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紅の焔薙ぎ  作者: 藍原ソラ
第一章:二人の焔薙ぎ
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第一話:邂逅

 この地域では一番高級なホテルの喫茶店。その一番奥の庭園に面した窓の側にある一番大きな席に、両親に連れられて高校生くらいの年頃の少女が座っていた。

 両親に挟まれて座るその少女の面差しは、まだどこか幼い。しかし、あと数年もすれば十分美人の範疇に入りそうな容姿を持つその少女の、染めても抜いてもいない漆黒の長い髪が空調の風に揺られてさらさらとなびいた。

 メニューを見るでもなく、背筋を伸ばし、ただじっと前を見据える少女の表情は控えめに表現しても不機嫌そうだ。その険しい表情が改められる様子はまったくない。

「……朱鳥。いつまでそんな顔してるの」

 そんな少女の様子を見守っていた母親に深いため息とともに言われて、少女――朱鳥は口を尖らせた。

「心配しなくても、お見合い相手が来たら笑顔になるよ。ちゃんと場は弁えてますぅ」

 朱鳥の子ども染みた仕草と物言いに、両親はそろって苦笑を浮かべている。

 今日は土曜日。学校も休みのこの日に、朱鳥達が普段ならば決して足を踏み入れないようなこのホテルにいるのは、先程の言葉のとおり朱鳥のお見合いのためだ。

 だが、この顔合わせはお見合いという体裁を繕ってはいるものの、これから会う相手はお見合い相手というよりは婚約者に近い。それは榊原家が抱える特殊な事情にある。

 こうなることは朱鳥が家業を継ぐ意思を固めた時から決まっていたことなので、生涯の伴侶が決められていることに対しての不満はない。

 朱鳥だって年頃の少女なのだから、恋愛に憧れがないと言えば嘘になる。けれど、それを踏まえたうえで家業を継ぐと決めたのは朱鳥自身であり、誰に強制されたものでもない。

 幼い頃にある姿に強く憧れ、自分もそうなりたいと強く願ってきた。その憧れは恋愛への憧れなど比べものにならないほど強い。家業を継いで仕事を立派にこなして、少しでも憧れの姿に近づけたらと思う。

 だから朱鳥が今こんなに不機嫌な顔をしているのは、別にお見合いのせいではない。

 昨晩、非常に腹だたしい事があったせいだ。けれど、それはお見合い相手のせいではないのだし、いつまでも引きずっているのも精神的によろしくない。

 いい加減こんな表情はやめなければと思うのだが、考えるのをやめようとするほど昨日の夜の出来事を思い出してしまう。

 そしてまた不機嫌な顔に戻ってしまうのだから、とんだ堂々巡りだ。

 だが、さすがに今日初めて会う人に不機嫌な顔を見せて不快にさせるほど、朱鳥だって子どもではない。そもそも、これから会う人とは一生付き合っていかなければならないのだから、第一印象を悪くするようなことはあってはならないと思う。

 朱鳥は息をつくと、ちらりと腕時計に視線を落とした。そろそろ約束の時間だ。この不毛な感情のスパイラルを止めなくては。

 そう思って心を鎮めるべく深く息を吸った、その時だ。

「ああ、榊原さん! お待たせしまして、申し訳ございません」

 中年の女性の声に、朱鳥は一度だけ俯く。目を閉じて頬にぐっと力を込め、表情を改めた。

「そんなことはありません。時間通りですよ、高林さん。お久しぶりです」

 朱鳥の父が立ち上がって挨拶をする。高林さんと呼ばれた女性は、父と母の昔からの知人で同業者だ。朱鳥も数度だが顔を会わせたことがあった。

 朱鳥も両親に倣い笑顔を浮かべたまま立ち上がると、お久しぶりですとそのまま頭を下げる。

「お久しぶりね、朱鳥ちゃん。大きくなったわねぇ。まあ、ますます美人さんになって~」

 朱鳥は柔らかな笑顔を貼り付けたまま、顔を上げる。高林の後ろに人影があるのには気付いていたが、意識的にそちらを見ないようにしていた。

 お見合いに不満はないと思っていたけれど、やはり心の片隅に思うところはあったのかもしれない。この場面になってそんな自分の心に気付いた。

「高林さん。そちらの方が……?」

 母の問いかけに、高林は頷いた。

「そうです。飛崎刀夜さんという方です。……刀夜くん、この子が榊原朱鳥さんよ」

 その言葉を受けて朱鳥は体の向きを男性の方に向けた。まだ、顔は見ない。

「はじめまして、榊原朱鳥です。よろしくお願いしま――」

 満面の笑顔のままその男性に会釈をし、顔を上げるとともに覚悟を決めてようやくお見合い相手を視界に入れた朱鳥は、そこでぴたりと動きを止めた。口元に笑みを浮かべたまま表情が硬直したのが、自分でも分かった。

「……朱鳥?」

 不思議そうな父の声もあっさりと耳を素通りする。それくらい呆然と目の前の男性の顔を凝視していた。

「あ、あなたは……!」

 朱鳥の呟きに、刀夜が小さく苦笑を浮かべる。

 そこにいたのは、朱鳥が一番会いたくないと思っていた人間だった。なぜなら、目の前にいるこの人物こそが朱鳥のさきほどまでの不機嫌の原因そのものだったからだ。

 朱鳥の脳裏に、何とか忘れようとしていた昨晩の不愉快極まりない出来事が鮮明に蘇った。

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