幼稚園・年少生/二学期開始編
少しばかりまとまった内容を書けました。
この調子で書ければいいのですけど・・・。
その日は朝から慌ただしかった。
昨日まで正鳴が三菱の工場にいたせいでいろいろと準備が整ってなかったのが大きい。おそらくななこのほうも似た状態かもしれない。
始業式も保護者同伴でなくてはなくてはならない。正鳴は半年の間に身長が伸びていた。成長期なら当然のことだが、そのためにあらかじめ準備していた新しい制服を引っ張り出すことになった。
正鳴は真新しい制服に袖を通した。
庶民の感覚からすれば多少寸足らずでも最低一年は制服を着るが、上流社会ではそういうわけにはいかないらしい。無駄と感じるが、礼儀的には必要な事だそうだ。
幼稚園には三井家の自動車で送り迎えしてもらうことになっている。それというのも警備上の問題からだ。だから朝からななこと一緒に登校することになる。
保護者の二人は相変わらず仲がいい。世間話に花を咲かせている。
啓信学園幼稚園部の建物が見えてくると予想通り校門からロータリーまでの間が自動車で詰まっている。若干待って、ロータリーに入ってから正鳴たちは自動車を降りた。正鳴はななこをエスコートする。
教室に行くと川上教諭が教壇の前で待っていた。すぐにまさなり達二人がおはようございますと挨拶すると川上教諭も挨拶を返してくる。
教室の中が一瞬静かになる。なにかと思ったが、周りの同級生たちが遠巻きにしている。
ななこと正鳴が椅子に座っていると、教室に岩崎邦彦がやってきた。
「川上先生お早うございます。入室よろしいですか?」
「岩崎君おはようございます。許可しますがだれかに御用事ですか?」
「ええ。富田君と三井さんに。」
邦彦のセリフに教室中がざわっとした。川上教諭は苦笑した様子だった。
「二人ともおはようございます。」
「おはようございます。」
「おはようございます?」
ななこが疑問の顔をしている。
「邦彦・・とと、岩崎君、何か用事?」
「うん。昨日の今日だけど、一週間のうちに物理特性の実験が終わりそうだってうちの親から伝えてくれって。君も大変だったね。うちの父はどうも実験に一生懸命になるから・・・・。」
邦彦は前学期の成績でななこに負けてはいるが総代をしただけあってかなり大人びていた。
「しょうじき、正鳴君が・あっと、富田君が羨ましい。」
「え?」
「実験室につれていってもらっただけでなく、お仕事に参加してたでしょ?僕には難しすぎて、なにを話しているのかさっぱりだったよ。」
正鳴としては苦笑するしかない。
「ちょっとわけありでね。そのうち岩崎君もわかるようになるよ。」
「ふうん?そうなのなかなぁ」
「そうだよ。」
先ほどから二人して下の名前で呼びかけて、苗字に呼びなおしているのはこれまた啓信学園幼稚園の方針だからだ。
三人で話をしていると、川上教諭が首をかしげてきた。
「富田君達はお付き合いがあるのかしら?」
「この間からですけどね。」
「そう。」
少し考え込んだ様子だった。
それからしばらくして予鈴が鳴ったので邦彦は自分の教室へ戻っていった。
朝礼を終えて講堂に行くと、後ろに保護者席が作られており、前に生徒席が作られていた。
幼稚園長の永井渡の若干長い話のあと国歌と学園歌を歌って始業式は終わった。教室に戻ると、机の上には明日からの時間割や教科書などのテキストが置かれていた。
宿題の提出が行われて、さすがに誰も忘れてきてなかった。これが普通の幼稚園ならニ、三人は忘れてきているものだ。
明日からの授業についてのいくつかの注意点などが説明され、そのまま終礼となった。
正鳴が用意されたテキストなどをバックに詰めていると、川上教諭が話しかけていた。
「富田君、ちょっといいかしら?」
「なんでしょう?」
「お母さんも来ていただくわね。相談室に移動しましょう。」
そうして相談室にいくと、楓以外にななこと智子の姿もあった。それのみならず邦彦と邦彦の母親らしい女性の姿もあった。
「実は相談というのは啓信の第八十五会期エレット会員の構成についてです。」
エレットと聞いて正鳴は首を傾げた。エレットとはイタリア語で選ばれたという意味だ。
「富田さんは初めてなのでご存知ないかもしれませんが、エレットというのは我が学園の特殊な生徒会のような組織です。卒業するまで会員なのですが、基本的に他の学園生の模範となる良選であることが求められます。エレットには学年ごとにサロンが与えられ、そこで活動することになります。まずはこの三名で、岩崎君が会長、三井さんと富田君で副会長という形で如何かと提案します。」
どうやら実務を取り仕切る役に正鳴を当てたいらしい。それも当然で家格が高いとされる家が同学年にはまだまだある。由緒があるといっても富田家は地方財閥で中央財閥でないので普通は選ばれないことは予想できる。
