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一欠片の軌跡  作者: 皇 欠
一章~それぞれの始まり それぞれの出会い~
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第五話

俺達が今の時間体で一番人通りが多い大通りまで手を繋いだまま来るとそこは普段の様に排気ガスを吐きながら走っていく車が今は他の人と同様に止まっている。俺は当てが外れた事を知った。人が多いとこに俺達と同じ境遇の奴がいると思ったからだ。


「ねぇ由香梨どう思う?」

「どうって?」

「今、ここで動けているのは俺らだけそれ以外は皆例外なく止まってる。大人も、子供も、車も、なのに俺達だけはこうして動いている、止まっている人達と俺達の違いってなんだろう?」

「うーん幼馴染だからとか?」


由香梨は屈託なく笑って言った。この状況でも笑える由香梨は肝が据わってるとかそういうのを飛び抜かして才能だと思う。


「俺達くらい仲が良いのは珍しいかも知れないけれどそれが決定的な違いだとは思えないしもっと根本的に違いがあると思うんだ」

「じゃあ、今日から高校生だからとか?」

「それはもっと違うと思うよ。それだったら俺達以外も動けるはずだよ。新入生は俺達だけじゃないんだから」


俺は苦笑しながら由香梨に言う。

「もう真否定してばっか」

由香梨が頬を膨らませ拗ねる。

「ごめんだけど俺も考えが纏まってないんだ。だから、由香梨の意見も聞きたかったんだ」

俺はそんな由香梨を微笑ましく思いながら答える。

「だけど絶対原因を突き止めて見せるよ」

「うん!」


由香梨は力強く頷く。俺達が見つめ合っていると、突然爆音が轟いた。続けて一回、また一回と爆音は続いている。俺達は爆音がした方を向く。

「真、この爆音なんだろう?」

「わからない。だけど、嫌な予感がする。それにこっちに近づいて来てる気もするし、とりあえずここから離れよう」

再び俺は由香梨の手を握って走りだそうとした時、爆音が聞こえてきた方向から犬の遠吠えが聞こえてくる。


「真、犬の遠吠えだよね。私達以外にも動けたんだ」

「ああ、だけど犬じゃしょうがないよ」

そうだねっと頷こうとした由香梨の動きが急に止まった。

「どうしたの?」


その問いには答えずゆっくりと由香梨の手が上がり指差す。その先には車の陰から犬が一匹こちらを覗いているだが、その全容を見た俺も動きを止めてしまう。

その犬が普通だったらこの非常時だったとしてもここまでは驚きはしないだろう。目は爛々と赤く輝き、口の端から火の粉がちらつき、頭と前足は犬のように体毛に覆われているが、胴の丁度中間から後足にかけては爬虫類の鱗で覆われ尻尾に至っては蛇の姿をし、自立して動いている。その姿は異常にして異様そして、人の恐怖を駆り立てるようにできていた。固まっている俺達を尻目に化け物は(あぎと)を空に向けて喉を鳴らす。


ウォーーーその遠吠えは犬ではなく、狼に近く耳を劈く程の声量があった。俺達は思わず耳を塞ぎ耐える。遠吠えが終わると俺は素早く彼女の手を取り駆け出す。ただ、本能が発する警鐘のままに。逃げ出した俺達を犬は追う事もせず、見送る。俺がちらっと後ろ見て追って来てない事を確認して安堵しかけたところに、再び絶望が姿を現す。車の陰からさっきの奴と同種の犬が現われた。それぞれ俺と由香梨を舐め回す様に眺め笑うかの様に口元を歪めたように見えた。


「クッ、さっきの遠吠えで仲間を呼んだな。頭の回る犬だ」

俺が苦々しく吐き捨てる。俺は由香梨の手を引いて背中に隠す。

「真どうする? この数から逃げ切るのは難しそうだけど」


由香梨は犬から目を離さずに俺の背中に尋ねる。犬達はゆっくりと俺達を中心に取り囲んでいく。その数はどんどん増えていきざっと数えて十匹にまで増えていた。


「由香梨、なんか奴らの注意を逸らせそうな物もってないかな?」

「そんな事言われても学校の鞄ぐらいしか持ってないよ。中も筆記用具ぐらいだし」

「俺もそのぐらいしか持ってきてない。せめて竹刀があればいいんだけど」


いつも身に付けている竹刀を置いてきたことを後悔する。

「代わりになりそうなものあるかな?」

由香梨はそう言って周りを探す。そして、背中を叩いた。

「ねぇ、あそこの軽トラに積んである鉄パイプなんて手頃だと思うよ」

由香梨は視線だけで俺に位置を示す。軽トラは俺達を取り囲み唸るだけで何もしない犬達の後ろ四十メートル離れた場所に止まっている。


「けどあそこまでどうやって行くんだ? 今の状況はこの距離だろうと行き着くのは難しいよ」

「私が取りに行く」


決意を身に宿した由香梨が力強く頷く。その手には筆箱から取り出したのだろうシャーペンを四本握っていた。


「それでやる気か!? いくらなんでも危険すぎる!」

「このままだったらいつ襲ってくるか分からないじゃない。それだったら危険を冒してでも動かなきゃ」

にっこり微笑んで俺の前に回り込み俺の胸を拳で軽く小突く。俺は一つ溜息を吐いて鞄を漁る。

「わかった。思い切り走り抜けろよ」

俺もシャーペンを三本取り出し、構える。


「一、二、三、で行くよ」

「オーケー、せーの」

「「一、二、三」」


言い終わると同時に由香梨が一気に走り出す。その後ろから、俺が二本のシャーペンを由香梨の進行方向にいる犬に向かって投げる。犬達は左右に飛んで避ける。が、避けたためにできた間を由香梨がその健脚から生み出す走りによって駆け抜け、通り過ぎさま、左右の犬に向かってシャーペンを二本投擲、シャーペンは由香梨の狙い通り犬の目に深々と突き刺さる。左右の犬二匹は苦痛にのた打ち回る。由香梨は犬達の包囲網をわずか二秒で掻い潜ってトラックまで全速力で駆ける。


