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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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19.最終的に助かればいいんです


 もし失敗したら大人しく退散することを条件に、しぶしぶトリムから協力をもぎとった。「潔いのか、諦めが悪いのか」と呆れた様子の行商人を睨んで黙らし、再び眼下に目を凝らす。


「ひとまずアーサに気づいてもらわなくちゃ。すぅー……」


「おい待」

「アああぁぁぁさぁぁぁ!!」


 胸一杯息を吸い込み思い切り叫んでみたものの、アーサは全く気付くことなく忙しく動き回っている。周囲の悲鳴怒号に掻き消されたようだった。


「……近くで、叫ぶな」


「届かない! そうだ!」


 リアはくるりと振り返り、筐体に座っている行商人に近寄った。そして目を丸くしている彼にトリムを押し付けるように渡す。


「ちょっと持っててください!」


「うぉえ!? ちょっ、おじょ……うそ」


「おい……」


 再び柵に駆け戻り、両手で棍棒を握って頭上に持ち上げる。アーサの姿を見つけ、その辺りを狙って投げ落とした。

 まるで軌道に乗っているように進む棍棒は、アーサのちょうど二、三歩後ろが落下地点となる予測。


「……え」


 だが予想に反し、アーサが攻撃を避け移動した先に、狙ったように一直線。


「や、ばっ」


 なんとか間一髪のところで剣に弾かれ、棍棒は真っ二つになった。

 しかし安心したのも束の間、その隙をついて今度はちびキモイムがアーサの足にかぶり付く。片足をとられたアーサにさらに別のキモイムが飛び掛かった。


「あわ、わわ」


 アーサは足を振り払い、その勢いに食らいついていられなかったキモイムがもう一匹を巻き込みボールのように吹っ飛んでいく。

 ところがそこでアーサの頭上に大きな影が落ちた。大口を開けた巨大キモイムが覆い被さる。


「あぁ、ああぁぁ」


 キモイムの背に隠され、アーサの姿が消えた。その下にいたアーサは食べられてしまったと考えるのが妥当だが、悲しい事故を引き起こしてしまった事実に頭を抱えるしかない。まさか気づいてもらうためだけに投げた棍棒がこんな悲劇を生むなんて。


「うそぉ……どうしよ」


 トリムの協力を取り付ける上での考えは、アーサに手伝ってもらってこそだったのに、リアのせいでただ状況が悪化しただけの結末となる。こうなってしまっては、もはや約束通り逃げるしか選択肢がなくなる。

