1話 原付免許
「何処行くの?」
玄関で靴を履いていると、背後から女の声が聞こえてきた。
この家にすむ女は三人。
まだ朝の4時で、こんな時間に起きているのは一人しかいない。
「おはよう、美咲。」
「うん、おはよう。で、悠馬はこんな時間に何処行くの?」
「免許センターに行ってくるよ。」
「そう言えばそんな事言ってたね。」
合点言ったとでも言いたげに頷く美咲は、手に持っていた包みを差し出してきた。
「はい、お弁当。」
「……なんだ、覚えてたんじゃん。」
「たまたま早く起きただけ! 文句あるなら健太にあげるけど。」
「文句無いです。いただきます。」
「よろしい。」
満足いったのか、美咲は欠伸をしながら二階の自分の部屋へと戻っていった。
包みに顔を近づけ、匂いを嗅ぐ。
パンの焼けた匂い。サンドイッチだろうか。
美咲の料理は美味いと思う。
少なくとも、元の世界で出発のパーティーの時に城で出された料理と同じくらい美味い。
これは他の三人も同じ意見だ。
「じゃあ、行ってきます。」
まだみんな寝ているだろう、美咲にかろうじて聞こえるくらいの声でそういう。
気をつけてね、という声が返ってきたのを聞きながら、悠馬は玄関を出た。
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簡単に登場人物紹介
悠馬……異世界の勇者。この半年で日本の生活にもなれた。仲間思い。趣味は外出。
美咲……勇太たち、異世界人四人と同居している大学一年生。趣味は料理
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始発に乗り、免許センターの最寄駅で降りる。
まだ早朝で誰もいない道を、少し早歩きで進む。
事前に調べた通り、悠馬の目的とするものはすぐに見つかった。
そこは、免許試験の対策をしてくれる塾のようなものらしい。
過去問などを使い、試験が始まる時間まで教えてくれるそうだ。
悠馬は深呼吸をしたのち、塾に踏み込む。
同じ金額を払うのだ、なるべく時間をかけずに手続きを済まし、勉強に取り掛かる。
三時間くらいだろうか、それくらいの時間が経った頃、係りの人がやって来た。
あまりにも熱中していたせいか、時間が来ている事に気がつかなかったようで、慌てて塾を出た。
熱中して時間を忘れるなど、まるで本を読んで呼ばれる声に気が付かない想花(同居人)のようだと恥ずかしさを感じながら思った。
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携帯電話から着信音が聞こえてきた。デフォルトのものではなく、一人だけ少し違う着信音にしているのは他の人にはバレてない……はず。
そのおかげで、台所の片付けをしていてもすぐに気づく事が出来た。何時もなら後から掛け直すのだが、気になっていたのもあって手を拭き電話に出る。
「もしもし。」
『あ、美咲? 悠馬だけど……』
「ああ、悠馬だったの。今ちょうど休憩しようと思ってたとこでね、そしたらちょうど電話がかかってくるもんだから。」
『そうなんだ。……あ、無事に試験も終わったよ。研修?みたいなのも終わって今免許証の発行待ち。後……一時間くらいで帰るかな?』
「了解。晩御飯、何がいい?」
『んー……あ、この間テレビで見た……なんだっけな?』
「鮭のホイル焼きかな?」
『あー、それそれ。凄いな、なんで分かったの?』
「……別に、たまたまよ。……あ、真奈がマンガの新刊買ってきてってさ。」
『了解です。じゃあ、切るね。』
プツッという音と共に通話が切れる。
少し名残惜しそうに画面を見たあと、ふとソファーの方から聞こえていた話し声が聞こえない事に気がついた。
ソファーの方を見ると、二つの顔がこちらをニヤニヤした表情でこちらを見ていて。
「……何よ。」
「いやー、素直じゃないなあと。」
「そう言うの、なんて言うか知ってるよ健太。ツンデレって言うんだよ。」
「お、さすが想花。物知りだなぁ。」
その後の夕食、健太と想花の晩御飯から一品消えた。
こんな感じです。