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バニシング  作者: 島山 平
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第二章(1)

 野田美里に会いたいと告げると、中川から「誰?」との返事がきた。当然の質問で、遼太郎も予想していた。

 昨晩帰宅して、タンスの奥から段ボールを引っ張り出した。そこには前の世界と同様に小学校の卒業アルバムがあり、やはりというべきか、六年三組のページに田所美希の顔写真が載っていた。大人に近づいた田所は当時の面影を残したまま、シャープな顎が特徴的な美人だった。

 彼女に関する記憶は全くないのに、なぜだかホッとしてしまった。あの日、校長の運転する車に飛び込んでよかった。それが田所を助けることに繋がったのだ。校長は普段から使っていたザックに田所を隠し、背負って車まで運んだ。そして、一週間後に彼女の遺体を捨てたのも校長だろう。

 ―――そういえば。

 卒業アルバムを眺めているうち、遼太郎はそれに気付いた。つい最近まで、遼太郎たちは付き合っていたのだという。それならば、どこかに彼女の存在が残っているはずだ。部屋の中か、スマートフォンの中か。

 急いで確認すると、スマートフォンの履歴の中から田所とやり取りをしていた形跡が出てきた。別れたのはつい最近らしく、それ以降は連絡した様子はない。履歴を辿ってみても、別れた原因がどちらにあるのかも不明だった。自然消滅に近い別れだったのかもしれない。

 保存されたデータフォルダを開いてみると、田所と二人で写った写真も出てきた。記憶はないというのに、そこに写っていた遼太郎は心底楽しんでいた。もう一人の自分が存在する気すらした。

 そうこうしているうち、遼太郎は田所が行方不明になっている二人目だということを思い出した。元の世界―――遼太郎が過去をやり直す前の世界では、野田美里という英文学部の学生が行方不明になっていた。田所が生き延びたことで、野田は事件に巻き込まれずに済んでいるというわけだ。田所の姿が消えた日、野田がどこで何をしていたのか調べることにした。


「ねえ、説明してくれないかな。野田さんに会ってどうするわけ?」

「どうもしないって。話を訊きたいだけ」

「怪しすぎるって自覚ある? 美希ちゃんと別れたから次の子探してるって思われるよ」

「そう思うのはお前だけだろ」

「ナナもだよ」

 中川が小さく溜息をついた。呆れているのかもしれないが、溜息をつきたいのは遼太郎の方だった。自分だけが、この世界が変化していることを知っているのだ。

「清水はまだかな」

「さっき連絡きたから、もうすぐのはずだけど」

 中川はスマートフォンに視線を落とし、小さく頷いていた。

 野田に会うことにし、最初に直面した問題は彼女と面識がないことだった。野田の元に辿り着くことはできるだろう。だが、相手からすれば初対面の男が話を訊きたいと言ってくるわけだ。警戒されるのは避けられない。

 そこで女子学生との繋がりを探し、中川の研究室に所属する清水に白羽の矢が立った―――というよりも、遼太郎が彼女に狙いを定めたというのが正しい。それに加え、清水は英文学部に友人がいると言っていた。野田に近付くには彼女を経由するのが間違いない。様々な意味で、最短ルートのように感じた。

「清水さんも説明を求めると思うよ。不思議がってたから」

「野田に一目惚れしたってことにするよ」

「それ、最低だからね。特に清水さんにとっては」

「仕方ないだろ。恋は突然やってくるんだから」

「・・・」

「いや、嘘だけどさ」

 中川の視線が胸を突き刺すようだった。田所と別れ、すぐに別の女に手を出している―――中川たちからはそう見えることは理解できる。遼太郎にはそのつもりなどないし、そもそも田所と付き合っていた記憶すらないのだが。

