幼稚園年少生・プロジェクト開始・後編
執筆のペースが安定しません。
今回は前回と比べてかなり短くなっております。
夕飯のあと正鳴とななこは奥のほうの部屋に案内された。
後ろには悠一と楓、秀直と智子、英次と薫子の三組の夫婦がついてきてた。
その部屋はソファーがあり、そのまわりに本棚が並んでいる。一方にはサイドボードがあり、グラスやお酒の瓶が置かれていた。
全員が部屋に入ると部屋の扉を智子が施錠した。使用人の姿もない。
正鳴は一体なにがはじまるんだろうと思った。
どかっというかんじで英次氏がソファーに座った。
「それで、兄さんが進めている件の話だそうだけど、どういうことか説明してくれるんだろうね?」
秀直氏が肩をすくめた。
「そりゃするさ。お前を納得させれないと、会社の金は使えないからな。智子、原本と、松下製作所で調整した中身を製本したやつを・・・。」
智子が奥のほうにおいてあった金庫を開いて、本をずらずらともってきた。
それをローテーブルに積み重ねる。
「とりあえず、どれでもいいから製本したほうから読め!」
英次氏がため息をついて本の一冊を手に取った。
読んでいる間、正鳴とななこはソファーに座っていたが、ななこがソファーで足をぶらぶらさせ始めた。行儀が悪いが、ここまでするとなるとそうとうお冠の様子であることが正鳴にも分かった。
「ねぇねぇ・・・・・・なにしてるの?おじさんも・・・。ななこ詰まんないよ。」
ただ、正鳴は契約を交わした計画が英次氏次第で成功するか失敗するか決まることだと分かった。それゆえななこの手を握ってそっと囁いた。
「詰まんないかもしれないけど・・・・・いまは大切なことをしてるんだ。ななこちゃんが幸せになるかどうかも決まるんだよ。」
ななこはそれを聞いて足を動かすのをやめたが、納得はしていない様子だった。
秀直氏がおもむろに一冊の本を英次氏に示した。
「こっちが検証がすんでいる内容にについて書いてある。部外秘の資料だから内容を話すなよ?」
英次氏はそれを聞いて目を細めた。
何ページかをめくって、ふっと息を吐いた。
「これ本物か?」
秀直氏が頷く。
「本物だよ。」
「だが情報の出どころは・・・・そちらにいらっしゃる富田さんってことになってるな?富田さんは啓信の経営学部の経営学科出のはずだが?」
悠一が言葉を添える。
「一応、趣味の無線をやっている関係で電子工学と物理学科の科目のいくつかは履修していますよ。」
「だとしてもこの内容のは最先端の物理学科か物理工学を収めた人間でないと理解できないと思う。これでも僕は工学部で量子工学を履修して、大学院でドクターもとっているからね。おやじが死んでなければ今頃大学で教授でもやっていたんだがね。」
英次氏はどうしても納得できない様子だった。
「仮に富田さんが論文をしあげた本人だとして・・・。この技術はどこからきたものなんですか?いまは電子工学全盛だと言われている時代だ。それになのにそれを超える・・・・パラダイムシフト先の光子工学技術がここの論文には書かれている。ドイツの連中でもここまではいってないはずだ。想像だけで書いたとしても・・・・検証結果をみるかぎり事実であることは確実。クォークレベルの制御をこえる内容がですよ?ようやく世間ではトップクォークの観測に成功しただの、重力子の実在が証明されただのいってる時代にですよ?」
秀直氏はあきれた様子だった。
「技術が高度かどうかが問題じゃない。これがビジネスになることが論点としては正しいのではないか?お前の理系への思いもわかるが、そこはビジネスマンとして判断しろ!」
そう言われて英次氏は息を吐いた。
「ビジネス的には可ですね。リスクもありますけど・・・・これはいけないものじゃない。ただ・・・・ドイツのコペンハーゲン学派の連中に発表したとたん袋叩き決定ですよ?量子論を否定してるんだから・・・・。」
