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一欠片の軌跡  作者: 皇 欠
四章~掴み取る奇跡、共にある為の一歩~
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第四章 まとめて

第四章

  ~掴み取る奇跡、共にある為の一歩~

 バッと訳が分からないまま体を起こし、激痛に身を捩る。

「グッ」

 体を折り、痛みに耐える。

「真さん、大丈夫ですか!?」

 ホタルが駆け寄って治癒の魔法をかけてくれる。

「ホタル、由香梨は……あいつらは……」

「大丈夫です。由香梨さんも隣のベットでお休み中ですし、あの二人組フルーネとジャッカはリンカさんが追い払いました」

「そっか……」

 昨日も訪れた保健室のベッド、外は暗く世界から隔離された学園でも夜は来るのかと不思議に思う。隣では由香梨が何か所も包帯を巻かれた痛々しい姿で寝かされている。

「すみません。私達が力至らないばかりにお二人にこんな怪我を負わせてしまいました」

 眉を下げ、眼を伏せ、自分の無力を嘆く様に胸の前で両手を白くなるほど握りしめる。

「いや、あれは俺の考えが甘かった。倒せないまでも互角くらいには戦えると思ってしまったんだ。魔法という力を手に入れて戦えると自惚れていただけなんだ。俺の欺瞞が生んだ結果だ。そのせいでリンカや由香梨にまで怪我をさせてしまった……」

「そんな事いちいち気にしてんじゃないわよ。私が怪我したのは私のせい。由香梨の怪我だって由香梨のせい。もちろんあんたの怪我もね。私達は軍隊じゃないの上に立つ責任者が居ない代わりに束縛されることはない。だから戦場での責任は個々人が負うべきなの。真が必要以上に責任を感じる事はないのよ。分かった?」

「……ああ、分かった。落ち付いた。ありがとう」

「お礼を言われる事なんて言ってないわよ」

 澄ました顔でそっぽを向くリンカ。だがリンカが励ましてくれたのは十分すぎる程伝わった。

「リンカ……」

「ん、なに?」

 俺は知らぬ間にリンカの事を呼んでいた。俺も呼んでから自分がリンカを呼んだと気付いたくらいだ。訳が分からないままうろたえているとリンカが先に口を開いた。

「まだ寝てなさい。傷も完治とはいかないまでも明日までには痛みは引いてる筈だから。」

 気にした風もなくホタルを連れ立って出て行った。俺はなぜリンカを呼んだのだろう。何かを忘れている。俺達に関する重要な事、だがどうしても思い出せない。頭に靄がかかって不透明な壁で阻まれてる感じだ。……ダメだどうしても思い出せない。俺は悶々としたまま寝っ転がり眠魔が来るのを待つことにした。




 眼を開けると窓から朝日が差し込み、心地よい暖かさと光が保健室の中を照らしていた。体をゆっくりと起こし、腕を曲げたり、触ったりしても痛みはなく少し痺れるくらいになっていた。

「ん……」

 隣では由香梨がまだ気持ちよさそうに寝ており時々、寝返りをうったりしている。そのたびに服がめくり上がり、その下に巻かれた包帯が覗くたびに俺の心は苛まれる。リンカは気にするなと言ってくれた。あの時は頷いた、だけど由香梨は俺の判断に従って逃げるのをやめ、戦ってくれたんだ。由香梨にこれ以上怪我させないためにももっと力を付け、磨かなければならない。俺は由香梨に布団をかけ直し、保健室を出る。

 そのままグラウンドに出て、眼を閉じ、意識を集中させる。俺はまだ道具の力を借りないとまともに魔法の力を行使する事が出来ない。まずは道具無しで魔法を使えるように出来る事が最優先だ。昨日習った事を振りかえる。重要なのはイメージ、魔力を放出しながら球の形に纏めて行く。

「朝から精が出るね」

 後ろから凛とした声、集中を一度切り、振り向くとそこにはコウの姿。

「あれ? リンカかと思ったんだが?」

「似てるでしょ。僕達姿だけじゃなく声も似てるんだ。だからね少し意識するだけでリンカちゃんの声もホタルちゃんの声も出来ちゃうんだ」

 楽しそうに笑うコウ。リンカが笑うとこんな顔なのかなとふっと思ってしまうほど似ていてまた嬉しそうな顔だ。

「やっぱり焦っちゃうよね」

 コウが真っ直ぐ俺の顔を見つめ語りかけてくる。

「リンカちゃんは甘くて優しすぎるんだよ。だけど自分には厳しすぎるほどに厳しい。真には責任はないって言ってたけどあの時心の中では自分を非難し続けて、苦しんでたんだよ。それが分かるからこそ分かってしまうからこそ僕達は何も言えない。けどそれで真が責任を感じないで日々を過ごしていけるわけないよね。そんな無責任な奴なら命懸けの戦場に足を踏み込まないでそのまま僕達の誘いを断る事だって出来たはずもんね」

「リンカが自分を責めていたのはなんとなくだけど分かってたよ。ホタルが辛そうな顔してたからな」

「分かってた上でこうやって修行しにきてたの?」

「いや、それこそだからこそだ。リンカが責任を感じないで良い様にもっと強く力を付けないと行けないと思ったからだ」

(それにこのままだったら絶対に紗姫を助けられない)

 コウを眼を丸くし呆気に取られてるようだったがすぐに我に戻り次は腹を抱えて学園の端から端まで聞こえてしまうんじゃないと思えるほどの声で笑い始めた。

 しばらく笑った後、眼の端に涙を溜めたまま、じっと俺を見つめ、

「付いて来て。僕がもう一つの戦い方を教えてあげる」

 それだけ言って先に歩き始める。俺は意味が分からずにただコウの後ろに付いていった。

 コウが向かった先は体育館と併設されるように立てられている武道場だった。靴を脱いで、畳が敷かれている床の上に立つと懐かしい気持ちに襲われる、向こう側に置いてきたはずの日常だったはずなのに。

