第八話
「さて、まずは改めて自己紹介といきましょうか」
リンカはそこで一度言葉を区切り、
「私はリンカ、安心してほしい私達はあなた達の味方だから」
「その根拠は?」
俺は緊張と警戒の糸を切らずに押し殺した口調で間髪入れずに問いかける。
「根拠なんてないけど、味方じゃなかったらあそこで助けたりしないわ。それが根拠と言えば根拠かしら」
そこでリンカは区切り、息を整えるように深呼吸して口を開く。
「率直に言うけど今のこの状況はあなた達にとって危ないことだけは言える」
それだけを言うとリンカは口を閉ざした。それから沈黙が場に降りるがそれを破ったのは意外にも静かに椅子に座っていたホタルだった。
「リンカさんもうちょっとちゃんと説明してあげましょうね」
「だってめんどくさ……」
リンカは全部言いきることもできずに息を呑んでしまう。ホタルから立ち上る達人すらも退かせられそうなオーラを纏っていたからだ。しかし、そんなオーラを纏うホタルにコウが大慌てで止めに入った。
「ホタルちゃん落ち着いて、落ち着いて、殺気が、威圧感がだだ漏れてるからそれに、真と由香梨もいるんだから。怯えてるから」
コウがそこまで言うとホタルはハッとしたように俺達に向き直り急いで取り繕うように手をバタバタ振りながら、
「すいません、お二人ともお見苦しいとこをお見せしてしまって」
行動はとても可愛らしいのに言動が丁寧なせいで、あまり噛み合っておらずちぐはぐした印象を感じる。
「気にしないでホタルさんは私たちのために言ってくれてるんだから、そんなに気に病む必要はないよ」
由香梨は慌てて慰める。
「ありがとうございます。由香梨さん。リンカさん、ちゃんと説明してあげて下さいね。私は結界の集中に入りますから今度ふざけたらどうなるかお分かりですよね?」
笑顔だがその裏の顔は完璧に般若のそれへと変貌しているホタルが最後の念を押していく。
「分かった。分かった。ちゃんと説明するから早く結界の集中に入ってよ」
手をふらふらとやる気な下げに振るリンカを一瞥してホタルはそのまま声を掛けずにゆっくりと目を閉じてまるで眠るような安らかな顔で瞑想に入った。
「さて、ホタルをまた怒らせちゃたまらないし、ちゃんと説明してあげるから心して聞くのよ」
リンカはこれまでのだるそうな顔をキッと引締め神妙な顔をしている。その顔に不安と戦慄を覚える。
「今私たちがいるこの世界は別の世界〝別界〟魔法使いたちが戦場として使っている世界よ。ここに来るためにはある一定量の魔力を持つか、魔法による処置が必要となるのだけれどあなた達は魔力が基準値を超した事によってここに迷い込んでいる」
俺は深呼吸を繰り返し、頭を常に冷静に保ちながら疑問を投げかける。
「あなた達が只者ではないとは分かっていましたが魔法使いときましたか。まぁそれは良いとします。さっきの戦闘を見せられたらここが俺達の理が通じない世界だということが想像付きますから。ではなぜ俺達の魔力の量が増えたんです? それに魔法使い同士でなぜ争うのですか仲間ではないのですか?」
俺の疑問にうんうんと隣の由香梨も頷いている。
「なかなか柔軟な思考してるのね。良い事だわ。さて魔力が何故増えたのかって質問だけど魔力が増えるのは人それぞれ千差万別なんだけど、一般的な例は自分の価値観を変える大きな出来事や命に関わるような事件などの出来事からの経験、または誕生日を迎えるとかの時間そのものによる経験があるかな。あなた達はこの前誕生日を迎えたばっかだから後者だけどね」
俺は驚き、由香梨の方を振り向き視線を一度交錯させ、俺が口を開いてリンカに聞く前に、
「あなた達のその疑問は後々わかるから今は深く追及しないで頂戴。後もう一つの疑問のなぜ戦うのかだけどそれは私達と敵対している魔法使いはあなた達や私達が住んでる世界〝現界″の人間の魔力を喰らうから」
「そういえば魔力って何ですか?」
