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魔法使いと行く海外旅行  作者: ユウキ
南アジア編
1/48

プロローグ

挿絵(By みてみん)


「ユウキ、あそこ見ろ。チャイだ! チャイ売ってるぞ!」


 そう言うや否や、メテムは僕の腕を勢い良く引っ張り、屋台へと向かった。


「お、本当だ。これが本場のチャイかあ。しかし凄い作りだねえ」


 目の前にある屋台は、確かにインドのスパイシーな紅茶、チャイを売っているようだ。

 しかしその店構えは、僕らが想像するそれとは随分違う。

 屋台のおじさんの前には大きな大釜と小さな鍋が置いてあった。

 大釜には牛乳が大量に入っていて常に火がかかっている状態だ。

 そして小さな鍋にも牛乳が少量入っている。


挿絵(By みてみん)


 どうやって使うのかなと思っていたら、メテムが待ちきれないようにおじさんに話しかけた。


「おじさーん、チャイでしょ、これ。一杯幾ら?」


「ん? お嬢ちゃん、これは一杯十ルピー(二十円)だよ」


「十ルピー! 買う! 買う! 二杯頂戴!」


 目の前であっという間に交渉が成立した。

 二杯と言うのは言うまでもなく僕のだろう。

 こんな小汚いところで飲んでお腹でも壊さないかな……。

 色々と心配している僕を尻目に、おじさんは大釜に入っている牛乳を小さな鍋に少し移し替えた。

 それから手元にある茶葉を無造作に掴み、同じく小さな鍋に入れる。

 なるほど、ああやって作るのか。

 一応煮沸してる様だしこれならば問題無い……かな?

