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紅の焔薙ぎ  作者: 藍原ソラ
第三章:風使いの焔薙ぎ
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第三話:度胸

「……朱鳥?」

 刀夜が朱鳥を覗き込むようにして、尋ねる。

「あの焔魔の真上に移動して」

 そう言いながら、朱鳥は自分が少しだけ緊張しているのを自覚していた。

 でも、大丈夫。そう思えるのは、この場に刀夜がいるからだ。そう思ってから、自分が何だかんだ言っても焔薙ぎとしての刀夜のことは信頼しているんだと、初めて意識した。

 普段の底意地悪い横取り男に対しては信頼も尊敬もないけれど、刀夜の焔薙ぎとしての腕も意識も本物だと、この短い期間の付き合いでも十分に分かっている。

 何をするか語ろうとする様子のない朱鳥に、刀夜は小さく息をつく。

「分かった」

 そして、ちらりと紅蓮に視線を走らせた。

「……紅蓮、ちゃんと睨み効かせとけよ~」

「承知!」

 そんな会話を交わしながら、刀夜はふわりと高度を上げた。もちろん、その間も朱鳥は焔魔からは視線を逸らさない。

 紅蓮の睨みが効いているのか、刀夜達の動きを警戒しているのか、焔魔はその場から動こうとしない。特に攻撃行動をすることもなくふよふよと漂っているだけだ。

 力が弱すぎて、存在を保つので精一杯なのかもしれない。

 刀夜の動きが止まった。焔魔の五メートルほど上だ。

「朱鳥。お前……もしかして」

 朱鳥の意図に気付いたのだろう。何事かを言いかける刀夜を、朱鳥は不敵な笑みを浮かべて制した。

「そういうこと。いい? あんた、ちゃんと、受け止めなさいよっ!」

 そう言って、朱鳥は刀夜にしがみついていた手を離した。同時に、刀夜の朱鳥を抱える手も離される。

 刀夜の支えを失った朱鳥は、重力にひかれるまま落下し始める。

 当然のことだが、身体の中で一番重いのは頭なので、頭から落ちていくことになる。朱鳥は、手を伸ばし剣を構えた。切っ先を真下にいる焔魔に向けて。

 傍から見たら剣から落ちている体勢になっているはずだ。そのまま、まっすぐに焔魔に向って落ちていく。

 焔魔だって朱鳥の動きには気づいているだろう。回避行動をしようとはするが、もともと存在が不安定なせいか、飛行速度ははっきり言って遅い。

 紅蓮が睨みを効かせているし、逃げ場も限られている。多少、焔魔の位置が変わっても剣先の方向ならば変えることだって可能だ。

 朱鳥は、焔魔から視線を逸らさなかった。ものすごく長い時間に思えたが、周りからは一瞬の出来事だったに違いない。

 剣の切っ先が焔魔に触れそうなほどに近づいた、瞬間。紅い焔魔の炎が白へと変わる。剣の破邪退魔の力に耐えきれなかったのだろう。

 そして、コウモリ型の焔魔の姿は霧散した。

 そのまま焔魔がいた場所を突っ切って落ちていく朱鳥の肩を、後を追うように落ちてきた刀夜が掴んだ。そして、落下の風とは違う風を感じた。柔らかな風が、ふわりと二人を包む。

 ぴたりと、落下が止まった。

「……よっと」

 刀夜が小さな掛け声とともに風を操って、頭が下だった体勢をぐるりと戻した。同時に、刀夜の手が肩に回される。半ば抱きしめられたような状態だが、朱鳥は何も言わなかった。何か言って、手を離されてはもっと困った事態になるので、当然ではある。

