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先ほど国塚はいじめの映像を真っ赤な嘘と言ってしまったが、別にその事実がなかったわけではない。と言っても犬飼は了承の上で、いつもと違うエキサイティングな生活ができてよかったなどとのたまっており、小杉グループの面々も小杉がやろうとしていることに同調し、犬飼が了承しているならやろうじゃないか、という意気込みで取り込んでいたようだった。と言ってもやっている最中の罪悪感は当然ながら相当の物で、犬飼の話によれば、面談が取り付けられた途端数分と経たずに全員総出で謝りに来たらしい。誰も結果として傷ついてはいない? ようであるので、親同士の対話もなくこのいじめはいつの間にやら終わってしまった。
そこで疑問になるのが柊なのだが、柊は完全にとばっちりを食らっている状態らしく、可能な限り柊には手を出さないように小杉たちがしているにもかかわらず、勝手に関わろうとしてくるので仕方なく犬飼と一緒の時だけはいじめている状態になってしまった。
あの後裕子は小杉から事情の説明を受け、まるで魂が抜けたかのように安心して脱力していたが、その後こっぴどく小杉を叱っていた。小杉は「最近叱られることが全くなかったので、叱られることが快感だなんて初めて知った」などと供述しており、ドMの片鱗をちらつかせ始めていたが、教師と言えど生徒の嗜好にまで首を突っ込めるわけではないので彼が常識人になれるよう心から国塚は祈った。
そして叱られ終わった後、小杉は裕子を連れて国塚の元に来て、先生が犬飼に教えたらしい、胸に手を当ててずっと忘れないようにする奴を教えてください、と言ってきた。なるほど、犬飼と小杉が通じ合っていたならそれを知っていても不自然ではない。国塚は喜んでそのやり方を教えた。
「母さん、これでその想いを忘れるのが許されるのは母さんが認知症になった時だけだから」
「まだならないからたぶん大丈夫ね。後更年期になっても忘れさせて」
「いや更年期は切れたりしやすいっていうけど流石にそれは駄目でしょ……」
「ええぇ……」
「難しいなあ」と呟きながら学校から歩き去っていく裕子の顔には、だがしっかりと心に小杉の伝えたかったものを刻み込もうという意思が感じられて国塚は胸を撫で下ろした。
「いやあ、終わりましたね国塚先生」
日向がほっと溜息を付きながら言う。
学校の来客用の玄関に矢川、国塚、日向、鉄が並びながら立って二人の去り際を見送っていた。厳密に言うと日向は国塚にしがみついていたため、立っていたとカウントすることはできないかもしれないが。
「二人ともいつも仲良しですよねえ。私も交じっていいですか?」
「「…………」」
「日向先生、鉄君あまりひかないで、矢川先生はこういう反応に困ることをばんばん言うから」
「それは私の名誉を挽回するどころか返上してくれていますね……」
ひじきみたいな目を細めながらはっはっはと矢川は笑う。
「しかし、まんまと騙されましたねえ……。盗撮盗聴も辞さずに頑張ったのに、全て手のひらの上で踊らされていただけだったとは」
「あれ、矢川先生盗撮マニアなんですか情報交換しましょうよ」
「突然瞳がキラキラしだしましたねえ、日向先生……」
「いやいや、矢川先生そんな反応に困ること言わなくていいですから。ささ、答えはどっちですか?」
「むしろ日向先生の言葉の方がことごとく反応に困る気がするんですがねえ……」
「日向先生はいつもこんな感じなので……。と言っても趣味が盗撮で扱いづらいことこの上ない人間性……。お二人ともお似合いじゃないですか? 日向先生私じゃなくて矢川先生にこれから抱き着いたらどうですか?」
「絶対拒絶です」
「無理ですを随分と強い意味合いにして言われてしまいましたねえ……」