「今から真に〝強化(ベリィ)〟を教えてあげる。これは魔法として成り立ってるわけじゃなくて物質に魔力を流して強度を上げたり、切れ味を上げたりする技法なんだよ。論より証拠まずは見せてあげるね」

 両手に竹刀を持ち、右を上に掲げ、左を前に出し、右手を振り下ろす。すると左手に握っていた竹刀は中途から切れ落ち、右手に握った竹刀は勢いを付け過ぎてしまったのか畳を少し切って先端を畳の中に付き差してしまっている。

「これが〝強化〟今のは竹刀の切れ味を上げて刀と同じようにしたんだ。それで真はこれから僕と試合してもらう。僕からは打ち込まないけど真からはガンガン隙だと思った所に打ってきて欲しい。もちろん竹刀には〝強化〟をかけてね」

「危なすぎやしないか。下手したら命まで奪ってしまうかもしれないじゃないか」

「大丈夫。僕からは打ち込まないから。それに全部捌ける自信もあるし」

 確かに戦う為に鍛えられた剣技が俺が習ったようなスポーツにまで退化した剣道が勝てる道理はない。それでも今までやってきた事を蔑ろにされたみたいで俺は少し頭にきた。

「絶対泣かせてやるからな」

「その意気や良し。じゃあ始めよう」

 コウは竹刀を投げ渡し、右手の竹刀を構えるでもなく体の横に垂らすだけ。隙だらけのように見えるが逆にどこから攻めたらいいか分からなくなる。

 とりあえず中段の構えを取り、踏み込みながら面、胴の流れで打ち込む。だがその両方を一歩後ろに下がるだけでかわされてしまった。もう一歩踏み込み面を放つ。

「そうそう言い忘れたけど。無闇やたらに打ちこむと痛い目見るよ?」

 そう言ってコウは俺の一撃を防ぐ。俺がコウの竹刀に打ちこむ形になったが俺の両手には痺れる程の衝撃が返ってきた。まるで鉄パイプに打ち込んだみたいだ。

「鉄を打ったみたいでしょ。今僕は〝強化〟を使って竹刀の硬度を鉄の固さにしてるからね。真もちゃんと〝強化〟を使わないとダメだよ」

「ならやり方を教えろよ」

「ありゃ、言わなかったっけ。これは失敬。基本は〝魔法の矢〟と一緒。手に魔力を集めて魔力を放出しないで獲物に流し、体の一部として循環させる。注意する点は流し込む時に〝強化〟する時の方向性をきっちりイメージして促してやらなきゃダメだよ。それと〝強化〟は同時に二つの特性を持たせることは出来ない。要するに強度と切れ味を同時にはあげられないって事。で、もう一つその武器にない特徴を持たせることが出来ない。竹刀ならその範囲を伸ばすことは出来ず、斬撃を飛ばすことも出来ない。必要はないけどね。代わりになる魔法はいくらでもあるから。真、その竹刀は刀だ。全てを断ち切る鋼の刃。オッケー?」

 最後の方はコウらしく軽かったが意図は伝わった。もう一度中段に構える。魔力を手に集め、竹刀を肉体の延長に捕え、流し込む。イメージは刃。全てを斬り割く真剣。

「面!」

 裂帛の気合と気迫の一歩を斬撃に乗せ、上段から竹刀を振り下ろす。

「まだ甘い」

 右足を左足の後ろに持っていき体を縦にして躱し、すれ違いざまに小手と胴に一撃入れられた。竹刀とはいえ、防具も付けてない状態ではかなり痛い。

「イメージが甘いよ真。もっと明確に刀の特性を思い描かないと。ちゃんと出来ればこれ一つで魔法使いと対等に戦えるんだから」

 もう一度構え、コウに向き直る。

「本物が目の前にあった方がやりやすいかい?」

そういってコウは壊中から抜き身の刀を引きずり出した。それを空の手で握り見せつけるように構えた。

「どう? これが人を斬る為だけに生まれた武器の輝きだよ」

 朝日を反射して鈍い輝きを放つ刀。コウが言うとおり人を斬る為の道具なのだろうだが、その刀身は眼を奪われる程に美しく、そして流麗な波紋が更に美しさを際立たせている。

俺は意識を刀に集中してイメージを固めていく。反りのある刃、固くも柔らかい玉鋼の質感、見る限りのイメージを魔力と共に流し込む。

 すると竹刀を包み込むように魔力が漏れ出し、刀の形に酷似する。

「そうそう良い感じ。打ち込んできてみ」

 もう一度振り下ろす。今度はコウは躱さず受け止めてくる。ガキィ、明らかに竹刀が出す音とは違う金属同士がぶつかるよりも更に高い音が武道場内に反響する。コウの竹刀を押し返し、横薙ぎに振るう。コウはその斬撃を下から跳ね上げた竹刀で弾き、そのまま振り下ろすが、俺は一歩後ろに下がり紙一重の所で通り過ぎ、もう一度上がってくる。

「フッ!」

俺は竹刀を握る力を強め真っ向から挑む。

「ハッ!」

これまでで一番高い音が響き、バキッとコウの竹刀が折れた。バランスを崩した俺はひっくり返って畳の上に転がる。

「良い感じだよ真。まさかこんなに早くコツを掴むとは思わなかった。思わず僕からも打ち込んじゃったし。うん、これから朝は僕が稽古付けてあげるよ。もっと実戦的な戦い方を身に付けたいでしょ」

