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バラバラ欠陥じゃーにー  作者: tomatoma
三章 下半分と自称聖職者と里がえり
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16.ホラー的なアレですね


 弾け飛んだ白蛇くんは、粉のように千々に広がり、地面につく前に消えていった。いつぞやの光二号くんを思い出しながら、リアは切ない気持ちを押し殺し、攻撃が放たれた方角を睨む。


 像と化した人達から離れた位置に、会長の馬車に付き従っていたローブ姿が二つ。細身の者と、その倍はありそうな巨躯を持つ者が佇んでいる。

 今の光の魔術は二人のどちらかが放ったものだろう。細い方は性別さえ分からないが、大きい方はおそらく男性と思われる。

 その巨漢ローブが、ゆらり、と体を揺らした。と思えば、リアはその姿を見失う。


「え」

「上だ」


 トリムの声に顔を上げると、大きな影が頭上に落ちた。


「ひゃあ!?」


 ガリガリと削る音と共に、衝撃が目の前で止まる。


 両手に光の刃を携えた巨漢は膝を曲げ、リアを見下ろしていた。黒いフードの中の金色と目が合い、その鋭さに身がすくむ。獣の目だと思った。


 半球状の結界、というより氷のドームが、リアと行商人を包み、巨漢の攻撃を防いでいた。リアの真上にあるのは、縦に二本の深い刻み。ドームがなければ、肩から先を失っていただろう事実に血の気が引いた。


 巨漢が腕を振るうと、今度は横一文字に長い傷が入る。続けて、縦に、斜めに、守りを破らんと刃を怒濤の如く操る。

 このまま幾度と食らえば、いずれドームを突き抜けてしまいそうな威力だ。


「……ほう」


「ひゃ、わっ、これっ、まずくない?」


「異様な気配とは思っていたが、おかしな術を使う」


「ま、魔術? アーサみたいなのですかっ」


「いや……魔術、とも多少違うようだ…………興味深い」


「ひぃっ、ちょ、興味持ってる場合じゃないですよ!?」


 そんな会話を繰り広げている間にも、巨漢は次々とドームに刻みを残していく。「わああぁ!」だの「死ぬうぅ!」だの行商人が情けない悲鳴をあげるおかげで、リアはこれでも比較的冷静さを保てていた。テンパってる人が近くにいると逆に冷静になるというやつだ。

 ただ、ドーム越しにびりびりとした殺気が伝わってきて、今までと明らかにレベルの違う敵の登場に心臓が蚤のサイズまで縮こまる。


「ねえっ! ど、どうすれば!?」


「ふむ」


 ついには衝撃がドームの内側まで到達し、ギシリとひびが広がった。その瞬間、一瞬にして氷は砕かれ、巨漢が上から襲いかかってきた。

 巨漢の交差した腕から延びる光の刃が、リアの頭部の左右から迫る。このままだとトリムとお揃いの状態となってしまう。

 しかしリアは動かず、退きもしない。上手く避けられるとも思えなかったし、何よりトリムが何も言わなかったからだ。

 接近する凶刃は見ず、巨漢を睨み上げると、金色の瞳が見開かれ、


「っ」


 突如、激しい光が視界を奪う。


 一拍後、強い風圧に押し倒されそうになったリアは、片足を引いて踏ん張ることでバランスをとる。痛みはなかったが目がチカチカする。

 瞬きを繰り返し、状況を確認すると、離れた位置に片方の光の刃を失った巨漢の姿があった。さらには、細長い棒状のものがローブの上からいくつも刺さっている。


 金属同士をぶつけるようなけたたましい音が鳴った。

 音の鳴る方を見れば、先端の尖った氷槍が浮かんでいる。

 巨漢を取り囲むように四方八方に生まれたそれは、合図もなく同時に、中心にいる獲物へと放たれた。

 巨漢は、残った光の刃を振るい、いくつかの氷槍を叩き割った。だが全ては防げず、肩と太股を貫かれる。そして槍が刺さったまま身を翻し、リア達からさらに距離をとった。


 周囲で動けずにいた商会の男達が、巨漢の動作に巻き込まれ、あちこちで低い悲鳴をあげている。


「妙だな」


 断続的に氷槍を生み出しては攻撃を繰り返しているトリムが呟いた。

 体から槍を生やした巨漢は、痛がる様子もなく、目だけはひたすらにリアを捉えていた。()殺されそうな目力をひしひしと感じ、片手を盾にして心なし防ぐ。


「た、確かに。痛み感じないんでしょうか」


「それもだが、あの体はまるで」


「ロウ」


 ぴたりと巨漢の動きが止まった。

 冷たく響いた声音は女性のものだ。発したのはもう一人のローブ。落ち着いた女性の声だった。


 動きを止めた巨漢の後頭部を、氷槍が静かに狙いを絞る。

 しかし、それは放たれる前に粒子と消えた。

 白蛇くんを消し去ったのと同じ光の矢が、同様にトリムの氷槍を砕いたのだ。


「ここはもういいです。戻りますよ」


 女性は手を下ろし巨漢に呼び掛けた。光の矢を放っていたのはこちらの女性だったようだ。


「…………」


「ロウ」


 無言のまま動かない巨漢は、二度目の呼び掛けで後退し、瞬時に女性の元へと下がった。

 そして、二人とも闇に溶けるよう消えていった。


「……逃げたの?」


「そのようだ」


 敵わないと見て、引き際を見極めたのだろう。しかし、そこら中で苦痛に悶えている商会の男達とあまりにも違う。賢明な判断ではあるものの、あっさりすぎる態度に違和感を感じた。商会の仲間ではなかったのか。


