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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
101/122

17.こっちは覚えてませんけど


 T字路を右に曲がった先には、直進と左に、さらに二つ別れていた。絨毯は左に曲がる通路に繋がっているので、会場はそちら側だろう。


 直進した先にある閉じられた鉄製のドアには、橙のスライム改めキモイムがべたべたと張り付いている。一体目より小さく、サイズはまちまち、形は統一性がない。

 その内の一体が、ぐるんと飛び出た眼球を上から移動させ、片目だけでリア達を見た。


「ぎゃぁ」


 思わず急ブレーキ。

 止まったリアの左右を氷弾が抜けていく。

 距離はだいぶあるのに、もちゃりと擬音が聞こえてそうな動きでこちらを向いたところに氷弾が突き刺さった。体の半分を凍らせて大口を開けた中には、想像したくないものが引っ掛かっていた。


「そ、そこの扉がぁ、さっきの倉庫だけどっ」


「マジすか…………あの、口の中に見えるのって……に、肉食、ってことですかね」


「うえっ!? あ、あれ! あし!?」


 遠目には分かりづらいが、ハイヒールのようなものを履いた足のようなものがキモイムの口から飛び出ている。あの先は繋がっているのだろうか。べろべろされているならまだ望みはあるが、もぐもぐされていたらおしまいだ。


「あの足の人は、生きてますか!?」


「死んではいないな、まだ」


「瀕死でも生きてりゃしょうがないですね! 引っ張り出します! ガンガン撃っちゃってくださいな!」


「はぁ」


 次々凍らされていくキモイムを見据え、リアは持っていた棍棒を握り締める。

 身の毛もよだつ気色悪さに近寄りたくない。けれど、助けるべき彼らもあの扉の向こうにいるはずで、気張るしかない。


「ふぬー!」


 トリムの氷の魔術を受け、扉に張り付いていたキモイムは粘液状から固体状に変わってゴトゴトと落ちていく。扉の向こう側からリアにターゲットを変えたキモイム達も、びたんびたんと寄ってくるが、リアの足元に辿り着くことさえできず静かになっていった。

 おっかなびっくりでキモイム達の間を駆け抜け、扉の前で半分だけ固まり動けない個体へと近付く。リアは出来る限り距離を保ったまま、凶器になりそうなピンヒールを脱がし、足首を掴んで引っ張った。


「ぐぅっ……抜けない……おじさん手伝って!」


「おえぇ、触りたくないよー」


「私もなんですから、早く!」


 二人で大蕪のように、粘った膜に覆われた女性をキモイムの口からズルズルと引き出した。次の瞬間、トリムがキモイムの息の根を止める。素早い連携プレーである。


 キモイムから産まれたかのような粘液まみれの女性は、胸元が(あらわ)になった薄着姿のケバ目なお姉様だった。

 粘液で顔が覆われていたが直接触りたくなかったので、リアは盗人マスク(元ターバン)を外し、それで女性の口と鼻と目を綺麗に拭き取る。

 この後はどうしたらいいか分からず行商人に視線をやると、彼は首を左右に振り拒否のアピール。何を拒否しているのか分からないまま困っていたら、女性が激しく咳き込み荒げた呼吸を繰り返したので、とりあえずは大丈夫だろう。


