ブラチスラヴァ
ハンガリーの首都ブダペストからスロバキアの首都ブラチスラヴァへは列車で向かう。
時間にして二時間半程で、料金も日本円にして五千円弱と手頃な移動だ。
国が密集しているヨーロッパならではと言える。
朝食をホテルで軽く済ませて朝の便に乗ると、少し経てばもうスロバキアだ。
駅に着いた時の最初の印象は「意外に近代的」だった。
小さな中世の街並みを想定していたのだが、予想に反して結構ビルが並んでいたからだ。
あと気温が少し寒い。
ハンガリーが暑かったからというのもあるが、Tシャツ一枚だと少し厳しい。
メテムの方を見てみると、同様に少し寒そうにしていた。
これはホテルに着いたらフーディーでも着た方が懸命だ。
寒さに耐えながら僕たちは旧市街へと向かった。
泊まるホテルがあるからというのもあるが、少ない見どころも旧市街に集中しているらしいからだ。
旧市街へは駅からトラムが出ているが、システムが面倒なようで、距離が近いこともあり僕たちは歩いて行く事にした。
テクテクと歩く。
メテムがよそ見しないで付いて来てるか時たまチェックする為に後ろを向いたが、今のところ大丈夫なようだ。
「何一々私の方見てるんだよ。お前まさかこの距離で私が迷子になるとか思ってんじゃないだろうな」
目をツリ目にしながら鋭いセリフを吐くメテムに思わずドキッとしながらも旧市街へと歩く。
すると途中から街並みが変わり始めたのが分かる。
近代的な部分が息を潜め、当初想像していた中世の様な街並みに変わってきた。
駅から歩いて十五分ほど経ちようやく旧市街へ到着した頃、辺りはもうすっかり古き良き雰囲気になっていた。
旧市街へ着いた僕たちは、まずホテルにチェックインして荷物を下ろした。
そして中からフーディーを取り出して着た後、早速観光案内所へと向かった。
街の中心部にある観光案内所で地図を貰う。
そして簡単に説明を受けた。
曰く、この街はとても小さい街だが、一つだけブラチスラヴァ城という名所が高台にある。
地元の人からひっくり返したテーブルと呼ばれるこの城、時間があるなら見てきたらどうか、との事だった。
「ひっくり返したテーブル?」
メテムが素っ頓狂な声を挙げる。
「らしいよ」
「どゆこと?」
「なんだかさ、屋根の四隅に小さな塔が付いてるらしいのよ。で、それがテーブルの脚に見える、らしい」
「ふーん」
「あんま興味なさそうだね」
「んー、あんま惹かれる物でもないなあ。それよりちょっと街歩こうよ。こういう街、初めてだからさ」
「そうだねえ。メテムは初めてかあ。ブダペストは中世って感じじゃなかったからなあ。よし、んじゃ歩こう」
そう言うと僕たちは観光案内所を出て、地図を片手にブラブラ歩くことにした。
観光案内所の人が言っていたように、確かに旧市街は小さい。
直径が約一キロなので端から端まで歩いても十分ほどで着く計算になる。
なので極力グネグネと周りながら適当に歩く。
途中雰囲気のある中庭があって覗いてみると、民族衣装を着た子供達がダンスの練習をしていた。
おそらく学芸会か何かの催しの為だろう。
傍に座って眺めているだけで異国情緒を感じることが出来た。
また街の中心には塔が建っており、そこは上まで登れるようになっていた。
早速登ってみると、最上階からは街を一望にすることができ、その昔ながらの雰囲気を保ったままの様子が伺えた。
途中途中に見える屋根裏の様な部屋を目にする度に、あんな所に住むのも悪くないな、と思った。
塔から降りると散策を続ける。
テラスのある素敵なカフェ、街中に植えられている花々を見ながら歩く。
途中パンの屋台があったので、小腹が空いていた僕たちは一つずつ小さなパンを買った。
パン屋のおじさんがご丁寧に紙袋にいれてくれたので、少しずつ歩きながら食べる。
日本のモチっとしたパンと違って、カリッとしていて食べごたえがある。
こういう街を歩きながら食べるだけで、いつもより何倍も美味しく感じられる。