「昨日から様子が変だよ。急にわけわからないこと言い出すし」

「ちょっと気になることがあってさ」

 中川の追求をはぐらかしていると、研究室の扉が開いた。ラフな格好をした清水が現れ、すぐに二人と目が合った。

「おまたせ。講義が長引いて」

「いいよいいよ。どうせ大した用じゃないから」

 中川が遼太郎を横目に言う。清水は表情を変えることなく口を開いた。

「野田ちゃんに会ってどうしたいの?」

「質問したいことがあるんだ。それだけ」

「わざわざ私たちを巻き込んでまで訊きたいんだ。噂によると、野田ちゃん今はフリーらしいよ」

「そういうことじゃないって」

 中川も清水も、頭の中は恋愛のことしかないのか。呆れながら、遼太郎は立ち上がって清水の傍へと向かった。 

「野田ちゃんに連絡してもらったら、お昼までなら空いてるって。午後イチは講義がなくて帰宅するみたい」

「危なかったな。さっさと行って短めに終わらせるよ」

 そう簡単に終わるだろうかと不安になりながら、遼太郎は研究室をあとにした。清水からの視線に複雑な感情が混ざっている気がしたが、鈍感な遼太郎はそれに気付かない。そんな演技を貫き通すことにした。


 現れた野田美里は、清水や奈々恵よりもおとなしい女だった。静か、というよりも、おしとやかに近い。見方によっては病弱なお嬢さんともいえる。

「私に用があるって聞いたんですが、三人とも?」

「いや、ボクたちは付き添いです。男一人に呼び出されたら緊張しちゃうかなって」

 中川が自分と背後に立つ清水を指さしながら言う。野田は残された遼太郎に視線を移し、身構えるように口を結んだ。

「俺が沖です。わざわざ申し訳ない」

「全然いいんですけど、話っていうのは?」

「先週の金曜日、どこで何をしてました?」

「え、どうして?」

 隠すわけではなく、野田は単に警戒した様子を見せた。初対面の相手からそんなことを訊かれたら、誰だって怪しむだろう。

「たぶん夕方だと思うんだけど、行動を教えてもらえないかな」

「遼太郎、いきなり何言ってるの?」

「大事なことなんだよ」

 中川を制すようにハッキリと言いきった。野田は思い出そうとするように眉を潜め、やがて口を開いた。

「三限で講義が終わって、早い時間に家に帰って。夕方はバイトだったから、八時まではファミレスにいたかな」

「どこの?」

「駅前のデニーズだけど、それがなにか?」

 野田の言葉を脳に焼きつける。

「質問が変わるんだけど、田所美希ってわかる?」

「田所・・? 誰だろう、すぐには思い出せない」

 野田が困った表情を見せた。

 中川が助け舟を出すように、遼太郎に質問をぶつけた。

「遼太郎は何を知りたいの? 先週の金曜日の野田さんの行動と、美希ちゃんの行動を結びつけようとしてるわけ?」

「すごいな、まさにその通りだ」

「ふざけてる?」

「いやいや、本気だって」

「あの・・」

 野田が困ったように小さく手を挙げた。

「田所さんって人がどうかしたんですか?」

「行方不明らしくてさ。そいつがいなくなった日、野田さんが何してたのか気になるんだよね」

「私を疑っているってこと?」

「違う。全く違うよ」

 驚きを隠せない様子の野田を安心させるよう、できるだけ穏やかな口調に努めた。

「それじゃあどうして私のアリバイを調べるの?」

「うーん・・」

 どう答えればよいかわからず、遼太郎は天を仰いだ。天井の染みがヒントになるわけもなく、ごまかして返事をすることにした。

「野田さん、サークルは?」

「乗馬サークル」

「金曜日はサークルなかったんだよね?」

「うん。休みだった」

「よく行くカフェとかある?」

「たまにだけど、スタバ」

「最寄り駅は?」

「金山。実家が近いから」

「バイトしてたって言ってたけど、その後は? 寄り道せずに帰った?」

「・・たぶん、ブラブラしてから帰った」

「ほんとは何かしてたんでしょ?」

「別に。涼しかったから」

 田所との共通点を探ろうとしたのだが、何一つわからなかった。なにしろ、遼太郎には田所に関する情報が少なすぎるのだ。この会話を聞いている中川が何かに気付いてくれることを願った。―――だが。

