イースター島
機内では、ズズンとエンジン音が響いていた。
そんな事を構いもせず、忙しなくキャビンアテンダントが機内食を配っている。
もうこの程度の振動は慣れっこなのか、よく訓練されたキャビンアテンダントの動きはとても軽快だった。
僕達は今、チリのサンティアゴからイースター島へ向かっているところだ。
イースター島へのアクセスは非常に限られていて、東のサンティアゴから向かうか、逆にタヒチから向かうかしか無い。
航空会社もランチリしか就航しておらず、良くも悪くも値段などを比較する必要がない。
僕たちは南米旅行をするので当然サンティアゴから向かった。
配られた機内食は取り立てて変わったものはなく、オムレツと野菜がメインだった(グリーンピースが入っていないことに僕は感謝した)。
何の気なしにそれを口に運んでいたところ、メテムが突然僕の腋をつついた。
口に含んだオムレツを吹き出しそうになるのをなんとかこらえる。
「ちょっと、メテム、食べてる途中にやめてよ」
「キシシ」
「どうしたの?」
「いやさ、そのモアイとやらが楽しみでさ」
「そうだねえ、僕もゲームでしかみたことがないからなあ」
「どんな風に並んでるんだろな。全部で何体位あるんだろ」
「分かんないなあ。まあ何だか沢山並んでるところもあるみたいだよ」
「一体ぐらいもって帰れないかな」
「無理に決まってるじゃないの」
「ほら、こないだ日本であったろ、なんだっけあの街」
「え? 何のこと?」
「ほら、モアイが駅前にあるとこ。あの人がワラワラいるあそこ……」
「ああ、渋谷か。あのモアイとは全然違うと思うよ」
「まあほら、魔法でササッと隠してさ、チュリっとカバンに入れて持って帰るの」
「やめてよ、大問題になるよ」
「なるかな、やっぱ」
「なるって」
そんなやり取りをしながら、食事を取り、音楽を聴き、そして映画をみたりして過ごした。
それから六時間弱のフライトを経て、僕たちはようやくイースター島へと降り立った。
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「うーん、長旅疲れたなあ」
機内からタラップを使って下りた後、僕は体を伸ばした。
六時間というフライトは、寝るには短いし、起きてるには長いと、非常に微妙な時間なのだ。
イースター島の空港は、やはりというか、とても狭い。
まあ、一日数本の単線しかないし、当然だろう。
他の客の流れについていって建物内へと向かう。
すると入り口に大きな立て看板があった。
「イースター島」
それを見た途端、僕は改めてこの地へ着いたことを感じる。
「メテム、見て見て!イースター島だって!」
はしゃぎながらメテムの方を見る。
メテムもさぞかしノッてるんだろう。
そう思ったのだけれど、何故か様子がおかしい。
険しい顔をして、辺りをキョロキョロと見回している。
「どうしたの? 何かあった?」
「……」
僕の問いかけには答えようとはしない。
「危険なら大丈夫だよ。ここ、治安めちゃ良いらしいから。だって何か事件があっても、小さな島だから犯人はどこにも逃げられないんだって。あっは」
そんな軽口を話す僕とは逆に、真顔を崩さないメテム。
そしてメテムは両目を閉じておもむろに両腕を地面に水平に掲げた。
こんな僕でも流石に何かあるんだろうと察し、しばし様子を見守る。
まあ外見上は特に不思議な事は起きてないし、周りの客も僕らに注目している様子では無いので問題はないだろう。
メテムはそれから数分その格好で固まり動かなかった。
最後の客がタラップから下りて僕らの元をすれ違った頃、メテムはようやっとその姿勢を解いた。
「ふぅ~」
心の底から絞り出すように息を吐いた。
「どうしたの? 何かあったの?」
僕がそう問いかけると、今度は僕の方を向いた。
「ん、んにゃ。ちょっと気になることがあっただけ。でも別になんでもないよ。気にしないで」
そう言いながら手をヒラヒラと振るメテム。
とても何でもない様ではなかったけれど、まあこの調子じゃこれ以上聞いても教えてくれないだろう。
僕は気を取り直して空港建物内へと向かった。
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空港からはホテルのお迎えが来ていた。
僕らの名前を掲げたボードをもってるお姉さんに話しかけ、そのまま車へ乗り込む。
それから揺られ揺られとホテルへと向かった。
イースター島、そしてその中心にある村、果たして一体どんなところなのか。
全く分からず来てみたが、ホテルに向かう道中を見てみると、これはなかなかにして凄いところだぞ、と思った。
凄いというのは、村へ向かう道、それがもう原生林のようなところを突き進むことだ。
てっきり舗装された道があるのかと思ったが、もうそれは獣道のような感じだった。
ボッコンボッコンと上下左右に揺られる。