「ああお願いするよ」

「ん、お願いされました。じゃあ今日はこれまでにしよう。今日は保健室で朝ごはん食べてそのまま教室に行くから。ぎりぎりまで寝とく?」

 冗談交じりに喋るコウ。さっきまでの真剣な雰囲気はなりを潜めいつものおちゃらけキャラに戻っている。

「いやそれはさすがにヤバいだろ。特にホタル辺りが食べた後すぐ寝ると牛になりますって五月蝿そうだ」

 俺も苦笑交じりに答える。

「良く分かってるね。ホタルちゃんはマナーにとっても五月蝿いんだよ。僕もいっつも怒られてるし。自分の食べたいように食べたいんだけどね」

「だが自分の流儀を曲げてでもホタルの料理には価値がある。そうだろ?」

「さっすが真。そうなんだよ。どんな料理もホタルちゃんが作った物を一度食べてしまうと見劣りしてしまってね~。僕はもうホタルちゃんの料理無しじゃ生きていけないんだよ」

 俺達はそんな他愛ない会話を交わしながら保健室に戻る。不思議とコウと話しているとついこの前会ったというのにもう何年もつるんでる様な安心感と親しみがあった。




 教室のドアを開いた瞬間、クラスメイト全員が俺達に詰めかけてきた。

「二人共大丈夫だった!?」

「怪我はしてないか!?」

「災難だったね。良く生きて帰って来た!」

 心配してくれるクラスメイト、ここまで纏まったクラスは向こうでもないだろう。向こうになくてこっちにはある物はとても温かくそして優しい。

「大丈夫だよ。怪我はしたけどリンカ達のおかげで助かった」

「うん。だから委員長そろそろ離れてくれると助かる」

 いつの間にか委員長が由香梨を抱きしめていた。

「たはは、ごめんごめん。でも二人共無事で良かったよ」

 笑いながら由香梨を解放する。

「真、襲ってきた敵はどうなった? リンカ達が殺ったか?」

 人波を掻き分けて亘が前に出てきた。

「いや、リンカは俺達の事を心配してくれて敵に止めを刺さずに逃がした」

「そうか……今度は必ず俺がお前達を守ってやる」

 それだけ言って亘は自分の席に戻っていく。

「亘があんなにも素直になるなんて珍しいな」

 俺の肩を組み、信がそう言っている。

「亘は不器用で自分の思ってる事を表現できないだけ。そうだろ?」

「ああそういうこった。真の理解力が高くて助かるぜ。あいつあんなんだから誤解されやすくてさ。そのつどフォローに回されて大変なんだ」

「……本当にこっちの奴らはいい奴ばっかだな」

「当たり前だろ。こんなお気楽な奴らが集まってるところだがいつ戦場に出て戦うはめになるかも分からねえんだしな」

「一番お気楽な奴が何を偉そうなこと言ってんだよ!」

 周りから信に向けてヤジが飛んでくる。

「うるせえよ。てめえら」

 それに笑って答える信。すると後ろから、

「あんた達、入り口で固まってんじゃないわよ」

 リンカが俺達の後ろで手を腰に当て半眼になって仁王立ちしている。

「さっさと席に着きなさい」

 すぐに蜘蛛の子を散らす様に逃げ去っていく。俺達もその流れで席に着いた。

 教壇に立つリンカ。その脇に当然のように控えるコウとホタル。

「みんな知ってる通り昨日真と由香梨が襲撃された。襲撃者はフルーネとジャッカ。〈雷〉と〈水〉の〈自然魔法〉を操る魔法使いよ」

 黒板をスクリーンにフルーネとジャッカの画像が映し出される。

「フルーネはこの金属の棒で接近戦を得意とし補助的に魔法を使う戦術で一方ジャッカは水を使ってフルーネのサポートをし、遠距離攻撃を好むみたいだったわ。二人のコンビネーションは十分警戒する必要がある。可能なら各個撃破するのがいいわ。フルーネの方は手傷は負わせたからすぐにこちらに来ることはないと思う。それでもいつ襲ってくるかなんて分からないからそれぞれ対策は考えておくように。何か質問は?」

「はいは~い」

 委員長が高らかに手を上げる。

「私達が勝てる様な相手なの?」

「無理」

 リンカはばっさり切り捨てた。

「りょうか~い。じゃあ恥も外聞もなく逃げる方法を考えとけばいいのね」

 それでも朗らかに答える委員長も委員長だが。

「俺は仲間を傷つけたそいつらをぶち殺したいんだが」

「落ち付け亘。その話し俺も乗るぜ!」

「落着くのはあんたもだバカども。あんた達がこの中じゃ強いのはちゃんと分かってるけどそれはこの学園の中だけ。戦うのは私達の仕事よ。あんた達は引っ込んでなさい」

 リンカの言葉に亘は舌打ちをしそっぽを向く。信も苦い顔をしてる。

「それじゃ授業を開始する。今日は……」

 気持ちを切り替えた様にリンカが授業を始める。

 それから一週間、授業ではリンカから魔法の基礎と〝魔法の矢〟を習い、朝練ではコウから〝強化〟と実戦剣術を習い、委員長や信、亘とはどうやって委員長の料理を回避するかを全力で思案し結局はホタルに助けてもらったり。そんな平穏な日々を過ごしていた。心の中でこの平穏が続く事を祈っている俺と紗姫を速く助けたいと焦る俺がいたが必死に押し殺し、この平和を堪能していた。けどやはり俺の運命を管理する神様とかいう存在は試練を課すのが好きらしい。