「まあ、戦わないに越したことはないですかね……先に進みましょう。おじさん、ほら立って」


「いやだあぁ……こんなの無理いぃ……止まるぅ、先に心臓止まるうぅ」


「えーじゃあここに残ります?」


「いいい行くよぉ!」


 勢いで筐体をべしっと叩き、すぐにトリムを見て青くなった行商人は、叩いた箇所を高速で撫でた。なんだかビビっている様子だが、トリムは全く意に介していない。


「どれだ?」


「あの一番大きい建物の地下でした」


 最も大きい屋敷の横に、数時間前に脱け出した時にはなかった馬車が沢山並んでいる。オークション目当ての参加者がこれだけいるのだ。


 白蛇くんは消えてしまったが、じわじわと増える敵さんは遠巻きに囲んでいる。進行形で激痛に呻いているこの惨状を見て、たたらを踏んでいるのだろう。

 直接的な邪魔はなく好都合ではある。あとは屋敷の中に突入し、地下を目指せばいい。

 しかし雨粒が一滴頬に落ち、何となく上空を見上げたリアは足を止め呆然とする。


 屋敷の真上に浮かぶ、巨大な真っ白な球体。

 その球体は、屋敷とほぼ同じ大きさで、冷気を纏っているように白い煙を振り撒いていた。よく見ると高速で回転しつつ、ゆっくり下がってきている。


「あの……あれは?」


「虫は巣から追い出せば散り散りになろう」


 まばらに降り始めた雨粒が、球体に触れるか触れないかの位置でじゅわじゅわと蒸気へ換わる。魔術的展開が詰まった球体なのだろう。それで、(ひと)(屋敷)から追い出す。

 つまりは、虫の巣の駆除に近いことをするという。


「襲ってくるタイプもいますけどね。てか私達一応救出しに来たんですからね? 中に被害が及ぶのはやめて、ねえ、ちょっと聞いてますか!? すとぉーっぷ!!」


 ペタペタ兜を叩いて止めても、返事をしてくれない。


「当たるー!」


 下部が建物の屋根に触れたが、球体は降下し続ける。接した建物の屋根が崩れ落ちる様子も、ましてや球体が削られているようにも見えない。建物がただただ飲み込まれている。


「うおぉ……?……あれどうなってんの……?」


「手っ取り早く要らぬ部分を除いているだけだ。分かり易くもなろう」


「要らんくないと思いますけど……てかもう少し忍んで潜り込むつもりだったのに……」


「はっ、今さら」


 不要と切り捨てられた一階以上の部分はどうなっているのか。戦々恐々と凝視していると、正面扉や窓から人が飛び出してくる。まるで火事から逃げるように、ムキムキの人だけでなくメイドや下働きっぽい人々もリア達の横をすり抜けていった。

