18.奇跡的偶然ですが
「手間? 何のですか?」
「アーサを探しに行く手間だ」
突然アーサの話題が出る理由に首を傾げ、はたと気づく。
「それってアーサがここにいるってことですか!?」
「ああ」
「ほんとー!? 良かったぁ! はやく……えっ、何でいんの!?」
「俺が聞きたい」
思わず喜びの気持ちが先行した。
偶然にしても奇跡的だが、そもそも何故、どういった経緯でこの場にいるのか疑問は尽きない。
しかしながらリアは自身のことを省みると、予想外のトラブルばかりでここにいるので、人のことは言えないなと口をつぐむ。どっこいどっこいか。
「先にアーサを捕まえろ」
「はい、あ、でも、まだあの子達が」
「この中は探りにくいんだ。手が多い方が探す効率も良くなるだろう。俺も動きやすくなる」
「そ、そうですね分っかりました!」
どちらを優先すべきか迷ったが、簡単に説き伏せられた。
リアが悲鳴漏れる扉を抜けると、吹き抜けの広い空間に出る。
赤い絨毯が敷き詰められた床は切れ、その境界に落下防止用の柵がぐるりと備え付けてある。
その先を見渡すと階層状に観覧用の通路が取り付けられ、ここに客として入場できる者は、商品を見下ろすかたちになっているようだった。
コンサートホールのようなこの場所で、オークションを行うのだろう。
「ふぉーひっろい」
「そこか」
トリムの呟きと同時に会場内が再び揺れ、怒号が響いた。
リアは柵まで駆け、飛び出すように下を覗く。
五つの階層の最下部はステージになっていた。
そこに多くの人が集まっている。ドレスアップした女性やら柄の悪そうな男やらごちゃごちゃと入り乱れ、客もスタッフも関係ないこの状態の理由は、
「おゎ、なに……あれ……」
不揃いな眼球と歪な歯が生えていることは同じ、蠢く橙の粘ついた物体――――ただし、とんでもなく巨大。
少しだけ見慣れた、ステージの半分を占めるほど異様に大きいキモイムだった。
それが、大口を開けて餌を求めるように人々に襲いかかっている。ステージ上をどすんと飛び跳ね、重量ある巨体が会場全体を揺らしていた。
普通に考えてサイズがおかしい。出入口から出入りできないサイズのキモイムは、一体どこから入ったのか。逃げ惑う人からも、キモイムはずっとこの場に居たわけではなく、きっと突発的に現れたはずだ。
「ぅわっとと。すごい既視感あるけど、あれボス系かな」
「何!? ボスってなに!?」
ふらつきながらリアはキモイムの親玉だと推測する。行商人の叫び声が後頭部でうるさい。
「ただの集合体だ」
「なるほどー、キモイムが合体したのね……あ」
巨大キモイムはふるふると体を揺らすと、口を開けながら縦に伸びて倒れ込む。その真下には逃げ損ねた者が数名いる。
あまりにも遠くの強襲に、リアはただ呆然と見ていることしかできないでいた。
その時、群衆から白い影が跳ぶ。
人影は剣から光の粒子を散らし、キモイムの体に刃を滑らせる。激しい衝突は広い空間で爆発音のように響いた。
弾き返された巨体に深い傷はなかったが、怯ませ、人々の逃げる時間を生む。その橙の身の一部だけが衝撃で削がれて飛び散った。
拮抗するに至るその勢いは凄まじく、風圧が上層にいるリアのところにまで及んだ。
リアの髪が風になびき、小さく見えたその姿に自然と頬がゆるむ。
「わあっアーサがいましたよ!」
「わあ……またビックリ人間だ……すごぉい」
「なんですかおじさんその適当な感想……あれ、でもなんで斬らないんだろ?」
閃光走る魔術を駆使した剣技と鮮やかな身のこなしはアーサに間違いない。しかし、大概のものを真っ二つにする光の斬撃を使おうとしていない。
大雑把ともいえる攻撃方法は、モンスターが大きいほど有利だろうに。
体勢を崩したキモイムは隙だらけだ。しかし、アーサは逃げ惑う者の防衛を優先し、距離をとる。
見ていると、何故だかアーサは積極的に攻撃をしておらず、後手に回っていることが窺い知れる。
何かがアーサの足を引っ張っているのか。
「不毛なことを……よくやる」
「なに?」
「リアと同じことをしたいのだろう。喰われた者など放っておけばいいものを、面倒な。勇者だからなのか?」
「それって……」
先程の巨大キモイムの動きや、倉庫で片足を覗かせていたお姉様からも、あれらは人を食べていた。
アーサは逃げ惑う人々を守り、あまつさえキモイムの中にいるであろう生死も分からない人達を救おうとしている。そのために、中まで断ってしまう光の斬撃は封じているのだろう。
見たところアーサ以外にも応戦している者はいるが、所詮人の範囲内だ。通常サイズのキモイムへの対応でいっぱいいっぱいのようである。
今のところアーサの動きに衰えはないが、それも果てしないこの戦いでは徐々に疲労は積もっていくことは明白だ。このままでは光明が差す日は来ない。
