なんて要りませんね」


 リアはそう言い放った。

 特に必要としていないし、なんかこのドヤッた態度の男に施しを受けるのが非常に癪だからだ。


「あははは、すっかり怪しまれてしまった。やはり他の者達とは一味違う勇者殿だ、面白い」


 嫌味強めに言い返しても、気を悪くした様子もなく笑い転げるだけだった。

 何と言うかこの男は、例えるなら舞台にいる珍獣の芸を見るような俯瞰した立ち位置にいる、間違いなく上に立つ者の余裕があった。


 こいつ……楽しんでる。


 下に見られ慣れているリアでさえこの感じは気に入らない。

 そもそもが面倒事の匂いはしていたのだ。トリムも言っていた、拘束力がなければ無視して去る。それがいい。


「…………おじさん、移動しましょう」


 もう相手にしない方が良い。一番の理由はこの男にムカついたからであった。


 リアは御者台から降りて背を向ける。アーサには悪いが、トリムがいるので後で探し出せるはずだ。


「はは、遊びすぎてしまったかな。すまないね。あまりに警戒するものだから面白くてつい…………まあ待ちたまえ。私は、この街の」


「得体の知れない人とは話したくありません」


「……名乗らず悪かったね、悪ふざけが過ぎたようだ。私の名は」


「もういいです」


 散々はぐらかしておいて今さら言わせてたまるかと言葉を遮りまくる。

 歩き始め、会話を続けるつもりが全くないリアの様子に、やっと細目男は多少の焦りを見せた。


「待ちたま」


「嫌です」


「す、少し待とうか! 私は市長だ!」


 はぁ!?


 反射的に逃げなければと思った。


「そんな偉い人がこんなとこ一人でいるか! おじさんはやく!」


「えぇー……」


 行商人は細目男がフォニスヴァレー市長と聞いて無視することができないようだった。困った顔で二人を見比べている。


「いや君のことが気になって先に見に来ただけなのだ。是非とも我が城に招待したいと思っていてね。素性を明かさなかったのは中々得られない反応だったものでな、悪戯心で……いやはや気分を害して申し訳ない」


 足を止めて振り返ったリアに対し、両手を開いて歓迎の意を示す。それが本当だとしても今更すぎだ。そして揶揄っていたことを認めた。


「怪しい人についていくなって教わったんで無理です。失礼します」


「待ちなさい。私はフォニスヴァレーの市長をしているカガミラだ」


 おほんとあえて咳払いをして大仰に名乗ってみせた。

 だがリアはじとっと怪しむ視線を送る。


「市長さん本人とどう判断すれば? 言うだけなら誰でもできますよね」


 屁理屈である。

 入門審査の最終責任者であり、一般人では知り得ない情報を持っていた。疑う要素はむしろないが、単に関わりたくないのだ。

 チャンスなんてくそ食らえ。手遅れな気もするが、早く去らねばなし崩し的に行きそうだった。


「え…………ああそうだ、そろそろ衛士が来るはずだから、それまで待つといい」


「待ちません。さようなら」


「リア! 大丈夫!?」


 声と同時に現れたアーサにぐいと腕を引っ張られた。

 アーサはそのままリアを庇うように前に立ち、剣の柄に手を添えて細目男、改め市長を牽制した。

 片手を伸ばしていた市長が腕を引っ込める。どうやらリアの腕を掴まえようとしていたようだ。


「何か用かな?」


 穏やかに聞こえる問いかけだが強い力がある。

 リアの荒げた声を聞いて走って戻ってきてくれたのかアーサのフードが脱げていた。陽の沈む薄暗い中、アーサの金髪が淡く発光する。


 何で光って? ……あ違う。


 いつの間にか点った街灯の光が髪に反射していただけだった。この街には魔術具の街灯があるのかなんてどうでもいいことを思う。


 お互いの顔が見える明るさがあり、市長の細かった目が見開かれた。アーサの顔をじっと見つめ、そしてにやけた表情に戻った。


「ははあ成程。これはこれはアーサネリウス殿ではないか」


「僕を知って…………カガミラさん?」


 うわ知り合いだった。


 市長はリアに視線を移し笑みを強くした。その意図が分かり、リアは苦渋を嘗める。

 身近なところに証明できる者が存在していた。貴族同士どこかで顔を会わせたことがあるのだろう。リアと違い、アーサは記憶力がいいのである。


「覚えていてくれたとは光栄だね。勇者になったと聞いた時は驚いたが、君の強さは幼少の頃から有名だったから納得したよ。ツヴァルド爵の御子息は皆一際秀でていると噂だったからね」


「ありがとう。ところでリアに用があるの?」


「そうそう。是非とも君達を招待したいのだよ。積もる話もあるが、何より()()勇者との情報共有も必要だろう?」


 なんだって!? 他の勇者がいるの!?


「それは……」


「市長!」


「おい! いらっしゃったぞ!」


 野太い声が響き渡り、市長のよりシンプルな装飾の服を着た大柄な男が走ってきた。続いてバタバタと人が増える。同じデザインの服に身を包んだ男女は衛士だろうか、皆随分息が切れている。


「ああ来た来た。遅いよ」


「護衛も付けず勝手に出歩くのはいい加減おやめください!」


 野太い声の男は従者のようだった。窘める口振りからしょっちゅう彼等に迷惑をかけていることが窺える。

 しかし市長は無視してアーサとリアに向き直る。


「さあ、どうだろうお嬢さん……いや、第十三番目の勇者であるリア・レイエル殿。これで判断はできたかね?」


 さすがにこの中で否定はできなかった。


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