それからまたどやどやとうるさく会話が行われる。誰もかれもその場にいた教員全員が背負わされていた重荷を取り外してもらえた気分で口が軽くなっているようだった。思いの外後味の良い終わり方のおかげで今まですっきりと笑えなかった分を取り戻すように、にぎやかに笑い声を飛ばし合う。その日ばかりは国塚も機嫌がよかったのか、日向にぎゅうっと抱き着かれても嫌な顔一つせず引きはがしにかかっていた。今までは工場でみっちり五、六時間ほど単調作業を繰り返した後みたいに疲れきった嫌な顔をして引きはがそうとしていたので、それに比べるとその進化はめざましいものがある。
ひとしきり自由に話し終わって満足したのか、日向と鉄はその場を去って職員室へと戻った。国塚は何となく矢川に聞いておきたいことがあったのでその場に残っていると、矢川もそれを知ってか知らずか分からないが、そこへ留まっていた。
国塚はなんともなしに矢川に話を振る。
「ところで、矢川先生はなんで盗撮や盗聴みたいな凄い発想を思いついたんですか? 正直私では考えがそこに至ることはなかったと思うんですが」
「うんー、難しい質問ですねえ。別にそういうものは思いつくときに思いつくものだと思いますが。ですが、私に限って言えば私が突然そういう事をしようと思い立ったわけではありません。きっかけはありましたよ」
「どんなものですか?」
「ある本を読みましてねえ。完全いじめ対策マニュアル? とかなんだったかな。そういう本をたまたま書店で見つけて読んでみまして。そこには、いじめに立ち向かうためには家族がそれこそ盗撮盗聴を率先してやるぐらいの徹底した覚悟を持たなければならない、みたいなことも書いてありましてねえ。私はそれに痛く感動して、自分もそういう風に覚悟をもっていじめに立ち向かえるような教師になりたいと、ふとこの年になって思いまして」
矢川はひじきのような目をさらに細めながらどこか遠くを見ながら言う。矢川の目にはきっとまだ辿り着き切れていないような教師の理想像という物があり、その境地へと繋がる道に対して視線を送っているのだろう。国塚も矢川と同じ方向を眺めてみるが、そこには依然いつもと変わらぬ学校の光景しか目に映らず、見ている世界の違いを思い知らされて苦笑いを浮かべてしまう。亀の甲より年の功とはよく言ったものだ。先人の洞察の深さに感慨深い思いを感じずにはおれない。ただ、時には伊達に年を取っただけの人間もいるのがまた難しい所ではあるのだが。
「ところで国塚先生」
妙なことに考え浸っているところに矢川が声を掛けてきたので、国塚は顔を矢川の方に向けて視線で答える。
「国塚先生は土日の休みのような日まで当然の如く生徒のために骨を折って活動していらっしゃる。本当に殊勝な態度で私も国塚先生から学ぶことは多いです。ですがまあ、無粋な話になってしまいますが、そこまで自分自身の休憩の時間を大切にしないとなると、結婚した時に教師の仕事と両立しながらちゃんと家庭を支えることができるのか非常に心配なのですが、その辺はどうなのですか? 結婚のご予定などあるのでしょうか?」
「ああ、なるほど。確かにそうですね。ですがまあ、もし結婚しようと思ったらその時はその時で考えるだけですよ」
国塚はそれだけ答える。矢川ははっはっはと愉快そうに笑い、それもそうですねえ、とだけ言って、それ以上の言葉を継ぐことはなかった。
実際矢川の指摘はもっともで、国塚自身結婚については一家言があった。結婚願望は今の所国塚にはないが、これからもあまり持ちたい感情ではないなと個人的には思っていた。子育てという経験は恐らく何もにも代えがたいほど素晴らしいものだが、それと同じぐらい思春期の子供たちを導き続けるのも素晴らしい事だろうと国塚は考えていた。自分自身の子供一人を清く正しく育てるのではなく、一つの中学校に入ってきてくれたすべての子供たちに清く正しい生き方を示したい。それが国塚の願いだった。国塚にとっては中学校のすべての生徒たちが子供の様に可愛い存在だったのだ。しかも時代を越えて何世代にもわたって子供たちと繋がり続けることができ、世代が変わるたびにまた全く違う子どもたちと出会うことができる。それは国塚にとっては、遊園地のアトラクションで遊んだりするのと同じくらい、あるはそれ以上に面白いことだった。それぞれの子供の個性に合わせて自分も感性を磨かなければならないし、それで磨かれた感性は自分自身の成長にもつながる。誰かが言っていた通り、子供と一緒に成長できるというこの仕事に、言ってしまえば国塚は惚れ込んでいたのかもしれない。