「んなもの実機がつくれれば問題ないだろ。すでに光コンピューターの試作品の製造は松下電器産業の研究所で始まってる。」
英次氏はやれやれといった様子だった。
「おまけにアインシュタインの特殊相対性理論や一般相対性理論にも修正を求めている内容です。学者連中が発狂しそうですよ・・・・これは・・・。」
英次氏は頭を振った。
「とりあえず仕事のほうはわかりました。で、もうひとつのほうの話もしたいですね。」
この場にななこと正鳴が呼ばれていることを考えると婚約のことだろうとあたりをつける。
実際その通りだったようだ。
「俺は息子の健介とななこを結婚させようと考えていた。それなのに兄さんはなん相談もなくそちらの富田さんのご子息と婚約を決めてしまった。そりゃあビルディング担当の分家の家長は兄さんだし、決定権があるのもわかる。」
英次氏は納得できない様子だ。
「けどさ、相談もなく決められていいものなわけ?おまけにばくちに近いビジネスと絡めて婚約をきめるとかありえなくないか?」
しかし、秀直氏は首を振った。
「あのなぁ、従兄婚の劣性遺伝で出生率が下がってるのはわかっているか?おまえんところは薫子さんという一般の人との結婚だったから実感してないだろうけど・・・・。こっちは遠縁とはいえ、三井の血がはいっている松下家の智子との結婚で、不妊治療をしたりしてようやくななこができたんだ。ななこと健介を結婚させたら間違いなく、子供ができにくい。」
「じゃあ、ビルディングの後継者はどうするんだよ?」
「おまえんところの敦教あたりを養子にもらって後継にしようと考えている。ななこは富田家に嫁に出す。これは決定だ。」
その言葉に英次氏は苦い顔をした。
「兄さんに、子供ができたらどうする?」
「そんときゃそんときで考えるさ。だが敦教を後継から外すつもりはない。健介は正直、見た感じ、性格的に抑えが効いていない。子供とはいえ、ななこの婚約指輪を渡すように言ったり、指輪をねだったりしただろ?」
英次氏は一瞬苦い顔をした。それはそうだろう。しつけができてないことを指摘されたのだから。
「おまえさ、かわいい次男だからって甘く育てすぎだ。そりゃおやじが生きてた時にお前が悔しい思いをしたことが一度や二度じゃきかないくらいあったことはわかってる。経営に携わるなと無理やり理系にいかされて、かとおもったら卒業したら学校に残るな、会社に来いだ。」
秀直氏はそこまで言ってからはっきり言った。
「お前は健介に同じ思いをしてほしくないと考えているのはわかる。だがな、甘やかして、将来損するのは健介だぞ?性格ができる今の時期に我慢することを覚えなかったら、経営に関わるのは無理になるぞ?経営学を独学で勉強してたお前ならわかるはずだ。」
英次氏もさすがにそこまで言われれば頷かざるを得なかった様子だ。
「わかった。健介にはよくいっておくよ。」
「たずなはほどほどにだ。健介には今のお前と同じ場所に立ってほしいからな。」
秀直氏の言葉で重ぐるしかった空気が若干緩んだ。
英次氏にも秀直氏は期待をしている部分が大きいのだろう。
そのあと婚約にかかわるはなしはそこで終わり、富田家と三井家の事情のすり合わせが行われることになった。
富田家の現在の構成や富田財閥内の人間関係などを悠一が説明していった。
富田家は海上貿易で財をなしているのは昔から同じだが、そこに陸上輸送部門が加わり、さらに富田家八代目が開いた私塾から明治期に発展させた富田学園もある。
建設部門や農業部門も小さいながらも展開している。
金融部門のうち銀行もあるが、証券会社のほうが金融部門ではメインになっている。
傘下の会社は37社ある。
