幼稚園年少生・プロジェクト開始・前編
文章にきれがないないかもしれません。
テンポのいいストーリーの流れになるよう、次回からは工夫してみます。
入学して数週間が経った。
正鳴はななこといっしょに学級委員に選ばれていた。といっても生徒の合議ではなく、担任からの指名だった。どういう理由かはわからないが、どうもこのあたりの判断基準は親との関係が影響するらしい。
間違いなくななこは選ばれるだろう位置にいたとあとから楓から聞いた。正鳴が選ばれたのはななこと仲がいいことが理由で、富田家の立場だと中央にそれほど影響力がないためまずありえないとのことだった。
まあ、実際地方財閥で、中央の巨大財閥と比べると小さなものではある。
富田家は流通に力を入れている。主に企業の工場など大口の流通を陸上でも空路でも展開しており、最近はシベリア方面の開発が進みつつあり、そちらの新興都市圏への物資の流通が高まっている。
戦争でソビエト社会主義共和国連邦が52年も前に滅亡しても、スラブ人やコサックといった人々がシベリアからいなくなったわけではない。
ロシア語やキリル文字は第二公用語としてシベリア開拓地では認可されてはいる。しかし、日本語を使った同化政策は行われており、そちらに開設された小学校では日本語のみを教えるようにしているらしい。
そのうえ開発特需を見越して、黒ロシア地方や白ロシア地方から出稼ぎに、シベリアの鉱山街に出てくる出稼ぎ労働者は多い。
シベリアの鉱工業の開発は急ピッチで進んでいる。これを取り仕切っているのは主に日本の鉱工業を支えている住友財閥が中心だ。
富田家はそのおこぼれに預かっているというのが正確なところだろう。
そんなことを考えながらベッドで横になっていたら、いつの間にか寝ていたらしい。
気づくといつか見た何もない不思議な空間に立っていた。今度は手や足といった体の感覚があるし、それを動かしたりさわったりできる。
正面には成長したらしい和幸が立っていた。
「じいちゃん、久しぶりだね。」
おもむろにそんな言葉をかけてくる。正鳴としてはなんともいいがたい感触だ。今は孫のほうが年上なのだから。
「ひさしぶりだな。それで今日はなんの用事だ?」
和幸は疲れた様子だった。
「まあ・・・いろいろあるけど・・・・そっちの富田家は流通産業系の財閥だよね?」
「そうらしいな・・・・。」
そう答えるしかない。しかしやぶからぼうに孫は余計なことを言ってきた。
「だったら自動配送とかの仕組みを作るのと、個人向けの宅配事業をやればこれからは儲かるはずだよ。企業向けの大型流通はそろそろ頭打ちのはずだからね。」
「・・・なんでそんな話を俺にするんだ?」
「そりゃ、富田家に興隆してもらいたいからだよ。」
「だけど、そっちの富田家とは関係ないはずだろ?世界が違うから・・・。」
「違っても大体産業の推移はにたような状況になるはずだよ。こっちとちがってそっちは文字通り大日本帝国が超大国の一つになってるから、事情は多少ことなるだろうけど・・・・。こっちの宅配事業と通信販売事業の統合はかなりの収益をあげているんだ。そっちより二十年は先に時代が進んでいるからね。」
正鳴は驚いた。
「二十年!!?そんなにか!!」
「財閥系が既得権益を抑えちゃったままだから新規事業者は作りにくいんだよ。列車配送に代わって、大型トラック配送が主流になってるからね。そっちじゃまだ列車配送が主でしょ?道路事情が田中角栄がたぶん首相にはなってない歴史だからそこまで発達してないはずだよ。ただ都市部はそうじゃないからそこから宅配事業を育てていけばいい。」
正鳴はうなった。
「それってある種の予言じゃないか?」
「まあ・・・そうなるけど・・・。」
「お前はもっとも古い神だと名乗ったけど・・・そういう依怙贔屓をしてもいいのか?」
正鳴は気にかかっていたことを言った。