 やっぱりそれは唐突に。そして言い得ぬ悪寒を伴って世界は変質する。

「さすがに三度目となるとある程度慣れてくるな」

「慣れたいとは思わないけどね」

 俺と由香梨は今、学園の帰りにショッピングモールでウインドウショッピングを楽しんでいた。油断していた訳ではない。むしろ逆だ。一週間で人は全てを忘れられるほど便利には出来ていない。それにあれだけ激痛に苛まれれば刻銘に記憶に刻まれるものだ。だが俺達の顔には恐怖がない。恐れてないわけではないが、学園の生活で俺達に自信を付けさせ強くしたのは間違いないだろう。

「行こう由香梨」

「どこに行こうと言うのです?」

 上から高圧的な言葉が響く。

 そして俺達の目の前に雷が落ち、その中から一週間前、俺達を苦しめたフルーネとジャッカが姿を現す。

「あなた達はあの女を誘き出す為の餌となってもらいます」

 フルーネの言葉に由香梨が喰らいつく。

「リンカをどうする気よ?」

「決まってるでしょう。あなた達の目の前で二度と自力で立てないようになるまで痛めつけてやりますわ」

「そんな事だと思ったけどね」

 由香梨は余裕の表情を崩さない。

「堪に障る言い方ですわね。すぐに助けが来ると思ったら大間違いですわよ」

「どういう意味よ?」

「前回の様な時間稼ぎを目的にした罠ではありません。本気で潰す為の罠を用意しました。あの女の実力は底が知れないと分かっています。その評価に似合うだけの物をぶつけさせてもらいました。あの方はあなた達を助ける為に必ずやってくるでしょう。例え死に面した状態でも。そうなったあの方を私が嬲り殺してあげます」

「それを俺達が許すと思ってるのか?」

「どういう意味です?」

「こういう意味だ!」

 俺は懐から学生証を取り出し、地面に叩きつける。学生証に登録されている魔法が発動し、魔法環がフルーネとジャッカを包み、効果を発動する。

「強制転移魔法ですって!?」

「フルーネ!」

 ジャッカが相棒を呼び、それに答えるようにフルーネも棒を地面叩き、術式を発動させる。俺が発動させた術式とフルーネが発動させた術式が相互干渉を引き起こし、強烈な光となって全てをその中に飲み込む。

「由香梨!」

 俺は白い世界で由香梨の名を呼ぶが、返事も何も返ってこない。

 次第に光が収まり、視界が戻ると、隣に由香梨の姿がなく向こうもジャッカの姿がなくなっていた。

「一体何が?」

「どうやら、私の結界術式とあなたの転移術式が互いに干渉を起こして、それぞれ別の空間に飛ばされたようですわね。きっとジャッカの方はあなたの連れと一緒にいる事でしょう。まぁ私としては好都合ですけど。あなた一人くらいどうとでも料理して差し上げますわ」

 状況確認をさっさと済ませたフルーネは俺に襲いかかってきた。棒の射程に入った瞬間フルーネは横薙ぎに振るい、俺の頭を狙うが、それを俺は一歩下がって躱し、逆に懐から刀を抜き放ち、切り返す。それをフルーネは振った力を身を捻る事によって更に力を上乗せして、剣戟を弾く。

 そこからフルーネの猛攻が始まった。右から攻撃を繰り出し、すぐに左からの殴打が俺を襲い、かと思えば上下と、間髪入れずに怒涛の勢いで俺の急所を襲うフルーネだが、俺は時に一歩後ろに下がって躱し、体裁きで躱せない時は刀で防ぎ、防戦一方だがフルーネの攻撃を的確に躱していく。

「うまく躱すじゃありませんか。でもこれならどうです?」


 彼の産声轟かん

 生まれ落ちるは紫光の子

 その身に宿る輝きで全てを焼き

 その身に宿る鼓動で全てを震わす

 さぁあなたはこの子の姿を見ることもなく

 この世界から消えなさい


〝紫電それがこの子の(シス・イ・ヒルネス)


 フルーネが唱えると棒に電気が流れ纏わりつく。

「これに触れればこの前の二の舞よ。さぁどうする?」

 挑発的な笑みを浮かべるフルーネ。

 だが俺はフルーネを見据え、冷静を保つ。実戦で使うのはこれが初めてだが……あれだけコウにしこたま殴られたんだやれる! 俺は刀に意識を集中し〝強化〟を発動させながら、コウに教えて貰った事を思い返す。




「やっぱり飲み込み早いよ真。〝強化〟をここまで速く扱えるようになるとは思わなかった、さてそれじゃ次は剣術を伝授しようか」

「今のままじゃ通用しないか?」

「うん。無理だね。真の剣道って言うのは面、胴、小手、を有効部位で打突しないといけないでしょ。確かに刀で斬れば相手を行動不能にする事は出来るけど。それを狙うのは難しいよね。急所だし、深く斬り付けないとそれには至らないし、だから僕が教えるのは守りの為の剣技。相手の攻撃を弾き、受け止め、自分が生き延びる為の剣技。仲間を守るための剣技を教えるよ」

「自分と仲間を守るための剣技か……」

 俺は竹刀を見る。俺が欲してるのは力だ。だがそれも自分の命あっての物だから、コウの言ってる事は正しい。

「コウ、頼む教えてくれ」

「了解。その前にこれ渡しておくよ」

 懐中から鞘に入った刀を引っ張りだした。それを真に放る。片手で受け取った為体が前のめりに倒れそうになる。

「本物だから扱いには気を付けなよ」

 コウはしっかりと両手で持つ。

「抜いてみて」

 俺はゆっくりと抜刀する。刀にはコウに付いてる様な宝石はなく別段変わった特徴はなかった。だけど抜いた瞬間刀とは思えない程軽くなる。

「これ……さっき持った時より軽く感じるんだが?」

「抜くと軽くなるように魔法をかけてるからね。扱えなかったら本末転倒だから。今の重さは竹刀と同じくらいになってる筈だよ。それじゃ構えて」

 両手で握り、中段に構える。

「専守の戦い方は『見て』戦うのでは守れない。戦場の流れ、、タイミング、距離の取り方、相手の癖、あらゆる事象から先の先を予測して、数秒先の戦闘を頭で何パターンもする必要があるんだ。だから敵の一挙手一投足を逃さない観察力、そしてそれを逃さないための集中力が必要となる。それを今から鍛える。じゃあ行くよ」