それからしばらく着いた頃、ようやく車が止まった。
が、辺りにはホテルどころか建物すら無い。
はてさて、と思ってたら、今度は道なき道を進み始めた。
それからしばらくしてようやくホテルに到着、である。
その頃になると、メテムはともかく、僕はもうだいぶグッタリしていた。
ホテルに入りチェックインを済ます。
フロントに軽く聞いたけれど、特に計画停電や取水制限などは無いようだ。
聞いていたように治安も良い。
ただ夜中に島を歩く場合、真っ暗だから迷子に気をつけろ、とのことだった。
まあこの程度なら問題はない。
むしろこの島の規模から考えて、ありがたいぐらいの環境だ。
計画停電……取水制限。
僕は今までの旅を振り返りながらそう思った。
部屋に荷物を置くと、早速僕たちは外へと向かった。
「ユウキ、とりあえずさ、モアイ見よう、モアイ」
疲れを全く感じさせず、ピンピンとした様子でメテムが言う。
その明るさに引っ張られるようにして答える。
「わかったよ。ちょっと歩く前に地図見るからまってね」
そう言いながら地図を確認すると、何やらホテルの前の道(原生林)を抜けると村があるみたいだ。
「メテム、ここをこう進むと、村があるみたいだよ」
そう言いながら原生林を指差し、指をクイッと曲げてみせた。
「なるほど、ここをこうな。よしわかった、んじゃついといで!」
釣られるようにしてメテムは指を曲げると、そのまま地図を持たず(ちらりとも見なかった)、勢い良く進んでいった。
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「おー? ここが村、か?」
道なき道を進むこと10分。
僕たちはようやく開けた場所へ出た。
そしてそのなんとも言い難い場所をみて、僕は思わず声を発した。
そこには、一応いくつかの掘っ立て小屋(雑貨屋っぽい)があり、中央にはサッカーコートのような物がある。
ただ残念ながらあまり文明を感じさせない作りだった。
「しかし凄いところだねえ、ここ」
僕は思わず同じことを二回繰り返した。
「ん、そう? まあ驚いたけど、これぐらいは全然普通だけどな。私のいた世界では当たり前だぞ。沼地の上に建てられた村まであったんだから」
「沼地?」
「うん、人間ぐらいに巨大な蛇や蛙がぞろぞろいて、家建ててもぶつかって壊れるから、大きな丸太を植えて、そこに家を作るの」
「そ、そう……。それは凄いね」
僕は人間ぐらいに巨大な蛇やら蛙やらを想像して、その迫力にしばし言葉を失った。
「ユウキ! 見ろ! あれだろ!」
僕が絶句していると、メテムが何かを指しながら大声を上げた。
なんだなんだ? と思いながら視線を移すと……そこには巨大な像、モアイがあった。
「おぉおぉ、これがモアイか。そうかそうか、これがねえ」
モアイに近づくと、メテムがさも納得したように頻りに頷く。
そしてそれは僕も同様だ。
「なるほどなるほど、これが本物か……」
正直本物のモアイというものを初めてみたので、頭の中の今までもモアイとリンクさせるのに必死なのだ。
気の利いたことを言いたいのだけれど「なるほど、なるほど」しか出てこない。
「しかしこれあれだな、完全にデモンストレーション用だな」
メテムが呟く。
確かに村の真ん中に一つだけ置かれているからその通りなんだろう。
「たしかにねえ」
「まあでも本物であることには違いない、ってか」
「うんうん」
「しかしユウキ、何というかもっと神聖な感じで会いたかったねえ」
「ままま、ほら、それは明日以降のお楽しみ、ってことで」
「まあ、それもそうか。よし、ちょっとモアイと交信でもしてみよう……と」
「え?」
何の気なくサラリと凄いことを言うと、メテムはそれから目を閉じて頭に人差し指を与えた。
僕はあまりのことに思わず固まる。
するとメテムはこちらを振り返って、にやりと笑った。
「キシシ、流石に無理だよ、そんなこと」
してやったと言わんばかりにメテムが答えた。
ドッと力が抜ける。
「びっくりさせないでよ。ほら、スリランカで似たようなことしてたから、出来るのかと思っちゃった」
「いやー流石にむりだろ」
「んもー……」
メテムに非難の目を向ける。
と、メテムが少しだけ真顔になった。
「まあでも、明日辺り似たようなことするかもな。ここは特殊の場所みたいだから」
「え? どういうこと?」
「ん? まあ、気にしない気にしない。それよりユウキ、お腹空いたから何か食べよう」
「え? ああそうだね、そろそろ良い時間だし」
唐突の提案だが、確かにもう日が傾きそうな時間だ。
あまり機内食もボリュームが無かったのでお腹も空いてるし。
「何か食べよう。メテム、何がいい?」
「何がいいって、そりゃ、牛フィレ肉のフォアグラのロッシーニかな」
「……あるわけないでしょ、そんなの」
「お前が何が良いかって言うから答えたんだろ!」