川上教諭の説明によると第八十五会期エレットの顧問は川上教諭が務め、またサロンは少し離れた場所にある学園中央棟にあるそうだ。
「最初は基本的に放課後のクラブ活動のようなものです。大日本帝国を背負うエリートの交流を深めるのが主目的です。あとサロン棟で習い事の実習を行うことも可能になります。」
どうやら、家が呼んだ家庭教師からサロン棟で習い事をすることになるらしい。空手教室の事がちらっと気になった。武道はならえるのだろうかと思った。
智子が気づいてそのことを質問すると、構わないと返事が返ってきた。
「空手の先生には連絡しておかないとね。」
正鳴が気になって智子に質問した。
「実践空手だけど、学園内でやって大丈夫なの?」
「希望者がいればさんかすればよいし・・・・それに痣ができるということを事前に承諾した人間だけ参加させれば問題ないでしょ。」
川上教諭も頷いていた。
「富田さん、事前に連絡さえしてもらえれば、よほど綱紀に反するものでない限り習い事は許可されるわ。」
そのあとは保護者がお互いに習い事について相談しあった。
その結果、正鳴たちは空手、絵画、ピアノ、書道、茶道を放課後に習うことになった。
会員は正鳴たちの推薦を受けて川上教諭の承認があれば増やせるそうだが、正直、正鳴にそれほどつてがあるわけではない。これから色々つてをふやしていかないといけないなと思った。
そして翌日、教室に到着すると、何人かの同級生が正鳴とななこに話しかけてきた。
「おはようございます。エレットの副会長就任おめでとうございます。」
耳が早いなと思ったが、よくよく聞いてみると川上教諭が連絡版に第八十五会期エレット発足の張り紙を出していたそうだ。
三浦美桜という女子生徒がそのグループの代表らしく、直接的には入会させてくれるようにとは言ってないが、入りたそうな様子でエレットの方針を聞いてきた。
彼女たちの話によるとエレット会員は大学や大学院進学時にも学科の選択に優先権があるそうだ。なにそれと思った正鳴だが、エリート意識を持たせ規律を守らせるためにこの制度があるのかもしれないと思い直した。
習い事は自由参加が基本だが、実践空手と聞いて何人かの女子生徒が顔を曇らせた。
「寸止めの空手ではないのでしょう?治らない痣ができたりしませんか?」
「そうだね。だから自由参加だけど、痣ができてもいい人限定かな。」
女子にとっては傷物になる可能性があるので避けたい気持ちもわかる。智子の方針がむしろ上流社会において異端なのだ。だが、家格が三井家ほどにもなるとそれを押し通すこともできる。おそらく智子だからこそ空手が許可されたのだろう。
そのあとは茶道の流派や家元の話になったりした。やはり茶道といっても表千家や裏千家などが有名だが、その支派や全く別の流派もある。女子生徒なかには宗家の娘までいて、招待する師範の流派についてちょっとした口論になりかけた。
その女子生徒は雅月流茶道の宗家の娘で長谷川那津という名前だった。彼女は自分の流派にプライドを持っており、ほかの流派をエレットが採用することに強い不快感を示していた。
しかし、考えてみれば宗家に直に教わる事ができるなら儲けものだという考え方もできる。
放課後になり、川上教諭にそのことを説明して相談すると、
「彼女を入れるなら宗家である長谷川雁斎氏が教えることが条件ですね。そうでなければ、連絡を入れていた清水さんに失礼ですから。」
清水氏は表千家の支派の家元の一人である。もともとななこに教えていた関係で呼ぶことになっていた。
「相手先に連絡してみます。」
川上教諭がそういって電話で連絡すると清水さんは逆に二人で教えてはどうかと提案してきた。
『受講料は無料でもかまいませんよ。三井さんからは学校とは別に受講料を払うという確約を頂いているので。』
「わかりました。では長谷川さんに連絡してみますね。」
『一度雁斎さんとも顔を合わせて三人で相談したほうがいいと思います。』
電話がおわると川上教諭は少し考えた様子だが、また連絡をした。
どうやら長谷川氏は寝耳に水だったらしく、しきりに娘の非礼を詫びてきた。そして表千家の家元と共同で教えることについては会ってから考えると伝えてきた。
そして次の日、長谷川那津はずいぶん沈んだ顔をしていた。おそらく親に怒られたのだろう。
しかし、川上教諭の計らいで、長谷川那津と三浦美桜と加藤奏の三名がエレットに入会することが決定した。微妙に男子生徒が二人だけという事に気づいて正鳴は若干考え込んでしまった。
同級生とは仲が悪いわけではない。喧嘩をした森岡達ともいまは普通に相手をしている。もちろんそれは三井家との縁組があるから成り立っていることも理解していたが、それ以外で純粋に友情で結ばれた友人がほしいなと正鳴は思った。
