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歴史の狭間の中で  作者: 高風鳴海
第一章<新しい世界での生活>
13/18

幼稚園・年少生/夏休み編・参

後日また付け足しと編集をする予定です。

 会議のあった翌日は正鳴もさすがにダウンしてしまった。

 幼児の体に徹夜は厳しいものがある。寝ている正鳴の脇で、ななこが絵本を読んでいたらしい。

 起きたのが夕方ぐらいだったから、昼間の時間を丸々損した気分だった。

 正鳴が起きて着替えを済まして、部屋のわきにある別部屋の洗面所で洗面をしていると、ななこがやってきた。

「まさなりくん、お寝坊さんだね?」

「まったく本当にそうだね。」

 そう返すしかなかった正鳴である。


 しばらくすると、使用人の妙子さんがやってきて、夕食まで間があるので、軽食はどうかと聞いてきた。正鳴は素直にいただくことした。二階のプライベートエリアの昨日の夕食を食べたのより小さいダイニングに案内されてそこでホットドックを食べることになった。

 ななこもそこにはついてきて、正鳴の横で紅茶を飲んでいる。香りからおそらく茶葉はアッサムであることが予想できた。

 正鳴は個人的にはアールグレイが好きである。が、茶葉が若干高めなのと、日持ちしないのが嫌で、日持ちしやすく若干値段が安いダージリンをノンシュガー、ノンミルクで飲んでいることが多い。

 アッサムのほうはうろ覚えだがミルクティに合う茶葉だったきがする。

 セイロンは万能でミルクティにもレモンティにも使えるが、若干品格が下に見られることが多い。

 ダージリンは香りと渋みが強いので、ほかのものと合わせにくいが脂っこいものを食べるときに重宝する。


 紅茶はどうかと聞かれたので、空けてある缶があればアールグレイ、なければダージリンをストレートでと頼んだ。


 出てきた紅茶はアールグレイだった。久しぶりにその柑橘系の香りを楽しみつつ飲んでいると、横にいたななこが、私も同じ紅茶がほしいと言ってきた。

 妙子さんはにっこり笑って、かしこまりましたとしばらく脇の厨房にいって紅茶を用意してきた。

 まさなりはななこにはストレートは厳しいだろうと角砂糖を二つななこのティーソーサにおいた。

 ななこが首をかしげていた。

「このお砂糖は?」

「ななこちゃんにはまだそのままは厳しいと思うんだ。アールグレイにはお砂糖がよく合うんだよ。」

「でも正鳴くんはそのままのんでたよ?」

 どうやら完全に同じものを飲みたいらしい。

「じゃあ、そのまま飲んでご覧。」

 頷いてななこがそれを口に含むと、予想通り。

「匂いが甘そうなのに全然甘くない・・・・・。」

「でしょ?」

 まさなりはななこに合わせるように自分のティーカップに角砂糖を二ついれた。

 紅茶は妙子さんが淹れてくれる。

 さすがに三歳児の腕力ではそれなりに重いティーポットは持てない。

 今使っているティーセットも子供用の小さなものだ。角砂糖も子供用の小さなものを二つである。



 イギリス貴族なら、ここはミルクティにするところだろうなぁと正鳴は思った。そのミルクも厳選した産地のものを使い、どの紅茶とどうのように組み合わせるかの技と知識で各貴族家の流儀があったりする。

 そのことを教えてくれたのは観戦士官として関東軍にきていたイギリス将校だった。満州事変さえ起きてなければ彼も殺されないで済んだかもしれない。

 列強各国は日本でクーデターが起きてしまうまで、対ソビエト社会主義共和国連邦攻略ということで一致していたから、イギリスからもよく観戦将校が来ていた。


 こちらの世界の彼はどう生きているだろうか。


 マレー半島で大日本帝国と大英帝国が戦争になったらしいから、ひょっとしたらこちらでも歴史の波に翻弄されていたかもしれない。いずれにせよ確認する方法がない。

 正鳴が思いにふけっていると、ななこが首をかしげてた。

「どうかしたの?正鳴君?」

「いや、紅茶の事を教えてくれた人を思い出してたんだ。」

「ふう~ん。」

 ななことよく相手をするようになってななこの癖がわかってきている今ならば、ななこが相手にしてなかったと若干むくれていることが正鳴にわかった。

「昔、イギリスの貴族の軍人さんで紅茶好きなひとがいてさ、僕に紅茶の主要な産地とその茶葉の特色をおしえてくれたんだよ。さっきななこちゃんが飲んでいたアッサムはミルクティーに向いているとかね。」

