第三十三話
眼を開けると窓から朝日が差し込み、心地よい暖かさと光が保健室の中を照らしていた。体をゆっくりと起こし、腕を曲げたり、触ったりしても痛みはなく少し痺れるくらいになっていた。
「ん……」
隣では由香梨がまだ気持ちよさそうに寝ており時々、寝返りをうったりしている。そのたびに服がめくり上がり、その下に巻かれた包帯が覗くたびに俺の心は苛まれる。リンカは気にするなと言ってくれた。あの時は頷いた、だけど由香梨は俺の判断に従って逃げるのをやめ、戦ってくれたんだ。由香梨にこれ以上怪我させないためにももっと力を付け、磨かなければならない。俺は由香梨に布団をかけ直し、保健室を出る。
そのままグラウンドに出て、眼を閉じ、意識を集中させる。俺はまだ道具の力を借りないとまともに魔法の力を行使する事が出来ない。まずは道具無しで魔法を使えるように出来る事が最優先だ。昨日習った事を振りかえる。重要なのはイメージ、魔力を放出しながら球の形に纏めて行く。
「朝から精が出るね」
後ろから凛とした声、集中を一度切り、振り向くとそこにはコウの姿。
「あれ? リンカかと思ったんだが?」
「似てるでしょ。僕達姿だけじゃなく声も似てるんだ。だからね少し意識するだけでリンカちゃんの声もホタルちゃんの声も出来ちゃうんだ」
楽しそうに笑うコウ。リンカが笑うとこんな顔なのかなとふっと思ってしまうほど似ていてまた嬉しそうな顔だ。
「やっぱり焦っちゃうよね」
コウが真っ直ぐ俺の顔を見つめ語りかけてくる。
「リンカちゃんは甘くて優しすぎるんだよ。だけど自分には厳しすぎるほどに厳しい。真には責任はないって言ってたけどあの時心の中では自分を非難し続けて、苦しんでたんだよ。それが分かるからこそ分かってしまうからこそ僕達は何も言えない。けどそれで真が責任を感じないで日々を過ごしていけるわけないよね。そんな無責任な奴なら命懸けの戦場に足を踏み込まないでそのまま僕達の誘いを断る事だって出来たはずもんね」
「リンカが自分を責めていたのはなんとなくだけど分かってたよ。ホタルが辛そうな顔してたからな」
「分かってた上でこうやって修行しにきてたの?」
「いや、それこそだからこそだ。リンカが責任を感じないで良い様にもっと強く力を付けないと行けないと思ったからだ」
(それにこのままだったら絶対に紗姫を助けられない)
コウを眼を丸くし呆気に取られてるようだったがすぐに我に戻り次は腹を抱えて学園の端から端まで聞こえてしまうんじゃないと思えるほどの声で笑い始めた。
しばらく笑った後、眼の端に涙を溜めたまま、じっと俺を見つめ、
「付いて来て。僕がもう一つの戦い方を教えてあげる」
それだけ言って先に歩き始める。俺は意味が分からずにただコウの後ろに付いていった。
コウが向かった先は体育館と併設されるように立てられている武道場だった。靴を脱いで、畳が敷かれている床の上に立つと懐かしい気持ちに襲われる、向こう側に置いてきたはずの日常だったはずなのに。
「今から真に〝強化〟を教えてあげる。これは魔法として成り立ってるわけじゃなくて物質に魔力を流して強度を上げたり、切れ味を上げたりする技法なんだよ。論より証拠まずは見せてあげるね」
両手に竹刀を持ち、右を上に掲げ、左を前に出し、右手を振り下ろす。すると左手に握っていた竹刀は中途から切れ落ち、右手に握った竹刀は勢いを付け過ぎてしまったのか畳を少し切って先端を畳の中に付き差してしまっている。
「これが〝強化〟今のは竹刀の切れ味を上げて刀と同じようにしたんだ。それで真はこれから僕と試合してもらう。僕からは打ち込まないけど真からはガンガン隙だと思った所に打ってきて欲しい。もちろん竹刀には〝強化〟をかけてね」
「危なすぎやしないか。下手したら命まで奪ってしまうかもしれないじゃないか」
「大丈夫。僕からは打ち込まないから。それに全部捌ける自信もあるし」
確かに戦う為に鍛えられた剣技が俺が習ったようなスポーツにまで退化した剣道が勝てる道理はない。それでも今までやってきた事を蔑ろにされたみたいで俺は少し頭にきた。
「絶対泣かせてやるからな」
「その意気や良し。じゃあ始めよう」
コウは竹刀を投げ渡し、右手の竹刀を構えるでもなく体の横に垂らすだけ。隙だらけのように見えるが逆にどこから攻めたらいいか分からなくなる。
とりあえず中段の構えを取り、踏み込みながら面、胴の流れで打ち込む。だがその両方を一歩後ろに下がるだけでかわされてしまった。もう一歩踏み込み面を放つ。