 だがこのままアーサを見捨てるわけにもいかず、かつこの惨状を見て見ぬふりのまま去りたくない。どうしたらトリムを説得できるのかと、足りない頭で思考を巡らせる。


「ふおぉおぉ」


「……何をしている?」


「何かっ、次の手立てをっ」


「次も何も、まだ何もしていないだろう」


 頭がオーバーヒートしかけたリアの背後で靴音がした。

 咄嗟に振り向けば、そこには食べられたはずの仲間がぼろぼろの姿で立っている。


「アーサだ……幻?」


「……はぁっ…………リア……?」


「はい」


 呼ばれて驚いて返事をした。

 輝きを失わない金髪の勇者は、リアの切望が見せた夢ではない。


 あんな下層から一瞬で現れるなんて魔術でも使ったのだろうか、はたまた単純に脚力か。アーサだから後者が有力だ。

 というかあの危機的状況でちゃんと気付いてくれていたとは流石としか言いようがない。


 しかしそれより、珍しく息を切らせているアーサが、これまた珍しく無表情なことが非常に気になっていた。


 トリムと行商人をちらりと見て、視線をリアに戻したアーサの固い表情に、冷や汗が浮かぶ。

 わざとではないとはいえ、勝手に姿を消し(連れ去られ)、再会したと思えばただただ邪魔を(不幸な事故を起こ)した。

 いくら温厚なアーサでも思うところがあるはずだ。

 普段怒らない人を怒らせると怖いことは知っている。これはそれだな、と察知したリアは両手を胸の前に合わせ目を瞑った。


「ごめ」


 言い切らない内に、全身に軽い圧がかかった。苦しくはない温もりに包まれて、リアは目を開け、予想外の抱擁に混乱する。


「……はぁ……良かった……」


 耳元で吐息とともに溢れた呟き。アーサの横顔を覗くと金髪で隠れ今は表情が分からないが、リア以上に心配してくれていたことは分かった。

 僅かな嬉しさとともに、怒られると疑ってびびってしまったことに軽い罪悪感。


「あの、ごめんなさい」


「……うん、僕も。でも話は後で聞くよ。それより今ちょっと困っていて、トリムさんに手伝ってもらいたいことがあってさ」


 リアを離し、両肩に手を乗せたまま、アーサはトリムを見た。

 再会の喜びもさておき、すぐに助力を乞おうとするとは、やはり戦況は厳しいのだろう。


「あ、それなんですけどね、作戦を考えました。アーサには誘導をお願いしたいんですよ」


「誘導?……出来ることはするけど、あのモンスターにはあまり手が出せないんだ。実はあの中に沢山の人が」


「分かってます、食べられちゃってるんですよね。誘導するのはそっちじゃなくって、下の人達の方を一か所に集めてほしいんです」


 言葉を引き継いで手短かに作戦を話すと、アーサは困った表情でトリムを見た。行商人が何故か息を飲み、トリムは何も言わない。


「混乱してる人達は聞いてくれないかもしれません……そうなれば力任せでするしかないですが……難しいですか?」


 地下会場中の、ちびキモイムに追い立てられた人々が一堂に会しているのだ。そんなごった返した状況では整然とした誘導をアーサに任せるのは負担が大きいかもしれない。

 動けないようにして箒で掃いてまとめられれば楽なのに。そんな、より不穏なことを考えていると、しばらくトリムを見ていたアーサがリアに向き直り、困惑の表情のまま「分かった」と了承してくれた。


「なんとかするよ、大丈夫」


「! よろしくお願いします!」


 リアの声とほぼ同時に、アーサは躊躇いもなく柵に片手をかけ飛び降りる。

 一般人なら墜落死する高さに、リアは慌てて下を覗き込んだ。ひやひやして見ていると、アーサは壁を一度蹴って方向転換し、巨大キモイムの頭頂部に着地した。橙の巨体がたわわわと上から波打つ。


 落下の衝撃など物ともしないで駆けるアーサにほっと一息つくと「……ねぇ」と呼びかけられ行商人に視線を向ける。(トリム)を持った両腕を伸ばしてプルプルさせていたので、リアは急いで受け取った。


「今の人ってさぁ」


「仲間のアーサですよ! さ、トリムさん準備お願いします!」


 リアが直接できることはないものの、行商人を相手にしている場合でもない。簡潔に答えて、リアは会場全体の状況を見渡した。


 アーサは一旦巨大キモイムから距離をとり、ステージの角に近い壁のドアに一足で跳んだ。勢いをそのまま刃に乗せて、出し惜しみしていた光撃を放つと、爆音、粉塵とともに縦穴が開く。商品置場的な小部屋があったらしく、逃げ込めそうな空間が生まれた。


 人々には、そこに集まってもらう必要がある。あちこちに散らばって逃げていると守りにくいからだ。


 次いで、アーサは自身も周囲に呼び掛けながら、キモイムに応戦していた何人かに声を掛けていく。

 アーサがこのオークション会場にいる理由まで聞く時間はなかったが、どうやらここでは協力者がいたようで、彼らに誘導させようというのだろう。

 その者達がまた、特定の人に伝達し連携が広がる。最終的にはそれなりの人数が協力してくれていることが分かった。

 こんな闇取引をする所にいる彼らと、アーサがどういう関係なのか気になってしょうがないが、今は利点だけを考えるべきだ。リアはやむなく邪念を払う。


 ばらつきながらもアーサが生み出した壁穴に人々が集まっていく。

 そこに巨大キモイムも狙いを定めたようだが、誘導役を他の者が担い、アーサの手が空いたお陰で、アーサは巨大キモイムを抑えることに集中できる。それだけでも無駄な応戦がなくなり、全体で見れば幾分か守りに余裕が生まれたようだった。


 しかし、決定打まではない。


「トリムさん」


「ああ」


 リアが目を凝らすと、すでに空中に白い蕾があった。


 それは花咲くようにふわりと純白の花弁が捲れ、そしてひとひら、ひとひらと裏返る。外側から次々と開き、その内にある幾つもの花弁は終わりなく、何層と重なり膨らんでゆく。