パンを口にいれながら僕たちはその雰囲気に浸った。
メテムが何かを指して声を挙げたのは、ちょうどメイン通りの外れを歩いていた頃だった。
「あ――!」
「ん? どうしたの?」
「ユウキ、アレ見てよ、パントマイムだ」
メテムの指し示す方向を見ると、そこには全身を鉄の色で染めた一人のパントマイマーがいた。
路上の柱に手を置いて帽子を空に掲げる姿勢をとっている。
「本当だねえ。なかなか珍しいね」
「そうだねえ。東京にはこういう人いなかったからね」
「メテムの世界にもいなかった?」
「うーん、曲芸師はいたんだけどさ、ああいう人はあまり見なかったなあ。本当に稀にお祭りにいたけど、あそこまで気合入れて全身に色塗ってる人はいなかったなあ。あの人徹底してるよ」
確かに言われて改めて見ると、靴や服は勿論、髪の毛一本一本まで見事に鉄色だ。
あれはお風呂とか大変じゃ無いのかなあ。
そんな事を思ってると、メテムがパントマイマーの付近にあったベンチに腰を下ろした。
どうやら少し眺めるようだ。
時間はたっぷりあったので僕も隣に座る。
そしてしばらくパントマイマーを見てることにした。
……どれだけ眺めたか。
多分十分は優に経っているんじゃないかな。
それでもパントマイマーは一切微動だにしない。
空高く掲げる帽子すら揺らしていなかった。
「凄いねえ」
メテムが感嘆の声を挙げる。
「そうだね、こんな長い時間固まって疲れないのかな」
「彼の何が一体あそこまでさせるんだろうね」
「芸人魂なのかなあ」
「どうだろ、もしかして私と同じ魔法使いだったり?」
「え、そんな魔法あるの?」
「うん、他人の体を固める魔法があるのよ。フリーズっていうんだけど、これ自分にもかけられるからね。もしかしたらそれをかけてるのかもね」
「あはは、それなら楽だね」
「キシシ」
メテムが笑う。
「しかしユウキ、あれだね、あの人あんなに全身塗ってお風呂とか大丈夫なのかね」
「あー、それ僕も思ったよ。後始末大変だろうねって」
「だって見てよ、あの人。目まで塗ってるよ?」
「え? 本当?」
「うんうん。ほら」
そう言われて注目すると、確かに目まで鉄の色だ。
おかしい。
カラーコンタクトにしては明らかにできすぎている色だ。
「ん? 目?」
メテムも自分で言っておきながら不思議に思ったようだ。
それからおもむろにパントマイマーへ近づく。
そして顔をひっつきそうになるほどにして眺めていると……大声を挙げた。
「これ、単なる銅像やんけ――――っ!」
ズコーッ。
思わず二人共ずっこける様なポーズを取る。
なんてことだ。
パントマイマーだと思ってあれだけ真剣に眺めてたのが単なる銅像だったなんて……。
それから僕たちは思い思いに悪態をつき(銅像に向かって)、その場を離れた。
次にメテムが声を挙げたのは、それから間もない事だった。
「あ――!」
「ん? どうしたの? また何かあった?」
「ユウキ、アレ見てよ、パントマイムだ」
何かデジャヴのようなやり取りだが、メテムの指し示す方向を見る。
すると今度は開いたマンホールから下水道に入り、上半身だけ覗きこむように外に出している人がいた。
「メテム……これは……」
「うわー、凄いな~。あんな格好で疲れないのかな」
そんな事を白々しく言いながらメテムが近づく。
そしてパントマイマーと思われる人の前に立ったと思ったら、おもむろに顔を蹴り上げた。
カッキーン。
響きの良い音がする。
「って、当たり前に銅像やんけ――――っ!」
メテムの声が辺りに響いた……。
「というかさ、なんでこの街、こんな銅像あるのかな」
メテムが歩きながら不思議そうに呟く。
「さあねえ、なんでだろう。でも確かに言われてみると至る所にあるね。ほら、あそこ」
そう言うと僕は道の反対側に置いてあった自転車を指差した。
「あれ、自転車じゃなくて銅像だよ」
「え? うわ、本当だ。なんであんなものまで……」
「分かんない。そういう文化なのかな」
「ふ~む、そういう文化かあ……」