「あ、そうか。失恋したんだね」

「・・・」

 野田の目つきが鋭くなり、遼太郎の頬が緩んだ。ターゲットが餌に食いついた気がしたからだ。

「フラレて泣いてたとか?」

「そんなことあるわけないじゃない」

「遼太郎、さすがに失礼だって!」

「ほんとはどこに寄ってたの?」

「あなた、何なの?」

 野田が睨むような視線を遼太郎に向けた。正直に話すこともできず、沈黙で返事をするしかなかった。

「―――失恋はしてないけど、嫌なことがあってブラブラしてたの」

「最寄りは金山駅って言ったよね」

 野田がゆっくりと頷いた。

 それについては、田所も共通しているらしい。そうだとすれば、前の世界では野田が金山駅の辺りを歩き、何者かに連れ去られた。だが、この世界では被害者が変わった。田所が無防備に歩いていたのだろう。犯人から目をつけられやすかったはずだ。

「真剣な質問なんだ。その日、普段と違うことはしなかったかな」

「特にそんなことはないと思う。まぁ、公園で一人になろうと思ったけど、誰かがいてやめた」

「公園の名前は?」

金城(きんじょう)公園」

 野田の言葉に思い当たるものはなかったが、公園にいたのが田所という可能性はある。彼女がそこにいた理由はおそらく一つだ。遼太郎と別れ、哀しみに暮れていたのだろう。そして、だからこそ犯人に選ばれた。

「その公園にいたのがどんな人か覚えてる?」

「ううん。誰かいるなって思っただけ。顔なんて見てない」

「男女どっちとか」

「・・雰囲気的には女性かな」

 野田は本当に覚えていないのだろう。彼女の態度に、それを隠そうとするものはなかった。そして、彼女にはそれを隠す理由もない。

「私からも質問していい?」

「どうぞ」

「田所さんって人は、あなたの恋人?」

「いや、恋人だった」

 ―――らしいが、そんな記憶はない。遼太郎が過去を変えたことが原因だ。

「見つけ出したい気持はわかるけど、私は関係ないから。疑われても困るよ」

「疑ってるわけじゃないんだ。これは本当」

 この気持ちが嘘ではないことが伝わるだろうか。野田は落ち着きを取り戻した様子で、遼太郎たち三人を見渡している。

「遼太郎、これで満足?」

「とりあえずは。野田さん、もし良かったら連絡先教えてくれないかな。また質問したいことがあるかもしれない」

「別にいいけど・・」

 決して歓迎されていないことは伝わっている。だが、念のため彼女との繋がりを残しておきたかった。ナンパだと思われぬよう、あえて清水にも野田と連絡先交換をしておいてもらった。用がなければ声は掛けない、用が済めば連絡先を消すことも約束した。


 連絡先の交換が終わると、野田は一人で帰っていった。遼太郎は彼女の後ろ姿に頭を下げ、不審がる二人に顔を向けた。

「遼太郎、やっぱり説明して欲しいな」

「同じく」

 清水までが真顔をしていた。遼太郎は腕を組み、自分の選択すべき行動を思案した。全てを正直に話すわけにはいかない。話したところで信じてもらえるとも思えない。となると―――。

「ごめん、今はまだ言えない。でも、田所の失踪と関係しているんだ。あいつがいなくなった日のことを調べたいだけなんだ」

「ボクたちが知りたいのは、それと野田さんがどう関係しているのかってことなんだけど、理解してくれてる?」

「重々承知。でも悪い。これ以上は言えない」

 遼太郎の決意が固いことを察したのか、二人はそれ以上追求してこなかった。わざとらしく溜息をつかれたが、それくらいは我慢しておいた。

 田所のいなくなった金曜日、彼女は金山駅付近にいたのだろう。野田の行動がそれを証明してくれている。そして、その時間にその場で何かが起きた。誘拐されたのか、事件に巻きこまれたのか。どちらにしろ、遼太郎の変えた過去が、この世界にまで影響を与えていることは確かだった。


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