「そんな無茶な……」
そう言いながら僕たちは村を少し歩いた。
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モアイを中心に村を歩くと、少し概要がつかめてきた。
ここには小さいながら(本当に猫の額ほど)ビーチもあるし、飲み物等を売ってる雑貨屋もあるようだ。
まあ当然といえば当然か。
島には人が住んでるし、アクセスは別としても知名度抜群の世界遺産がある島なのだから。
それからホテルへの道を進むと、レストランっぽいお店もチラホラ見えてきた。
「ユウキ、あそこどう?」
「うん、いいね。何だか休んでる人もいそうだし」
そう言うと、僕たちはレストラン(のようなもの)へと足を運んだ。
レストランは意外なことにキチンとテーブルクロスが敷かれた机があった。
そのことに驚いてるとメテムが口を開く。
「お前なあ、失礼だぞ。何だと思ったんだ?」
「あ、いや、ほら、どんな感じなのかなって。ほら、インドでメテムさ、とんでもないレストランあったじゃない?」
「インドで?」
「ほら、ゴミ捨て場の横でメテムが入ったあのレストラン」
「たっはー、お前、あれと一緒に考えてたのかよ。あのな、こんな立派に屋根があるんだから、机ぐらいあるに決まってるだろうよ!」
メテムに一頻り怒られ、すっかり申し訳ない気分になりながら席へ着く。
するとまた意外なことにメニューが手渡された(勿論今回は口にはしなかった。でもメテムが非難の目を向けてきたことから、全て察してたのだろう)。
メニューに目を通す。
何やらツナと書かれた品目が多い。
なるほど、流石に太平洋のど真ん中、主食は魚か。
それもマグロのようだな。
おっと、なんだこれ、マッシュポテトも添えてって書いてるじゃないか。
マッシュポテト大好きな僕としては、料理を想像しては思わずニヤついてしまった。
が、その想像も、隣に書いてある値段をみて吹き飛んでしまった。
「ツナのソテー、マッシュポテトを添えて……二十五ドル」
「ちょっとメテム!」
思わず少し声のボリュームを上げてメテムに話しかける。
「ん? どうした?」
「値段見てよ、値段」
「値段……って、うわ、これ高いっ」
「ねー、マグロのソテーでこの値段だよ」
「まあでも仕方ないんじゃない? こんな離れた離島だからさ。物運んでくるのも一苦労だろ」
「そりゃそうだけど……」
「まあほら、早く決めよう。もうお腹空いちゃって」
そう急かすメテムに押されて、僕は思い切って件のソテーを頼んだ。
程なくして僕の目の前にはツナのソテーが運ばれた。
スチームライスが横に並び、マッシュポテトが別皿で盛られている。
口に出すとメテムに怒られそうだが、予想もしなかったしっかりとした作りだ。
一安心して口に運ぶと、勿論味も美味しい。
イースター島で食べているというシチュエーションも相まって、なかなかに良い感じだ。
メテムはと言うと、同じくツナのソテーを食べてるようだ。
ただ上にかかっているソテーが別の色をしていたので、違う種類なのだろう。
イースター島特有のソースなのか若干気になって僕はチラチラと見てしまった。
するとその目線に気づいたのか、メテムがフォークの手を止めた。
「なんだ、ユウキ。欲しいの?」
「あ、いや、そうじゃないけど、何ソースなのかなって」
「んー、わがんね」
「え?」
「いや何だかスペシャルソースって書いてたから頼んでみたんだけど、何味なのかわからないのよ。わがんね、わがんね」
「そ、そう」
「でも美味しいからありだね。このレベルの料理が出るなら、数日は安心して滞在できるな」
「そうだねー。でもどうせ本土から持ってくるなら、ツナじゃなくて肉でも持ってきたらいいのに」
「ん、これ多分本土から持ってきてるんじゃなく、漁船がそのまま寄った時に買ったんだと思うぞ」
「え? そうなの?」
「うん、さっきホテルのフロントの人いってたもん。村の外れに港があって、そこで直接買ったら安くつきますよって」
「なるほど、僕らもそうした方がいいのかね」
「そうした方がって、お前料理できないだろ。買ってどうするんだ?」
「いやそれはほら……メテムが……」
「お前な、誰に物言ってるんだよ。私が、料理、できると、思う?」
「だよねー……」
しどろもどろになりながら、僕はツナを口に運ぶのだった……。
レストランでお腹いっぱい膨れ、さて明日に備えてホテルで寝るか、そう思った矢先、最後の難関が待っていた。
ホテルの場所が分からない……。
そう、行きの時点で分かっていたことだが、原生林のような道、どこをどう帰れば良いのかわからないのだ。
しかもホテルの入口は道がなく、林を付け抜けないと入れないはずだ。
人に訪ねようにも、そもそも往来が無い。
「おい、ユウキ……おい……」
背中に痛いほどメテムの視線を浴びて、僕はなんとかホテルへの道を探すのだった……。