邦彦とは仲良くなったが、どちらかといえば仕事がらみである。
邦彦のほうもエレットに女子生徒三名が加盟することを聞いて、まずいなあと言っていた。
「おんなのその?になったら僕たちの居場所がないよ。これは早急に男子会員を探さないといけないぞ!」
その言葉にまさなりも同意せざるを得なかった。
しかし、次の日の朝、邦彦とそれとなく年少生のクラスを回ったが、感触は芳しくなかった。
どうやら家格や会費を気にしている男子生徒が多い様子だった。
川上教諭がその様子をみていたらしく、二人に注意してきた。
「会員は無作為に募集をして増やすべきじゃないですよ。エレットは良選の証です。資格あるものは自然と集まります。」
二人してため息をつくしかなかった。
その日の夕方、保護者を集めて顔合わせがあった。そして長谷川雁斎氏と清水春子婦人が顔を合わせて話し合いを持った。
お互い挨拶した後、互いの流派のことについて話し合いが進められた。
茶道といってもなにもお茶を点てて、飲むばかりではない。普段の食事の作法も含まれる。
二つの流派にはいくつかの相違点があったが、それを含めて教えていくことに決まった。
そして週末になり、正鳴はななこと二人の父親との四人で三菱の秘密工場に来ていた。
秘密工場ではすでにシリコンナノチューブ導線の実験生産設備の構築が始まっており、三菱重工業と三菱素材産業の関係者が集まっていた。
工場内の研究所の一室に案内され、そこで正鳴は特許用に作られた提出書類の確認を悠一と秀直氏の三人で行った。
正鳴の名前が研究者として残るようになっており、また3%のロイヤルティの支払いが決められていた。
ずいぶん大きめのロイヤルティの支払いだが、これは悠一や秀直氏が相談して決めた額らしい。特許の有効期限は三十年らしい。あちらより長いが、世情の差だろう。
確認が終わると、すぐに封筒に入れられ、職員が東京特許庁に出願に出発した。またアメリカ合衆国やヨーロピア連邦のほうにも特許の出願を出すべく、チームが対策を練っているところだそうだ。
勇み足で特許出願に行って、技術を取られるのは業腹だからだ。
向こうの社会での根回しを徹底的に行ってから出願するとのことだった。ただ場合によっては大日本帝国の軍事機密になり外国に特許として出願できなるなる可能性もあるとのことだった。
それから数日後、幼稚園に出かけようとしていると、遠藤さんが慌てて部屋にはいってきた。何事かと思うと、どうやら帝国国防省技術開発局の関係者が正鳴に会いたいと出向いてきたらしい。
楓と正鳴は顔を見合わせた。
「軍がねぇ・・・・・正鳴、なにか心当たりはある?」
「あるにはあるけど・・・三菱との件くらいかな。軍に関することなら。」
着替え終えて下に降りると、玄関ロビーに軍人がずらっと並んでいた。警備なのかアサルトライフルを背中に背負っている。
あのアサルトライフルは確か南部2012式だ。三菱が委託を受けて製造している代物だったはずだ。
そんな益体もないことを考えながら階段を降りると、眼鏡を掛けた、将校らしい男性が敬礼をしてきた。
周りの警備兵は動かない。
「お忙し所、急に罷り越したことお詫びします。しかし、これは帝国の未来に関わることゆえ非礼を承知で参りました。わたくしは国防省技術開発局技術管理部局長の飯沼です。階級は大佐です。そちらにいらっしゃる坊ちゃんが正鳴君かな?」
言葉こそ丁寧だが、どこか威圧的なものを感じる。
警備兵が何時でも銃を抜けるようにしている気配がする。
楓が目を細めた。
「ずいぶん軍の方は乱暴ですね。個人宅に衛兵を乗り込ませるとは・・・・。わたくしたちは真っ当な臣民ですよ?」
飯沼が手を挙げると衛兵たちが玄関から外に出ていく。
「失礼。わたしとしたことが慌てすぎたようです。ただ事態は切迫しておりましてね・・・。申し訳ないが一週間ほど幼稚園は休んでいただきたい。」
そういって懐から三つの書類を取り出すと楓に渡してきた。
「これは?」
「正鳴君に対する保護命令と一週間の事情聴取の令状、それに・・・技術資料の供出命令書です。」
楓は驚いた顔をした。
「技術資料の供出命令ですか?」
「そうです。一切のそこに記された兵器に関する技術の資料は軍が徴収します。」
楓は渋い顔をした。
「技術にかんしてはわたくしどもの事業に関わりますよ?それをすべて供出せよとは横暴ではないですか?」
飯沼は人差し指を上にあげた。
「・・・なにも無料でわたせと言っているわけではありません。事業化した場合に比べて些少ですが、それでもリスクなくそれなりの金額がお宅と正鳴君へ支払われます。ああ・・・先日受理した特許についても機密特許ということで特許料は正鳴君にちゃんと支払われるようになっています。」