 宙に浮いたままなので足元が覚束なくはあるが、地上で地面に立っているのと同じ状態に戻った朱鳥は、詰めていた息を思いっきり吐いた。

「……ふわぁ~っ」

 終わってしまえばあっという間の出来事だけれど、自分から落ちていくのはさすがにちょっと怖かった。

「……ったく、無茶するね。お前」

 呆れ交じりにそう言われて見上げると、朱鳥を覗き込むように見ていた刀夜が苦笑を零した。

「……だって、ああでもしなきゃ、あの焔魔倒せなかったじゃない」

 弱い焔魔ではあったが、刀夜と紅蓮の相性が悪すぎた。もっと別の安全な方法もあったのかもしれないが、焔薙ぎはもちろんテスト勉強も大切な朱鳥としては早く済ませたかったのだ。

 だから、手っ取り早い方法をとったまでである。

 そう言うと、刀夜の苦笑がますます深くなった。

 ばさばさと羽音をたてて、紅蓮が二人に近付いて来た。

「それにしたって、大した度胸である。少し、見直したぞ。小娘!」

 何故か偉そうに言う紅蓮に、刀夜と朱鳥が同時に冷めた目を向けた。

「……今日いいところなしどころか失態だらけのお前が言うなよ」

「……褒めてくれたのは嬉しいけど、今日ちょっとカッコ悪かったレンちゃんに、そういう言われ方されるとちょっとなぁ」

「ううっ……」

 悪いとは思っているらしく、紅蓮はついと顔を逸らして言葉を濁らせる。同時に紅蓮がまとっていた炎が消え、大鷲の姿へと変化する。

「……次回は汚名挽回するのである!」

 きりっとしてそう宣言するが、言葉が間違っている。

「アホ。汚名を挽回してどうする」

「ぬ?」

「汚名は返上するんだよ~、レンちゃん」

 ちなみに挽回するのは名誉だ。

「し、知っておる! ちょっと間違えただけである!!」

 やたらと翼を動かしながらそう主張する紅蓮は、かなり必死だ。夜の闇の中だし、相手は鳥だから顔色など分かるはずもないが、どうやら恥ずかしいらしい。

「はいはい。……降りるか」

 そんな自分の契約焔魔を軽く流すと、刀夜は息をついて言った。

 その横顔が少し疲れているような気がするのは、朱鳥の気のせいではないだろう。

 朱鳥は能力者ではないので分からないが、二人分の体重を支えて空を飛ぶのはかなり神経を使うに違いない。

 朱鳥としても、足が宙ぶらりんなこの状況も、刀夜に抱きかかえられたこの状態も非常に落ち着かないので、降りることに反対するわけがない。

「そうだね」

 朱鳥の同意の言葉とともに、ゆっくりと高度が下がっていく。

 そうして、二人はゆっくりと地面に降り立ったのだった。

「……最初の路地からはだいぶ離れちゃったなぁ」

 能力を解除した刀夜が、のんびりとした口調で言う。まさかこんな事態になるとは朱鳥も刀夜も考えていなかったので、朱鳥は剣の鞘を路地裏に置きっぱなしだし、刀夜もバイクを駐輪場に停めたままだ。

「……そうみたいだね」

 朱鳥はこくりと頷きつつ、ポケットに突っこんであったバトントワリング用の袋を取り出した。抜き身ではあるが、剣をその中に入れる。

 夜中とはいえ、抜き身の剣をぶら下げて町中を移動するような度胸は、朱鳥にはない。

 刀夜の言葉に、近くのフェンスに止まった紅蓮が気まずそうについと視線を逸らしたのが見えたが、それには気付かなかったふりをしてあげることにした。

「あー、今日は大した焔魔じゃないわりに疲れた~。ひっさびさに能力全開で使ったしなぁ」

 刀夜は歩き出しながら、そう言って伸びをした。

 朱鳥もそのやや斜め後ろについて歩き出す。

「……何で斜め後ろ? 寂しいじゃーん」

「は? 寝言は寝てから言うものよ? ああ、言っとくけど、こんなところで寝たら放置して帰るからね」

「朱鳥ちゃん、つーめーたーいー」

「気持ち悪い!」

 そんなやり取りをしながら歩いていく二人の背中 を見て、やれやれというように息をついた紅蓮がばさりとフェンスから飛び立った。

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