「……アーサだからですよ。ねえトリムさん、あの時みたく核をぶち抜いたらどうですか?」
ゼスティーヴァでのボス戦のように、ナントカの槍とやらで一手打てないかと請う。ちなみにキモイムは不透明なので、核を目視できないリアは今回完全に役立たずである。
「無理だな。あれには核がない……少なくとも感じ取れない」
「えっ、モンスター……なんですよね? まさか新種とかですか! 厄介だなあもう!」
予想外の回答。
どう見ても外見は獣ならざるものである。人や獣に心臓があるように、モンスターに核があるのは当然と思っていたが、と、リアはまた自分の知らない世界に毒づく。
「…………あるいはこの空間のせいか……いや、違うな。新種、などというものでもないが、何とも言えぬ」
トリムでも断言できない生物?なのだろうか。
「じゃあどうしたら」
「潰すのは簡単だが」
一撃必殺はできない、あるいはあれほど苦労して救おうといる様子のアーサを差し置いて、簡単とはこれ如何に。
そのわりに攻撃を繰り出そうとする気配がないトリムから、リアはその思惑に気付いた。
「待ってそれ食べられた人も潰すつもりでしょ! 元も子もないじゃないですか!」
中の人共々見捨てればそりゃトリムにとっては簡単だろう。しかしそれはアーサの苦労を掃いて捨てる結果になる。
それを避けたいリアも何か方法はないか思考を働かせ、思い出した。
「えっと、えーっと、あ! さっきのまーるいやつ! 建物融かしたさっきの魔術ならどうですか! 融かせません!?」
全て飲み込んでも人だけを融かさなかった真っ白な球状の魔術を提案した。キモイムに食べられた人を助けるにはこれこそベストチョイスではなかろうか。丸裸になるが。
「シリトニラの円庭は特定の位置にしか設置できんし、発現までに時間が要る。いくら愚鈍といえど、一所に留まらぬわけもなかろう」
「え、えっと、よく分かんないけどキモイムが動かないようにすればいいんじゃないですかね!」
「まあな」
同意を得る。だがトリムは何もしようとしない。
「できない理由があるんですか?」
「……可能ではある。ただあれに使う魔力が結果に対して不相応だ」
「うん?……もったいないてことですか? 氷の壁かなんかで囲んじゃえばいいんじゃないですか?」
「あれは魔力を喰らっている。人を含むのもそれが理由だ。壁を作ったところで喰らうだろうから、時間稼ぎも微々たるものにしかならん。まあ、続けて作ることもできるが……厄介なのは、その分巨大化するところだ。見てみろ、つい今一人食われたが、大きくなっただろう?」
「ほんとっ、だ?……いや微妙過ぎて分かんねぇ! 要するに、何度も囲う必要があるし、その度にでっかくなっちゃうってことですね! 魔力の残量的に厳しいと!」
「この異質な空間といい、あの者達といい、不確定要素が多すぎる。あんなものに余力を奪われ、お前に何かあった場合対処が出来ぬようであれば、目も当てられん」
言葉が理解に達するまで、リアは一瞬固まった。
確かに理解の範疇を越えた事態が、今後さらに発展しないとも限らない。その際のリアの守りに万全を期すため、大規模な魔術は使いたくないのだという。
それは分かるが、なんというか、あまりにも優先の振り幅が過ぎる。下手したら両親を超える過保護さに落ち着かない。
「…………あの、気持ちは嬉しいんですけど、現時点で私には何もないし、問題ないかと……」
「ああ。そうかもな」
だがトリムは何もしようとしない。
いくらアーサでも、いつまでも多くの人を守り続けることは難しい。助け出したい人さえ、もぐもぐはされなくても、あのねばねばで呼吸ができているとは思えない。時間の経過と共に状況は悪化していくだろう。いずれ、諦めざるを得ない時が来る。
トリムはそれを待っている。傍観を決め込んだのだ。
「私は大丈夫ですから、お願いします、ね?」
「…………」
「無茶、しちゃいますよ?」
例えばあの中に飛び込んでみるとか。対応せざるを得ない状況を作り出す。
そんな身勝手なリアの脅しに、トリムは声音を厳しくした。
「またそれか、いい加減にしろ。一時、お前の行動を制する程度、容易なことだ」
「だってそれじゃあ何のために私はここに来たんですか!」
「アーサを探す手間が省けたな。十分な収穫だと思うが」
「ちっがう! おじさんも何か言ってやってください!」
「すごい無茶振りだね……ほとんど分かんないんだけど、無理なら諦めることも必要だと思うよ」
いつの間にか筐体に座ってこちらを眺めていた行商人が、呆れた表情でリアに向かって言った。
「私にじゃない! ~~っ分かった! じゃあこうしましょう!」
今年中にもう一話くらい投稿したいけれど、とりあえずよいお年を~。




