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一欠片の軌跡  作者: 皇 欠
三章~立ちはだかる真実、隣にいる仲間~
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第二十七話

「最善……この場合の最善ってなに!?」


「とりあえず逃げる! その後どこか隠れられる場所で次の打開策を考えよう」


由香梨と一緒に次々に角を曲がり、住宅街の奥の方に向かう。


「けど隠れるなんて出来るの!? 私達の臭いを辿られたらすぐにわかっちゃう!」


確かにそうだ。けど俺達には奴らを倒す決定的手段がない。抗う事は出来るかもしれないがこれは最終手段だろう。それに死と隣り合わせの緊張、恐怖、焦燥、いつ心が押し潰されてもおかしくない。由香梨もほんの少し走っただけで息も絶え絶えだ。俺も由香梨もいつ動けなくなるかは分からない。引き延ばされる時間の感覚、重くなった足を全力で前に押し出す。

次の角を曲がる。そこにはまた〝犬蛇〟の姿。


「チッ先回りされた!」


「真! 後ろにも来た!」


振り返ると後ろにも〝犬蛇〟が待ち構えている。ここは路地の半ば脇道もない。完全に挟まれた形になる。


「どうする!?」


「どうするもこうするも強行突破だ! 由香梨後ろの奴を牽制しつつ、前の奴を排除する!」


「分かった!」


俺は腰に差している銃を抜き撃ちで放つが回避されてしまう。


「ハァ!」


由香梨も銃をそしてもう一方の手に〝魔法球〟を浮かべ同時に放つ。だが俺と同様にかわされる。


「由香梨、出し惜しみは無しだ。全力でここを突破する!」


俺は言うがいなや撃ちまくりながら特攻をかける。由香梨も俺の後ろから援護射撃をしながら付いてくる。当たろうが当たらまいが関係なく撃ちまくり弾幕を張って〝犬蛇〟の動きを止め真正面から突進するが。〝犬蛇〟は怯みもせず尻尾の蛇の口を開け、炎を吐く体勢になってる。


「ゴァァァ!」


蛇の口から地獄の業火が吐きだされるが俺も臆することなく防御壁を展開し炎の進行を防ぎながら〝犬蛇〟の目の前まで辿り着く。そして犬の眉間に銃を突きつける。

「人間をなめるなよ! 化物!」


引き金を引いて〝魔法の矢〟を放つ。〝魔法の矢〟は真っ直ぐに貫き〝犬蛇〟の体を蹂躙する。〝犬蛇〟は力尽き倒れる。走りながら後ろを向いてダメ押しに後ろから追いかけてくる〝犬蛇〟に〝魔法の矢〟を足元と体を狙って放つ。狙い通り〝犬蛇〟は矢をかわす為に立ち止まらざる負えなくなり、そのまま俺達を見逃す形になる。だが俺達が角を曲がりきった瞬間、すぐ後ろでまた遠吠えが響き渡る。俺達を更に追い詰める為の絶望への音色。


「真。さっきの殺しちゃったの!?」


「分からない! だけどこっちから殺らないとこっちが殺られてたんだ! 気にしてる場合じゃないだろう!」


殺さなきゃこっちが殺される。ここは正しく本物の戦場だ。


「とりあえずあそこの公園の茂みで身を隠そう」


都合良く見えてきた公園を指して言うと、


「そうだね」


安堵の息を吐きながら由香梨はそう答えていた。相当疲労が溜まっているようだ。いつもの快活の喋り方とは懸け離れている。公園の茂みに身を潜める俺達二人。

動きを止めた瞬間、一気に体が疲れを思い出したように節々が悲鳴を上げ、四肢は持ち上げるのもだるくなる。


「少し休んだらまた隠れる場所を探そう。一か所に留まるときっとまた見つかるかもしれない。最悪、救援が来るまで走り通しになる事も覚悟した方が良いかもしれない」

「そんなの私にとっては楽勝だよ」


軽口を叩くが無理をしてるのは火を見るより明らかだ。

二人の息遣いだけしか聞こえない。それ以外はまったく聞こえない。今も化物どもが通りを徘徊しているはずなのにそこにはいつもの平穏な姿のまま、普段の有り触れた風景でしかない。こんなにも理不尽な状況に巻き込まれても変わらずそこにあるそれが俺の心を平静に戻してくれる。


「由香梨どこか怪我とかしてないか?」


「私は大丈夫。真が守ってくれたから」


「そうか。なら良かった」


「ごめんね。真。私足手まといになってる……」


「気にするな。俺は由香梨が居たから冷静に無茶をせず最善と思う選択を選べたんだから。だからありがとう」


嘘偽りない俺の本心。由香梨が傍にいてくれたから俺は此処にいれてそして生きてられる。それこそが真実であり紛れもない事実だ。


「ううん。お礼をいうのは私だよ。正直真が病室であの啖呵を切ってくれなかったら断ってたかもしれない。真だけをこんな命がけの場所に置き去りにして。紗姫の事を忘れて。またいつも通りの日常に戻ってたかもしれないもの。だからお礼をいうのは私だよ。ありがとう」


「じゃあ今すぐ後悔させてあげますわ。(わたくし)人が絶望する顔が大好きなんですの」


俺でもない由香梨でもない悪意に満ち満ちた第三者の声。


「さっさと出てきて下さらない。私待たされるのは大嫌いですの」


魔法使いが言った直後、眼も眩む光と爆音と共に近くの木が炭化した。ブスブスと音を立てながら黒い煙を上げコゲ落ちてしまっている。


「真……出て行った方がいいんじゃない。このままここにいても攻撃されるだけだよ」

「そうだな」


俺達はゆっくりと立ち上がり、茂みから出て行く。油断なく銃を握り締めいつでも逃げ出せる様に体制を整えながら魔法使いの前に姿を出す。


「……」


俺は言葉を失った。

緩く結われたおさげ、意思が強そうな吊り目、整った顔立ち、だがそれを全てぶち壊しにする。紺色のジャージをだらしなく着こなしている。手には鈍色に光る金属の棒を握りそれを地面に突き立て寄りかかる様にして立っている。

更にその隣に薄い蒼色の髪を肩で揃えモノクルをその端正な顔にかけ、燕尾服に身を包み、ティーポットを片手に持ちティーカップに紅茶を注いで傍らにいるジャージの女に渡している。


「何を呆けていらっしゃいますの?」


「フルーネ、二人とも君の美しさに見惚れてるのだよ。素晴らしい絵画は人の心を魅了する。君は正しく生きた絵画なのだから」


「なにを言ってるのかしらジャッカ。二人はあなたに見惚れているのよ。あなたのその宝石の様な美しい姿。見惚れて当然ですもの」


なんだこの頭のおかしい二人は。俺達のことなんかまるで気にせず自分達の世界で語り続けている。こっそり由香梨が俺の隣に来て、


「真、今の内に逃げましょう……」


「ああ……」


ゆっくり後ろに後退し、少し距離が取れた所で後ろを向いて走ろうとした時、俺の顔の横を何かが空気を焼いて通り過ぎて行った。

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