そう言うとメテムは可愛らしく腕を組み、何かを考え始めた。
「どうしたの?」
一応聞いてみたけれど、うーんと唸るだけで返事をしない。
しばらくそっとしておこう。
そう思って僕たちは無言で道を歩いていた。
そして程なくしてメテムが声をあげた。
「ユウキ、何かさ、箱か何かない?」
「え? 箱?」
「うん、入れ物。何でもいい」
「入れ物……さっきのパンの紙袋じゃ駄目?」
「あー、それでいいや。ちょっと貸して」
メテムに紙袋を渡す。
するとメテムは紙袋を広げて、その外側に大きく目立つようにマネーと書いた。
「マネー? 一体何でそんなの書いたの?」
「いいからいいから」
そう言うとメテムは大広間に向かって歩き始めた。
「ちょっと、メテム、どこ行くの?」
僕は慌てて後を追った。
大広間に着くとメテムは辺りをキョロキョロと見回し、少し人混みから離れた空間へ向かった。
そして紙袋を地面に置く。
「よし、ユウキ。とりあえず三十分後に会おう」
「え? 何するの?」
「三十分後ね。じゃ!」
「え? なになに?」
事態についていけない僕を尻目に、メテムは鞄から呪文書を取り出した。
そしてバレリーナの様に片足を空中に投げ、片手も目の前に突き出した。
維持するのが本当に大変そうなポーズを取った後、メテムが叫ぶ。
「フリーズ!」
そう言い放つと、呪文書の方から一気に体が鉄色に変わっていく。
数秒後、呆気にとられている僕の前には完全に鉄の人形と化したメテムがいるのだった……。
「はぁ……どうしよう、これ」
僕は目の前の光景を見ながら呟いた。
僕の前には鉄人形のメテムがいて、そしてその周りには沢山の人だかりがあった。
集まった人たちはメテムの傍に立ち一緒に写真を撮ったり、目の前に置かれたパンの紙袋にお金を投げ入れている。
「流石にもう止められないよね……」
半ば諦めモードになりながら僕はメテムの魔法が解けるのを待つのだった……。
メテムが言った三十分を今か今かと待つ。
そしてきっちり三十分が経ったと思われる頃、メテムの体の色が急激に元に戻り、ガクッと態勢が崩れた。
「オー」
周りで見ていた観衆が、急激な変化に声を上げる。
おそらく何か特殊な方法でも使ったのだと勘違いしているのだろう。
嬉しい誤解に今は感謝だ。
「エヘヘ、ただいま」
メテムが全く悪びれず、破顔の笑みを浮かべる。
逆に僕はというと、周りから何か突っ込まれないかと思ってヒヤヒヤだ。
「メテム、離れよう」
僕は紙袋を拾い、メテムの腕を引っ張った。
何とか必死になってその場をぬけ出す。
メテムは引きずられながら呑気に観衆に向けてピースをしたり、投げキッスをしていた……。
「はあっはあっ」
離れた場所でようやく止まる。思わず息を切らした。
「んもー、どうしたんだよユウキ」
「んもーって、それは僕のセリフだよ。人前で魔法なんて使っちゃって!」
「なに言ってんだよ。めちゃ受けてたじゃないの」
「受ければいいってもんじゃないでしょー。全くもう!」
「まあまあ、いいじゃないの。それよりお金幾ら入ってた?」
メテムは紙袋を僕から奪い取り、中身を確認する。
「ひーふーみー……。お、結構あるじゃないの。こりゃ今晩の食事は豪勢だ」
「僕がどれだけ心配したと思ってるのさ」
「分かった分かった。よし、今日は私がご馳走してやるよ。感謝しろよな。あっは」
そう言うとメテムは全く反省の色を浮かべず軽いステップを踏みながら歩き始めた。
僕はすっかり頭を痛めながら後を追った。
メテムの後を追って角を曲がる。
すると目の前に銅像がまたも建っていた。
慌てて僕は避ける。
「んもー、危ないなあ!」
そう言うと僕は八つ当たりするように銅像に蹴りを入れた。
カッキーン、とてっきり良い音が響くと思ったのだが、予想に反して銅像がいきなり叫んだ。
「痛いっ!」
そして僕の方を向いて睨む。
うへ、これ本物だったのか。
「ご、ごめんなさい~」
そう言うと僕は逃げるようにしてその場を離れるのだった……。




