カレー
インド料理と言ったら、殆どの人がカレーを思い浮かべるんじゃないか。
ご多分に漏れず僕たちもこの数日ほとんどカレーばかりを食べていた。
食事をするところならば例外なくカレーがあり(むしろ場合によってはカレーしか無い)、例えば路地裏にある汚い屋台でも食べることが出来る。
衛生面では問題はあるが、味は結構美味しくて、カレーとナンがついて70ルピー程だ。
これが小綺麗な所で食べると500ルピーと値段が跳ね上がる。
その分座り心地の良い椅子にトイレやらWifiやらが完備しているのだけれど。
カレーの種類も本場だけあって豊富だ。
キーマやチキンなどの定番ものから、ココナッツ海老カレーやら羊肉のカレーなど様々だ。
僕のお気に入りはバターチキンと、ほうれん草のカレー・パラクパニールだ。
バターチキンは日本で食べるものさながら甘くまろやかだ。
ご飯と合わせると何回食べても飽きが来ない。
パラクパニールは日本で食べるよりも若干ほうれん草のテイストが強い気がする。
まあでも店それぞれによるので、どこかには日本の味のものもあるのだろう。
そういうわけで今日も今日とてカレーを食べている。
ここはホテルに併設されたカフェ。
目の前に置かれたカレーは、大好きなバターチキンだ。
これにライスとデザートと飲み物がついている。
カンッカンッカンッ
目の前でスプーンを持ったメテムが机を叩く。
「どうしたの、メテム」
「ん? お腹が空いたんだけど私のマトンカレーが来ないから憤ってる表現」
「んもう子供じゃないんだから……」
そんなやり取りをしながら、流石に僕だけカレーを食べるわけにもいかず、メテムのマトンカレーが来るのを待った。
程なくして良い匂いと共にようやくマトンカレーが届いた。
「んーん、この香りがたまらんね」
鼻を近づけ満足そうに呟くメテム。
「さあ、冷めないうちに食べよう食べよう」
そう言いながらメテムはスプーンをもって僕が食べる前にカレーを頬張った。
「しかしだね、これはなにかね」
カレーを口にいれながらメテムが呟く。
「どうしたの?」
「いやね、私たちはほらスプーン使って食べてるだろ?」
「そりゃそうだよ。流石に箸使って食べるわけ無いじゃん?」
「そんなくだらないこと言ってるんじゃなくてね、ユウキ、ここはインドだよ、インド」
「う、うん、分かるよ?」
「となると、どうやって食べるのが正解なのか分かるだろ?」
「え、正解って……」
嫌な予感がしたのと、メテムがスプーンを机に置いたのは同時だった。
「ま、まって、メテム!」
僕が止めるのも時すでに遅し。メテムは手を使って米をむんずと掴み、手を丸ごとカレーにつけた。
「あっつ――――!」
小さなカフェ全体にメテムの声が響く。そして机からこぼれ落ちるカレー……。
一瞬の間を置いて、何とも言えない表情でメテムが呟く。
「カ、カレーって、素手で掴むとかなり熱い……」
カフェを逃げるようにして出た僕たちはその足で併設されているホテルの部屋へと戻った。
今回泊まったホテルBloom roomsは大当たりの部類と言える。
オールド・デリーの駅から歩いて数分でたどり着くことができるし、何より驚嘆すべきはその外装・内装だ。
まるで北欧のフィンランド辺りにあるようなモダンな作りで、白をベースに黄を差し色とした色調はとてもインドとは思えない。
中庭ではミネラルウォーターが飲み放題だし、机や椅子もリラックスできる。
部屋も綺麗で、Wifiのシグナルも強く、ACも完備している。
拠点にするには申し分ないホテルだ。
カフェから戻った僕たちは、ベッドに腰を落とした。
「メテム、大丈夫?」
一応気になって声をかける。
「ん、大丈夫じゃない。熱いから手がヒリヒリしてる」
見てみると、手が若干赤みを帯びている。
というかどれだけカレーに手を突っ込んだらああなるのだろうか。
目の前で見ているにも関わらず、不思議でしょうがない。
「氷でもフロントでもらってこようか?」
「いや、いいよ。魔法で治す……」
と、そう言うやいなやメテムは魔法書を手に持ち何やら呟いた。
「……モニョモニョ……ヒール」
途端にメテムの右手が光に包まれる。
時間にして数秒程度だろう。
柔らかな光が消えていくと、赤くなっていた手は普段通りに戻っていた。
「便利だね、魔法」
「んっ」
「でも、ああいう無茶はしないでね」
「んっ」
軽く頷く。
その日はいつになくしおらしいメテムだった……。