一方の三井家は三大財閥の一つであり、全体としては傘下に456社もの企業を持っているそうだ。三井ビルディングはその中の一社で、三井の建設部門の中では上位に位置する。
普通ならあり得ない縁談である。地方財閥といっても富田家は木っ端扱い受けても仕方がない。資産規模の桁が違うのである。
そもそも企業畑が違う。
一方、今回の計画で、三井ビルディング子会社の三井ビルディング流通と富田海上運送が合弁会社を設立することになる。
出資金比率は7:3になるようだ。悠一としては1:1にしたかったようだが、富田からの出資金上限が少なすぎると押された形だ。
このプロジェクトへの期待の大きさを示しているようだが、悠一は初期投資の大きさに頭を痛めているようだ。
話し合いが終わり、帰りの車の中、悠一はいろいろ考えている様子だった。
次の月曜日、幼稚園に行くと周りの様子が変だった。
なんというかいつもは馬鹿にしてくる森岡と高田の二人が絡んでこない。森岡のほうがからもうとしている高田の肩を抑えていかせないようにしている状況だ。
首をかしげた。ななことの婚約は表ざたにはされていない。知っているのは両家の関係者ぐらいだ。だからそれですぐに影響が出るとは考えにくい。
ただ、こういうときに何かを言いそうなだれかがいそうな気がした。
その日の夕方、楓と智子に、ななこと一緒に社交ダンスの教室につれていかれた。
どうやら社交ダンスも習いごとに加えられるようだ。
その日は練習服や練習靴の採寸だけだったが、次の週の月曜日からレッスンが始まった。
わりと簡単なセントバーナードワルツが練習曲に選ばれ、それを最初は一人で、続いてななこと二人で踊ることになった。
智子によると三井家の他の家では屋敷にインストラクターを呼んで、練習しているらしいが、そうなるといろいろ面倒なので教室に通わせることにしたそうだ。
次の日、幼稚園からお知らせの紙が渡された。それを読んでみるとどうやら遠足についての案内のようだった。遠足先は山梨の山中湖周辺だそうだ。
あのあたりは大学生が割と合宿を行う場所だという認識が正鳴にはあった。別荘街もあるが、どちらかといえば小金持ちがいく観光地のイメージだ。
日本中の大金持ちの集まる啓信学園の幼稚園がいくにしてはと正直思った。
しかし、その次の日に配られた遠足の栞、栞という割にはかなり分厚く、しかも両面カラー印刷のしっかりとした冊子をみてみると、サクランボ狩りや美術館見学、音楽鑑賞など日程が組まれており、十分にお金がかかっていることが理解できだ。
音楽鑑賞に至っては、山中湖のそばにあるホールを貸し切ってわざわざ音楽家を招待しての演奏会になるようだった。
幼稚園児に高尚なクラシックが理解できるのかなとも思ったが、これも情操教育として必要な事なんだろうと思い直した。
ちなみに曲目はヨハン・シュトラウス二世の「美しき碧きドナウの流れ」だった。
遠足の栞の冊子をもらってきてから、さっそく、楓に習い事のあとに、三井デパートに連れ出された。楓は以前は割と高島屋デパートのほうを利用していた気がするが、どうやら縁戚になるので、わざわざ三井デパートに出かけたようだ。
新宿東口にある三井デパートのいくつかの棟のうちの男性館の近くでおろされて、さっそくさっそく中へ入る。
リュックや着替えを買いそろえなくてはいけないわけだが、七階の男性子供服の場所にはリュックはなく、中央館に移動することになった。
中央館の五階には子供用のリュックを含め行楽用品が揃えられていた。
考えてみると、一夫がいまの正鳴と同年代だったころは誕生日プレゼントをやった事すらなかった。家が傾いていくのをわかっていながらそれを止めることはできなかった。家業はすでに無く、一労働者の立場でやりくりをしていた。