「神の世界・・・俺の数世代後の連中は力を集めることばかり考えて、星の将来を何も考えていない。爺ちゃんが殺されたのも、俺が二十年以上いじめられてきたのもそういった自分勝手な神のせいなんだよ。自分の一族に影響力を持たせることは選択肢を増やすことになる。それは星を救う手立てになるんだ。なぜ星を救うのかは説明すると長いから今は説明しないけど・・・。俺が爺ちゃんとこうして話せるのは星の力を自由に使える権限があるからだ。神というのはそういった星の何らかの仕組みをつかう権限を有していて、魂が保存された存在だと言えるんだよ。権限は細分化されていてぴんからきりまであるけどね。隠しアカウントだけど、月とか地球とか太陽とか・・・この太陽系についてはすべて最高の権限は自分のもとにある。太陽系を正常化させるのがまずは目的の一つで、そのために選択肢を増やしているわけだよ。」
正鳴は首を傾げた。権限があるんならガンガンつかえばいいようなものだ。それを言うと和幸は苦笑した。
「元来的に星の権限は生きている存在が使えるように作られている。要は太陽系の最初の文明時代の遺物なんだよ。ところがいまの肉体はそのころのものとはかけ離れているんだ。引っ張り出せるエネルギー量に限度がある。それに・・・・。」
和幸は苦い顔をした。
「星からエネルギーを体にチャージすると、それを奪っていく不正規プログラムをやたら付けてくるいやな連中がいるんだよ。エネルギーがなければ権限の行使はできない。かといって無制限でチャージすると不正規プログラムを使う連中に好き勝手にエネルギーを使われかねない。星のシステムには危険な代物もあるし、人の精神に関わるデリケートなものもあるから無知な連中にそれを触らせるわけにいかないんだよ。本来アカウントがなければ使えないはずのものを不正規な方法で使う方法があって・・・これが魔術というやつなんだよ。魔術のもとになるセキュリティーホールを埋めたり、余計なシステムを整理したりはしてるけど追いつかないからね・・・。」
正鳴も大体のところは理解した。
電算機もこちらの世界でもだいぶん発展してはきている。それと似た仕組みが星のしくみにもあるということなのだろうと理解した。
「まあこっちの親にかけあってみるけど・・・。あてにはするなよ?」
和幸は肩をすくめた。
「はいはい。爺ちゃんもがんばってね。今日はちょっとのんびりしすぎたかな・・・。」
次の瞬間、正鳴はベッドの上で目を覚ました。とりあえず孫に言われたことを親につたえてみるかと思い、ベッドから降りて着替え始めた。
朝食の席で正鳴が父の悠一にさきほどの夢のことを話すと、悠一は難しい顔をしていた。
「ようするに・・・・個人宅へ、電話で確認をとったあとに、配達を行うといわけか?」
「うん。あらかじめ前払いで送り主が払うか、受け取り主が払う着払いといった料金の選択肢も必要・・・・・らしい。」
そこからコンピューターネットワークによる通信販売の事にいくと、さすがの悠一もあきれ気味だった。
「それはパーソナルコンピューターが一般化して、そのインターネット回線も一般化している必要があるってことだよな?」
「そういってたね。」
「正直うちの財源では研究開発費の捻出は難しいな。」
正鳴がアメリカ合衆国の国防総省が開発したものがインターネットの元になっていることをはなすと、悠一は目を細めた。
「こちらの世界ではまだ国防総省がそういった研究開発を公開までには至っていないな。アメリカとの関係は悪くもないがよくもないからなぁ・・・・。一度外務省経由で質問状を送ってみるか。」
なんだかずいぶん大きな話になっているようである。
「直接送るといろいろ向こうの中央情報局の相手が面倒だからね。国をバックにするわけだよ。ま、外務省につてがあるからできることだけどさ。」