 災害級の何かが起きれば、仕事に忠実になれる余裕は持てまい。そこに潜り込むのだから、これが火事場泥棒というものか、などとリアは複雑な心境になる。

 逃げることができた者はいいが、間に合わず飲み込まれてしまった者も絶対いるはずだが。


 そして、漸く球体が止まる。球体の下部が地面、つまり一階の床に接する位置まで降りきった。

 球体はしばらくそのままの状態を保っていたが、やがて上部から内側にぼろぼろと崩れていく。

 最後に残ったものは、球体に取り込まれた部分が綺麗に喪失した建物の残骸と、重なり倒れている裸体の男女。何故か皆禿げている。


「あの人達は……」


「融かさずにやっておいたんだ、感謝しろよ」


 トリムは不満げにそれだけ言う。

 球体に取り込まれた建物は融かされ、人は融かさずにいてくれたのだろう。恐ろしい魔術であったが、リアのお願いをきちんと守ってくれている。

 ただ、服と体毛は不要扱いされたようだ。


「わぁ無惨……ありがとうございます」


 ともかく、早速、火事場泥棒に、否、救出劇に入らねば。


 きれいさっぱりなくなってしまった跡地には、地下に続く緩やかな階段があった。とても分かりやすく早かった。

 赤い絨毯が敷かれ、壁には揺らめく灯りと馬に乗った甲冑の銅像。VIP向けの豪奢さが随所に見てとれ、金持ちの世界がこの先に広がっているだろうことは想像に易い。


 貧乏性が染み付いたリアがそわそわし出したところで階段は終わり、一人では到底開閉できないような、これまたきらびやかな扉が現れた。


 だが、誰もいない。


 これだけの騒ぎを起こしたのだから、逃げてしまったとも考えられるが、両開きの扉はピタリと閉じられている。こっち側とあっち側を断絶しているようだった。


「静かですね」


「この先はそうでもないようだがな」


「防音てことですか、なるほど」


「違う。扉に結界がかけられている」


 リアはげんなりした。


「えぇーまた結界? 何か多くないですか? 世の中の人はそんなポンポン使うもんなんですか」


「知るか。中は随分と騒がしいが……雑多に入り混じり把握し辛い………不快だ。…………閉じ込められているようだからな、片付いてから入るか」


「ちょっと!? 不穏過ぎること言ってません!? 片付くって何なんですか!? 片付けられる前に開けてください!」


 トリムの言い方では、騒がしく、片付けられるような何かが地下で発生中と聞こえる。

 リアの督促で渋々了承をもぎ取り、トリムが開けてくれるのを待つ。痛いのはもう嫌なので、結界解除は断固拒否していたら、いつの間にか終わっていた。

 大きすぎる扉は重さも相当なものなのだろう、リアの細腕は最初から頼りにされてはおらず、シュピンと魔力の風が走った。それによって扉の角が斜めに切られ、できた入り口から侵入する。

 赤い絨毯から続いているのは通路だが、広い空間が先にあることが分かる。喧騒が遠くから響いてくるからだ。


「……一生分の生死体験をしている気がするのに……さらに嫌な予感しかしないんだよね」


 ぼそりと溢しながら、行商人も後ろをついてくる。

 危ない橋を何度も渡っているリアとしては、一生分の内の微々たる経験値でしかないなあと嘆くも、喧騒の音に混じった悲鳴が聞こえて同意を返す。


「同感ですね。私の嫌な方の予感、当たるんですよ」


「自慢げに言わないでほしいんだけど……はぁーボクの腕、そろそろ感覚が無くなってきたから引き返したい……むしろオアシスのところまで引き返したい……できればお嬢ちゃんと出会う前まで引き返したい……」


「過去には引き返せないので、後悔してるんなら進んで協力してくれると嬉しいです」


「坩堝に嵌まっていく気しかしないよ……」


「それは運命(さだめ)というものです…………ん?」


「嫌だぁ……ん?」


 真っ直ぐ行って突き当たり、左右に繋がるT字路のような通路がある。その見えない先から変な音が聞こえた。

 うち上がった魚のように、地面に湿り気のあるものが叩き付けられる音だ。びたんびたんと大きくなるその音に、どうにも嫌悪感が湧く。


「何か来てるよぉ!」


「重量感ありますね……こういうの、だいたいなんか、ホラーでよくある」


 いよいよ間近に来たかと思えば、突然音が止む。無意識にごくりと息を飲み注視していると、壁から橙の粘った物体が少しだけ姿を見せた。奇妙な色の固めなスライムのようでいて、しかし眼球がある。


 目が合った。


「ひ」


 そして、ソレはのそりと全貌を現した。不揃いな大きさの位置がずれた目玉。その下にあるカバのような歯と、そこに付着した赤黒い何か。

 からの、


 びたんびたんびたんびたんびたんびたんびたん!


「いやああああぁぁぁ!!」

「うわああああぁぁぁ!?」


「煩い」


 あまりにも気味の悪いソレが、とんでもない速度で迫ってくれば、いくらモンスターに慣れたリアでさえ、別の種類の恐怖で悲鳴をあげざるを得ない。


「出来損ないか……醜い」


 言い終わると同時に、トリムの魔術が迫り来る害意を絶つ。

 放たれた風の刃がソレを両断し、さらには生み出された二つの氷弾によりそれぞれが氷結した。


「は、はぁ……おぅ……」


 気味の悪い姿も凍らされてしまえば、少しはマシに目視できる。どきどきする胸を落ち着けながら、リアは神妙に口を開いた。


「……こ、これこそグロイムの名が相応しかった……仕方ありません、よりキモいグロイム、略してキモイムと名付けましょう」


「何でもいいが、そのキモイムはこの先うようよいるぞ」


 徘徊していたキモイムは、リア達を見つけて襲い掛かってきた。歯に付いた赤黒いものを考えれば、既に襲われてしまった者がいるのだろう。

 簡単に喧騒と悲鳴の地獄絵図が想像できる。どうしてなのか、理由はよく分からないが、とにかく大変なことになっている。


「おじさんはここ通りましたよね? どっち行けばいいんですか! 道案内してください!」


「ボクは裏口からしか入ったことないけどね。……どっちの通路も会場には繋がってる。商品置き場は右だよ」


「じゃあまず右! 走りますよ!」


次回、リアの過去に触れる、はず。多分。

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