心配するなという様子だが、それ以上は飯沼は一切口を開かなかった。
「正鳴、でかけますから着替えなおして来なさい。」
楓がそういうが、飯沼は首を振った。
「残念ですが、そのままの恰好で来てください。さきほど申し上げた通り我々には時間が無いのです。」
そしてしかたなく、楓とともに表に留めてあった軍用車両に乗り込んだ。
軍用車両は装甲兵員輸送車らしかったが外の様子は見えない。まさなりとかえでの両脇に兵士が座り、物々しい雰囲気だ。
「この車は加速がいいのですけど、のりごこちは最低でしてね。申し訳ないが我慢して頂きたい。」
飯沼もそいういと二人の前に座った。
「基地に行く前に理由を説明しておきます。」
そういうと飯沼が説明し始めた。
ことの始まりは昨日出願された三菱からの常温超電導素材の事が飯沼のもとに報告が来たことだ。それで三菱に問い合わせをするとレールガンの素材だということが判明し、その時点で首をかしげたが、伝導効率が88%も向上したという事を聞いて唖然としたそうだ。
「それなのに外国に特許出願するとか聞きましてね・・・あわてて権限を行使した次第です。それに残念な事に民間部門のモグラに察知されたようで、すでに三井家の屋敷のほうに襲撃が行われました。幸い軍が間に合って事なきを得ましたが・・・。」
そのセリフに正鳴は驚いた。ななこのことが頭をよぎった。
「ななこは・・・・三井ななこは無事なんですか!!?」
飯沼は頷いた。
「大丈夫です。我々が保護しています。これから行く基地で会えるはずですよ。」
飯沼によると今回の襲撃は第三国によるものだが、背後にヨーロピア連邦がいるのではないかと所見を述べた。
「レールガンの開発競争ではアメリカ合衆国が一番手で、わが国が二番手です。ドイツヨーロピアは開発に乗り気でなかったせいで乗り遅れてます。それを取り戻すのに強硬手段を取ったのではないかと思われます。」
そして付け加えた。
「だいぶん前に出願された光子コンピューターの特許についてもヨーロピアのコペンハーゲン学派が否定的でしたでしょう?あそこは量子論で科学が進展するのを抑制している面があるんですよ。確率論はあくまでエネルギー計算上であって実際はそこに粒子が存在するわけですからね。軍部で量子論を信じている人間は一人もいませんよ。分子における湯川理論は動力学計算で証明できますからね。」
ヨーロピアが科学の進展を否定するのは妙な気がした。すくなくてもあそこは和幸のおひざ元の一つだ。神に敵対する魔術結社のことが頭をよぎった。
そのあと車内は静かになった。楓は何でもない顔をしているが内心苦い思いをしているだろう。
二時間ほどして基地についた。
基地の周りは見事に山に囲まれていた。
自動車を降りると、正鳴につっこんでくる影があった。ななこだった。
「正鳴君!」
どうやらななこは泣いていたらしい。
「感動の再会のところ申し訳ないですが、詳しいお話をしたいので事務所へお願いします。」
若い将校がそう言ってきた。
飯沼は肩をすくめている。どうやら飯沼は待つつもりだったらしい。
事務所の二階に案内されると、そこには悠一や秀直氏、英次氏、誠氏などがいた。妻も子供も全員ここにそろっている様子で、健介は事務所の外を興味深そうに見ている。
「さて全員そろったところで、再びご挨拶を。わたしは国防省技術開発局技術管理部局長・大佐の飯沼新太です。今回の件が落ち着くまでしばらく皆さんにはここにいてもらいます。会社の方にはすでに連絡いただいているようなので心配はないはずでしょう。その間の経済的損失については目をつぶっていただくしかないですが・・・。」
飯沼によると南アメリカの小国が今回の件を引き起こしたらしい。その小国は対アメリカ合衆国強硬策をとっているそうだ。それをヨーロピア連邦が支援しているそうだ。
一応アメリカ合衆国と大日本帝国は現在も軍事同盟を結んでいる。仮想敵国はヨーロピア連邦という事になるだろうが、北太平洋条約機構軍にはカナダ・イングランド連合王国も参加している。イギリス王室としてはグレートブリテン島の奪還は悲願だろう。しかし、イギリス領インドの独立を大日本帝国が支援した関係で大日本帝国とイギリスの間はおせじにいってもよろしくはない。一時的にせよ対ソ連で手を結んだヨーロピアとの関係のほうが深い。
微妙に引っ掛かりを感じた正鳴だった。
「現在、陸軍憲兵隊の対テロ特殊部隊が敵侵入部隊の掃討に当たっています。」
陸軍憲兵隊と聞いて正鳴は苦い思いに駆られた。しかし、東条英機の陸軍憲兵隊ではない。
「幸いというか、技術関係の資料は持ち出された形跡はありません。さて申し訳ないですが一人ずつ事情聴取を受けて頂きます。」
しばらくして、正鳴が別室に呼ばれた。ななこが心配そうな顔をしている。
