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紅の焔薙ぎ  作者: 藍原ソラ
第三章:風使いの焔薙ぎ
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第一話:関心

 繁華街の路地裏にぱらりと紙をめくる音が響く。

「ええっと……何だっけ、この単語の意味……。うーん……」

 自作の単語帳を片手に、朱鳥は眉をしかめつつぶつぶつと呟いた。

路地裏なので、街灯の光は射さないものの、煌々と輝くネオンやビルの窓から零れる明かりのおかげで、手元の単語帳を見るのに苦はない。

「……何をしているのだ?」

朱鳥の頭上から不思議そうな声音が降ってきた。フェンスの上に止まっている紅蓮だ。

声音から想像するに、紅蓮はきっと器用に首を傾げているのだろうと思いつつ、朱鳥はそちらを見ずに答える。

「英単語の暗記。明日小テストあるの。……あ、分かった、人口だ、人口」

 ぱらりと紙をめくって正解を見た朱鳥の顔がぱっと輝く。

「せいかーい」

 そんな朱鳥を覗き込んで、刀夜がしみじみと呟く。

「おー、学生は大変だなぁ」

その言葉の内容にひっかかりを覚えた朱鳥は顔を上げた。

「……あんた、十九歳だったわよね?」

「あ? そうだけど?」

「……学校は行ってないの?」

公には職業として認められていない焔薙ぎは、準国家公務員のような扱いであるものの、実際には副業のようなものだ。進学も就職も、焔薙ぎの任務に支障がない限り、特に制限されてはいない。

十九歳なら進学していてもおかしくはないのだが、刀夜の口ぶりからすると学生ではないように感じた。

そう思って尋ねると、刀夜はあっさり頷く。

「あー、行ってねーな。そもそも受験してねーし」

「……そうなんだ。じゃあ、働いてるってこと? 焔薙ぎの収入だけじゃ、生活は厳しいって聞くけど」

 焔薙ぎの給料は基本的には時給制だ。焔魔を討伐するとそれにプラスで報奨金が支払われる仕組みだ。正直に言って毎晩夜警をしたとしても、焔薙ぎの給料だけでは生活をしていくのは厳しい。

「フツーは厳しいな。まあ、この町の担当になってからは、そこそこ収入あるけど」

 朱鳥の祖母曰く、この町は今焔魔が出現しやすいらしい。確かに、他の地域よりも焔魔の出現率は高いように思う。その分、確かに収入は上がるだろうけど、今の状態はイレギュラーであり、焔薙ぎの仕事だけでは食べていけないことに変わりはない。

「前いた所ではフリーターしてた。今は、師匠の知り合いの仕事を手伝ってる」

 朱鳥が何を聞こうとしてるのかくらい、刀夜にはお見通しだったのだろう。朱鳥が口を開く前に、刀夜はそう言った。

「へえ……」

 そろそろ進路希望の紙を学校に提出しなければならない朱鳥としては、なかなか興味深い話題だ。焔薙ぎになること以外は深く考えておらず、何の疑問も持たずに進学するつもりだった朱鳥にとって、進学しなかった焔薙ぎの存在は新鮮だ。