「そうそう言い忘れたけど。無闇やたらに打ちこむと痛い目見るよ?」
そう言ってコウは俺の一撃を防ぐ。俺がコウの竹刀に打ちこむ形になったが俺の両手には痺れる程の衝撃が返ってきた。まるで鉄パイプに打ち込んだみたいだ。
「鉄を打ったみたいでしょ。今僕は〝強化〟を使って竹刀の硬度を鉄の固さにしてるからね。真もちゃんと〝強化〟を使わないとダメだよ」
「ならやり方を教えろよ」
「ありゃ、言わなかったっけ。これは失敬。基本は〝魔法の矢〟と一緒。手に魔力を集めて魔力を放出しないで獲物に流し、体の一部として循環させる。注意する点は流し込む時に〝強化〟する時の方向性をきっちりイメージして促してやらなきゃダメだよ。それと〝強化〟は同時に二つの特性を持たせることは出来ない。要するに強度と切れ味を同時にはあげられないって事。で、もう一つその武器にない特徴を持たせることが出来ない。竹刀ならその範囲を伸ばすことは出来ず、斬撃を飛ばすことも出来ない。必要はないけどね。代わりになる魔法はいくらでもあるから。真、その竹刀は刀だ。全てを断ち切る鋼の刃。オッケー?」
最後の方はコウらしく軽かったが意図は伝わった。もう一度中段に構える。魔力を手に集め、竹刀を肉体の延長に捕え、流し込む。イメージは刃。全てを斬り割く真剣。
「面!」
裂帛の気合と気迫の一歩を斬撃に乗せ、上段から竹刀を振り下ろす。
「まだ甘い」
右足を左足の後ろに持っていき体を縦にして躱し、すれ違いざまに小手と胴に一撃入れられた。竹刀とはいえ、防具も付けてない状態ではかなり痛い。
「イメージが甘いよ真。もっと明確に刀の特性を思い描かないと。ちゃんと出来ればこれ一つで魔法使いと対等に戦えるんだから」
もう一度構え、コウに向き直る。
「本物が目の前にあった方がやりやすいかい?」
そういってコウは壊中から抜き身の刀を引きずり出した。それを空の手で握り見せつけるように構えた。
「どう? これが人を斬る為だけに生まれた武器の輝きだよ」
朝日を反射して鈍い輝きを放つ刀。コウが言うとおり人を斬る為の道具なのだろうだが、その刀身は眼を奪われる程に美しく、そして流麗な波紋が更に美しさを際立たせている。
俺は意識を刀に集中してイメージを固めていく。反りのある刃、固くも柔らかい玉鋼の質感、見る限りのイメージを魔力と共に流し込む。
すると竹刀を包み込むように魔力が漏れ出し、刀の形に酷似する。
「そうそう良い感じ。打ち込んできてみ」
もう一度振り下ろす。今度はコウは躱さず受け止めてくる。ガキィ、明らかに竹刀が出す音とは違う金属同士がぶつかるよりも更に高い音が武道場内に反響する。コウの竹刀を押し返し、横薙ぎに振るう。コウはその斬撃を下から跳ね上げた竹刀で弾き、そのまま振り下ろすが、俺は一歩後ろに下がり紙一重の所で通り過ぎ、もう一度上がってくる。
「フッ!」
俺は竹刀を握る力を強め真っ向から挑む。
「ハッ!」
これまでで一番高い音が響き、バキッとコウの竹刀が折れた。バランスを崩した俺はひっくり返って畳の上に転がる。
「良い感じだよ真。まさかこんなに早くコツを掴むとは思わなかった。思わず僕からも打ち込んじゃったし。うん、これから朝は僕が稽古付けてあげるよ。もっと実戦的な戦い方を身に付けたいでしょ」
「ああお願いするよ」
「ん、お願いされました。じゃあ今日はこれまでにしよう。今日は保健室で朝ごはん食べてそのまま教室に行くから。ぎりぎりまで寝とく?」
冗談交じりに喋るコウ。さっきまでの真剣な雰囲気はなりを潜めいつものおちゃらけキャラに戻っている。
「いやそれはさすがにヤバいだろ。特にホタル辺りが食べた後すぐ寝ると牛になりますって五月蝿そうだ」
俺も苦笑交じりに答える。
「良く分かってるね。ホタルちゃんはマナーにとっても五月蝿いんだよ。僕もいっつも怒られてるし。自分の食べたいように食べたいんだけどね」
「だが自分の流儀を曲げてでもホタルの料理には価値がある。そうだろ?」
「さっすが真。そうなんだよ。どんな料理もホタルちゃんが作った物を一度食べてしまうと見劣りしてしまってね~。僕はもうホタルちゃんの料理無しじゃ生きていけないんだよ」
俺達はそんな他愛ない会話を交わしながら保健室に戻る。不思議とコウと話しているとついこの前会ったというのにもう何年もつるんでる様な安心感と親しみがあった。
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