 フルーネの動きを良く見る。武器は意識から外し、腕の動き、腰の捻り、足の運びそこから全てを予測する。右、左、下と見せかけて上、俺は体裁きでかわせるものは躱し、無理な場合は刀で弾き、フルーネの攻撃を凌ぐ。

「〝強化〟なんて小細工使ってくるとは思いませんでしたわ。さっさと殺されなさい!」

 棒を取り巻く電流がより強く輝きを増し、渾身の突きと共に解放させる。俺は咄嗟に後ろに飛びずさるが、肩を電流が掠りそこから俺の体を焼く。

「くっ!」

 だが俺はそれには構わず、構えを解くという愚かな事はしない。

「生意気ですわね! これならどうです!」

 フルーネは腕を振り、そこから何条もの電気を帯びた〝魔法の矢〟が射出される。俺はすぐに〝魔封壁〟を展開、全ての矢を受けとめる。

「お前は何のために戦う! 誰の為に戦う!」

「そんなの決まってます! ジャッカと共に永遠の時を歩くためですわ!」

 フルーネは〝魔法の矢〟を身に纏い、一体の矢となって突っ込んでくる。俺は〝強化〟のイメージを硬度に変え、真正面から受けとめ鍔迫り合いに持ち込む。電流と刀に纏わせた魔力が火花を散らす。

「永遠の時を歩く? そんなバカげた事が出来るものか!」

「可能ですわ。そのための魔法、そのための秘術。その過程で何を失おうとも、何を傷つけようともジャッカと共にいる未来があるならば私は全てを捨てる覚悟ですわ!」

「ボロボロになって手に入れた永遠に何の価値がある! その罪の意識に苛まれるだけだろう!」

「ジャッカと一緒にいられるならそんなの気になどなりませんわ! それほどまでに私達は愛し合っているのです! あなたにだって心から想う人がいるのではないのですか!」

 フルーネの押す力が強まり、その感情に答えるように弾ける電流が輝きを増す。

「ああいるさ! だから俺はこの戦いに身を置いたんだ! 向こうから来るお前達に復讐し、取り戻す為に!」

 流す魔力を強め、負けじとばかりに足に力を込めて、押し返す。

「ならば、私達の気持ちが分かるでしょう! 愛する人と引き離されるのは悲しい事だと分かるでしょう!」

「ああ分かるさ! でも他人の命を勝手に奪う事が許されるはずがないだろう! 有限だからこそ過去(おもいで)は価値ある物になるんだ! 永遠とは過去も今も未来も全てを捨てる行為だと何故分からない!」

「あなたこそ喪失を知りながらなぜ分からないのです!」

 俺達は互いに一回距離を取り、再び、その距離を詰める。

「うぉおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「はぁああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 互いの獲物が再び火花を散らす。だが衝撃に負けたのだろう。刀は根元から折れ、棒はバラバラに砕け散る。俺達はまったく同じ動作で俺は(つか)を、フルーネは半分以上砕けた棒を投げ捨て、右手を突きだす。


〝魔法の矢〟

〝魔法の矢〟


二つは爆発を巻き起こし、巻き込まれた俺達。だが空中でバランスを立て直し、すぐにフルーネを見据える。

「私達は止まる事は許されないのです! 私の全てを持って! 私の全てを認めさせ、貫きます!」

 フルーネが両手を掲げる。

「俺はそれを真っ向から否定する。俺には俺の貫きたい想いがある! そのための力を俺にくれ! 紗姫!」

 俺の深奥を統べる想い人の名を呼ぶ。

 すると、

(いいよ)


 我が手に集え 紫光の子

(私の力を貸してあげる)

 君の姿は雄々しくて

(真は心から湧き上がる言葉を口にして)

 君の姿は勇ましい

(後は全部引き受けるから)

 君の偉大な力を私に貸して

(言葉は形に)

 私の想いを遂げる為に

(心は胸に)

 彼と共にもっともっと

(想いは魔法に)

 歩けるように

(君の全てを私に見せて)

 

〝失いたくないゆえに欲す永久(イル・ウ・アジェスティア)

 




 少し時間を遡った別の空間。

「僕の相手はあなたですか。この前の続きですね。ちなみにこの空間から出る事は出来ませんよ。先程の魔法が変な風に作用してしまったようですからね」

 ジャッカは静かに呟き、私は黙ってそれを聞いている。

「さぁ始めようか。僕もあの女を許すことは出来ないし、君を倒して魔力を奪わないといけないからね」

 ジャッカは水の球を浮かばせ戦闘態勢に入った。

「私は出来れば戦いたくはないんだけど、襲ってくるなら抵抗するよ」

 私も中空に二つ〝魔法球〟を生み出し、戦う構えを見せる。

「ほう、一週間前は手からしか生み出せなかった君が、この短期間で生み出せるようになりましたね」

「あなたは好き好んで争う人の様には見えないのになぜあなたは……」

「君と一緒ですよ。好きな人の隣に立っていたいからです。違いますか?」

 ジャッカが同族をみるように由香梨を眺める。

「あなたも……何ですね」

「ええ、ですから僕はフルーネが望む事は全て叶えてあげたいんです。例え僕が望まない事でも!」

 水球から二条の〝魔法の矢〟が飛び出し、私を強襲する。横に飛び、回避するが次々に回避地点を狙って追撃が飛んでくる。バランスを崩しながらも私は足を止めずに移動し、当たらずに済む。