そうやって自分自身の思想を改めて見つめ直していると、矢川が静かに断りを入れてその場を離れていく。
国塚は空を見上げてみた。時刻は午後五時ごろ。七月なのでまだ日は高い。眩しいくらい澄み渡った空には、ひょっとしたらこの空を見上げる子供たちの純粋な思いもいっぱい溶け込んでいるから、こんなにも透明なのかもしれないとふと思った。
* *
田中は教室の中でただ静かに犬飼と柊が来るのを待っていた。柊が学校に来なかった日からは土日を挟んだ後の月曜日である。今日の小杉たちはいつもより数段元気がよく、わあわあと騒いではいるが今のところ犬飼の机に悪質ないたずらを仕掛けたりするつもりはないらしい。
田中はひとまず安心して手元の二枚にわたる紙に目をやる。ひょっとしたらこの紙がいじめの状況を一気にひっくり返してくれるかもしれない、という期待が田中にはあった。田中は左右の生徒たちと喋ることが多く、グループを形成しているのだが、その二人もその紙を見て何やら意味深に頷き、田中たちの勝利を確信しているような様子だった。ふと周りに目をやってみると、そこかしこから田中に対する奇異の視線のようなものを感じる。いつだって時代に先んじて特殊なことを提案した人間は迫害されてきたが、田中もそこまで程度は激しくないものの、歴代の偉人が置かれていたような環境に置かれているのかもしれない。
そして相変わらずHRが始まる時間のすぐ前頃に犬飼と柊は教室に入ってきた。田中の目から見ると、柊は心なしかげっそりとしているようにも見える。これから降りかかってくる天誅よりも理不尽な攻撃に気を揉んでいるのかもしれない。
時を待たずしてホームルームが始まり、まるでその時間が一瞬で終わったかのように錯覚するほど、田中にはホームルームが早く終わった気がした。興奮状態が続いていると時間の感じ方が早くなったり遅くなったりするような話を聞いたことがあるが、今回のもそれと同様の感覚なのかもしれない。
矢川が連絡事項を伝え終わるとしずしずと教室を去る。そして一時間目の授業への準備のための十分弱ほどの休憩が入る。田中はさっと立ち上がって小杉の元へ向かい、逆転の紙を叩きつけるつもりだった。だが、思うように体が動かない。足は正座をしていた後の様に痺れた感覚が突然這い上がってきて、その感覚がついに心臓を掴み、勢い余って心臓さえも麻痺させてしまいそうな気がした。その痺れの正体は田中にも何となく理解できた。脳が本能的に小杉に接近するのを恐れているに違いない。その紙を提出しても相手が強く出てきてそのまま田中に攻撃的に襲い掛かってきてしまったら? その光景を目の当たりにしてしまったら逆転の紙に思いを託した生徒たちは萎縮してしまわないだろうか? 小杉たちが犬飼に暴力を振るっているところを見たことはないが、それはこれからも誰かに暴力を振るわない、ということを確約する物ではない。
田中の両隣の二人が田中をじっと見つめてくる。田中はそれに頷きを返すものの、依然として足は石化してしまったかのように重く、動く気配を見せない。まさかこの程度のことがここまで怖いとは。一枚の紙をすぐそばにいる人間の前に提示するだけですべて終わるはずなのに、それで終わりきる保証がないのがこれほども行動をためらわせるとは。両隣の二人は勝利を確信しているような素振りを見せたが、行動を起こす田中本人が突然思い当った可能性に怖気づいてしまっているのでは何も始まりはしない。
勝利が遠のく音は意外なところから響いてきた。
小杉たちのグループ全員が颯爽と立ち上がり、地を裂くように床を叩きながら前進を始める。
犬飼の元へ向かっていた。