当然、親戚筋には事業を行っているところも多く、経済的な行き詰まりでずいぶん不義理をした気がする。
祝い事があっても贈り物を贈る余裕すらなく、借りていた家には借金取りがやってくるような生活だった。除隊されて郵便局に配置されて出納係をやっていたが、意見の違いで局長と喧嘩別れたしたのが運の尽きだったかもしれない。どちらにせよ森家や辻家の監視や嫌がらせが続ていたし、どうしようもなかった気もしないでもないが、後悔は大きい。
末の子供の一夫は幼稚園を途中退園させるはめになった。せめて卒園までさせてやれたらよかったという気がする。
あの時の自分は投げやりになっていた。妻にはずいぶん苦労を掛けた。一夫の結婚を待たず妻が逝ったのも仕方がなかったかもしれない。
その影響で孫の和幸はずいぶん一夫にぞんざいな扱いを受けていたのを思い出す。
小遣いをやろうとしたら、すぐ使うからだめだとか一夫にとめられるし、やっても一夫の妻に取り上げられてしまっていた。
いくら神とはいえ人間として生活している以上、子供時代にひどい目にあった傷はどうなるのだろうと思う。こちらの支援までいてくれているが、あちらが行き詰まったとき何が起こるか考えたくもないのが正直なところだ。
陸軍憲兵隊の連中がしでかしたことの影響で死なずに済んだはずの人がずいぶん死んだ。シベリア抑留者が入植者を含め百万人以上いたというのもあながち大げさな数字ではない。
ノモンハンの先の満州里まで入植は行われていたのは事実だ。それに八路軍のシベリア攻略部隊は全体で二十万人はいたはずなのだ。それがノモンハンの壊滅で中核を失った。
辻政信によって八路軍の中心の人間は粛清され、弾薬をはじめとする補給物資を止められて飢え死にするだけとされた。
戸籍を廃棄されたか、書き換えられて日本に日本人として存在したことすら消された連中がどれだけいるか考えたくもない。
それから比べれは戦後六十年近く日本に日本人として生きられただけマシといえばマシだろうが・・・やはり無念はつもる。
あのとき迫撃砲の砲弾が届いていないことに気づいて、新京の関東軍本部に再三電報をうっても返事が来ないことに業を煮やして新京までいったのが運つきか・・・・・
シベリア攻略には陣地攻略や、戦車をはじめとする戦闘車両を破壊するために大量の砲弾が必要だった。関東軍の主査には使いすぎではと言われたが、事実進軍するには必要不可欠だった。
あのまま砲弾もなく進軍しても壊滅していたのは事実だ。
こちらの歴史では進軍して勝利を収めているが、犠牲者はそれなりにでているし、砲弾もかなり消費している。
もちろん食料が一番兵站で大事なのはいうまでもない。
基本戦術は陣地構築をして、戦闘車両を破壊、相手の戦力が少なくなってから進軍、陣地攻略とあわせて陣地構築という非常に地味な戦い方だ。だが戦力が多ければ必ず勝てる。それをもって満州里まで進軍したわけだから。
この戦い方の弱点は補給物資が大量にいることだ。しかし、歩兵戦車程度しかなかった大日本帝国陸軍がソビエトのT型重戦車を中核とした部隊に勝てる唯一の方策だ。
豊臣秀吉の一夜城戦術そのままではある。
人海戦術でそのまま当たっては重機関銃や戦車相手に勝てるわけがないのである。
もっとも現代では航空戦力による空爆や巡航ミサイルによる遠隔攻撃があるため、制空権を確保していることも条件にはいってくるだろう。
そんな思いを正鳴が思いだしているとは知らずに楓はリュックや乾パンを選んでいる。ホテルに泊まるのに乾パンは必要なのか小一時間問い詰めたくなる正鳴だったが、夜中に友達と楽しむ定番らしい。
缶詰の乾パンやパックされている乾パンで缶詰のものは三年、パックのものでも一年持つらしい。あちらの戦友が聞いたら泣いて喜びそうな代物だ。
前話の題名を変更しました。