〝魔法の矢〟


 私も〝魔法球〟から〝魔法の矢〟を四発タイミングをずらして放つ。だがジャッカは右手を前に出し薄い水の膜を張り、防御した。

「僕はフルーネの隣に立っていたい」

 私だってそうだ。ずっと真の隣にいたい。真の隣で笑っていたい、それが私の幸せだから。

 水の膜全てが矢に変わり、私に向かって飛んでくる。何十発もの凶器となった水の矢を私は〝魔封壁〟を展開し、耐え凌ぐ。

「僕はフルーネを支えてあげたい」

「私だって大した力になれないかもしれないけど、真の力になりたい!」

 〝魔法球〟から放てるだけの〝魔法の矢〟を放つ。全部で二十の矢になってジャッカを襲う。ジャッカは恐れを知らないのか躱しながら接近し、隙だらけになった私に手刀を下す。私は思わず左腕で受けてしまい、そのまま力負けして弾き飛ばされ、ボキッという嫌な音と主に視界が暗転、だがすぐに激痛が走り、視界を戻される。ブランと垂れ下がった腕、紫色に変色し骨は確実に折れているだろう。でも戦意を失うわけにはいかない。そうなったら命まで奪われてしまうのだから。

「僕はフルーネの望みを叶えさせてやりたい!」

「私だって……私だって……」

 それ以上私は言葉を呟く事が出来なかった。真の望みは紗姫をあんな風にした奴に復讐し紗姫を取り戻すこと。だけどそれは、それは真が私を見なくなってしまうと言う事。いや真に限ってそんな事はないと思うが、それでも真の心が紗姫に向いてしまうのは確実。それは嫌。絶対に嫌。だけど真の願いを叶えてあげたいのは本当。紗姫の事で苦悩している真を見るのも嫌。私の頭の中ではそんな自己嫌悪の気持ちがグルグルと渦を巻き、動きを止めてしまった。ジャッカはその隙を見逃すはずもなく、殴り飛ばされる。

「キャっ!」

 咄嗟に〝魔封壁〟を張って直撃は防げたが衝撃だけで数メートルも後ろに飛ばされた。

「何か迷いがあるみたいですね。所詮その程度の気持ちですよ。君があの方に抱いている気持ちと言うのは。僕がフルーネを想う気持ちに迷いなんてない。彼女の為なら僕は全てを捨てる覚悟でいる。あなたはそんな覚悟をする事が出来ますか?」

 私はまだ私の気持ちに正直にはなれない。それでもこれだけは言える。私は……私は……。

「私は真を愛してる! それだけは胸を張って言える! それが私の心からの答え。真の想いが私に向いていなくたって私から想う事を諦めたら可能性なんて残らない!」

 背筋を伸ばし真正面からジャッカに思いの丈をぶつける。これが私の本心。心からの叫び。

「君の気持ちは分かった……でも僕は引くわけにはいかないんだ。せめて楽に逝けるようにしてあげる」

「私はこんなとこでは死ねない。死んでたまるもんですか!」

 イメージは矢。十からなる光の矢。私の想いを届け、生き残るために必要な魔法の矢。

 そして私の魔法の矢と彼の水の矢が衝突する。


〝十からなる魔法の(アーバ・ルークス)

〝三十からなる水の(べルアーバ・ス・ルークス)


 白と青がぶつかり、その破片は周囲に散らばり、地面を縛砕する。

 数は私の方が少ない。多く作るためにはそれだけの集中力と経験が必要とリンカに教わった。だから私は一本の矢に込められるだけの魔力を込めて放ったのだ。一本がジャッカの矢を三本ないし四本無に帰して、消えて行く。だが、

「ごめん、君の想い奪ってしまって……」

 ジャッカの顔が目の前にある事に驚いた私は離れようと地を蹴った瞬間、胸を突かれ、ジャッカの腕を伝って私の血が流れ落ちて行くのを暗くなる視界の中で客観的に眺めていた。




 私の意識が戻ってくると私は白い世界をたゆたっていた。

「ここは……」

「久しぶり、由香梨」

 その声を聞いた瞬間、勢い良く振りかえった。

「紗姫……どうして紗姫がここに?」

「そんなに驚かなくてもいいじゃない。もう」

 頬を膨らませて拗ねる紗姫。私の前でしか見せない。子供っぽい表情だ。

「まぁ懐かしい昔話に興じてる暇はないけどね。由香梨一回死にかけたんだから」

 私が一度死にかけた? そう紗姫に言われてハッとする。そうだ。私は確かにジャッカに胸を貫かれて……その後どうしたんだっけ?

「死にかけてそしてここに来たのよ。大丈夫。傷は私の力で塞いでおくから。由香梨、さっきの言葉に嘘、偽りはないと断言できる?」

 さっきの言葉……


――私は真を愛してる! それだけは胸を張って言える! それが私の心からの答え。真の想いが私に向いていなくたって私から想う事を諦めたら可能性なんて残らない!