 次にリアは、搬入口のような大きな扉にこびりついたキモイムの死骸を棍棒で叩いていく。棍棒のトゲトゲがちょうどいい感じに剥ぎ落してくれるのだ。

 邪魔にならない部分だけ落とし終えたら、扉を力いっぱい押した。

 しかしびくともしない。

 ピンときて、引いてみる。

 びくともしない。

 普通に鍵が閉まっているだけだった。


「このやろっ」


 勝手な確信が裏切られた憤りをドアノブにぶつけた。すると、ガチャリと音が鳴る。まるで鍵が開いたような。


「お、開けられるのかな? トリムさんのしわざですか?」


「……蹴破れ」


「あいさー」


 何も考えず返事をしたリアは、少し下がり、助走をつけた。飛び蹴りに近い勢いでキックを繰り出し、足の裏が当たる直前、しかしドアが僅かに引かれた。

 止まることなどできないリアはそのまま蹴破ると、扉の可動ではない何かに当たった気がした。


「んっ……あれ」


 開かれた先の景色は、確かに見覚えのある部屋だった。雑多に商品が置かれ、リアが囚われかけた檻もある。勿論倒した男二人の姿はないが、むしろ誰も居なかった。


「ぐ……」


 否、ヒョロい男が両手で顔を押さえて仰向けに寝転んでいた。


 リアは首を捻りつつヒョロ男を一瞥しただけで、行商人に話し掛ける。


「居ないってことはどっかに連れてかれたってことですよね……おじさん、どこだか見当つきますか?」


「うーん……ならもう会場ホールのステージ、とか……それか控え室、は、あったっけなぁ……ボクもここまでしか入ったことないから、あんまり分からないよ」


「……そう、ですか。とりあえずそれってすっごい騒ぎの中心地っぽいですよね」


「ボクもそう思う。あんなのがいっぱいいるってことだよね。ここだけのはずないもんね」


「ですよねー。うー行くしかないっか」


「おいお前ら! 何なんだよ!?」


 踵を返し倉庫を後にしようとしたリア達を、ひっくり返った叫び声が止めた。

 見れば、ヒョロ男が立ち上がりながらこちらを指さしている。何故か鼻血を垂らしていた。


「騒ぎに乗じて現れたヒーローです……そうだ、あなたここの見張りでしょ? てことは捕まってた人達が何処にいるか知ってますよね?」


「なに意味わかんねえこと言ってんだ!? 助けじゃねえのかよ! あれは何なんだよ!?」


「え、分かりません。ついさっきが初エンカウントでして、逆にあなたの方が知ってるのでは……てかこの先どんな状況になってるんですか?」


「知らねえよ! あいつら一斉に姿を消しやがって! 役に立たねえ! 何のために雇われたと思ってやがんだ!」


 相当狼狽している様子で、よく分からない悪態を吐いている。

 こりゃまともな話はできないなと判断したリアは、行商人を促し部屋を出ようとする。


「おい待てどこ行く! ……ってえ!? 何だこれ!?」


 ちらりと見ると、ヒョロ男の両足が凍っていた。

 そうそうこういう足止めをしてほしかったんだと思い視線を上げると、ヒョロ男とばちりと目が合った。


「おまえ……」


 口を開け、驚いた表情になるヒョロ男。

 リアは訝しげに思うも、無視して背を向けた。


「おい…………待てよ、灰色」


 が、リアはびくりと動きを止めた。

 その呼び名は、自分へと向けられたものだと分かったからだ。


 リアの(にび)色の髪を表す、そのままの呼び名。

 一時、ずっとそう呼ばれていた。死ぬほど憎んでいた人に。死ねなかったけれど。

 もう聞くこともないと思っていた、のに。


「前とかなり変わったが……お前の顔、その髪、見覚えがある…………(かしら)の気に入りの、灰色だろ?」


「なん、で――――」




 灰色。


 リアはそう呼ばれ、妬まれ、疎まれていた。


 リアが勇者になる前の、リアが勇者に助けられる前の、逃げることのできない絶望の日々があった。絶望すら諦めた、感情が堕ちていく毎日だった。

 ただ生き残っただけのリアを、簡単に殺せるはずのリアを、気まぐれに捕らえ、徒に生かし続けた男がいた。




 あいつは、奪うばかりだった。


 一歩踏み出した生活を奪った。辛くてもできることが増えた仕事を奪った。厳しい彼女達と優しい旦那様を奪っていった。

 お金も、宝石も、屋敷も、命も。

 目の前で、知らないところで、沢山のものを奪ったのだろう。


 ひと欠片も思い出したくはない。けれど、あいつの奪ったもので自分は生き永らえた。生き永らえるためにとった行為もあった。その戒めは忘れてはならない。


 清廉潔白で生きていたかったわけではないのだ。ただ、悪党になんてなりたくなかっただけだったのに。

 生き残りたいが為に、拒否できなかった日々を後悔することは烏滸がましいものでしかない。汚れた心は、汚れた身は、どれも自分のものだと受け入れていた。

 どうせ、自分も奪って生きている。


 だから終わりの時、盗賊と名乗った。


 今よりさらに馬鹿だった自分は0か100だった。善か悪か。人より世界を知らない狭い視野で世界を見ていた。いや、目の前だけしか見えていなかった。

 助けられていいはずがないと思っていた。


 だが、あの人は半分でいいと教えてくれた。


 どちらかになんて偏らなくていい。

 多い方が嬉しいけれど、100でなくても構わない。

 善ではありたいけれど、善悪は自分から見たものでしかない。

 二人で半分ずつ、多くても少なくても補い合えばいい。


 世界は広いから、世界を広げに行こうと。辛いなら、楽になる道を選べばいいと。

 手をとった。


 そうして、僅かに広がった世界は、すぐに奪われたが。


 あいつに奪われたわけじゃないことが、笑えてくる。憎むべき相手も、受け入れられる自分も、もういない。

 多分、それまでの自分は足りないものばかりで、そのまま歪に生き永らえたせいで、欠陥だらけの人間になってしまったのだろう。