 ななこはミルクティと聞いて興奮した様子だった。

「ミルクティ大好き!」

 それからミルクティにあうお菓子の話で二人は盛り上がった。


 頃合いをみて妙子さんが、口をはさんで来た。

「さあさあ、お二人とも、お菓子のお話はその辺にしてお外を散歩してきませんか?お夕飯までまだお時間ありますからね。」

 ななこは元気よく返事をした。

「分かりました!」

 正鳴も立ち上がった。

 妙子さんに連れられて、屋敷の脇にある家族用の玄関なるところから外に出ることになった。

 外の日はまだ明るい。屋敷の敷地は生垣と石の塀で囲まれている様子が分かった。

 塀の間に歩行者用の通用門がありそこから三人は外に出た。



 後ろで物音がしたかと思ったら、スーツ姿の三人の男性が正鳴たちの後ろについてきていた。正鳴が気づいたことに気づいて妙子さんが説明した。

「このあたりは特別な区域になっていて、別荘を持っている人か、そのお招きを受けた人しか入れなくなっていますが、それでも用心にこしたことがないのいで、屋敷の警備をつれてきています。」

「厳重だね。」

 正鳴のその言葉に妙子さんは肩をすくめた。

「未来のななこお嬢様の旦那様はご自分のお立場がまだおわかりになってない様子ですね?」

「僕の立場ですか?」

「そうです。三井家との合弁会社を設立させ、今までにない技術をもたらした立役者の富田悠一さんの息子として、皇国どころか世界中から注目を浴びているのですよ。お金の気配のするところには影が必ず立ちます。不届き者はどこにでもいるのですからね。」

 正鳴は軽い気持ちで和幸から与えられた知識を悠一たちに渡したが、すでにそうとう大事になっているらしい。

 新しい技術だけど否定されやすいと前置きがあったが、これはちょっとまずいのではないだろうかと今更ながらに思った。

「・・・・なるほど。いろいろ余計な接触を図ってくる輩がいるということですか。」

 妙子さんが一瞬目を瞬いた。

「あらら、これは驚きました。幼稚園児なのに正鳴さんはずいぶん大人びた考え方をされるんですね。」

 どことなく馬鹿にされているような気配がしたが、気が付かないふりをした。しかし意図はわかった気がした。

「・・・僕たちの婚約に反対というわけですか?」

 そのことばにななこが驚いた顔をする。

「・・妙おばちゃん、それってどういうことなの?」

 妙子さんは一瞬困った顔をした。それはそうだろう、使用人の立場で主家の慶事に異論をあからさまに挟むわけにいかないからだ。

「私はななこお嬢様が大切なんです。」

 ぼかした言い方だが、反対だといっているに等しい。

「僕が地方財閥の跡取りだからですか?家格が釣り合ってないと?」

 その言葉に、妙子さんは今度こそ唖然とした顔をした。

「・・・正鳴さん、あなたは・・・・。」

「僕としては三井家の使用人の人にも僕の味方であってほしいと思っています。もちろんななこにとってもね。もっといい縁談があるんじゃないかとお考えですか?」

 さすがの妙子も正鳴のセリフに気づいたことがあったらしい。

「・・・まさか旦那様のおっしゃっていたことが事実だなんて・・・・冗談だと思っていたのに・・・・・・。」

 正鳴としては秀直氏がどこまで話したか気にかかった。

「秀直さんはどこまで話されたのですか?」

「・・・あなたが大人と同じ思考をしているということだけです。ほんと早熟でいらっしゃいますね。」


 それから三井家内部での状況を妙子に質問して答えてもらった。

 どうやら本家は特になにもいってこないが、ほかの分家筋の同年代や年上の年代の少年達の婚約者として想定していた家が何宅かあり、その家のうちのほとんどが婚約破棄を求めてきているという事だった。