 もう一度心の中で呟き、確信と共に紗姫に言う。

「うん……この心、想いに偽りはない。あるわけがない!」

「うん、それでこそ私の知る由香梨だよ。その気持ちを詠に乗せなさい。変わる事のない不変の言葉を用いて魔法にするのよ。そうすれば世界は答えてくれる」

「世界が答える……」

「そう。人とは世界。世界とは人との繋がり。世界とは遠いようであって手を伸ばせばすぐそこにあるの。だから心からの言葉は世界を変える為に十分な力になる。イメージの要は由香梨が書いたあの心、真っ直ぐなあなたらしいあの言葉(ことのは)達。さぁ名残惜しいけど行きなさい。私の事はすぐに忘れてしまうけど。向こうで会える事を祈ってる……」

 紗姫はそういうと胸の前で両の手を固く握り、目を伏せ、祈った。だがその姿はどんどん薄くなり、白かった世界も透明になり再び私はどことも知れぬどこかに飛ばされた。




 目を開ける。私は地面に横たわり、血溜まりの中にいた。制服は血を吸って真赤に染め上がり、胸の所には穴が開いている。だけど傷は完全に塞がって、跡も残っていない。

 腕を突っ張って体を起こす。

「なっ!?」

 すぐ近くで地面を蹴る音がした。ジャッカが近づいて来ていたのだろう。確かにこれだけの出血をしていれば普通の人だったら死んでいるはずだ。

「どうして生きているのです!?」

 私はそれには答えないだけど代わりにこう答える。

「ごめん。私があなたの想いを奪う……私の想いを成し遂げる為に」

「それは不可能だ。そんな満身創痍の体でどうする。立てた事も傷が塞がっていることもおかしい事だが、君が生きて帰れる可能性は万に一つもない。それにその可能性も僕が零にする!」


 君の想いは僕が引き継ぎます

 私は真にただ一つ隠している事がある。

 だからどうか安らかに眠ってください

 紗姫が真に本をあげたように、私も紗姫に日記帳をもらった。

 赦してくれとは言いません

 私は紗姫に何で日記帳? と聞いたが紗姫は由香梨に貰って欲しいんだと明確な答えは返さないまま押しつけ、

 その罪を背負う覚悟はとうの過去(むかし)に済ませているのだから

私はそのまま引き出しの奥に仕舞い込んだまま紗姫の事を忘れてしまっていた。

 僕と君は似ています

 だけどリンカから記憶を返してもらって紗姫からの日記を改めて開いて、

 だけど相入れる事は出来ないのです

私は最初のページに決意の一文を書き連ねた。

 それは彼女の想いに反する事だから

私はその決意を本当にするための言葉を口にする。


〝悲愴に塗れた涙の(イル・ス・アジェスティア)





 その時運命に翻弄される少年と少女は同じ想いを胸に抱いて、同じ想いを口に、だけどそれが相手に届く事はないと知りながらも心の形を言葉に変えて魔法という形に再編する。


俺は君を見捨てない

    ――私はあなたの傍にいる


君の笑顔は純白の闇の中に

   ――愛しい愛しい愛するあなた

 

 君の心は手の届かない遥か彼方に

    ――あなたがどこまで行こうとも


 でも俺はその先にどんな壁があろうとも

    ――私はあなたと一緒に歩きます


 どんな谷があろうとも

    ――たとえそれが茨の道だとしても


 乗り越えてみせると誓いを立てる

    ――挫けはしないと心に刻む


 さぁ掴み取ろう

    ――さぁ踏み出そう


 俺が君を望むから

    ――私があなたを願うから


 世界はきっと答えてくれる

    ――世界はきっと叶えてくれる


 だから俺は掴み取れるまで手を伸ばそう

    ――だから私は目指す場所まで諦めない


 君が待つ未来

    ――あなたがいる現在(いま)


 それこそ俺が戦う理由

    ――それこそ私が戦う理由


 光りを欲せ

    ――闇を弾け



〝一欠片の奇跡(イル・ヨ・アジェスティア)

    ――〝一欠片の軌跡(イル・ヒ・アジェスティア)




 黒い魔法陣が俺の目の前に出現しフルーネが放った雷の砲を呑み込む大きさで闇が生まれた。闇はそのままあっけなく雷とフルーネを包み込み、そのまま現れた時と同じようにすっと消えてしまった。

「…………終わった……こんなものか…………戦うと言う事は…………」

(そう、私が生きてきたのはこんなもの。戦い終わって生き残っても空虚な虚しさだけが支配すること、嫌になった?)

 傲然と呟いた俺に半透明の紗姫はそう語りかけてくる。

(こっちに来る者は力が欲しいってだけの人もいるけど、信念を持ってくる人もいる。私はその想いを潰して生きてきた。その覚悟がなくちゃここからは進めない。もっとさっきの子と同じようにその手で想いを摘み取らなければいけないし、自分が死ぬ可能性もある。それでも真はこの道を歩いてくれるの?)

「当たり前だ。俺にはお前が必要だ。お前がいなければ俺は生きて行く意味がない」

(そんな悲しい事言わないでよ……でも嬉しいよ)

 眉根を下げ、困った顔をした後、昔と変わらない笑顔で笑ってくれる紗姫。

「必ずお前を助け出す。絶対だ。お前を取り返したら伝えたいこともあるしな」

(楽しみにしてる。でも由香梨やリンカ達の事もお願いね)

 俺の前では一度もしなかったその表情。笑みではあるだけど、期待と悲しみと辛さを同時に表出したその表情。

「それも分かってる。任せといて」

(任しました。じゃあね。真)