別室に行くと、飯沼が立って待っていた。
そしてマジックラーらしきミラーの前のブランドを下した。
「さてと・・・君には何から話せばよいのかな?天才の富田正鳴君。」
その言葉に正鳴はとげを感じた。自分は決して天才ではない。それに知識は孫が与えてくれたものだ。
「その年齢で代数幾何の三次方程式を解き、複式簿記もつけれる。国語も一般の大人顔負けの理解力をしめすし、外国語は苦手のようだが、それでもその年齢では十分秀才の域にはいる。」
そこまで言った後、飯沼は振り返り机を叩いた。
「君は一体何者かね?」
ここはとぼけるところだろうが、果たして飯沼には通じそうにない気がした。
「普通の幼稚園児ですよ。ただ余計な知識がある。」
飯沼は笑った。
「その余計な知識とやらが問題なのだよ。引力遮蔽システムをどうして君が知っているんだ?軍部の人間がさんざん開発に血筋をあげているのに一向にてがかりすらないという重力波を遮蔽してしまうというその技術を!」
嘘をついても見抜くタイプだなと正鳴は思った。
「・・・夢世界の孫に教えてもらいました。」
正鳴の言葉に飯沼が目を細めた。
「夢の世界の孫ですか?」
「そうです。正確には別の世界で生まれた僕の孫ですがね。」
飯沼は一瞬唖然とした顔をした。
「まさか・・・。君はチェンジャーだとでもいうのか・・・。」
チェンジャー・・取り換え子の事だが、微妙に意味合いが違う気がした。
飯沼はふっと息を吐いた。
「・・・・君は知っているかな?この世界とは別の世界で生まれた人間がこの世界に迷い込み、とんでもない知識を持ち込むことが時々あるということを。」
正鳴は心中で正直毒づいた。そんなことをするのは孫の和幸か神の関係者以外にない。
「それに僕があたると?」
「いや・・・君はそうではないな。むしろあてはまる言葉は・・・・そう・・転生者だ。どういう理由か知らないが君は過去生の記憶があるのだね?」
「ほとんど忘れかけてますがね。」
孫の和幸の事はぼかして話さないようにした。
しばらく飯沼は考え込んでいた様子だった。
「・・・・君はどんな知識がある?」
「すくなくても技術にかんする知識はご存知のものがすべてですよ。」
「質問を替えるが、なぜ・・・君はプラズマレールガンを実用化しようとしている?」
答えは決まっているが正直答えるのに迷った。
「なにを知っている?」
「・・・・・この太陽系の地球外の惑星に過去文明の人類の末裔が住んでいるのはご存知ですか?その一部は我々を見下して、管理しているつもりになっているということを・・・。」
飯沼は首を振った。
「そんな荒唐無稽な・・・・・いや・・・ドイツとアメリカのあの発展は可笑しい。戦後の技術抑制策もいやに・・・・。」
和幸に教えられた知識の一部を出してみた。
「アメリカ合衆国のエリア11に保管されているのは外部人類の作り出した宇宙船とそれをコントロールする生体融合アンドロイドの遺体です。世界はすでに二十三度文明を滅ぼされているんですよ。協定とバイオハザードにより繁殖した菌類に対応できないから直接手を出すことは少ないですが、彼らにより地球はコントロールされています。いずれ彼らとの戦争が起こります。そのときに何もできないのか、それとも対抗手段をえているかで運命が分かれるそうです。」
「なぜ戦争がおこると決めつけているのかね?」
「この太陽系に張り巡らせられたコンピューターネットワークといって理解できますか?」
「コンピューター通信なら理解できる。それを大規模にしたものか?」
「それのエネルギー元に日本人がなっているんですよ。そのネットワークと破壊しようとする勢力と、逆に占有しようとする勢力、ネットワークを本来の形にもどそうとする勢力の大きく分けて三つが勢力争いをしています。その原因が、そのネットワークによる人類の生体機能への補助、危険予知、自動危険回避や認識補助といったものが因果応報という仕組みでコントロールされているからです。」
正鳴は因果応報のペナルティーにかんする仕組みを自分が知る限り詳しく説明した。
「・・・・となるとまさか天使や悪魔というのは・・・。」
「ネットワーク上の人工知能プログラムがほとんどですね。まれに死んだ動物や人間の意識でできてるものもありますけどね。」
「ネットワークが破壊されると、人間は生きれなくなるか・・・・。」
「すくなくても孫はそう言ってましたね。」
飯沼は席にどっかり座った。
「今回の聴取内容は機密特甲種1類として扱う。」
脇にいた書記官が敬礼してそのノートを鍵で閉じた。
「我々日本人が戦争で滅ぶわけにはいかないわけか・・・。閣下に相談してからだが・・・軍部としてプラズマレールガンの開発を最大優先事項とするしかないな。正鳴君、もういいよ。」