田中は全力で足に指令を送るが、肝心の司令塔がその指令を出すのを拒んでいるらしかった。足は相変わらず前へ動こうとする気配はなく、申し訳程度の武者震いを繰り返すだけだった。田中は腿をぐわりと肉が引きちぎれるほど握りしめるが、その足の武者震いは止まることはなく、じわじわと田中の爪を皮膚に食い込ませてくる。周りからの視線も感じるが、それはもう奇異の視線などではなく、腐敗臭を放つ生ごみを見るような恨めしい視線や、地を這うゴキブリを見るような侮蔑の視線でしかなかった。結局は何もしないのか。結局は何もできないじゃないか。そういう非難の言葉がどこからともなく現れて耳の中でこだまする。ひょっとすると自分自身が口の中で、自分を諌めるために呟いた言葉がだったかもしれないが、もうその言葉に自分自身を奮い立たせるだけの力はなく、ただ武者震いと共に足から動く力を奪っていっただけだった。
確かにこのタイミングを逃してもまだタイミングはある、という言い訳だけを田中は心の中で唱えて、ただぼんやりと犬飼の方を見るとそこには犬飼の姿はなかった。そして視界の中で多くの生徒がきょとんとした様子で黒板の方を見ているのを確認し、田中は力なくそちらへ視線を動かす。そして視線を動かした先で田中は言葉を失った。
犬飼、柊、そして小杉たちが七人一列に並び、黒板の前に佇んでいた。
そして本当になぜだか、一斉に頭を下げて、
「教室の雰囲気を悪くしてすみませんでしたッ!」
と同時に言い放ち、九十度ほど角度を付けたかなり極端な礼を行ったのだ。そして狙ったのかそうでないのか、小杉の友達の一人は教卓にごつっと頭をぶつけて鈍い音を立てた。
声に宿るびりびりとした波動のような力が教室中を震わせる。誰もがただただ首を傾げることしかできなかった。そして、誰もが小杉の友達の無様な有様に笑いを零しそうになっていたが、いじめグループの面々のミスに対して笑い声を上げればほぼ間違いなくいじめの対象に組み込まれるので、誰もが笑いを顔にも浮かべず、ただ必死に飲み下そうとしていた。
「俺たち今まで仲良く一方的なコミュニケーションしか取ってこなかったんだけど、これからは仲良く両方向的なコミュニケーションを取っていきたいと思います」
「いや、絶対今までは仲良くなかっただろ。椅子に画鋲をくっつけて仲を深めるってどういうコミュニケーション? 溝しか深めれないんだけど?」
「まあでも、俺と信司は小杉の仲立ちがあったおかげでさらに仲を深められたけどな」
「まあどっちかっていうと『仲を断絶する』っていう意味合いの仲断ちだけどな」
突然始まる小杉と犬飼、柊らによる漫才にクラス中は、話に出てきている彼らの溝よりも遥かに大きい溝を七人との間に感じていたが、思わず、といった感じで二、三人が笑いを零してしまう。未だに多くの人間は何が起きているのか把握できておらず、笑っていい場面なのかどうかを理解できていない様子だった。
「俺たち、仲直りしました」
その一言と共に七人は一斉に肩を組む。そして戦隊物のヒーローが決め台詞を言った後の様に爽やかな笑顔を全員で浮かべて、ことここに至って、何が起きたのかはさっぱりだが仲直りが実現されたことをクラス全員が認めたようで、「どういうこと?」「まあ、まあ明るい部屋になるんならそれでいいよな」「お前らの将来が不安すぎて夜しか眠れなかったわ……」「それ普通なんだよなあ……」という誰でもない声が飛びあい、なんというか、実に中学生らしい雰囲気の喧騒が巻き起こった。
そして誰も気づかなかった仲直りの真相は、誰も気にしない方がいいのではないかという見解に多くの人間がなったのだろう、その後は何事もなくただいつも通り、いや、いつもよりは数段賑やかに教室が声で染まっていった。と言っても、犬飼や柊に対して少なからず冷徹な対応を取ってしまっていた生徒たちは、彼ら自身から犬飼や柊には関わり辛く、まだその距離感を計りかねているようだった。また小杉たちの方もしかりで、グループ内は極めてごく自然に回っているが、周りからは彼らに声を掛けるものは誰もいない。当然ながらいじめグループだったので、まだ見せていない凶悪さが隠れているのではないか、という本能的な恐怖を感じずにはいられないのだろう。