 使用人たちの間でも意見は割れており、秀直氏の決断を歓迎する者と反対するものは大体半々くらいだそうだ。

「もちろん、ななこお嬢様が幸せになればそれでよろしいのですよ。ですが・・・。」

「不安があると?」

 妙子は頷いた。

「新しい事業というのは聞こえはいいですが、実際博打を打つのと同じです。それに失敗すれば、三井家もダメージを受けますが、それ以上に嫁ぎ先である富田家はダメージを受けるはずです。むしろ富田家は資本規模からいって致命的になるはずですよ。そんな場所にななこお嬢様を送るなんてとても・・・・。」

 正鳴はここでの説得が難しいと感じた。

 新しい事業をしている事実。これが軌道に乗るまで三井家内部の反対勢力による工作の類は収まらないだろう。むしろ今は子供であり、婚約式も開いていない私的なものであるから、正鳴の箔付けという名目で、あとで解消させるのも手である。

 そして、三井家の関連会社の下のほうの血筋から新たな婚約者を与えればいいと考えているのだろう。三井ビルディングは本家に近い血なので余計やっかみがあるに違いない。

「警備を連れてきたのは、そういった分家筋の者が手出しする可能性が高いからです。」

「・・反対していても筋は通されるのですね?」

 妙子は頷いた。

「心情的にどうであれ、使用人としては旦那様の言葉には従います。ですが、約束してください。必ずななこお嬢様を幸せにすると・・・・・・。」

 正鳴は目をつぶった。ここで断言すべきだとは思ったが、同時に無責任な約束はできないという心情もある。しかし、結局正鳴は頷いた。

「ななこを不幸にはしません。必ず幸せにすると約束します。」

 妙子さんは目を細めてから一礼した。

「無礼のほどお許しください。」

 気づくとななこが正鳴の腕を必死に掴んでいた。まるで離すまいとしている様子だった。

「妙おばさん!正鳴君と一緒にいるの!」

 正鳴はその言葉で救われた気がした。正直これからの事に気が滅入っていたからだ。

 そして散歩を再開した。幸い近くで聞いていたのは警備員の三人くらいだ。




 軽井沢の別荘地はブロックごとにエリアが切り分けられていて、いったんその外に出ないと他のブロックにはいけないようになっていた。

 正鳴たちがあるいているブロックは三井家の関係者が集まっているブロックで、となりのブロックには住友家の系譜の集まりのブロックや岩崎家の集まりブロックなどがある。ブロックの入り口には警備員が立っており、そこで身分確認される仕組みだ。

 ブロックの内部にはアーチェリー場やボーリング場などのレクリエーション施設も設置されている。

 さすがにゴルフ場は大きいのでブロックの外に行かないと無い様だ。


 散歩をしていると向こうから歩いてくる一家がいた。また面倒ごとになるのではと一瞬身構えた正鳴だったが、その一家は目礼してささっと別の道へ歩いて行った。

「いまのは本家の使用人の山下さん達です。なんだかお忙しい様子ですね。本家の屋敷のほうにも滞在しているかたがいらっしゃるのでしょうね。」


 そのあとは何事もなくこのブロックの入り口のゲートまでいって屋敷に戻ってきた。

 夕飯までななこと部屋でのんびりして、その日の夕食を食べることとなった。


 夕食の席では秀直氏の姿がなかった。悠一の姿もない。どうやら都内の会社にでむいているらしい。

 忙しないが、ビジネスをやっている以上どうしようもない話だ。


 四人で夕食を食べていると、使用人のひとりが世話にまわっていた和沙さんのところに耳打ちに来た。それを聞いて和沙さんは一瞬眉をひそめたあと、智子にちよって、口を開いた。