 でも、それでも、生きていてとあの人が言ったから、今もまだ、立ち止まらずにいる。


 だから、このまま生きていくのだ。あいつのことで、揺らぐことはもうない。




 リアは、すっと頭が冷えていくのが分かった。

 思いの外、動じていない自分に安心する。もうすでに、あいつのことは過去の出来事として受け止められている。


 ヒョロ男の全身を眺めてリアは嘆息した。あの盗賊の一味にしては、あまりにも弱そうだからだ。


「…………私は見覚えありませんね……下っ端の人なんて」


 つい口をついて出てしまった毒は、最後まで発露できなかった感情の残滓だろうか。


「んなっ、何舐めたこと言ってる!? お前こそただ侍ってただけじゃねえか!」


「居たくていたわけじゃないです。というか、単なる事実ですよ。あなたは、ずっとあいつのそばに居た私に覚えられないくらいの下っ端なんでしょ」


「黙れ! 何で灰色がここにいんだよ? (かしら)はどうしたんだ!?」


「さあ、死んだんじゃないんですか。まだ、でも……どうせ処刑は決まってるんですから、似たようなものです」


 リアはどうでもよさげに答えた。

 詳しいことは知らないし、知りたくもない。


「は!? 捕まったのか!? じゃあ何でお前は自由にしてんだよ!?」


「それすら知らないんですか。あいつが捕まれば私が自由になるのは当たり前でしょう。私はただ囚われてただけの被害者ですよ?」


「なっ、目をかけて貰ってただろうが!」


 リアは思わず深い皺を眉間に刻み口を歪める。思い切り表情が崩れた気がした。ヒョロ男の二の句が次げない様子を見ると、相当酷い顔かもしれない。

 ふぅーっとたっぷり溜め息をつき、こめかみを指でぐりぐりして感情を逃がしていく。


 あの盗賊団の全貌は知らないものの、拠点はあちこちにあるとは聞いたことがある。どう巡ってヒョロ男がこんなところに居るのかは不明だが、あの盗賊団と繋がりがある時点でタニア商会は真っ黒だ。

 ただでさえ訳分からんモンスターがいるのだ。状況も分かっていないヒョロ男との無益な会話をしている場合ではない。


「馬鹿なこと言わないでください。…………すいません、行きましょおじさん」


「あ、あぁー、うん」


 なんとも気まずそうな表情で視線を泳がせながら、行商人は頷いた。全くもってそうだろう、完全にリア個人の事情だ。

 落ち着いていると思っていたのに、そうでもなかった。これ以上の醜態を晒す前にさっさとこの場を去ろう。

 トリムにもこんな感情が燻っていること、見せたくなかった。


「待てよ!」


「いつまたキモイムが来るか分かりませんから、あなたはそこに引きこもっていた方が身のためですよ。そこの女性はお願いします。ここのお客様なんでしょ?」


「は……!? ドワン夫人!? だっ、ど!?」


 ヒョロ男の慌てふためきようを見ると、大御所なのだろう。その内ヒョロ男の凍った足も融けるはずだし、任せておけばどうにかなりそうだ。




 気持ちが昂ったせいか、キモイムの死骸なんてどうでもよくなった。リアは飛び越えて、通路を走り出す。「待ってぇ」という行商人の声に、少しスピードを落とした。

 大きな通路の先は短く、オークション会場へと繋がる両開きの扉は、片側だけ開いていた。

 そこにべたっと現れたキモイムが、氷の矢に貫かれたりしていた。


「…………あのぉ……ごめんなさい。変なとこ見せちゃって」


 行商人が追い付くのを待ちつつ、喧騒に会場の状況を窺いつつ、もやっとした気持ちを整理しとこうとトリムに謝った。さっきのを見て、どう思ったのか探りを入れる意味も込めて。


「別に今さらだな。さきのが変ならば、お前は大体変だ」


 フォローの言葉に面食らう。思えば、ゼスティーヴァの四十八階層でのことやレティアナを問い詰めた時、あるいはミリオリア内外だったり、あっちこっちで大分感情を抑えきれない姿を見せている。


「た、確かに……? いや、大体はさすがに失礼ですよ」


 けれど、リアはそれほど変に思われていないことに安堵した。トリムはいつものように、必要以上にリアの過去に触れてくることもない。


 いつもみたく、関心なし、か。


 触れられたくないわけではないが、進んで話したい過去でもない。それは間違いない。

 今まではその無関心に救われることがあったのも事実だ。リアの過去を知ったからといって何かをしてほしいわけでも、何かができるわけでもない。意味のないことに近い。無駄を嫌うトリムだ、理解できる。


 昔のこと話したって、だから何だってはなし、だよね。


 けれど、砂漠で本音を言い合った後だと、なんとなく違和感というか。

 なんだか、ほんのちょっとだけ、寂しい、ような。


「…………あいつ、というのは」


「えっ、とあ!?」


 突然、空間全体が揺れるような轟音が響いた。

 それはまさに、オークション会場からで、男女入り混じった悲鳴がみるみる大きくなる。


「なになになに!? これ行っちゃマズい感じの音じゃない!?」


 いつの間にか行商人が追い付いていた。

 爆発音に近い衝撃に、行商人が怯むのも分かる。ここは地下だから、造りが崩れるような何かが起きたのなら、最悪生き埋めになってしまう。


「これは…………全く、何故ここに」


「な、何ですか!? これ、行ってもいいんですかっ!」


「ふむ、面倒事も悪いことばかりではないのか……」


「なにがぁ!?」


 一向に動じない様子のトリムに、リアは詰め寄るように問いかけた。

 再び、ズドンと爆音が響き渡り、リアは小さい悲鳴をあげてちょびっと宙に浮いた。


「ちょ、ちょっと、この揺れはヤバい。大丈夫なの」


「問題ないさ。それに手間が省けたようだぞ、リア」


 心なしか、その口調は明るかった。


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