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紅の焔薙ぎ  作者: 藍原ソラ
第二章:女子高生の焔薙ぎ
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第四話:共闘

 朱鳥たちの目の前に現れた焔魔が、生き物の形を象る。生前の姿に近くなるはずの姿だが、炎が揺らめいて何の動物だかはっきりとしない。

「……猫、かな。大きさから見ると」

「イタチとかかもしれないぞ。……力が弱いヤツはこういう風に、形がとれなくなるからな」

 焔魔の強さは、炎の色やどれだけ生前に近い姿を象れるかである程度推し量ることが出来る。もちろん、何が起こるか分からない焔魔との戦いにおいて、力の強さだけで相手のを判断することは危険だ。けれど、ある程度の目安にはなる。

 焔魔は朱鳥達を睨み付けるかのようにこちらを見たまま、動かない。こちらがどういう存在なのかを本能で理解しているのだろう。強く警戒している気配がひしひしと伝わってくる。

 朱鳥は焔魔を見据えたまま、剣を構えた。細く深く息を吸い、ゆっくりと吐きだす。

 緊張はしているが、前のように身体が固くなるようなことにはなっていない。じりっと焔魔との間合いを詰めようとした、その瞬間。

 焔魔が口から焔の塊を吐いた。その塊はまっすぐ朱鳥の方に飛んでくる。朱鳥は強く地面を蹴ると、焔魔に向って走りながら剣を真横に振った。それだけで、炎の塊がふっと消えた。

 破邪退魔の力を持つこの剣は、弱い炎ならばかき消すくらいの力が込められているのだ。

 炎が消えたのを見た焔魔の動きが、一瞬止まる。

 朱鳥は剣を構えつつ、焔魔との距離を縮める。そうして焔魔を斬ろうと剣を構えたその時、焔魔の両足に力がこもり、力強く跳躍した。――後方に。

「!? 逃げるのっ!?」

 朱鳥は思わず足を止めた。三対一で形勢不利と悟ったらしい焔魔は、朱鳥達から離れる方向に跳躍したのだ。

「紅蓮っ!」

 刀夜の声に反応して、紅蓮が風を切るように焔魔へと向かう。そして今まさに公園の敷地外に出ようとしていた焔魔を、翼で地面に叩き落とした。

「朱鳥、追いかけろ! ぼけっとすんなよ!?」

「し、してない!」

 そう言いつつ、朱鳥は焔魔に向って走る。

 ぼけっとしてなどいないけれど、予想外の展開にうまくついていけず対応できない自分がいる。それが、もどかしい。実戦に慣れていないことは言い訳にもならない。朱鳥は既に焔薙ぎであり、焔魔を打ち滅ぼすことが使命だ。焔魔を倒せなければ、人々に危険が及ぶ。そこに言い訳など通用するはずもない。

 地面に激突した衝撃が強かったのか、焔魔はよろめきながら立ち上がった。その体の炎が若干揺らいでいる。そして、その視線がごみ箱へと向けられる。

「……どんだけごみ箱恨んでるんだよ、あの焔魔!」

 小さく舌打ちした刀夜の声とともに、ひゅっと風が朱鳥の横を吹き抜けた。

 せめて、これだけは燃やしてやろうと考えたのだろうか。焔魔が炎をごみ箱に向って放つ。しかしその炎は、ごみ箱を中心に突如発生した渦のような風に弾かれて、あっさりと消滅した。

 改めて刀夜の能力を見たが、やはり風を使う能力なのだろう。特殊な武器や能力がないと焔魔と戦うのは難しいが、刀夜は能力の保持者らしい。そう思いながらも、朱鳥は焔魔との距離を詰める。そして。

「はっ!」

 短い呼気とともに放った一撃は、焔魔の身体を一刀両断にしていた。焔魔の紅い炎が白く変化する。そして、ぱあっと炎が霧散した。

 それを見届けた朱鳥は、ふうっと息を吐いた。同時にごみ箱を囲っていた風がひゅっとほどけて消える。風にあおられたのか、ごみ箱ががらんと音を立てて地面に転がった。

「……ま、こんなもんか。まだまだ頑張んないときっついな」

 刀夜がぽつりと呟く。朱鳥はその言葉にぐっと唇を噛んだ。前回よりはましなだけで、今回も刀夜と紅蓮の力がなければ、討つことは叶わなかったに違いない。前回の確執とか、刀夜が嫌いだとかは関係なく、一人ではまだまだなのだと痛感する。それが悔しい。