「奥様、分家筋の中島様がお越しです。夕飯をご一緒できればとおっしゃっていますが・・・・。」

 智子が肩をすくめた。

「此方は食べている最中なので、別室でお出ししなさい。しかし、森家と縁戚の中島家がここで出てくるとはね・・・・・・。正直相手にしたくもないのだけれど。」

「奥様・・・・。」

「そうもいかないわね。とりあえず食べ終わったら挨拶に出向きます。」

 そうして食事を再開した。

 楓が怪訝そうな顔をしていた。

「中島家と三井家と関係あったんだ?」

「あんまり遠いので私としても忘却の彼方よ。三井家の傍系の傍系の嫁入り先ね。むしろ森家と近いかしらね。」

「うちと天野家との関係と似てるわね。天野家とはもっと近いけど・・・・・。」

 そこまで楓が言ったときに、騒がしい声が聞こえてきた。


「食事をとっているのはこちらの部屋か?」

「中島様!おまちください!」

 制止する男性の声が聞こえる。

 そしてダイニングルームの扉が開け放たれた。

「これは智子さん、お久しぶりですね。」

 のうのうとそんなセリフを吐いたのは、壮年になる長身の男性だった。

 智子は一瞥もくれずに食事を続けている。

 その後ろには小学生くらいの男子が心細そうな顔をしてついてきていた。その後ろにはさらに母親だろう女性の姿もある。

 三人ともブラックタイやイブニングドレスとまではいかないが、略式の晩餐会に出るような服装をしていた。

 私服姿のこちらとは対照的である。


 三人とも椅子の前に立って佇んでいるが使用人たちは椅子を引いたりはしない。使用人の側もあまりな無礼な対応に頭にきているのだろうことが予想できる。

 ななこが一瞬そちらをみてから正鳴にささやいた。

「あのおじさん嫌い。」

「なんでまた?」

「べたべたさわってくるんだよ。それに変なにおいがするから・・・。」

 聞きようによっては幼児性愛者かと思われかねないセリフだ。

 智子に一向に相手にされないことに業を煮やした中島氏は、ダイニングのテーブルの椅子を自ら引いて座り込んだ。

「ここに料理を持ってきたまえ!お前たちも座りなさい。そのままでは食事ができないだろう?」

 和沙さんが、智子にどうするか聞くと、

「いくら親戚といっても、招いてもいない席に・・・それも家族の席に乱入するとはいただけません。お引き取りを。」

 すげなく言下に切り捨てた。

 すると中島氏は家族の言葉に嚙みついた。

「いま家族とおっしゃいましたが、そこのお二人は三井家の血縁ではないのではないですか?血縁ではないものを家族とはおかしいですな?」

 しかし智子はにっこり笑ってそれに対して何も言わない。無礼者にこたえる義理はないということだ。それを了解とかってに解釈した中島氏はつらつらと述べてくる。

「三井家の分家の女性をめとるなら、やはり三井家の分家筋の者が良いはずです。富田の家もそれなりに大きなお宅のようですが、三井家の縁戚ではない。まずは、そうですな、われらより離れた傍系からの付き合いから始めるのがよろしいかと思いますよ。」

 智子は無視して食事を続け、食べ終わると、紅茶とプチフールをと言った。


 正直、せっかくの料理が台無しだなと正鳴は思った。今日の料理は蒸し鶏のホワイトソース絡めをメインディッシュにグリーンリーフというレタスと水菜、京菜のサラダ、それにパン、この前のコンソメベースでつくったポタージュスープといった具合だ。

 ちなみに蒸し鶏のほうも下味にコンソメをつかってあるので口に入れた時に肉汁とスープが湧き出て非常においしいのだ。


 プチフールのあとにコースならデザートがでるが、今回はデザートはなしだ。

 出てきたのはアッサムをベースとしたミルクティーだった。プチフールのほうはバタービスケットだった。


 食事が一通り終わると、正鳴たち三人は智子の指示で席を立って、部屋の外へ出ようとした。

 そのとき、中島氏が正鳴の肩をつかんだ。

「少年、いい気になるなよ?」

 そして殴ってきた。

 殴り飛ばされて、正鳴は壁際に背中をぶつけた。

 一瞬、あまりの暴挙に周りは唖然としている。


 正鳴は口の中を切って血がにじんでいた。

 智子の鋭い声が上がった。

「堂島!坂崎!すぐにこのお馬鹿さんを屋敷から追い出しなさい!日向さん、三井家の各所には中島家との絶縁状を送りなさい!!」

 絶縁状の言葉に中島一家は蒼い顔をしている。

 すぐに警備員が入ってきて、中島氏をひねりあげると、連れ出していった。



「とりあえず歯並びには影響はないじゃろう。」

 老医師のセリフに智子はほっとした様子だった。

 いまいるのは正鳴と楓の部屋である。本家に普段はつめている清水幸吉という医師と看護婦の浜田さんと石橋さんが正鳴の往診にやってきていた。

「しっかし、この歳の男の子を大の大人が殴るとはね。智子さんが絶縁状をだすのも無理はないわな。しみるだろうけど、うがい薬と、そのあとに塗布する抗生物質の軟膏と細胞の分裂を促進するビタミンC軟膏を混ぜた代物じゃ。切ったところによくぬっておくんじゃぞ?」