正鳴はプラズマレールガンのことについて蛇足になるがと付け加えた。
「プラズマレールガンは敵の船を破壊できるだけの代物でしかありません。つまりそれを光速でうごく相手を演算し、自動で標準をつけれる標準コンピューターシステムの構築も必要になります。」
「だから光コンピューターが必要なわけか・・・。」
飯沼はすっかり疲れた様子だった。
「・・今回の件、惑星外の勢力が絡んでいる可能性がでてきたな・・・。」
正鳴が部屋を出る前に飯沼はそう呟いていた。
待合室に戻ると、悠一と楓がほっとした顔をした。
「乱暴なことはされなかったか?」
「大丈夫だよ。ただ僕の秘密を教えることになったけどね。」
「軍にばれたのか・・・。」
「特甲種1類機密になるそうだからそうそう利用はされないと思うけどね。」
悠一は首を振った。
「特甲種1類機密は総理大臣と国防大臣、それに将官級以上の人間には閲覧可能のはずだ。下手な事をすると利用されつくすだけだぞ?」
正鳴としてはあそこで下手な返答はできなかったと思う。
一週間の間、正鳴たちは飯沼に掛け合って、供出する技術の代金を吊り上げられないか交渉したりしていた。一方の飯沼のほうは軍の情報部である中野学校に連絡したらしく、犯人の背後関係を洗い出している最中の様だ。
一週間半後ようやく犯人グループの壊滅を確認されて帰宅が許可された。
自宅に着くと、門塀にミリタリーポリスの腕章をつけた憲兵隊員が警備についていた。
正鳴と悠一は書斎へ走って、どの資料が持ち出されたか確認をしようとしたが、金庫の中のみならず、本棚の書籍のすべてが持ち去られていた。
軍の強引さにあきれるしかない。悠一はすぐに飯沼に電話をして抗議をしていた。
正鳴の部屋も絵本まで無くなっていた。この調子だとななこにプレゼントした英語とドイツ語の絵本も接収されているなと思った。
ななこを慰めるべく、正鳴と楓はさっそく新宿の紀伊国屋へでかけようとした。すると外出するなら軍の自動車に乗るように憲兵に命令された。
その憲兵は若干申し訳なさそうに命令のあと付け加えた。
「何分、上官の命令でして・・・私としてもそこまでする必要はないと思うのですが・・・・暗殺や誘拐の可能性があるので、お出かけになるときは我が第七憲兵分隊がお供します。」
結局言われるがまま軍用の装甲車に乗り込んで紀伊国屋にいくはめになった。
紀伊国屋で本を買った後、三井家の屋敷に行くと厳重に身体検査を受けてから屋敷の中へ案内された。
ななこはずいぶんしょげていた様子だった。お気に入りの縫いぐるみが襲撃者に撃たれて細切れにされたらしい。
正鳴が新しい絵本をプレゼントすると少しだが気分を取り戻した様子だった。
翌日、久しぶりに学校につくと川上教諭がロビーで待ち構えていた。
「おはようございます。お二人ともご無事でなによりです。襲撃があったと伺ったときは生きた心地がしませんでした。」
まさなりとななこは苦笑するしかない。
「とりあえず授業が始まる前にお休みされた間の補修課題を渡しておきます。しばらくは社交はできないでしょうけど放課後サロンで課題をやってから帰るようにしてくださいね。」
どうやら補修を受けなくてはいけないらしい。襲撃者がだれかはしらないが、とことん迷惑な奴だなと正鳴は思った。
二学期には学園祭があるため、他のクラスではその準備や出店作品の制作に入っていた。正鳴たちのクラスは果物の盛り合わせの油絵を零号の風景サイズのキャンパスに描くことになっている。久しぶりの油絵であり楽しみではあったが、なにぶん油絵をやったのは前世でも遥か過去だ。
放課後になりサロン棟にいくと、何人もの年上の生徒たちが出入りしている。挨拶をしつつ、まさなりとななこもサロン棟の中へ入った。
サロン棟もどこかの高級ホテルのようなつくりになっている。
第八十五回生に割り当てられている部屋は三階の部屋だ。
その部屋までいってノックをすると中から返事があり、ドアをあけて中に入った。その部屋はまさにホテルの待合室のようなつくりになっており、ソファーが配置されていた。おくにもいくつも部屋があり、廊下でそれがつながっている。
「本日はご機嫌が麗しく、皆さん。」
正鳴がそう教えられた通り挨拶をすると、ごきげんようと返事が返ってくる。
「会長、副会長のお三方がようやくいらしてくださりましたわ。」
三浦美桜がそう返してくる。
長谷川那津が若干後ろめたそうに言った。
「本当はお二人にも相談したかったのですけど・・・・いらっしゃらないからソファーはこっちで手配させてもらいましたよ。」
正鳴は苦笑した。
「きにしなくていいよ。僕たちはこんな様だしね。」
