27.言い方って重要ですね
リアは呆然とする。
先の会話はどう聞いても領主の使いと行動を別にしローブ集団を追うという話だったが、否定されてしまった。
確かに、トリムは追いかけるとは言っていない。リアは自分が何か思い違いをしているのかと二人のやりとりを思い出し、答えは先程のトリムの言動の違和感にあると気付いた。
「…………野放しにはできないって言ったのは嘘ですか」
「いいや、このまま放置するつもりはない」
非難を込めて問えば、再びの否定。リアはまた分からなくなる。
「うぅん? ……じゃあどうするつもりなんですか?」
「無駄なことはせず、急ぎ当初の目的を遂行するまで」
「無駄……………………あ、そう。寄り道するなってことですね」
トリムの言いたいことを理解した。どうやら思っていた順番が違っていた。
嘘ではなく、逆。
領主の館へ向かうという(トリムにとって)無駄なことをしないよう場を動かし、リア達の目的の体集めを優先する流れに戻す。きっとその後、ローブ集団を潰す気だ。
なんと紛らわしい言い方か。というか勘違いさせる気満々である。
謎のテロ集団に対して戦力を整えることは必須となるが、トリムは最初から騎士団の方でなく、自戦力の方で対処することしか考えていなかったようだ。手を借りるつもりは全くないらしい。
しかしリア達の目的達成を先にするのだから、その間ローブ集団は無視しておくことになる。おそらくトリムなら奴らを追えるはずなのにそれをしないのは、野放しにするとは言わないのだろうか。
まあでも納得。突然人が変わったかと思って不気味だったし。
リアは少しだけ安心しつつ嘆息した。どちらにせよ、今さら自分に決定権などない。
「まあ私はいいですけどね。領主様のとこに行きたいわけでもあの変な人達追いたいわけでもないですから。でもアーサには言っておいた方がいいんじゃないですか? 仲間を騙すのは良くないです」
「騙す? 人聞きの悪い」
「悪意ある誘導した人が何言ってんですか。人聞きなんて気にしないくせに」
「リア! 行こう!」
呼ばれて見れば、行商人の馬車のあのややこしい扉が開かれている。御者台は座れて二人であり、リアは中に乗れということのようだ。
「はーい! ……とにかく、ちゃんと言ってくださいよトリムさん」
「ああ、間違いなく言うさ」
含みある言い方に引っ掛かりはしたがとりあえずは置いておいてリアは小走りに向かう。
馬車の中は人が乗る用途ではないので椅子のようなものはなく、まるで倉庫である。一見ごちゃっとしているようたが、揺れても商品が倒れたりしないようベルトで固定されている。ついでにそれぞれにも鍵がついており、さすがの念の入れようだ。
御者台に繋がる小窓には鉄格子がはめられ、中の様子を確認できるようになっていた。訂正、倉庫というよりまるで牢屋である。
外から頑丈に閉められるであろう扉を見て、一度この中に放られたことのあるリアは一抹の不安を抱く。
「閉じ込められませんよね」
「大丈夫だよ。僕は外にいるし、出たければすぐに出してあげられる」
「……どうやって?」
にこっと笑顔になる高スペック勇者は、あの複雑な扉の開け方をすでに看破してしまったのか、あるいは物理か。
大人しく乗り込もうとしたところ、腕をぶらんとしたままこちらを見ている男性がリアの目に入った。
領主邸までどのくらいか分からないが、他の軽傷者と違って揺れる移動であのままというのも辛いだろう。
「ちょっと待ってもらえます? あの人だけでも治してあげてもいいですかね」
厄介そうな執事も気絶したままだし、システィアのペンダントを使ってちょちょいと治癒する時間くらいはあるかなと口を開いた。騙して離れること(を知っていること)に僅かな罪悪感を感じたのもある。
「いや、俺がやろう」
「!?」
「振る舞いには気を付けろよ」
驚愕のあまり言葉を失うリアに、トリムは何の気なしに続ける。振る舞いとは、トリムの治癒術をリアがやった風に振る舞えということだろうが、そんなことより「俺がやろう」のインパクトが強すぎた。
トリムが自分と関り合いのない者に魔力を分け与えるという善行に、槍でも降るのかと恐れおののいた。
「なに……さっきから変……槍でも降るの……あ口に出ちゃった」
「さっさとしろ」
「はい」
こりゃまた裏があるなと読んだリアはとりあえず男性に近寄り骨折だけでも治すと申し出る。