「わかりました。ありがとうございます。」

 正鳴の声に清水医師は頷くと立ち上がった。

「それにしてもななこの嬢ちゃんも大変な連中に目をつけられてるな。本家のほうでは新しい事業をやるということで歓迎はしておるんじゃがな。」

 智子は首を振った。

「おおかた噛ませ犬でしょうね。あそこの中島家程度の家格ではそもそも主人も本家も納得しないでしょう。第一、事業主ですらない。お情けで雇われている下請けの勤め人がどうしてうちに来たのかと考えれば当然です。」

 清水医師はやれやれと肩をすくめた。

「内紛にだけはしてくれるなよ?うちも大きくなったから何度か内紛があったが、あれに巻き込まれるのは御免こうむりたいからの。」

 智子はふっと息を吐いた。

「森家の差し金でしょうね。内部的に敵が存在しているわけじゃないですよ。」

「それならいいがの。森家か・・・・。なかなかに厄介な相手じゃぞ?」

「分かっていますよ。文教族だから文部官僚を動かしていやがらせをやったりするでしょうね。この子たちの進学先が啓信だからその点は安心できるんだけどね。」

 その言葉に正鳴は正幸が向こうの世界についての予言で言っていたことが気にかかった。かつては自派にいた後継者の総理大臣を中国の李家の邪魔になるからと排除するのに文教族の官僚をつかって事件のでっち上げをして、総理大臣の求心力にダメージをいかせたりするらしい。


 こちらの世界でも似たようなことは起こりえる。向こうでは森家の売国行為を止めようとした総理大臣を下すのにでっち上げによる疑惑をつぎつぎ作り出していたそうだ。


 なにやらどうしても森家が自分たちの前に立ちはだかるのだなと正鳴は感じた。


 正鳴が殴られた次の日、三井秀直氏の弟の三井英次氏とその妻の三井薫子夫人がやってきた。息子の敦教と健介も一緒にである。

 英次氏は正鳴のことを心配していた。

「まさか末流の連中が実力行使にでてくるとは思わなかった。中島さんもまさかそんな馬鹿な真似をするとはね・・・・・・。正鳴君が無事でよかった。」

 薫子夫人もうなづいている。

「まったくです。正直私は一般家庭の出身ですから、こういう上流社会の事には疎いのですが・・。うちの息子たちも同じようにみられていると思うとぞっとしますね。」

 秀直氏が目線を細めた。

「うちの上層部はともかく、そのほかには私たちが行楽に出かけていることは伝えていないはずだが?」

 英次氏が首を振った。

「会社で社長に面会予約の依頼の電話が何件も入ってた。一応ビジネスで出張中だから、あとにするように伝えさせていたんだが・・・・勘ぐった連中が何人もいたみたいだね。」

 秀直氏が苦い顔をした。

「私は中島家も森家も辻家の連中も嫌いだ。やつらはすぐに暴力に出る。学校でも殴られたことが一度や二度じゃなかったからな。そのくせ、人を追い込んで暴力に出ざるを得ない状況をつくって、それを追及してくる。質がわるいんだよ。あの連中は。」

 正鳴も思い当たるふしがある。

 気にくわないことがあるとすぐに手を出してくる。力で屈服させたがる癖があの連中にはあった。論破すると暴力、黙っていても暴力、反撃すると反撃を暴力としてはやし立てて追い込む。奴らのイジメの手法は昔から変わってないのかもしれない。