悠一はそこまで言った後少し考えた様子だった。
「その向こうのお孫さんに、演算用半導体の構造について聞けたらきいておいてくれ。」
正鳴としては首をかしげるしかない。
「それを聞いてどうするの?」
「有志をつのって研究させるんだよ。たぶん向こうのほうが進んでいるはずだからね。聞いた感じかなり収益が上がりそうだ。」
「集積回路のことならある程度は知ってるけど・・・・・。半導体ときたか・・・。」
「たぶん集積方法にもかなり工夫があるんだろうな。」
そこへ楓が口をはさんだ。
「それなら三井さんというか智子さんを巻き込んだらいいと思う。松下電器産業の娘さんだし、そっちにつてがあるはずなんだよね。」
悠一が驚いた顔をした。
「三井って・・・いつの間にそんなことになってるんだ!?」
「いや、この間、啓信の受験のときにはじめてあってね。意気投合したというか、いろいろあってね。正鳴もむこうのななこちゃんと仲いいしね。」
悠一は真剣な顔で考え始めた様子だった。
その日、幼稚園にいくと、ななこがにこにこしていた。
なんだろうと正鳴が首をかしげていると、どうやら悠一からななこの父に電話があってそこでなにかが話し合われたらしい。
それでどうしてななこがにこにこしているのか正鳴にはわからなかったが、おそらく何かが進んでいるのだろう。
幼稚園の帰りによった空手道場でもななこは終始ご機嫌だった。
正鳴には結局理由はわからなかった。
数日後の日曜日、悠一は朝早くから正鳴と楓を起こして、出かける準備をするように伝えてきた。休みの日になんだろうと思っていると、どうやら三井家のお宅にお邪魔するらしく、そこで合弁会社を作る契約の話し合いをするつもりのようだ。
クラウン・マジェスタに乗り込んだが、今日の運転手は執事の遠藤さんだった。手土産に文明堂のカステラを用意した。
三井家はどうやら多摩の住宅街の奥にあるようだった。最近になり東京の地理がだんだんわかってきた正鳴である。
大きな鉄扉のある家の前で、遠藤さんが自動車を下りてインターフォンを鳴らしに行った。しんばらくインターフォンで会話してから、鉄扉が左右にゆっくりと開いていく。どうやらモーターで動かすようになっている様子だ。
鉄扉を超えると、まっすぐに道が続いており、その左右には芝生の庭が広がっている。先には噴水があるロータリーがあった。どうやらそこに自動車を止めるようだ。
ロータリーで降りると先方の執事らしい男性と女中が二人深く礼をしてきた。
ロータリーから少し歩く距離に屋敷はあった。富田家と同じで洋館建ての建物で入り口にはななこが、智子とおそらくは旦那である三井ビルディングの社長と一緒に待っていた。
お互い挨拶を交わした後、洋館の中へ案内される。三井家の屋敷は和洋折衷で玄関をはいると段差があり、そこでスリッパに履き替えるようだ。
さっそくの様子で悠一が招いてくれたことにお礼を述べていた。手土産を受け取った使用人はななこの父に耳打ちをして、すぐにその場を離れていった。
自己紹介することになり、ななこの父親は三井秀直というそうだ。三井ビルディングの四代目で、分家ではあるが祖母が本家の出で三井本家に割と近い位置にいるらしい。
正直血が濃いなと正鳴は思った。
応接室らしい場所に通されて、そこでしばらく談笑した後、おもむろに悠一は契約書、おそらくは時間が短いことからたたき台にする事になるだろう書類を手持ちのカバンから取り出した。
秀直氏はそれを受け取ると、黙々と読んでいく。そして、指をあげた。
すると脇にいた男性使用人のひとりが判と朱肉をもって近寄ってきた。
さすがに悠一も面食らったらしい。
「その契約書は本契約のたたき台としてお持ちしたもので、契約をその場で締結するつもりでお持ちしたものではないのですが・・・・・。」
秀直氏は肩をすくめた。