 手を振りながら消えてゆく紗姫。魔法で再現された姿だとしても嬉しい事には変わりなかった。

「ふ~無様な姿を見せずに……済んだ…………な……本当の…………紗姫じゃなくても……嫌だから……」

 そこで俺は倒れ込み、何もない空をぼーと見ながら襲いかかってきた睡魔に身を委ねた。




 私の視界を埋め尽くさんばかりの槍の数々。それが一斉に解き放たれ私の体を貫かんとする。だが私はそこから一歩も動かない。動く必要がないから。

 槍は私を貫くことなく、その前で動きが止まる。

「っ!?」

 私の前で魔法陣が色づいていく。白に色付いた魔法陣。槍は接触面からその色に色づき、反旗を翻す。

「私は私のまま、変わることなく真の傍にいる! それが私が日記に記した! 決意の言葉!」

 槍の一つ一つが矛先をジャッカの方に向き直し、塗り潰す。

 その色が消えた時私は力が抜け、膝を付いて、ジャッカの方を見る。彼は体を地面に横たえ、身動き一つしない。でも彼はまだ息がある。それでも後少しで消えてしまうのだろうが。

「ごめんなさい。私は私の為にあなたの想いを潰えさせました」

「気にしないでください。僕もそれは同じ。僕とあなたは互いに譲れぬ想いを抱いて戦いそして僕が負け、消える。ただそれだけです」

 それだけを言い残し、ジャッカの体は透け始め、粒子となって空気に溶け込んだ。

「ジャッカ、あなたは私だった。出会いが違ったら、良い理解者同志になれたかもしれないのに運命って何でこんなに皮肉に出来てるんだろう?」

 私の疑問に答えてくれる誰かはなく虚空を彷徨い消える。そして、そのまま目をつぶり、安堵し、眠りに落ちる。




 眠りから目を覚ますと、三人が立っていた。

「お目覚め?」

 俺に気付いたリンカが声をかけてくる。

「え~と俺はどうしたんだっけ?」

 俺は今現在置かれてる状況を良く理解していない。隣には由香梨がいつの間にかいて寝てるし。

「たぶん、緊張の糸が切れて気が緩んだのね。揺すってもまったく起きなかったわよ。それは由香梨も同様みたいだったけど。だから私達は先に空間の統合と修繕をやってあなた達が目を覚ますのを待ってたってわけ」

 確かにフルーネとの戦いが終わった後気が緩んでしまったのは覚えてるがそのまま寝てしまうとは情けない限りだ。だけど由香梨も無事だと言う事はジャッカに勝ったということだろう。

 そう思っていたら、どうやら由香梨も目を覚ましそうだ。

「ん……あれ、真にリンカ達もどうしたの?」

擦りながら体を起こすのを失敗して勢い良く後ろに倒れる。

「由香梨さん、大丈夫ですか?」

 それを支えたのはホタルだった。マントの中に手を入れ、出すときには水筒を持っていた。すぐに蓋を外してコップに中身を注ぐ。中にはコーヒーが入っていて、湯気と共に芳醇な香りが辺りに満ちる。

 それを少し傾け、口を付ける由香梨。どうやら落ち付いて、眠気も飛んだらしい。

「ふ~……ありがとホタル。真も無事だったんだね。良かった」

 心の底から安心したと言わんばかりに息を吐き続ける。目が覚めて思考も正常化したようだ。

「そっちも無事見たいで安心した。それでリンカ達はいつの間に?」

「あんた達がぐっすり熟睡してる間に、空間が分裂してたのは分かったから。真の方にコウを、私が由香梨の方に行って無事を確認した後、魔法を使って統合したのよ。でそれが丁度済んだ頃合で目を覚ましたってわけ」

「そっちは大丈夫だったのか……て聞くまでもないな。傷一つ、汚れ一つ付いてないし」

「んにゃ~結構大変だったのは大変だったよ。そこそこ強い奴と数が配置されてたし、ここまで時間喰ったのはそれだけ苦戦したということだし。ま、僕にかかれば問題ないけどね」

 コウが胸を張り自信満々に宣言する。

「はいはいそうですね」

 リンカはうざったそうにばっさり切り捨てた。

「だけど二人共無事で良かった。それじゃ今日は二人が〝刻み始める歯車〟で戻してみようか」

「そうね。最後まで全部やった方が達成感も一塩でしょ」

 リンカも賛同し、俺達の腕を握り、引いて立たせる。

「眩暈、立ち眩みなどありませんか?」

 心配そうに顔を覗きこんでくるホタル。

「大丈夫だよホタル」

 笑って安心させる由香梨。

「そうですか。良かったです」

 ホタルは安堵の表情を浮かべ、下がる。

「じゃあ二人共最後の締めよ。しっかりやりなさい」

 俺達は前に出る。その時由香梨が俺の手を握ってしっかりと掴む。俺も強く握り返し止まったままの世界を見据える。

「〝刻み始める歯車〟は過去を振り変えながら名を言えば出来るから気楽にやってみなさい」

 過去を振り返る。それは俺がここにいる理由であり、戦う根源でもある、だから俺は歩き続けなきゃいけない。


〝刻み始める歯車(カルデア)


 俺と由香梨の声が重なって響く。どこかでガチャと言う様な機械音がした気がした。

「呆気ない物でしょう。それじゃ一回学園に戻って検査よ。念のためにね」

 こうして俺達の最初の戦いは終わり、世界の裏の真実を知り、その辛さを実感出来た。だけど辛さだけでなく喜びも楽しみを知ることが出来た。だから俺はそれを教えてくれたフルーネの事を忘れはしないと心に刻む。

 これが俺達の物語の最初の一ページ。


ちなみにこの後、どこかで聞きつけてきたクラスメイトと共にパーティーと称して騒ぎまくり、リンカに説教されたのはまた別の話。



エピローグ


私はあなたに会いたい


あなたは私に会いたい


それが私の願い それはあなたの願い


闇の帳が降りる時 私はあなたに出会うでしょう


光の世界が終る時 あなたは私に出会うでしょう


私が鍵を あなたが錠を


闇の祝福を受けた二人は出会い真実の扉を開ける


暗闇の中、少女は一人虚空を見据えて詠を唄う……。



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