 最強の焔薙ぎを目指していると刀夜に言い放ったのはつい先日のこと。そうなるためにはもっともっと努力しなければ難しいだろう。

「まあ、でも動き自体は思ってたより悪くない。焔薙ぎは慣れもあるから、もうちょっと回数こなせばマシになるんじゃね? ……最強の焔薙ぎになるには、まだまだだけどな」

 途中までは焔薙ぎの先輩としていいことを言っていたのに、最後に付け足された言葉と意地の悪い笑顔のせいで台無しだ。朱鳥は刀夜を睨み付けた。

「そういうとこがデリカシーないって言うのよ!」

「え~? そうかぁ?」

「ちょっとは自覚したらどうなの!?」

 意外そうに首を傾げた刀夜に、朱鳥は冷ややかな視線を向ける。だが刀夜はというと肩をすくめてみせるだけだ。

 それにさらに食って掛かろうとしていたのを止めたのは、遠慮がちにかけられた声だった。

「刀夜殿、小娘。……取り込み中、申し訳ないのであるが……」

 炎を消し大鷲の姿へと変化した紅蓮を、朱鳥と刀夜は同時に見る。

「どうした、紅蓮。そんな声出して」

「何かあったの? レンちゃん」

 それはあまりにも息の合った動作だと紅蓮は思った。けれど、それを口にすれば朱鳥が怒るだろうことは簡単に想像がつく。

 紅蓮は何かを誤魔化すかのように咳払いすると、翼である方向を示そうとしてよろめいた。

「くっ! 上手く飛べぬ!」

「片方の翼動かしてないんだから、上手く飛べなくて当たり前だろ。何してんだ、お前は」

「あはは、レンちゃんは可愛いね~」

 冷静に突込みをいれる刀夜と穏やかな笑顔の朱鳥を、紅蓮はきっと睨み付けた。

「そんなことを言っている場合ではない! アレはどうするのだ!」

 その強い口調に紅蓮の視線の先を見た朱鳥と刀夜は同時に声を詰まらせた。

 その視線の先には、地面に転がったままのごみ箱とその周囲に散乱したごみがあった。ごみ箱が転がった時に中に入っていたごみが周囲に飛び散ったのだろうということは、その状況からも明らかだ。

「あ~……」

 さすがにこんな状況は考えていなかったらしく、刀夜は困ったような苦笑を浮かべた。

「あ~、じゃないわよ。……あんたもまだまだね」

 冷ややかに朱鳥が言うと、刀夜はちらりと朱鳥を見て苦笑した。

「お前、結構言うよな。……やっぱ、これ片づけないとマズイよなぁ」

「……でしょうね。まあ、頑張りなさいよ」

 そう言いつつ踵を返そうとする朱鳥の腕を、刀夜ががしりと掴んだ。

「ばーか。帰すわけねーだろ。俺達はコンビ組んでるの。一蓮托生、共同責任。……だいたい、お前がぼけっとしてっから焔魔に逃げられかけたんだろうが!」

「うっ……」

 それを言われると、ちょっと苦しい。

「それにこういう事後処理だって焔薙ぎの仕事だっての! ほら、さっさと片付けるぞ!」

「うう~っ」

 朱鳥は小さく呻いてごみを見た。当然のことだが、朱鳥達は掃除道具など持ち合わせていない。せめて軍手でもあればいいのだが、この近くにはコンビニひとつないのだ。

 つまり、飲み残しの缶や瓶、それに食べかけのコンビニ弁当が入っているビニール袋などを素手で片づけなければいけないということになる。

 手を洗えばいいとかいう問題ではなく、何だか気分的に嫌だ。けれど嫌がっていても帰宅時間が遅くなるだけだ。覚悟を決めるしかない。

 今度から、焔薙ぎ七つ道具に軍手を加えることにしようと心の中で決意しつつ、朱鳥はジャングルジムの所まで戻ると剣を鞘に戻し、そっと鞄の横に置いた。

「あ~! もう! さいっあく!!」

 朱鳥は叫びつつ、大股でごみに近づいて行った。

「さっさと動きなさいよ! すぐに片づけて帰るんだからね! あんただって、家遠いんでしょうっ!?」

 刀夜を気遣っていると解釈出来なくもない朱鳥の言葉に、刀夜と紅蓮は思わず顔を見合わせていた。その発言が、朱鳥の性格を物語っている。

 心根の優しい少女なのだろう。

 ふと、刀夜の朱鳥を見つめる視線が何かを懐かしむような色を帯びる。そして、口元が微かな笑みを浮かべた。

 それは、優しくどこか寂しそうで儚い笑みだったが、ごみに立ち向かうべく刀夜達に背を向けていた女子高生焔薙ぎには知る由もなかった。

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