「契約内容には特に瑕疵はありませんし、こちらが不利な条項もありません。なによりこのプランには時間が勝負です。契約に時間をかけるわけにはいきません。インターネットなるものが実現するなら、それが実現するように持っていくだけでなく、その状況を利用する準備は進めなくては企業家とはいえませんよ。」
そういうだけいって判を押してしまった。
さすがに悠一も唖然としたが、あらかじめ印を用意していたらしく、悠一も判を契約書に押した。
秀直氏は頷くといった。
「このプランの肝はスピードです。新たな市場をどれだけ我々が占有できるか・・・それが勝負の分かれ目です。システムデザインに三年はみていますが、それまでにインターネットが解放されれば一気に広まるでしょう。」
どうやら秀直氏は自社が手掛けるビルディングの設計においてもインターネットの回線の整備が必要となることや、それにともなうコストや利益のことも考えているらしい。
果断な人だなと正鳴は思った。
「・・・それからこれに関して光ファイバー通信についてですが鮎川財閥のほうですでに実用化のめどが立っているそうです。先方に一報をいれて、個人むけ電算機というかアメリカでいうパーソナルコンピューターと光ファイバーをつかったネットワークシステムの開発に一枚噛ませていただくよう伝えています。まあ、向こうが我々の考えている流通網に気づくかどうかはわかりませんけどね。」
動きが速い。一週間足らずでここまで話を進めているとは・・・・。
電子機器関係は競争がはげしく動きが速いとは聞いていたが、ここまで速いのは秀直氏の特質だろう。
智子の実家の松下電器産業のほうでは連絡を受けてサーバーシステムの設計が始まっているらしい。演算素子からの設計段階らしいのでまだまだ時間はかかりそうだということだ。これについては正鳴としてははやく和幸に技術的な話を聞きたいところである。
仕事の話がひと段落し、これでおわりかなと思ったら、思わぬセリフを正鳴は聞く羽目になった。
秀直氏がじっと正鳴を見つめてきたかと思うとおもむろに頷いた。
「・・・申し込みをうけた婚約の件だが、了承しよう。」
え?なんの婚約?だれの?
そう思った正鳴だが、あっさりと確定的な言葉をもらうことになる。
悠一が頭を下げた。
「ありがとうございます。これでうちの正鳴の将来も安泰です。ななこちゃん、正鳴をよろしくおねがいする。」
ななこはきょとんとしていた。
正鳴は唖然とするしかない。普通、幼稚園に入学したばかりの子供どうしの婚約を決めるか?それに自分には何の相談もなかった。
ふと正吉時代の結婚を思い出してしまった。あのときも親が結婚相手をきめて自分には相談がなかった。結婚観まで戦前のまま・・・というか上流階級だからなおさらそうなのかと思ったがこればかりは仕方ない。家長制度がそのままのこっているならこういう形になるのだろう。
あちらの世界の戦後はアメリカの自由を取り入れたとはいわれるが、実際のところそのアメリカよりも恋愛や結婚に関しては、よくて自由、悪くて節操なしの状況だったと思う。
アメリカの保守層は正吉が殺された1980年代でも親というか父親が子供の結婚相手を決める家長制度がまかり通っていた。それなのに日本は自由恋愛が当たり前の風潮になっていた。
ただ、家長は決めれる代わりに子供の面倒をしっかりみるという義務も課せられている。結婚前後の仕事先の世話をするとか普通に求められる。押し付けてやりっぱなしは、いくら子供相手でも許されないのである。
自分が正吉時代に間違ったといえば末の子が家長制度を勘違いしていたことだ。なんでも父親が決めるものだと思い込んでいた。そのくせ責任はとらない。末の子の息子である和幸が苦労しているのはそのせいもあるのだろう。
すでに婚約指輪は用意されており、正鳴とななこはは簡単に指輪をその場ではめ合った。
