第六話
最初に目に入ったのは炎の赤々とした色、次に見えたのは炎の前に立ちはだかっている三人の人影。顔を上げていくと顔立ちが似た少女が二人と顔立ちは似ているが男だとわかる少年が前に手を突き出した姿勢で立っている。
「真さん、由香梨さん、御二方共大丈夫ですか、お怪我とかなさってませんか?」
少女の一人がこちらに心配そうな顔を向け、話しかけてくる。
「あ、由香梨さんは少し怪我していらっしゃいますね。後で治療しますのでそれまで我慢できますか?」
その口調はとことん丁寧で優しく心の底から俺達の事を心配してくれているのだと分かる声音だった。俺と由香梨はなぜ名前を知っているのかなどの疑問を浮かべるが戸惑いながらも、
「はい、大丈夫です」
と、しっかりした声で答えた。
「そうですか。すぐに済みますから待っていてくださいね」
彼女はゆっくりと表情を変え、薄くほほ笑む。
「あの、あなたたちは誰なんですか?」
由香梨が当然の疑問を少女に問いかける。だが、答えたのはもう一人の少女だった。
「その事はこいつらを始末してからにさせてもらうわ」
その子は由香梨に抜き身の刀のような鋭い視線を向ける。由香梨はその視線を前に身を竦めてしまう。それに気付いた目つきの悪い少女が、
「あー怯えさせたなら謝るわ。ごめんなさいでも気にしないでこの目つきは素だから」
と屈託なく笑いながら謝る。
「いや、目つきだけじゃなく性格も口も悪いから気をつけてね」
口を挟んできたのは炎の前で手を突き出している少年だった。
「いい加減なこと言ってないでさっさと目の前のことをやりなさい」
「はーい」
と返事をした少年は突き出していた手を振り払った。すると、炎はかき消え小さな火の粉となった。犬達は警戒しているのか一歩下がる。
「あんたは左頼むわ、私は右やるから」
「オッケー」
少女と少年は腰に差していた刀を引き抜く。どちらの刀も日本刀のように反りがあり波紋があった長さからいって太刀に部類される物のようだ。
だがどちらも刀には不釣り合いな宝石が埋め込まれている。少年の刀には紅い宝玉が少女の刀には蒼い宝玉がはまっている。二人が犬達の方に突っ込んでいく。打ち合わせ通りに少女は右に、少年は左に進んでいく。犬どもはすぐに分散しそれぞれ突っ込んでくる少年と少女に対応し、綺麗に陣形を組み戦闘を開始する。
犬達は身にある爪や牙を用いて二人に襲い掛かるが、少年は真正面から突っ込み刀を振り上げ振り下ろす。刀は飛び掛かってきていた犬の頭をかち割りそのまま造作もなく両断する。
一方、少女は少年とは違い飛び掛かってきた犬をひらりと上体を傾けるだけで躱す。そして躱した瞬間、刀を持った手が一瞬ぶれ、何事もなかった様に少女は駆け出す。攻撃した犬は、地面に足をつけた途端体がバラバラに体を切り離される。二人は同じように飛びかかってきた犬達を少年は一刀で真っ二つに、少女は歯牙にもかけず躱し切り刻む。
二人の太刀筋には凄まじい物があり、これが命を賭けた戦いなのだと実感させられる。
俺が二人の戦いに心奪われていると戦いには参加せず、ずっと傍らにいて俺達の体を気遣ってくれた少女に声をかける。
「あの子尋常じゃないほど刀の扱いに長けている……」
俺はそう小さく呟いたのを聞き咎めたのだろう、少女は俺に話しかけてきた。
「いえ、リンカさんは刀の扱いが得意なわけではなく敵の出方を完全に見切ってるだけですよ」
彼女は少年の方ではなく、もう一人の少女、リンカの方だと言い当てた。
「にしては、えっとリンカさんの太刀筋は達人の域に達してますよ」
俺が目を凝らしてもその太刀筋を見極めることができないほどに速い斬撃そんなの今まで見たことがない。
「私に敬語は使われなくても結構ですよ」
そう彼女は微笑んで言ってくれるが初対面でタメ口を聞ける程礼儀知らずではない。
「男の子は?」
と由香梨が会話に入ってきた。
「コウさんのことですね」
彼女はそう補足する。
「えっとコウさんも凄いけど太刀筋が荒くて無駄が多くて力押ししてる感じがあるんだ。だけどリンカさんの方は動きも刀捌きも無駄がない完璧なんだ」
俺は二人から目を逸らさずに自分が感じたことを由香梨に伝える。
「真がそんな風に言うならホントにすごいんだね」
由香梨は安堵からか声に張りと元気が戻ってきたようだ。
「あーそうでしたわね」
彼女はいきなり呑気な声を上げて、
「真さんは剣道をやってらしたんでしたね」
彼女はこともなげに言う。
しかし、由香梨はさっきから引っかかっていた事を訪ねる。
「あのさっきからなぜ私達の名前知ってるんですか? それになんで真が剣道やってるって知ってるんですか?」
彼女はちょっと困った顔を浮かべたがすぐに笑みを取り戻し口に指を当て、
「今は秘密です。ですが後で必ずお教えしますよ。この世界の真実と共に」
「世界の真実?」
由香梨は頭に疑問符を浮かべ、
「それは一体何です?」
俺は我慢できず、眉をひそめてさらに追及する。
それでも彼女は同じように指を俺の口に当て、
「そんなに急がられなくてもちゃんとお話しますよ。だから、今はお二人の戦いぶりを見ていてください」
彼女が顔を横に向け、つられて俺も顔を横に向ける。ちょうど二人は襲い掛かって来てた犬達を全て切り伏せた後だった。
「もう終わりかしら。歯応えがないわね」
「かかってきなよ。雑魚共」
少女・リンカと少年・コウは挑発する。
その半数をやられてしまった犬どもはそんな二人を唸りながらしかし、慎重に距離を取っている。犬達は一定距離を取り対峙しながら生き残った者同士で一塊に集まって行く。
一人は無表情に、一人は口の端を楽しそうに歪めてその様子を黙って見送る二人。一塊りになった犬達は尾の蛇を高々と掲げ口を大きく開け勢いよく炎を噴き出す。噴き出た炎はまるで意志があるように空中に停滞し一点を中心としてぐるぐると回りだす。回りだした炎はしだいに大きくなり直径五メートルの大きさまで膨らむ。その様子を黙って見ていたコウが感嘆の声を上げる。
「ふ~ん、雑魚には雑魚なりの工夫があるってことか」
と言いながら一歩前に出る
「リンカここは任せて」
リンカは肩をすくめて黙って後ろに下がる。
「さぁ見せてよ。悪あがきって奴を」
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