だが、犬飼や柊が積極的に周りに話に行ったり、あるいは小杉のグループのさっき机に頭をぶつけていた奴が、今度は地面に頭をぶつけて土下座しながら他の生徒たちに喋ってくれるよう懇願している様子を見ると、その距離感も遅かれ早かれ埋まりそうである。
田中は何が起きたのか未だによく分かっていないが、それでも足が自由に動かせるようになったのを鑑みれば、きっとすべて終わったのだと思えた。田中の両隣の生徒も、「一時はどうなることかと思ったな」「岩月が頭をぶつけたときはちょっと笑いかけたわ」と普通に会話を開始したので、田中もその話に交じる。
そしてそうやって言葉を交わしながら、会話の切れ目に手元の紙に視線をやる。そこには小杉グループを除くすべてのそのクラスの生徒たちの手書きの署名があった。「私は犬飼、柊君のために他の生徒たちと協力し、数の暴力をもって小杉たちに立ち向かいます」という恐ろしい文言の元団結することを誓い合った署名だった。
国塚と別れた後、田中はクラスの面々にメッセージを飛ばしまくり、とにかく早くこの署名を集めていた。文言の中にもある通り、数さえこちらが揃えてしまえばたとえいじめグループが五人で暴力を振るってきたとしても、残りの二十人で五人をボコればいいだけの話である。普通のクラスではそれがなしえないのは、ただ単純にお互いに立ち上がって同時に協力ができるだけの確証がないから。自分だけが立ち上がって、他の人が見捨ててきたら自分は孤立して恐らくいじめの渦中の張本人になるだけだから。そういう危惧を田中は感じとり、全員の団結を促すための署名を作った。この後ろ盾があれば、みんなが少なくとも何も約束していないときよりは協力を前提に動くことができると考えたからだ。
結局この紙は役に立つことはなかった。
この三年生の内にこれが役に立つ日が来ることももうないかもしれない。
だが、将来この中から教員が出ようものなら。あるいは親となるような存在が現れたなら。
この方法を広く生徒たちに、子供たちに伝えてみる人も現れるのかもしれない。
そうやって何かしらいじめに対して行動を起こそうとした田中は、理由を持って正しく怖気づいたところも含め、冷静沈着で格好いいヒーローだったのだろう。
* *
以上が思わぬ結末を迎えた我が校のいじめ事件のことの顛末だった。最初こそ戦慄の事件が学校で発生してしまった、と不安な気持ちでいっぱいだったけど、その過程を通じて色々な先生のいじめへの向き合い方や、生徒たちの純粋な強さなど、学べることも本当にたくさんあった気がする。
今回のはたまたま小杉君が良い子だったせいで暴力を伴わず、また基本的に誰も傷つけず(被害者約一名、柊君)何事もなくいじめが終息したけど、正真正銘の悪意だけでできたいじめはきっとこれよりももっと恐ろしい顛末が待っているんだろうと思う。
ただ、そういうときでも忘れてはいけないのは子供や友達を助けようという不屈の心に他ならないんだと思う。矢川先生がうろ覚えで言っていた、あの書物、どうやら正確なタイトルは『完全いじめ撃退マニュアル』みたい。その内容を見れば証拠集めの大切さやノウハウなども詰まっていて、きっとそういう事件に直面したときに役に立つと思う。
いじめへの立ち向かい方は人それぞれ。私がやったように外で居場所を作るというものも、矢川先生がやったように徹底的に叩くための材料を集めるというのも、柊君がやったように学校の中で居場所を作りつつ共に戦うというのも、田中君がやったように大人数を動員していじめに立ち向かえるような下地を作ることも。どれもこれもいじめへの立ち向かい方に違いない。
そうやっていじめへの立ち向かい方を考えてくれる人が増えて、いじめを減らしていくことができれば。きっと世界はもっと素晴らしいものになりそうな気がした。
了