男のほうは婚約指輪をしないものだと思っていたが、どうやらそれはこちらでは正式なやりかたではなかったようだ。
子供用の指輪だからそのうち作り直さないといけないだろうが、そういう部分でけちらないのが富裕層らしい。
二人とも台座がプラチナで、ななこのほうにはななこの誕生日の一月の誕生石であるガーネットのメインにそのまわりに正鳴の誕生日の六月のムーンストーンが添えられている。正鳴のほうはシンプルにプラチナのみの指輪である。
あとで見たら内側にMASANARI&NANAKOと刻まれていた。
「家によっては婚約式を開くが、うちではそこまではしないつもりだ。」
秀直氏はそう正鳴のほうを見て言った。どうやらこの婚約は正鳴の言葉で始まったプランの成否で結婚が実現するかどうかが決まるらしい。
婚約式まで開いてしまうとそれは内外にアピールしたことになり、結婚しないと外聞が悪くなる。内々の婚約だけで済ませば、あとでダメになってもそこまでダメージは受けずに済む。
そういう意味だと正鳴は受け取ったが、どうやって気づいたのか、智子が苦笑した。
「別にプランがどうなろうと二人は結婚させるわよ。これは対森家同盟の相互扶助のためでもあるんだからね。」
「・・・・・とまあうちのかみさんは正鳴君を買っているわけだ。私もこの婚約が両家の結婚になることを願ってる。ななこが不幸にならない限り解除するつもりはないよ。・・・・実際のところ婚約式を開かないのは余計な出費を出したくない。人付き合いが面倒だの一言に尽きる。」
うわぁぶっちゃけたなこのひとはと正鳴は唖然とした。
「ビジネスのやり取りは好きだが、権威づけの行事はきらいなんだよ。そんなものやって一文の得にも、精神的な安心にもつながらないからな。」
どうやら秀直氏はイベント事が嫌いらしい。智子が付け加える。
「このひと財閥の血縁なのにめっちゃくちゃ面倒くさがり屋なんだよね。」
「旦那に対してひどい言い草だ。でも否定はしないがね。それより将来のビジネスのことを考えよう。正直かなりワクワクしてるんだよ。」
そのあと談笑が続き、昼食をはさんで、大人だけでどこかへ出かけて行った。
三井家の屋敷にななこと二人残された。使用人の人たちはそばに控えているが余計な誘導はしないらしい。
ななこの案内で屋敷のあちらこちらに連れまわされた。
案内されたななこのへやは、テディベアのぬいぐるみがベッドに置かれていた。そのほかはきれいに片付けられていたが、女の子らしいファンシーな部屋になっていた。
壁紙もパステルカラーで柔らかいデザインのものだった。
勉強机は一流のオフィスデザイナーが手掛けたと思われる木製のものだったが、部屋の雰囲気と喧嘩せず調和がとれていた。勉強机の上にななこは本棚から一冊の本を取り出した。
どうやら絵本らしい。
が、正鳴は中身をみてうめいた。英語の絵本だった。正鳴もアメリカ英語とヨーロピア連邦の公用語であるドイツ語の勉強はしていたが、あまり上手く会話はできていない。
それを楽しそうにななこは読み始める。
子供用なので読んでいる内容はわかったが、唖然とするしかない。自分より語学にかんしはななこのほうが進んでいる。
記憶を持って転生したのにこれではいけないなと思った。
そのあとななこと英語の会話をつかって挨拶をしてみたり、質問をしてみたりして遊んだ。
しばらくするとななこが疲れたらしくベッドに横になった。まさなりも体が眠気を覚えている。どうしようか迷っていると、ななこがベッドのほうにこっちこっちと手で招いてきた。
これが思春期なら問題だが、いまは幼稚園児である。そう思うことにした。
仕方なしに正鳴もななこの横に並んで横になった。
よこになると、ななこが不意に言った。
「まさなりくん、ななこをおよめさんにしてね!」
思った以上にそのセリフはぐらっと正鳴には感じた。そして慌てて頷いた。