「ねえ、何で進学しなかったの?」

 刀夜は腕時計に視線を落とし、時間を確かめてから、ちらりと朱鳥を見る。

「あ~、師匠からは学費は高校までしか出さない、進学したいなら自力で稼げって言われてたし、そこまでして勉強したいこともなかったしなぁ」

「……え?」

 何故、刀夜の師匠である安曇が学費を出すというのだろう。

 朱鳥とて、刀夜の事も安曇の事もよく知っているわけではない。けれど、安曇の年齢は三十に届くか届かないかくらいだという。刀夜の親というには若すぎる年齢だ。

 血縁関係がないとまでは断定できないが、少なくとも刀夜の扶養義務はないだろう。

 そこまで考えたところで、ふと師匠が保護者になりえる可能性を思いついて、朱鳥は口を閉ざした。

 特殊な武器や能力を使って焔魔を滅する焔薙ぎ。朱鳥は武器を使用する焔薙ぎだが、刀夜は風を使うという異能によって焔魔を滅ぼす焔薙ぎだ。

 例えば、その異能が刀夜のみに発現したら、周りの人間はどう思うだろうか。畏怖の目で見られたり、拒絶されたり、縁を切られる場合だってあるのではないだろうか。

 いや、離別だとは限らない。死別している可能性だってある。どちらにしても、話していて楽しくないことには違いない。

 朱鳥はちらりと刀夜を見上げると、その視線に気付いた刀夜が苦笑した。

「……一応言っておくけど、俺天涯孤独ってヤツだから。ちなみに、能力は後天性なものだから。能力で虐げられたから性格悪いんでしょとか言わないよーに」

 いつもの軽い調子で刀夜はそう言うが、朱鳥はどう返せばいいのか分からない。

「……言わないわよ、そんなこと」

 そう言うと、刀夜は数度瞬いて、苦笑した。

「そんなしおらしい顔、らしくねぇぞ~。いっつも憎まれ口叩いてんのに」

「……誰のせいだと思ってんのよ」

 刀夜がこんな雰囲気を望んでいないのも、過去に踏み込まれたくないのも分かった。

朱鳥だって、人の事情に土足で踏み込むほど無神経ではない。たとえそれが、嫌いな人物であろうとも、だ。

 なので、自分が興味のあることだけを尋ねることにする。

「能力って後天性のものなんだ。……能力は風よね?」

「お? 興味深々だな~。未来の旦那に興味わいてきた?」

 にやりと笑ってそんな風に言う刀夜を、朱鳥は冷めた目で見つめた。

「あんたの焔薙ぎとしての能力と安曇さんには興味あるけど、あんた自身には欠片も興味ないわ」

「え~!? 朱鳥ちゃん冷たいっ!」

「ちゃん付けで呼ぶな! 気持ち悪いっ!! ……で?」

「で? って何だよ?」

「どうして能力に目覚めたの?」

 食い下がる朱鳥に、刀夜がふっと視線をそむける。

「……名前には力があるって言うだろ?」

「……言うわね」

「で、俺の名前なんだが……覚えてる?」

「飛崎刀夜、でしょう?」

 それがどうしたというのだろう。そう思いながらも、朱鳥はきちんと答えた。

「そう。……で、師匠がな、お前の名字には飛ぶという字が入っている! つまりお前は飛べるはずだ! 鳥になれ! 風になれ! 飛べーっ!! ……って言われて、五メートルあるかないかくらいの崖から突き落とされたりした」

「え」

「まあ、足にいつの間にかゴム括り付けられてたり、下にクッションみたいなのが置いてあったり、それなりに安全対策はしてたみたいだけど。でも、いつ突き飛ばされるか分からないからな。あれ怖いぞ~。んで、何回も落とされてるうちに、気付いたら風使って宙に浮いてた」

「……おお……」

 それ以上の言葉が出てこなくて、朱鳥は黙り込んだ。

 なんというか、壮絶というかかなりスパルタな修行風景だ。

安曇の名はこの業界では有名だが、朱鳥に面識はない。女性ながら最強の焔薙ぎと呼ばれる安曇に、尊敬と憧れの念を抱いて来たのだが、安曇は一体どういう人物なのだろうか。謎だ。

「……まあ、刀夜だから刀になれ! とか言われなくてよかったじゃない」

 遠い目をしたままの刀夜に、朱鳥は声をかけるが、よく考えるとまったくフォローになってない気がする。

 案の定、刀夜からは半眼を向けられた。

「……フォローになってねーよ」

 その時、ばさりと大きな羽音がした。

「刀夜殿、小娘」

 その声音が微かに緊張している。

「そろそろだ」

 何が、とは刀夜も朱鳥も尋ねない。焔魔だと分かっているからだ。

 そもそも二人の目的は焔薙ぎなのだから、紅蓮の呼びかけだけで意図が分かるのも当然だ。今日は珍しく話に花が咲いたが、二人の目的は無駄話ではない。

 今回の焔魔は紅蓮が見回りをしている時に発見した焔魔だ。まだその存在は弱く、ニュースになるような騒ぎは起こしていない。

 町を見回り、焔魔が騒ぎを起こす前に焔魔を滅することも焔薙ぎの仕事だ。

 朱鳥は単語帳をポケットに押し込んで、フェンスに立てかけてあった剣の柄を手に取る。

 そして、剣を鞘から抜くと、すうっと息を吸ったのだった。

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