俺の横を三匹の犬が通り過ぎていった。俺はその一匹に狙いを定め、後を追いながらシャーペンを投擲する。シャーペンは後ろ脚に突き刺さり動きを止めたところを蹴り飛ばして前を行く二匹にぶつける。吹っ飛んだ犬は他の二匹を巻き込み絡み合い固いアスファルトの上を転がっていく。由香梨はちらっと俺を見るだけで感謝の意を示してくる。それの答えに俺も軽く頷いて返す


後、トラックまで二十メートル。由香梨はそれ以上振り返らず一心不乱に走る。先を行く由香梨を追わせないため俺は振り返り、迫ってくる残りの犬達と対峙する。まず、俺に二匹前から跳びかかり、回り込んだ三匹が跳びかかる。俺は、しゃがみ込みその攻撃を回避する。計五匹の犬は俺の頭上を飛び越え、しゃがみ込んだとこに前から一匹突っ込んでくる犬をまっすぐ伸ばした足で前足を払い浮かんだ所に鞄で殴る。


怯まずに次々に突っ込んでくる犬達を鞄と体捌だけで躱していく。今まで剣道で鍛え上げてきた見切りと体裁きをフルに発揮し、裁いていく。しかし、いくら敵の攻撃を凌いだとしてもすべて俺に向かってくるわけがない。

と考えている間に視界の隅で手傷を負わせた犬どもが立ちあがり由香梨の方へ駆けだすのを捉えた。


「由香梨! そっち行った!」


俺は簡潔明瞭に由香梨に危険を伝える。その声に由香梨は反応し振り向いて犬との距離を確認する。そして再び前を向きトラックとの距離を確かめて間に合うと確信を持ったようだ。体に更に鞭を入れ足に力を入れスピードを上げる。その様子を見ていた犬がさっきまで流されるままになっていた尻尾の蛇の鎌首を揚げ由香梨に向け大きく口を開けギラリと鈍く光る牙を見せつける。


一部始終見ていた俺は背筋に伝う冷や汗を感じながら悲鳴に似た声を上げる。

「右に跳べ!」

「っ!」

反射的にその言葉に反応して右に跳び車の影に逃げ込む。すると、由香梨が跳び込んだ車が火の手を上げて爆発する。


「きゃっ!」

由香梨は爆発に巻き込まれ道路に体を強く打ちつけ転がっていく。俺も爆発の余波を受け、身を低くして耐えていたがすぐに立ち上がり、

「由香梨!」

叫ぶと同時に由香梨の元へ駆けだす。


由香梨は、両腕を突っ張ってなんとか立ち上がろうとしているが腕は小刻みに震え制服のあちこちは焦げ破け擦り傷をこさえていた。その弱った由香梨に止めを刺すべく、犬達は由香梨に狙いを定め尻尾の蛇の鎌首を持ち上げ大きく口を開ける。


俺はそのモーションを見た瞬間、さっき見た光景が脳裡に蘇った。俺はさっきの光景をすべて見ていた。犬達が今のように蛇の首を持ち上げ、その口から炎を吐きだし、吐き出された炎が由香梨の隠れた車を焼き、爆発させる所も、その爆発に巻き込まれ煽られ叩きつけられた由香梨の痛々しい姿も全部見ていた。


何もできなかった自分に後悔と悔しさを噛み殺し今度こそ間に合わせるために全力で駆ける。囲んでいる一角に走りながら、腕の力だけで鞄を投げる。鞄は油断しきった犬の後頭部に命中し、俺に注意が向く。その一瞬をついて犬達を素通りし、由香梨のもとへ駆け寄る。


「由香梨、大丈夫か?」

大丈夫なはずがないが、俺は聞かずにはいられなかった。

「だい……じょうぶ……だよ」


由香梨の声にはいつもの明るさも元気もなくただ苦しさと痛みだけが滲み出ていた。

「由香梨、きついと思うけどここを離れないとまずい、俺に掴まって」

由香梨の手を取り肩に回そうとする。しかし、由香梨は途中で力尽き再び地面に手をつける。俺が由香梨の救出に手間取っている間に犬どもは集結し体勢を立て直し再び蛇の鎌首を持ち上げ、炎を吐く構えを取る。


蛇の口が赤々と色づき始め、口の端から炎が漏れ出している。車を破壊した時の炎は三つだったが今度は十もの炎が襲おうとしている。その火力は先ほどとは比べモノにはならないだろう。俺は咄嗟に由香梨を腕の中に抱きしめ炎から守ろうとする。由香梨も俺の体に腕を回しお互いに強く抱き締め合いきつく瞼を閉じ炎が自分たちの身を焦がすのを待つ。目を閉じ二人でじっと動かず、身を固める。


その間、俺はいきなり死を突きつけてきた世界の理不尽さを心中で呪うしかなかった。しかし、一秒、二秒、三秒、感じた時間は一時間にも二時間にも匹敵する長さだったが、いつまでも身を焦がす炎の熱が来ない。俺はゆっくりと目を開ける。


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