「わかったよ。ななこちゃんを絶対僕のお嫁さんにするよ。」
「ありがとう。」
そう言ったあと、ななこはおもむろにまさなりの唇に唇を重ねた。
だれがこんなことを教えたんだとまさなりは思ったが、やりそうなひとは一人いる。智子しかいない。あきれつつこのことが将来笑いあえればいいなと思って意識を離した。
しばらくして気づくと夜になっていた。横にはななこがまだ寝ている。部屋のドアがノックされた。
まさなりが返事をすると、智子がやってきた。
「・・おうおう、婚約初日にして同衾とは手が早いね!」
そのセリフにまさなりはうんざりした。
「・・・おばさん、それ親がいっていい言葉じゃないよ・・・・・。」
「接吻までしておいてとぼけるのはなしだよ?」
どうやら使用人から報告がいっていたらしい。だがそれを仕込んだのは目の前の智子に違いない。
「おばさん、娘にあんなこと教えてあとですっごく嫌われたらどうするの?」
「大丈夫!まさなりくんがななこを幸せにしてくれれば問題なし!それにわたしのことは智子お母さんと呼んでほしいな?」
この会話でまさなりは気づいた。楓が盟友の智子に転生の事をしゃべった事に。一応確認をとってみる。
「智子お母さん・・・・僕の事、お母さんから何か聞いたね?」
「え?なんのことかなぁ?」
とぼけて見せるがわかっていると言っているようなものだ。ため息をついた。
「僕が心は大人だってことだよ。」
「そこでしゃべっちゃだめじゃない?とぼける部分はとぼけてぼかすのが上流社会のやり方なんだから・・・・でもまあ身内だからいいけどね。」
と逆に注意までしてきた。
「完全に聞いたわけじゃないけど、ほかの世界から転生してきたことは聞いているわよ。一瞬聞いた時、楓の頭がふいたのかとおもったけど、技術のこととか聞いて、それが事実だと確認されて・・・うちの実家がその技術どこで手に入れたってさわいでるからねぇ~~~わからざるを得なかったというか。」
この世界の正鳴のまわりの人間が柔軟な思考の持ち主が多すぎる・・・。普通そこは否定するところだろう。
「あと、ちゃんと向こうのお孫さんに半導体の組み合わせ方とかちゃんと聞いてきてね?そこが技術の肝なんだからね?」
「シリコンウェハーの作り方は教えたけど、そっからさきの半導体の製造技術は細かすぎて・・。だいたいこっちで発光ダイオードが照明につかわれてるならどうにかなりそうなものなんだけどね。」
こちらではコンピューター技術の進展が著しく遅れている。世界情勢の違いがそれを生み出しているともいえるだろう。
ソビエト社会主義共和国連邦とアメリカ合衆国の軍拡による技術革新競争が行われなかったことが大きい。
アメリカ合衆国とは満州の利権を渡したおかげで大日本帝国の同盟国になっている。本当の意味で対等な同盟であるため、あちらのような属国扱いを受ける状況ではない。
とはいえアメリカ合衆国と大日本帝国が仲がいいかというとそういうわけでもない。華北地方の利権をめぐっていくつかの対立点があったりする。
日本が敷いた満州ー朝鮮半島北部ー華北を結ぶアジア鉄道の高速路線は活況を呈しており、それがアメリカ合衆国の利益にはなっているが、シベリア中央部からの物資輸送において、どうしても満州を経由したほうが日本に近いため、そこでアメリカ合衆国に関税を掛けられてしまっている現状があるようだ。
いまになってもなぜ満州をアメリカ合衆国に渡したのかという知識人の言葉はある。だが正鳴にしてみれば、満州に進出したこと自体アメリカ合衆国の意図であり、日本にそのための財政支援まで行っているのだから、それはどうしようもないの一言である。
それを嫌がればもっとひどい未来が日本にはあったことをこちらの世界の知識人に言いたくなる。
その日の夜、和幸に会えることを願いつつ床に就いた正鳴だったが、果たして願いを聞き入れたのか、和幸が夢の中で出てきた。