そういって背後の警備の六人を見やる。こちらの大日本帝国軍では分隊の下の班レベルの人数である。分隊がだいたい十二人からなる。その分隊が四つ集まって小隊となる。50人で小隊だと考えればだいたいあってる。小隊がまた四つあつまって中隊・・というふうになっている。
六人のうち一人は扉の外、一人は扉の前、四人は部屋の中に分かれて正鳴たちを警備している。
南部2012年式アサルトライフルを装備しているのでずいぶん物々しい感じだ。戦場にすぐに立てそうな装備である。
正鳴たちは待合室のソファーに座って渡された課題をやり始めた。ほかのメンバーは空手の稽古が始まるというので着替えに行っている。
空手の稽古もずいぶんご無沙汰してるなと正鳴はため息をついた。
ドアがノックされて道場主の菱垣陽介氏がやってきた。
勉強している二人を見てにっこり菱垣氏は笑った。
「二人とも二週間ぶりだね。」
「お久しぶりです、菱垣師匠。ですが残念なことに僕とななこは課題をやるのが優先で練習に参加できません。」
「ああ~、川上先生からうかがってるから大丈夫だよ。なるべくはやく皆においつけるといいね。」
そういって奥の部屋へ菱垣氏は向かった。
次の日、この日は朝から美術の時間となっている。
正鳴はこの生で初めて油絵具を手に取った。まずはキャンパスに下地の色をきめて、油絵具とペインティングオイルを混ぜ合わせるところから開始である。
ペインティングナイフで絵具を混ぜ合わせていると、周りでは先生の前に列を作っていた。
よくよくみると川上教諭と副担任の中上教諭が下地の絵具を混ぜて作って渡している。
どうやら、自分で色を決めてやっているのは正鳴だけだったらしい。
川上教諭が気づいて、苦笑していた。
「富田さんはやり方をご存知のようだから、先にすすめてもらってかまいませんよ。」
いわれるがままキャンパスに紺色の下地を塗りたくった。ペインティングオイルの量をかえてグラデーションにしてやろうかとも思ったが、とりあえず無難に一色でまとめた。
下地の絵具が乾く間、正鳴は使ったペインティングナイフを新聞紙でふきとり、クレンジングオイルをかけてまた新聞紙でふき取った。
時々、クレンジングオイルの容器の中にそのままつっこんで取ろうとするひともいるが、実はそれをするとあんまり絵具がとれてくれないのである。筆のときもだいたいそうである。ただ筆の場合、クレンジングオイルをけちると筆が傷みやすいのも確かだ。
正鳴がキャンパスが乾くのを待っていると、隣にイーゼルを立てて下地を塗っていたななこが不思議そうな顔をしていた。
「正鳴君、もうおわったの?」
「まだ下地ぬりを終えたところだよ。ちゃんと乾いてから描き始めないとうまくいかないからね。結構乾くのに時間が掛かるんだよ。」
二人が会話していると、うしろに川上先生がやってきて、黒鉛の棒と食パンをもってきた。どうやらデッサンをしろということらしい。
もったいないとか食べ物を粗末にしてるのではといわれるかもしれないが、デッサンをするときは昔から伝統的に食パンを消しゴム代わりに使っている。
「そろそろ乾くから下地の上にデッサンをしてみたらどうかな?乾くのが早いところを見るとペインティングオイルをあんまり入れなかったのかな?」
「下地が照かるのはあんまり面白くないので少なめにしてみました。」
川上教諭は若干驚いた様子だった。
「よく知ってるわね?」
「まぁ・・・。」
ごまかすしかない正鳴だった。
数日後、ようやく課題を終えて、正鳴、ななこ、邦彦の三人は、サロンでの社交というか社交の練習を美桜達相手にすることになった。
何のことはない、日常の会話と他の生徒たちの情報などの意見交換をするだけである。ただし、言葉遣いなどについて横についている川上教諭がメモをとってそれを添削している。
そして習い事が終わった後に、今日の会話でまずかった部分などを指導されることになる。
エレットに選ばれた以上、社交術の習得は避けては通れないらしい。
一方、家の方では、仕事のうち技術に関する部分は軍部に供出させられてしまったので、三井家との合弁会社としては流通に力を入れるしかなくなった。もちろん軍からの謝礼金や技術料などで定期的な収入がはいるようにはなっていたが、研究した内容がほとんど機密扱いで外に出せなくなったのが痛い。
それは未来に研究した内容についてもである。
合弁会社が企画していたインターネット構想について軍部は、軍のネットワークを整えたあとなら許可すると言ってきている。ようするにその技術の協力を軍に対してしろということだ。
二学期は順調でない滑り出しとなった。
暗澹たる思いにとらわれながら正鳴が眠りに付くと、ふっと目の前に和幸がため息をつきながら立っていた。
それでこれは夢なんだなと思った。
そこで前から気になっていたことを正鳴は和幸に聞いた。それは前世で執拗に森家に嫌がらせをされていたことが心のどこかでひっかかっていたことだ。