 そうこうしているうちに完全に煮え立ったようで、おじさんは器用に茶こしを使ってコップに移し、それを僕たちに手渡した。


「うーん、スパイシーで良い香り~」


 メテムが鼻を近づけて幸せそうに呟く。

 確かにそのチャイは日本ではあまり触れることのない香辛料の香りがする。

 ここにきてようやく僕は、日本から遠く離れた地、インドは首都デリーに辿り着いた事を実感した。


 僕の名前はユウキ。旅が大好きで、暇があったらバックパックを抱えてすぐに飛び出してしまう旅人だ。

 で、隣でチャイの匂いを嗅いでいる女の子がメテム。

 僕のパートナー。

 小柄な体格だが元気一杯で、赤いショートヘアーの髪の毛がいつも動いている。

 目は大きくクリクリしていて、鼻は高く、白い肌は透き通るぐらい綺麗だ。

 黙って立っている限りにおいては、外国人のモデルのように可愛い。

 年齢は……幾つかな。

 しっかりと聞いたことはないけれど、見た目的には十六歳とか十七歳の気がする。

 そんなメテムのトレードマークはいつも後生大事に持っている白い面妖なマスク。

 何より大切な代物のようで、腰に引っ掛けるなり手に持つなりして、片時も放すことがない。

 ただ実際に被るところは僕も数度しか見たことがない。

 本人曰くどうしても気合を入れないといけない時にだけ被るそうだ。

 そしてメテムを語る上で大切な事がある。

 まず彼女は日本人ではない。

 それどころか地球人と評するのも微妙なところだ。

 更に彼女にはとっておきの秘密があって、それは実は……。


「おまえ、何渋い顔してるんだよ」


「痛っ」


 突然頬をつねられ思わず驚きの声をあげてしまった。


「チャイ、それ飲まないの?」


 チャイ? ああ、忘れてた。僕は今チャイ屋にいるんだ。


「あ、うん、今飲む飲む」


 その刺激的な匂いのする液体を僕は口に含んだ。途端に口中に広がる甘い味わい。


「うわ、これ甘くて美味しい!」


「だろー、これ旨いよなあ。こんなのが十ルピーだなんて、毎日通っちゃうよなー」


「うんうん、メテム、これ毎日来ようよ。どうせホテルへの道中だし」


 オーバーではなくそれだけこのチャイは美味しかった。

 砂糖がたっぷり入ってるようでとにかく甘い。

 往路のフライトの疲れを取るにはこれぐらいがちょうど良い感じだ。

 じっくりと味わってたらまたしてもメテムの指が僕の頬をつまむ。


「ちょっと、痛いな。何よ、一体」


「なんかさ、食べ物持ってない? ハムとかチーズとか」


「え? ちょっと今インドに着いたばかりだよ。そんなの持ってるわけないじゃん」


「むー、お腹空いたなあ」


 そういうとメテムはお腹をさすった。

 なんとか食べ物を探したが流石にチャイ屋では手に入らなそうだ。

 さて、どうしよう。

 僕が困っていたところ、メテムが呟いた。


「よし、背に腹は代えられん。いっちょ作るか」


 そう言うとメテムはゴソゴソとカバンから一冊の本を取り出す。


「ちょ、ちょ、ちょっとまって。メテム、ここじゃやめて!」


 僕が慌てて制止しようとするも、メテムはお構いなしに本を開いて呟いた。


「ハム、でろよ、ハム、ハム。……それでは……モニョモニョ……クリエイトフード!!!」


 そうメテムが唱えると、メテムの眼前に強い光が一瞬だけ生まれ、すぐに収束していった。

 そしてその空間からは、一つの大きなハムの塊が飛び出て、メテムの膝の上に落ちた。


「やったー! 見ろ、一発でハムが出たぞ! ひゃっはー!」


「……はあ」


 そう、これが先程言いかけた事。

 メテムは実は……魔法使いなんだ。

 手に持った呪文書と、カバンにいれた秘薬を使って魔法を使うことができる。

 どこで生まれ育ったのかは知らないけれど、そんなどこにでもいない普通じゃない女の子。それが僕のメテムだ。


 メテムとの出会いは数ヶ月ほど前に遡る。

 忘れもしない、ちょうど長い冬が終わり少しずつ春の顔が見えかけていた頃だ。

 その日の僕はゆっくりと昼前まで眠った後、ブランチがてらに近場のタリーズでシュガードーナツとコーヒーをとっていた。

 生憎天気が雨だったので、天井のあるテラスに座り、路行く人を眺めていたのを覚えている。

 さて、今日は一日何しようか。

 そんな事を考えていると、気づくと、メテムが隣にいた。

 いつ近づいてきたのかすら分からない。

 形容するのも難しいのだが、本当に気づくとそこにいたのだ。

 中腰になって僕の顔の近くまで視点を下ろし、その澄んだ目でじっと僕を見つめていた。

 その顔は、何かを深く考えている、何かを強く探している、そんなとてもミステリアスな表情をしていた。

 表情だけでなく、格好も不思議なものだった。

 上半身は白いブラジャーのようなものだけを身につけ、下は黒い革のスカートを履いていた。

 手には黒い革の手袋をはめて、足元は黒いサンダルだ。

 これだけでも十分奇妙なのに、手に大きな茶色の本を持ち、極めつけに腰に変わった白いマスクをぶら下げていた。


挿絵(By みてみん)


 どこの国の人だろう。

 不思議に思ったのだけれどとっさに言葉が出てこなかった。

 そうしていると、メテムは僕に話しかけるでもなくその右手を僕の頭に向けて差し出した。

 それからその手がちょこんと額に触れる。


「な、何かな?」


 この時になってようやく言葉が出たのだが、それに対しての返答は無かった。

 その代わりにメテムは手に持った本を胸にかかえるような仕草をして、ブツブツと小さな声で何かを呟いた。


「あっ」


 思わず声が出る。

 額に触れていたメテムの手が内側から光を発し始めたのだ。

 その光りは徐々に強くなっていき、そして僕の頭まで広がっていった。

 その光に包まれた時、僕は妙な安らぎと、そして同時に運命めいた何か興奮に近いような感覚があった。

 表現は難しいのだが、簡単に言うと心に惹かれるものがあったのだ。

 その状態がどれぐらい続いたのか、実際は数秒なのだろうが、僕の頭のなかの感覚では数分ぐらい長く感じられた。

 徐々に頭の光が去っていき、メテムの手に収束していった。


「ふぅ~」


 ここでようやくメテムが一息をついた。

 それから先程のミステリアスな表情が一変し、顔全体を使って笑顔になった。


「ようやっと見つけたよ」


「え? 見つけた? 何が?」


 僕は思わず聞き返した。

 しかしメテムはその問いには答えなかった。

 代わりに僕の対面の椅子に乱暴に座った。


「いやー、長かった長かった。結構簡単に考えてたんだけど、この世界結構広いんだよなあ。あー疲れた」


「えーと……君は一体どなたかな?」


「ん、ああ、私はメテム。ちょっとした用があって来たんだよ、この世界に」


 世界? 日本ということだろうか。しかし妙な表現だ。


「まあさ、それについては追々話すよ。ところで名前はなんていうの? 何て呼べばいい?」


「僕? 僕は……ユウキだよ。皆もそう呼んでる」


「ユウキ。そうか、ユウキって呼ぶのか。しつこいようだけど、ようやっと会えた。……あ、そうそう、ユウキ、早速で悪いんだけど、コーヒー買ってきてもらえない? ホットで。あと甘いものでもあれば嬉しいなあ」