「爺ちゃんが会いたいって真剣に思ってたみたいだからきたけど、正直かなり無理したよ。それで半導体素子とか集積回路の知識がほしいのだったね。」
和幸はどういう手段かしらないが、手をふると、一気に正鳴の頭の中にその知識が焼き付けられていった。
「かなりのサービスだよ。おかげでしばらく連絡はできないから・・・気を付けて。」
そういって和幸との会合はあっさり終わった。
目を覚ました正鳴は、急いで自分の部屋にある新品ノートに先ほど教えられた半導体素子の知識を書き込んでいった。
忘れる気がしたからだ。
その日の幼稚園にいくまでの間新聞も読まず、ひたすらノートに知識を書き込んでいった。和幸に示されたのは半導体による電子演算素子のみならず、光子演算素子まであった。光信号を電子信号に変換せずに直接光信号で回路を構成する技術だ。光子は量子の性質が強いとされるが、それとは別の技術があり、直接的に信号のやり取りができるらしい。
悠一には日課をやらないことに白い目を向けられたが、書いている内容がビジネスに必要なものだというと渋々肩をすくめていた。
幼稚園にノートをもっていこうかと思ったが、さすがにそれは情報が洩れる危険性が高いので悠一のみららず楓に止められた。
そして一か月の間をかけてようやく百枚ノート十一冊分の技術を書き終えた。
さすがに若干睡眠不足になっていた正鳴だった。
正鳴のノートはすぐに楓の手で智子に渡された。松下電器産業の電算機チームに渡され、極秘に技術開発をおこなうことになったらしい。
あちらの世界では東芝がこの部門で日本の中ではトップを走っていたが、このフェムトワースの世界では東京芝浦電器はまだそこまでの企業には成長していなかった。
特許については日本、アメリカ、ヨーロピア連邦の三大国でそれぞれ申請することになるそうだ。開発者名簿に正鳴の名前が載ることになっているそうだ。
いくらなんでも幼稚園児の名前がのるのは不味いきがしたが、特許料はしっかりもらっておけと両親に滾々と説教されてしまった。
「表向き、お前が想像で書いたものを俺や楓が実現できる形に整えた・・・ということにしてある。」
「お父さんって化学と物理学、電子工学の知識ってあったっけ?」
その言葉に悠一は苦い顔をした。
「・・・だから今、暇を見つけて勉強してるんだよ。電子工学は一応大学でとってから知らないわけじゃないけど・・・・・今の電磁気学の常識だとノートの内容はあり得ないことになるんだよなぁ。おまけに光コンピューターは量子論も真向否定の内容だし。素粒子動力学とやらの方法が必要になる。」
「そうなの?」
「そうなんだよ。下手に知識があるとあの内容は逆に理解しずらい。いまの常識が否定されるからな。」
そういってふっと息を吐いた。
「あと特許が取れ次第だが、あのノートの内容を教科書として編集して販売する計画もある。前にも言った通り、うちらだけじゃ技術開発に手に余る内容だからな。ここは思い切って市場ができるための手段として割り切ることにした。」
それから数日後、正鳴と楓は再び三井亭にお邪魔していた。もっとも今日は正鳴とななこを一緒にすごさせるのが目的らしく、二人で屋敷の中で遊んでいるように言われた。
ななこはどうやら今はおままごとにはまっているらしく、庭の芝生の上でおままごと遊びにまさなりはつき合わされた。
ななことは婚約者だから微妙に気まずい内容ではある。かといって恥ずかしがっていては遊びにならない。
ななこはおままごとのセットを買ってもらったらしく、それの外部販売品であるままごと用のお菓子で料理をしている模倣遊びをして、それをまさなりが口にいれる事になった。
正鳴の正吉の子供のころはおままごとといえば泥団子が定番で、こんな上品に実際に食べれるおままごと用のお菓子なんて存在しなかった。