平身低頭する男性を座らせて、ナノンを真似て傷口に触れない程度に手をかざした。兜からトリムの呟きが聞こえ、慌てて聞こえないように詠唱も真似なければと思うも全く思い出せなかったので「うー」とか「むー」とかで誤魔化した。
大丈夫だったかなと男性を見れば「おおぉぉ」と感動した様子だったのでとりあえず凌げたようだ。
目が合い、リアはひきつりながら微笑んだ。
そして特段問題もなく治癒が終了する。
……ただ治しただけ? トリムさんの意図がわからん。
「おおぉぉありがとうございますうぅぅ」
「えっ、いや、お大事に! では私達は急ぐのであとはよろしくおねがいします!」
逃げるように馬車に駆け込み、この場を後にした。
***
「……………………」
「やっぱりマッサージしようか?」
「…………力加減が怖いのでいりません」
「回復術を試してみてもいいぞ」
「…………そんな一か八かのなんて御免です。もうほっといてください」
リアは今だかつて経験したことのない痛みに伏していた。
筋肉痛である。
あれから出発したリア一行。
中にリア、御者台に行商人、そして上にアーサが乗って馬車でローブ集団を追う、という体で南西に向かっていた。
トリムは兜を脱ぎアーサに抱えられ上にいる。アーサが御者台に座らないのならリアは座れたはずなのに一人だけ中で、籠の鳥状態にされているのは何故なのか。もしや中からは出られないこの馬車は閉じ込めておくのにちょうどいいとか思っていないだろうなと疑いながら、リアは一人暇していた。
しばらくして馬車は止まり、扉が開いた。
残念そうなアーサが言うには、速度差の問題でトリムでも追えない距離ほど離れてしまったのだという。それが真実かどうかリアには確かめようもないが、初めから答えは用意されていたのだろう。
じとっと睨むとトリムは口の端を上げた。嘘をついたとも騙したとも断言できない言い方は狡い。
そして今度はトリムの目論見通り、体集めの目的へと戻ることになった。
体が得られればトリムが使える魔力が桁違いに跳ね上がる。現状分からずとも、より高度な索敵魔術を使えば特定も可能かもしれないともっともらしく。それは砂漠で広範囲の索敵を行ったトリムの魔術を目の当たりにしたアーサを納得させるには十分なものだった。
言っていることは同じなのに受ける印象がこれほど違うとは、自分も騙されていれば良かったなとリアは思う。最初からこのつもりだったと知っているだけに共犯者感覚が辛い。
かといってアーサに真実を伝えることに意味はない。当人の言葉を信じる以外証拠はなく、何より結果は変わらないからだ。
それから今後の方針を話し合うことも兼ね食事をして(アーサが狩ってきてくれた)野宿をすることになった。
しかし腰を落ち着けてしまうとどっと疲労が襲ってきて、リアは怒濤の一日から意識を手放してしまう。
目が覚めたのは昼過ぎ。
全身の倦怠感はなんとなく感じていたが、それどころではない状況に意識する余裕はなかったのだろう。やっと休みと言える休みをとり、眠り、起きたら痛みで動けなくなっていた。忘れかけていた砂漠での地獄の特訓の被害が襲ってきたのである。
当初、たかが筋肉痛を大袈裟に言っているのだと決めつけたトリムやアーサに、貧弱だのか弱いだの貶されたリアはすっかり拗ねていた。誰のせいでこうなったと思っているのか。
「あててて……よいせっと、お嬢ちゃん、塗布薬見つけたけど使うかい? 少しは楽になるよ」
「わーいありがとうございますー」
屋根の上を動き回ったりした行商人も、リアほどではないにしろ同じく筋肉痛に苦しめられていた。異常者ばかりの現パーティで唯一の仲間。
「あーでも動けないや。おじさん悪いんですけど服をぬ」
「ボクに何させるつもり? やだよ死にたくない」
「死ぬようなことはさせませんけど……塗ってほしいだけです」
「仲直りしてよーボクを巻き込まないで」
「別に喧嘩とかしてませんし。ただちょっと脱が」
「さないよ!?」
行商人が後退り、真後ろにいたアーサ達に気付き女子のように甲高い悲鳴を上げた。
「リア。必要なら僕がするから」
アーサは行商人から塗布薬を受け取り、動けないリアの服の袖を捲っていく。
行商人とは仲良くするなと言外に伝わり、リアは口を尖らせる。
「別におじさんがしてくれるならそれでいいじゃないですか。普通同士でしか話合わないこともあるんです」
「うーん普通かぁ……うん、ともかく、魚を獲ってきたんだ。塗り終わったら食事にしよう。食べさせてあげるよ」
