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バニシング  作者: 島山 平
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第一章(1)

 四月三十日、沖遼太郎は雑貨屋に並んだ色とりどりの食器を眺めていた。ただし、決して彼が使用する食器を選んでいるわけではなかった。もしそうであれば、わざわざこんな店には入らない。客層は若い女性か主婦が多く、店内を見渡しても遼太郎を受け入れる気配はなかった。せめて隣に女性がいれば、付き合いたてのカップルと思ってもらえただろう。

 彼がこの店を訪れた目的はただ一つ、女性へプレゼントする何かを探すためだった。とはいえ、渡す相手が恋人であれば、遼太郎だってもう少し真剣に選んだはずだ。彼がなかば投げやりに陳列された品を眺めているのは、渡す相手が身内で、それも双子の妹だからだ。

 妹の奈々(ななえ)とは、幼い頃から何かとぶつかり合う仲で、どちらかといえば毛嫌いしているに近い。それでも毎年プレゼントを渡し合うのだから不思議だ。一口に双子といえど、そこにはいくつものパターンが存在する。一卵性双生児、二卵性双生児といったよく知られたもの、準一卵性双生児などというものもある。これらは母親の胎内での受精方法の違いによるものだが、遼太郎にとってはさほど大した問題ではなかった。妹の奈々恵がわがままで融通のきかない性格ということで、頭を抱えているだけである。

 結局、スムージーを購入して店を出た。果物をすり潰して果汁百パーセントのドリンクを作るという類のものだ。五千円以下の値段で買え、想定よりは出費を抑えられた。ネットで購入する方が安いのだろうが、気持ちが大切なのだと力説された覚えがある。誰に言われたのか、今ではもう思い出すことができない。

 ショッピングモールの中は人で溢れかえっていた。日曜日の昼間なのだからそれも当然だ。遼太郎は人混みがそれほど嫌いではない。大勢がすれ違っていても、互いに興味を示すことはない。その状況が何とも奇妙で、この世の理そのものであるようにも感じられるのだ。 

 遼太郎もその一部に溶けこんでいると、ズボンのポケットの中で振動を感じた。

「はいはい」

『どう? ちゃんと買えた?』

 遼太郎は思わず辺りを見渡してしまった。偶然にしてはタイミングが良すぎるからだ。

『ストーカーじゃないから安心して。ボクが興味あるのはナナの方だから』

「知ってるよ」

『で、どう?』

 中川春信(なかがわはるのぶ)は、何かを期待したような声色で訊いた。体格は小柄で、内面も中性的。元々の声が高いのだが、今日の中川は普段以上にテンションが高い。それを感じ取りながら、遼太郎は溜息とともに口を開いた。

「ちゃんと買ったよ。あいつが喜びそうなファンキーなやつ」

『ファンキーって意味知ってる? ナナが喜ぶとは思えないんだけど』

 そんなことを言う中川は、奈々恵の恋人にあたる。二人の交際が始まったのは高校二年の夏だと聞いているが、遼太郎が知りたがったわけではない。そのときすでにバカップルとなっていた二人が、わざわざ時間を費やして説明してくれたのだ。

「あいつ最近健康にこだわってるだろ、だからそういう系」

『いいと思うけど、それ絶対ファンキーじゃないよね』

 ケラケラとした声で笑い、中川は満足そうに続けた。

『ボクのプレゼントと被らなくてよかったってとこかな』

「何買ってくれたんだ?」

『一応言っとくけど、遼太郎には毎年恒例の図書券ね。ナナへのプレゼントは秘密』

「まぁ、お前があいつに何を買おうと知ったこっちゃないけどな」

『そういう言い方はよくないって。そんなんだからナナに怒られるんだよ』

 何度言われたか覚えていないくらいの言葉だ。適当に聞き流し、遼太郎は電話の目的を促した。

『あのさ、今週末うちの研究室で飲み会があるんだけど、遼太郎もどうかなって。院の先輩の学会発表が終わったタイミングなんだ』

「研究室内のメンバーでやった方がいいだろ」

『遼太郎なら問題ないと思うんだよね。身内だし』

 それは事実であるものの、遼太郎は素直に頷けずにいた。

 中川の所属する研究室の教授―――沖浩輔(こうすけ)教授は、遼太郎の実の父親にあたる。中川の恋人である奈々恵もその娘であり、彼の言う身内という言葉は一ミリたりとも間違っていない。

「正直に言うと、めんどうだ」

『そう言うと思ってたけど、わかってて誘ってる。ナナも来るし、先輩達も近しい人呼ぶらしいよ』

 それならば遼太郎が参加しても問題はないのだろう。決して参加したくないわけではないのだが、どうも最後の一歩を踏み出せずにいた。

『まあ、今じゃなくてもいいから返事ちょうだい。先生にはそれとなく言っとくから』

「あの人に言ったら、それはもう参加するってことだろ」

『だね』

 中川の笑い声を耳にしながら、遼太郎は内心参加することを決めた。特に用事があるわけでもない。断る理由だってなかった。

『それじゃ、ボクはこれからデートだから。またね』

 一方的に話を終えられ、遼太郎はショッピングモールの天井を見上げた。最近公開された映画のポスターが我ここにありとなびいている。タイムスリップもののようで、主演が最近人気の若手女優らしい。芸能ニュースでも何度も取り上げられ、必然的に注目を浴びているというわけだ。

 遼太郎は小さく息を吐き出し、帰ることにした。一人で映画を見る気分ではない。それに、タイムスリップものであれば大まかな結末は予想できる。ハズレのないジャンルではあるが、これまでにいくつもの類似品が世に出ている。何故だか淋しい気持ちを感じ、一人で不思議に思った。

 過去や未来に行けるとしたら、何をするだろう。自らの人生を思い返してみても、たそがれるほどの体験はなかったように思う。特別な後悔はないし、大きな失敗をした経験もない。唯一変えたいこととしては母親が亡くなってしまったことだが、それは遼太郎の力ではどうしようもないことだ。母親は、遼太郎と奈々恵を出産した直後に亡くなった。出産による消耗が原因だという。感謝しているし、不幸にも感じてはいるが、諦めるしかないことだった。母親という存在を感じてみたいという欲求はある。だが、現在の生活にも満足している。

 未来について想像してみた。自分の将来がどうなっているのか知ることができれば、小さなことに悩む必要もなくなるのかもしれない。とはいえ、遼太郎はそれを知りたいとは思えなかった。未来がわかってしまえば、今を必死にあがける気がしないからだ。答えのわかったクイズなど楽しくはないだろう。

 こんなことを一人で考えていることが淋しくなった。店内放送ではポイント五倍セールや母の日セールの紹介が流れている。ありもしないことを考えるのはよそう。特に問題のない自分の人生をラッキーだと思いつつ、遼太郎は帰宅することにした。


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