孫の代になってもそれは変わってなかった気がする。最も孫の和幸の代にはあったかもしれない。ただ高級品で手が出なかったり、情報を知らなかっただけという可能性はある。
ふとそんなことを思い浮かべていたら、手が止まっていたらしくななこに首を傾げられた。
「まさなりくん、どうかした?おいしくなかった?」
そう言われて正鳴は首を振った。
「いや、ちょっと考え事をしてたんだ。ななこちゃんの料理はもちろんおいしいよ!」
するとななこはにっこり笑った。
「よかった~~。このれとこれをあわせたらおいしくなかったかなって・・・・。」
「大丈夫だよ。」
この食育玩具、丁寧な事に人間が消化できない糖類、つまり食物繊維でできている。食べ過ぎても太る可能性はナッシングなわけだ。ただ、実際に食べるとおなかにたまるので、あまり食べすぎないようにと智子からあらかじめ注意を受けていた。
しばらく二人で遊んでいると、そこに男の子二人がやってきた。正鳴の見たことのない顔だった。
「ななこちゃん!僕も混ぜて!!」
ひとりの男の子がそういって走ってきた。もう一人の男の子はゆっくり歩いてくる。
ななこがそちらをみて手を振った。
「けんすけくんとあつのりくん!」
まさなりはだれだろうと思た。ななこに聞いてわかるだろうか?そうおもいつつななこに聞いた。
ななこによると二人はお父さんの兄弟の息子らしい。つまりななこにとっては従兄だ。
子供同士とはいえ挨拶をして、自己紹介をするのは礼儀だと思い、正鳴は挨拶をして自己紹介をした。するとふたりからも自己紹介をうけた。
近寄ってきたほうが三井健介で啓信幼稚園の年中生、もうひとりが三井敦教で啓信幼稚園の年長生だそうだ。
ななこが二人に役割をふった。二人はどうやら正鳴とななこ夫婦の子供役になるらしい。
しかし、それにたいして健介が嫌がった。
「え~僕にお父さんの役をやらせてよ~~~。」
ななこはそれに対してはっきりいった。
「嫌!ななことまさなりくんは結婚するからお父さんとお母さんの役なの!!」
「え~!なんでだよ?」
すると兄である敦教のほうがあきれた様子で言った。
「細かいことでいちいち喧嘩するなよ。」
「だって兄ちゃん、僕はお父さんの役やりたかったのに・・・・。それにまさなりくんとななこちゃんが結婚するってどういうこと?」
ななこはこれみよがしに指輪をみせた。
「これがまさなりくんとのこんやくゆびわなんだよ。ふたりであたたかいかていをつくるの!」
それをみた健介がうらやましそうに言った。
「指輪いいなぁ~~~。ねぇ、ななこちゃん、その指輪かしてくれない?」
「嫌だよ。これは誰にも渡しちゃいけないってお母さんがいってたんだよ。」
「なんでだよ~~?ちょっとみるだけじゃん!ななこちゃんのけち!」
健介はそういうと走ってどこかへいってしまった。
敦教がやれやれと肩をすくめた。
「・・それじゃあ、俺は不良の息子やくでもしようかな?」
ななこがすかさず返す。
「え~!ふりょうってよくないんだよ?」
「そ!よくないからふりょうというんだよ?」
結局しばらく、三人でおままごとで遊んでいた。ななこにしこたま食育玩具を正鳴と敦教が食べさせられたのは言うまでもない。
そのせいか、おままごとを切り上げて部屋に戻ったときはおなかが微妙に重かった。
夕飯はどうなるのか心配な正鳴だった。
三井亭で夕飯をごちそうになったが、その席でななこの父親の三井秀直氏の弟の三井英次氏とその妻の三井薫子を紹介された。英次氏は三井ビルディングの専務を務めているそうだ。
健介は結局、いじけてしまってななこと一切会話はしなかった。まさなりのことも微妙に避けていた。健介はひょっとしたらななこのことが好きだったのかもしれない。あるいは自分の遊び相手が他の人間と遊んでいたことによる嫉妬かもしれない。どちらにせよいい傾向ではないなと思った。