「いえそれは恥ずかしいので動けるようになってからでいいです」
「お嬢ちゃんの恥ずかしいの基準が分からないんだけど」
塗るとひんやりする塗布薬は鎮痛効果が高く、予想以上に痛みを和らげてくれた。ただ両腕と膝から下までしか塗ってくれず自力で起き上がるのはまだ難しい。背中と脇腹が最も辛いのに。
背を預ければ食事ぐらいはできるようになったので、もそもそ食べながらトリム達の話を聞く。
「トリムさんの言う場所はイェルリ断地帯に入らないと辿り着けないんだけど、このままというのは難しいと思う。ところでヴィトは魔力耐性はどのくらいある?」
「え!? 全くないですよ! 保有量は一般的だから瘴気溜まりに近付くだけで吐きます……まさか……え、嘘、まさかそんなところにボクも……?」
「ううん、それはない。なら馬たちはどのくらい耐性あるか知ってる?」
「馬……ですか? え、えー……」
「知らないならいいよ。どこまで馬車で行けるかなと思ったけど……あとは歩きで行くしかないかな。
まずは、瘴気耐性の高い装備を揃えないといけない。アウレファビアの西方、特にレッドシーニアは瘴気溜まりが多い地域だからアイテムや装備は街で比較的揃うはずだけど、それだけでは難しい……いや、耐えられないと思う。
結界が必要になるけど……僕結界術はほとんど使ったことなくて、長時間保持してられるか少しだけ不安なんだよね」
「瘴気濃度が高い場所ではあるが、元より結界でなくヴァラン……空気の膜をお前らに被せてやるつもりだ。それで十分防げるが、まあそういった装備があるのなら念のため手に入れておくといい」
「そっか、それは助かる。空気の膜かぁ、楽しみだな。
それじゃあまず、主要都市のフォニスヴァレーに行くのがいいと思う。流通が盛んで外国で作られた高性能の装備品もあると聞くからね。きっと良いのが見つかるよ」
「ああ、それで構わん」
「ヴィト、フォニスヴァレーの行き方は分かる?」
「あ、はい。一度取引に行ったことはあります。ドレッドレイン沿いに下って行けばいいですよね」
「うん。ここからだと――――」
大体の話がまとまったところで、リアはおずおずと挙手をした。拗ねていたこともあり、口を挟まないようちょっと気を使っていたのだ。
「何だ」
「いくつか気になることが…………色々不安の種は落ちてたんですけど……大丈夫ですか……主に、私が」
瘴気が集まるダンジョンは平気なアーサでさえ耐えられない瘴気濃度の場所にこれから向かうという。想像もつかないし不安しかない。
イェルリ断地帯とは何なのだ。そこに何があるのだ。筐体はあるのだろうが。
「お前は気にしなくていい。大人しくしていれば、他は全て俺達が対処する」
「えーそれ、私も行く必要あるんです? 正直どこかで待っていた方が邪魔にならないんじゃ」
「駄目だ」
「ですよねー。はい分かってました」
淡い期待であった。トリムとは一心同体まではいかなくとも二心同体くらいだ。リアは今現在のトリムの体代わりなので待つだけも許されない。というか、なんやかんや一人になった時の前科があるからかもしれない。
「うん、リアは離れないほうがいいよ。それで、あと他には何が気になるの?」
項垂れたリアにアーサが続けて聞く。むくりと顔を上げたリアは眉間に皺を寄せ、そして躊躇いがちに口を開いた。
「……あーはい……えーと……さっきおじさんが言ってたドレドレ……ドレッドレインて川ですよね? すっごい大きい老来魚とかいる」
「そうだよ。老来魚は……多分ずっと下流の方ならいるかな?」
「珍しいな、リアが知っていることがあるとは」
「ナチュラルに失礼ですね。ならあの……ネベ村ってとこ聞いたことあったり……場所を知ってたり、しますか?」
「聞いたことはあるけど……場所は知らないな。近いのならフォニスヴァレーに行けば知ってる人がいるかもしれないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
リアが知っている河川の名称が出たので、知識があるアーサならと尋ねてみたが、残念ながら当てが外れた。
その街に着いたら聞き回ってみようかなと、リアは背もたれに体重を預け話を終わらせた。
「その村がどうした?」
しかしトリムが終わらせてくれなかった。わざわざ挙手して聞いたので当然といえば当然。
リアは目線を下に落として小さく呟く。
「私の…………生まれ故郷でして」
色々抑えられるか考えましたが諦めます。多分これ二章の話数超えます。