 やがて屋敷の外で見たものと同じ、真っ白な球体へと変貌を遂げた。


 夜空ではすでにできていたので発現の瞬間は分からなかったけれど、トリムの生み出す魔術はいちいち綺麗だなと場違いに思う。


 それは以前と同じように、ゆっくりと回転しながら下降を始めた。

 だが、その真下に巨大キモイムの姿はない――――まだ。


 白球の魔術の発現位置は、アーサが開けた縦穴の真上だ。

 人々には、縦穴に集まってもらう必要があった。あちこちに散らばって逃げていると守りにくいからだ――――という体で釣り餌になってもらう。


 巨大キモイムを一所に留めることが難しければ、自分から来てもらえばいいのである。




 アーサがこちらを仰いだ。

 リアが片腕を突きあげてゴーサインを出すと、それまで巨大キモイムの動きを抑えていたアーサは剣を収め下がった。


 ぎょろりと目玉が追う、が。

 離れるアーサを無視し、キモイムは縦穴に向かって大口を開けた。


 悲鳴が大きくなる中、リアは予想通りの動きに安堵する。

 魔力が大好物というキモイムは、単純な魔力の総量で判断し、狙いをつけたのだ。彼らには申し訳ないが、このまま引き付けておいてもらいたい。


 巨大キモイムは縦穴の中にいる人に食らい付こうとするが、舌がなく歯だけがあるせいで壁に阻まれていた。しかし体当たりに近い噛み付きを何度もするので、その巨体からくる重量級の一撃一撃に壁が削られ、漏れた何人かが食べられてしまう。


「あっ」


 白球が迫り、ずぶりと橙が侵食されていく。

 キモイムの目玉が飲まれた。歪に並ぶ上顎が飲まれた。白に塗り潰される色。球に包まれる体躯。だが、それだけだ。

 元々視覚の機能があったかと疑いたくなるほど動きに変化はなく、口として成り立たないはずなのに食らう動作を続けている。

 食われていることに微塵の反応も見せず、食うことだけに夢中だった。


「……なんなんでしょう、あれ。痛覚とかはないんですかね」


 魔術に触れた巨大キモイムが動き出すことも考えて、アーサには後ろに待機してもらっているが、自身の体については無頓着に、ただただ魔力の塊だけを求めている。

 残った体は、未だ穴に張り付き、そして全てを白球の魔術に飲まれるまで食らい続けた。

 生き物でもなければ、モンスターでもない。一つの命令だけをこなしているような、不気味なモノ。


「へんなの」


「リア」


「はい、終わったようですね。じゃあ降りましょう」


 先程までは多くの叫び声が響き渡っていたが、今はしんと静寂が支配している。ほとんどの人が何が起こったのか、助かったのか把握しかねているのだろう。


 巨大キモイムの全てを包み、下降を止めた白球は上部から崩れ始めていた。

 最大の障害を倒したおかげで、当初の目的である捕らわれた女性や子供達も探しに行ける。あの中かもしれないので、可哀想な裸人達を確認しておきたい。無事かどうかも含めて。


「いや、妙な索敵妨害が消えた。上でまた何やら騒いでいるようだ。ただの人だが、無駄に数が多い」


「は? 騒ぐ? まだそんなに商会の人がいるってことですか」


「知らん。しかし予想通りではある。リアが起こした事案がこれだけで終わるとは思っていないからな。まあ、数だけの雑魚だ、一掃は問題ない」


 その予想については物申したいところだが、よく分からない人達が増えて混雑する前に、捕らえられた彼らの居場所だけでも突き止めておきたい。


「い、一掃の前にですね」


「ああ、分かっている。下の通路の先に微かな人の気配がある。案内してやるから、飛び降りろ」


「ほんと!?」


 すでに特定済みであった。キモイムの中でなかったことに一瞬喜びかけるも。


「え、待って降りるけど、飛ぶの……? あの、階段、とかは……」


「遅い」


 今まで通った場所や見えるところに階段はなかった。探したりする時間は与えてくれないようだ。気分が変わる前に従うしかない。


「…………あい」


「あー僕はもう用なしでいいかな?」


 モンスターが片付き、仲間との合流も果たせたと感じ取った行商人が挙手した。これ以上巻き込まれる前に戦線離脱したそうな顔をしているが、まだ解放するわけにはいかない。大事なシスティアさんの魔術具を返してもらわなければならないのだ。

 しかし下まで連れて行くのも困難だし、正直面倒だ。いや、ここまで筐体運んでもらうのは助かったけれども。


「動けば殺す」


「え」


 言うと同時に筐体と行商人を包み込む氷のドームが生まれた。

 さっきは強固な守りとして、今度はこの場に捕らえる檻として。さっきとは真逆の役割に、なるほどこんな使い道もあるのかと感心する。リアの悩みを即行片付けてくれるとはありがたい。


「――――の!? ―――れ!」


「聞こえないんでまた後で! 大人しく待っててくださいね!」


 氷の壁に阻まれて聞こえない行商人の叫びは捨て置いて、リアは手摺の上に立ち上がり、足を踏み外した。

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