すると和幸はふっと息をはいた。
「そりゃ、先祖のやり取りだけで爺ちゃんが嫌がらせされたわけじゃないってことだよ。爺ちゃんが写真学校を卒業するのにかかった費用はどこから調達されたのか、また爺ちゃんの兄弟にそれぞれ家をなぜひい爺ちゃんが建てることができたか、それが関係する。まずはシベリア出兵とロシア革命の前後の話からしないとね。」
そもそもこの泥沼化した、ロシア革命の撃破を目的としたシベリア出兵だが、その前後に色々な思惑が絡んでいた。
ロシア革命をレーニンらに資金援助して引き起こさせたのは三浦銀行だ。三浦銀行に百円を預けて実行させたのは軍令部と外務省それに当時摂政だった昭和天皇陛下である皇太子殿下の裁可があってだ。
だが、ここで思わぬことが起きる。三浦銀行の関係者の一部が本国への帰還を拒み、ソビエト共産党に参画してしまったのだ。
元三浦銀行行員が日本における国際コミュンテルンのはじまりとなったのもある意味当然の帰趨ではあるではある。
大日本帝国にとって問題なのはこの後だ。
当初の予定ではロシア革命の混乱を利用してシベリア出兵を成功させて領土を切り取るのが国家戦略だったわけだ。ちなみにこれについてはアメリカ合衆国の協力を得ていた。そのため軍の派遣に当たって輜重の多くをアメリカ合衆国に依存していた。アメリカ合衆国は初期段階で兵は引いたが、実質的に日本の兵によってシベリアの占領をもくろんでいたわけだ。
ところが大日本帝国の工作員の末端が裏切り、共産党へついてしまったわけだ。
この三浦銀行系の工作員に対してソビエト社会主義共和国連邦の共産党政治局はある指示を出す。それが日本国内の陸軍の切り崩しの命令である。
なぜ金銭的にきつかった東北出身の人物が難関である陸軍士官学校を出れたかの答えは、彼らを国際コミュンテルンが支援し、教育費用を援助していたからだ。
これは北陸に居をおいた三浦銀行内部での教育と人材育成の重要性を説く社員教育が影響している。
そのころ、大日本帝国議会貴族院では、天皇家の血筋を盛り上げようとする第二次尊王運動というべきものがおきていた。これに影響されて天皇家傍流とはいえ男系を保持していた朝倉氏の分家である富田家に対して、財産を加賀藩がすべて取り上げたことが問題にされた。
前田家自体は、富田家の再興については反対はしていなかったが、ここでは配下の森家が執拗に反対を述べるにあたる。
事態を収拾するため、茶を濁して富田家傍流の銭屋五平の名誉回復と資産変換というかたちで富田家へいくばくかの資産が支給されることになった。
しかし、森家は富田家を潰すに当たりその資産をほとんどすべて着服した経緯がある。そのため貴族院では森家への処断が前田家に求められることとなった。
もちろんこれは森家を政敵とするグループが煽った結果ではある。
だが、森家はそれで済ませるつもりはなく、富田家に支給された資産を悉く奪い去る方策に出る。結果的に富田家や高木家、中瀬家などの富田家一門はシベリアの前線に軍人として送り込まれることとなる。
だが、これによりシベリアの前線は逆に盛り返し、チチハルまで前線は押し戻すことに成功していた。
高木正一少将の取った、迫撃砲による面制圧と補給線破壊の戦術が有効に機能していたからだ。
だがそのことにソビエト社会主義共和国連邦は危機意識を高め、軍の掌握の早めるよう日本コミュンテルンに指令を出す。
結果的に満州事変は引き起こされ、シベリア補給線は破壊されることになる。前後はするが辻政信は森家とつながりが強い辻一族というのもあり、森家と東条英機ら共産軍人を結びつけることにつながった。双方にとって富田家の関係者が活躍する八路軍が邪魔だったわけだ。
その結果、味方の大日本帝国軍人をソビエト軍に殺させるという辻政信によるノモンハン事件が起こることになる。
辻政信としては富田家の関係者を始末できればよく、負けこむつもりはなかったらしいが、もともと前線で作戦の中心となっていた八路軍将校を悉く権限もさだかでないのに、大本営憲兵隊大尉の地位を利用して更迭していった。作戦がなりたたなくなるのも仕方がない話である。
一方、補給の上申のために新京にむかった富田正吉中佐とそれを連れ戻しにいった高木正一少将は実際は更迭されていたわけだが、現場では辻政信ら憲兵隊により、職務を放り出して逃げ帰ったとうわさが立てられていた。
その上、高木正一少将は新京から東京に護送されたあと拷問にかけられ熱湯を浴びせかけられて死亡した上に戸籍謄本を改ざんされ存在したことすらないように記録が一切抹消された。
「これが前後でおきた事実だね。森家にしてみればいまさら金を返せっていわれても困るわけだよ。ましてや化学不況で困窮していたわけだからね。」