第二十八話
「なに逃げようとしてるのよ。次は当てちゃってもよろしいかしら?」
「フルーネ。さすが僕の恋人だ。こんなに可憐な魔法の使い方を僕は今まで見たことがないよ」
「ありがとうございますジャッカ。こうやってずっとあなたと語り合っていたいけれどもそろそろ本題に入るとしましょう」
「本題だと……?」
「ええ、まだ魔法を完全に扱えないあなた方は格好の獲物ですからね。その魔力私達が頂きますわ!」
フルーネがこちらに向かってきた。あのだらしない姿からは想像も出来ない速度だ。握った棒を振りかぶり俺の頭に振り下ろす。その棒を左手に展開した〝魔封壁〟で防ぎ、お返しに銃をフルーネの顔に照準を合わし引き金を引く。放たれた〝魔法の矢〟はコンマ何秒かの後にフルーネを貫くはずだったのにフルーネに後数ミリで届くはずだったのに横から飛んできた何かが掻き消してしまった。横目で確認するとジャッカと呼ばれていた男の立つ周囲に水の球が浮かんでいる。恐らくあれが俺の攻撃を横から相殺したのだろう。
「由香梨! もう逃げることは考えるな! 後ろの奴の相手を頼む!」
「任せて!」
俺の後ろに隠れるように立っていた由香梨は飛びだし俺の倍の手数で〝魔法の矢〟を放ちまくる。
「ジャッカそちらは任せてもよろしいかしら?」
「君は心配性だな。こんな魔法の基礎しか知らないひよっ子に僕が遅れをとると思うのかい?」
奴らはこっちを舐め腐っている。だがそれもいた仕方ない事実。俺達はまだ魔法の事も今日学んだ程度でしか知らない。けれどもそれでもむざむざ殺られる気はないけどな!
切り結んだままの左手で棒を押し返し、銃床で肩に殴りかかる。だが上体を逸らすだけでかわされる。
「なにお怒りになられてるんです? ただ私は本当の事をおっしゃっただけですのよ!」
フルーネの気配が一気に膨れ上がったと同時に肩と腹と太股に同時に鈍痛が走る。
俺は後ろに吹き飛ばされどっちが上か下かも分からない程地面を転がった後、ようやく立ち上がる。棒を一瞬引いたのは分かった。だがその後どの順番でどのような流れを辿って俺を突いたのか全く見えない。
「う~んおかしいですわね。立てないぐらいに痛めつけたはずですけど……まぁまだ楽しめそうですわね」
腰を落とし、矛先を俺の方に向け、朗々と唱える。
【彼の産声轟かん
生まれ落ちるは紫光の子
その身に宿る輝きで全てを焼き
その身に宿る鼓動で全てを震わす
さぁあなたはこの子の姿を見ることもなく
この世界から消えなさい】
〝紫電それがこの子の名〟
フルーネの手が紫色に輝き、次第にバチバチという音が大きくなり電流が棒全体に広がり纏い始める。
「さぁまだまだ私を楽しませて下さい。地面を這いつくばり無様に生にしがみ付きなさい!」
フルーネはその場で棒を振り回し始める。最初はゆっくりと次第に速く速度を上げる。棒が一回転するたびに砂が舞い上がり風が吹き荒れる。
俺は〝魔法の矢〟を放って妨害を試みるもフルーネに着弾する前に電流が流れ途中で遮られてしまう。
「きゃっ!」
由香梨がこっちに向かって飛んでくる。
「由香梨!」
俺は急いで駆けつけ受け止める。
「ありがとう真」
怪我なく無事に受け止められたみたいだ。
「フルーネすいません待ちましたか?」
「いいえ、大丈夫ですわよジャッカ。丁度私の準備は整いましたわ」
「ではすぐに」
【君が泣く時は僕がその姿を隠してあげる
そんな事でしか僕は君を助けてあげることはできない
弾けて消える運命は覆す事は出来ないのだから
僕が消えることで君に希望と夢を与える事が出来るなら
喜んで消えましょう
けれど僕は君と出会えた刹那の時間を永遠に胸に刻み
また君と会える事を切に願う】
〝儚いゆえの純粋〟
詠唱が終わると雲一つない空から雨が降ってきた。だが雨は魔法で降らせているのだから雲がなくてもおかしくはないと理由があるがこれは本当にただの雨の様で俺達を害するものではないようだ。するとこの雨は何の意味が……
「真! 逃げるよ!」
由香梨が勢いよく俺の腕を引いてフルーネとジャッカに背を向けて走り出す。
「由香梨! 逃げてもすぐに追いつかれるだけだぞ!」
「何言ってるの! 水と電気って事は……」
由香梨の言葉を遮る形でフルーネが喋る。
「それは無理ですわ。お二人とも条件は満たしていますもの」
俺は思わず振り向く。フルーネは紫電纏う棒を足元の水溜りに突き差し咆哮する。
〝天地染める無慈悲な電光〟
一瞬だが観ることが出来た地に溜まった水と今だ降り続いている雨を伝って電流が空と地、上下から俺達を襲う。
「うわああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!」
「きゃああああああああああああああーーーーーーーーーーーー!」
全身がバラバラになりそうな衝撃と痛み、一度飛んだ意識が痛みで強制的に戻され、また飛ぶと言う地獄と形容しても足りないような地獄の時間。それは一秒にも満たない時間だったかもしれない。だが俺達の戦うための力を奪うためには十分な時間だった。
俺も由香梨も力なく地面に倒れ込む。
「ッ……」
指の先一つまともに動かすことが出来ず、辛うじて出来る抵抗といえば睨みつける程度だ。
「まだ戦意を失わないとは大したものですが、あなた達の負けは確定しているのです。おとなしくそこに這い蹲っていてください」
ジャッカは余裕の笑みと共に更に言葉を紡ぐ。
「あなた方が何故、この戦いに身を置く決心をしたかは分かりません。ですがそれもこれまでですので全てを諦めてください。想いも何もかも」
俺がこの戦いに身を投じる理由。心の奥の奥、俺の本質を支える彼女の笑顔。ただそれをもう一度見る為だけに。だけどたった今日一日クラスの奴と出会い、授業を受け魔法の練習をし、鬼みたいなリンカから逃げる鬼ごっこ。そんな少し日常とは違う非日常、それでもただそれだけで俺の心は安らぎを感じ、彼女を求める心が凪いでしまうのが分かる。だから、だから今ここで全ての想いを。願いを。憎しみの炎にくべて。こいつらを殺す力を! 紗姫をあんな風にした同類をこの手で八つ裂きにする魔法を!
俺の心が染まっていく。憎悪という漆黒の炎で……。
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