由香梨は首を傾げる。もしかしたらあの異変の時に由香梨と俺の間で流れたあの温かいモノが魔力だったのかもしれない。
「魔力とは人間に流れる感情エネルギーの総称のこと。この魔力を喰われると人は自分の感情が制御できなくなる」
リンカはそこで一呼吸置き、眉を寄せ険しい顔をしてから再び話し始める。
「魔力を喰われた人間、私達はそれを〝夢無人〟と呼ぶのだけど〝夢無人〟には死ぬ以外の選択肢がない。ただ〝夢無人〟はすぐ死ぬわけではなく、徐々に心を蝕まれていく。最初は自我が不安定になっていくだけだけど症状が進行すると自分の中にもう一つの人格が形成されていく。その人格は人間の負の感情が寄せ集まって形成され主人格から体を乗っ取り暴虐非道を繰り返すのだがそれを元の人格は自分の中で無力にそれを傍観するしかできない。そうやって傷ついていった心は唐突に持ち主に返されるのだけどその時には心はボロボロにされ立ち直る気力もなくなっている。そして最終的に自ら命を絶ってしまうというのが〝夢無人〟の末路」
「暴虐非道とは具体的にどんな?」
リンカの隣に座ってコーヒーを啜っていたコウが口を挟んでくる。
「それは聞かない方が身のため。心の安寧のためだと思うよ」
「いずれ知るかもしれないけど、今は知らなくても困らないから」
「奪った魔力を取り返して、その〝夢無人〟に返すことはできないの?」
「それは無理、魔力は影響を受けやすく奪われた魔力はすぐに変化してしまう。魔力は人一人一人によって性質が違うから変化してしまったら取り返せたとしても体が受け付けてはくれない。まぁ例外は何にでもあって喰われても戻ってきたという例はいくつかあるんだけどね」
由香梨はまだ首を傾げているが、俺は何とか理解することができた。
「要するにあなた達と敵対している魔法使いは魔力を喰らって人を殺している。そしてあなた達は喰われないように守ってるということですね」
「理解が早くて助かるわ」
「でもそれでも同じ魔法使いには変わりありませんよね。なら戦わないで話合いで解決できないのですか?」
「甘い、甘いよ~由香梨ちゃんそんな甘くちゃこれからやっていけないよ」
コウがかなりハイになって由香梨に絡んでくる。
「あんたは黙ってなさい、ややこしくなる」
リンカはコウの顔面をアイアンクローでがっちり鷲掴みにして椅子に無理やり座らせる。
「向こうの魔法使い達は基本的に俺たち〝現界〟の人間を憎んでいるからね。気にする必要はないと思うけどね」
「それは私たちが深く考えてないだけ。向こうにとっては偽物呼ばわりされてるのと同義、頭に来るのはしょうがないじゃない」
「それこそ僕たちに関係ないでしょ、逆恨みはやめてほしいものだね」
「しかたないでしょ、こっちは本物、向こうは偽物これが変わることはない。それを気にするのか、気にしないのかは個々の物の見方や価値観にも影響されるでしょうが」
「でも、それこそ人の数だけ思想の違いはあるよ」
「ええ、だから向こうの世界でも私たちに協力してくれる人はいるわよ。今回襲ってきてるのは私たち〝現界〟の人間を恨んでいる奴が個人的に来てるみたい。いい迷惑なのよねこっちは争う気なんてこれっぽちもありはしないのに。まぁ降り注ぐ火の粉はすべて吹き飛ばさないといけないけど。さて、これであらかた今説明しないといけないことは言ったかな」
途中からコウとリンカが俺達を置いてけぼりにして討論していたが急に方向転換して説明を終えてしまった。
「とりあえず必要な事は伝えられたかしら。さてこれらを踏まえてあなた達には一つ返さなくちゃいけないものがあるわ」
そう前置きしたリンカは体を前屈みに傾けて俺達に両手を伸ばしてくる。
「動かないで」
鋭く言い放たれた言葉に俺達は竦み上がる。リンカが伸ばした指は俺達の額に振れ、
〝魔法の造形〟
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