 その日の夕食はもっぱら今後の対策が話し合われていた。

 そのんさかに傍流の末流への対処についてもあった。

「正直相手にしないしかないだろ。今回の中島家の暴挙はこちらのダメージにはならないが、場合によってはそれを利用して近寄ってきて、いやかならず近寄ってくるな。そして富田さんのことをあげつらったり誹謗したりするだろう。正直品の無い連中の相手はしたくないんだが、そうもいってられないからな。悠一さん、申し訳ないが、こちらが落ち着くまでしばらく我慢してくれ。」

 秀直氏にそういわれて悠一は頷いた。

「わかっています。こちらに気を使っていただけるだけでもありがたいですよ。」

 英次氏がしばらく考え込んでいたが、口を開いた。

「家の流儀じゃないが・・・・・婚約式をひらいたらどうだろ兄さん?」

 その言葉に秀直氏が若干考える顔になった。

「表ざたにして、はっきり意思表示をするか・・・この際仕方がないだろう。取り急ぎ・・・・・そうだな、お盆前くらいにいっきにやってしまおう。」

 正鳴は性急すぎではないかと一瞬思ったが、それには理由があった.

「うちはお盆に墓参りを兼ねて毎年、本家の屋敷で報告会をやってるんだ。そこに間に合わせる形で婚約式を開く。呼ぶのは近い親類と直接の取引先だけにする。そうすれば本家の報告会に悠一さんをつれていける。」

 二重の意味で富田家も三井家に参画するという意思表示にするつもりのようだ。



 そしてそれがきまると、準備が始まり、正鳴たちも忙しくなった。

 婚約式での行動のとり方や口にするセリフの練習など多岐にわたった。婚約式を開くのは富田家の東京の屋敷でということになるが実質、とりしきってるのは三井家のスタッフだ。


 そして婚約式はわずか十日で開かれることとなった。


 この日、富田家の屋敷にはたくさんの来賓がやってきていた。それを一人一人覚えなくてはならないので正鳴は大変だった。

 挨拶が終わると、式の準備のためにいったん下がり、まさなりとななこはこの日の為に急きょ仕立てた礼服に身を包んだ。正鳴のはホワイトタイに近いデザインの礼服で、ななこのはアフターヌーンドレスだった。

 式をとりしきってるのは白山神社と射水神社の宮司の方だ。和洋折衷で微妙な気もしたが最近の婚約式のはやりはこのようなものらしい。

 神社のほうもキリスト教の指輪交換の儀式を取り入れたりしている。

 ただ、神社の系列が違う二つからそれぞれ宮司がくることになったのには若干理由がある。

 富田家の他二家が開いた高岡の町は射水神社が古くからあり、治水の水龍である庄川と小矢部川、それに加えて二上神を祭っている。この二上の神というのは二上山に築かれた守山城に関係する神で、天照大御神の孫である瓊瓊杵尊とされる。築城に関わった富田家の守神でもある。その関係で白山神社の菊理媛尊も祭っている。平安の延喜式では越中の一宮だった歴史ある大社だ。

 一方の白山神社は朝倉本家が信仰していた神社で、一応朝倉氏の氏神という位置づけである。朝倉の名を名乗った時代から信仰があったとされる。

 菊理媛尊と夫婦神である伊弉諾尊、伊弉冉尊が祭られている

 日下部氏から続く朝倉の正統である以上富田家としてはどちらもおろそかにできなかったというのが正直なところだ。

 どちらをよぶかで富田家内部で議論になったが、あとから秀直氏のそれなら両方呼べばいいという意見で決着がついた。


 富田家の広間に簡易の祭壇が作られ、そこで婚約式が開かれた。

 いくつかの儀式を覚えるのは大変だったが、付き添いの巫女さんが補助をしてくれて、指輪の交換までつつがなく終了した。

 

 そのあと再び正鳴とななこは軽井沢の別荘地に送られ、本家の別荘で開かれる報告会の結果を待つこととなった。


 三日ほどして悠一と楓が報告会から帰ってきた。

 二人とも憔悴している様子はないが、若干疲れた様子だった。

 話を聞くと、どうやら本家総代の三井善一郎さんが全面的に悠一たちをバックアップしてくれたそうだ。

 どうやら善一郎さんとしては新規の事業が財閥全体で減りつつあることに危機を抱いていた様子で、それを振り払う突破口に三井家と富田家の合弁会社の事業はなるだろうと期待しているそうだ。


 とりあえずはほっとした正鳴だった。

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