「え、コーヒー? というか君は本当に誰?」


「いいからいいから。疲れたから一息いれさせてよ。あとでちゃんと話すから。とにかく疲れて疲れて」


 そう言うとメテムは椅子に腰を浅めに座り直し横たわるような姿勢をとった。どうやらもう僕にはコーヒーを買うという選択肢しかないようだ。

 コーヒーとクッキーを買ってくると、メテムは嬉しそうにゆっくりと口に入れた。


「……ズズ……やっぱ疲れた時はさ……ズズ……コーヒーと甘いものに……ポリポリ……限るね……」


「う、うん、気持ちは分かる」


「……ズズ……それでさ……ズズ……君に会いに来たわけなんだけど……ズズ……実は結構深い話なのよ……ポリポリ……」


「メ、メテム。メテム」


「ん?」


「話は食べてからでいいよ。今日は特に予定ないし、ゆっくりで問題ないからさ」


「そう? んじゃもうちょっと待ってもらえる?」


 そういうとメテムは本当に時間をかけてコーヒーとクッキーを腹に収めた。その姿はまるで何かの餌を探し、ようやく見つけて食べている小動物のようだった。


「ふぅ~、おまたせ」


 食べ終わって満足したのか、一息つきながらメテムが口を開いた。


「ユウキ、どこまで話したっけ」


「どこまでって何も話してないよ」


「そうだっけ。ええと、んじゃそうだね。私はメテム。なんでこの世界に来たのかっていうとだね、私は自分の片割れと、そして自分の場所を探しにきたのよ」


「?」


「ああ、分からないか。なんていうかな、私のもといた世界でさ、私は常に心の半分がどこかにある気がしてたのよ。そしていつの日かそれを見つけなければならないなって思ってたの。これはもう物心ついた時から心に抱えていた思いでさ。自分の片割れを探す事。そして同時にどこかに自分だけの場所が存在していることも気づいてたの。どこかは分からない。けれどどこかに自分がいくためだけにある場所がある、それだけは分かるって。で、悶々としてたんだけど、ようやっと探す旅にでかけたってわけ」


「……」


「ああん、分からないかな。まあとにかく自分だけの片割れと場所を探してるってわけ。分かる?」


「う、うーん、分かるような分からないような。分かるといえば分かるけど、それを納得して受け入れてるかというとそうでもない、かな?」


「まあ今はそれでいいよ。で、この片割れと場所を探す旅に出たんだけど、これがまた大変でさ、世界中どこを探しても見つかる気がしないのよ。感覚が言ってるの。この近くにはいないって。でさ、ジャングルの街だの騎士の街だの散々歩きまわり、氷で出来たダンジョンから闇に支配されてるダンジョンまで探した時にやっと確信したのよ。今の世界にはいないって。それからまた苦労して苦労してこの世界を見つけ出し、これまた苦労して苦労してやってきたってわけ」


「騎士の街? ダンジョン?」


「うんうん、で、この世界に来た時に、すぐに私の魔力が反応したの。ここに片割れがいるって。それから後は結構簡単。魔力に導かれながら日本へ来て、今こうやって君を見つけたってわけ」


「なるほど」


「そう、分かった?」


「なるほど、分からん」


「ズコーッ」


「全く理解し難いのだけれど、でも先程君が見せた光りで、何となく言いたいことは分かる」


「お、そう?」


「うん。君が長い間探し求めていたパートナーは、つまり僕なんだね?」


「うん、ユウキ。君だよ。君が私の片割れ。これだけは間違いない」


 そう言うとメテムはまたその澄んだ目に力を込め、僕をまっすぐ見つめた。今度は僕も臆すること無く向かい合う。


「……正直、突拍子もないことだから頭では理解が追いついてない部分はある。でも感覚ではすでに完全に受け入れてるんだ」


「良かった」


「それで、君は自分だけの場所を探しているんだね?」


「うんうん」


「そこに僕ら二人で向かわないといけない」


「そうそう」


「よし、分かったよメテム。ちょうど暇をしていたところだ。旅行自体は僕も好きだし、この世界のどこかにある僕らの街へ旅立とうじゃないの」


「お、そりゃ話が早くて分かりやすいね。どう説得しようか悩んでたとこなの」


「いやメテム、君説得するつもりあんまなかったでしょ。もう結構最初の段階で無理やり納得させようとしてなかった?」


「あはは、分かる?」


 そう言うとメテムはキシシと笑った。


「よし、それじゃ具体的に僕はどうしたらいいかな。旅に出るってのは分かるけど、大体の場所は掴んでるの?」


「それがさっぱり。ユウキは見つけられたんだけど、どこに向かうのかは皆目つかない。多分この世界にあるんだろうけど、もしかしたら場所は場所で違う世界にあるかもしれないし……」


「そか、その違う世界ってのがいまいち分からないんだけど……」


「ああ、違う世界ってのはね、私がもともといた世界ってのは……」


「あ、いやいや、説明は今はいいよ。言われても分からないと思うし。まあんじゃ片っ端から世界を回ろう。なに、いつか見つかるよ。君のいうこの世界に無かったとしても、他の世界を旅するんでもいいし。それはそれで楽しそうだ」


「うんうん、世界中歩いたら見つかるよ」


「だね、んじゃ手始めはどこかな……。旅人が最後に集まる場所、人生を見つける場所と呼ばれるインドとかどうだろ?」


「インド? ああ、聞いたことあるな。人が多いとこだっけ」


「うん、カレーも美味しいし、タージ・マハルもあるし。何より聖なるガンジス川があるよ」


「いいね。よし、んじゃそこから行こう!」


 そう言うと僕たちは立ち上がり、二人でしっかりと手を握りしめて、旅へ向けて動き出した。お互い心の片割れをもう二度と離さないように。


挿絵(By みてみん)


 この物語は、ここインドのデリーから始まる。一人のやんちゃな魔法使いと共に。

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