第二章 まとめて
第二章まとめました。一気に読みたい方はこちらをどうぞ。
第二章
~忘れられた出会い 新しい出会い~
俺がリンカに付いて行って行きついた先はこの町で一番の病院だった。
「ここにいるのか。紗姫は?」
「ええ、ここの最上階に入院してるわ」
リンカ達はいつの間にかマントと刀をどこかにしまい、今は聖霞学園の制服を着ていた。聖霞学園は場所がどこにあるのかどんな校風なのかどんな事を学び、どんな人が経営しているのか全く謎に包まれた学校だ。だが聖霞学園の卒業生は大手企業の社長や有名政治家、オリンピック選手、学者を数多く輩出している超エリート校として有名だ。
などと考えながら歩みを進めていたら俺達を乗せたエレベーターが目的地に着いたみたいだ。
最上階は異様な光景だった。壁に一面に文字のような物が刻まれている。コウが魔法を使った時に浮かび上がる魔法陣の中に描かれている物と同じように見える。
「これはなに?」
由香梨が不用心にも触ろうと手を伸ばすと、
「由香梨さん、それに触れてはダメですよ」
横からやんわりとホタルが由香梨の手首を掴み下ろさせる。
「これは魔法文字と言って、まぁそのまんまなんですけど文字に魔法と同じ効力を持たせて書かれた文字です。一つ一つに半永久的に魔力を持って魔法を発動させ続ける危険な物ですが管理と使用をきちんとしていれば便利な物ですよ」
「まぁ簡単に言ったら次元の狭間に飛ばされたり、体中から出血したりそらもう恐ろしい事が起こるんだよ」
「怖っ!?」
由香梨は数歩後ろに下がって壁から距離を取る。俺達の遣り取りを無視してリンカは難しい顔をしたまま異様な廊下を突き進んでいく。その気迫に圧倒され俺達は自然に黙ってしまう。そして一つの扉の前に辿り着く。
「ここよ」
そう言ってリンカはノックもなしに扉を開け入っていく。
俺達も逸る気持ちを抑えつけてそのあとに付いて行く。そこは殺風景な部屋だった。病室内の壁は廊下と同じ白だったが魔法文字はなく清潔感を出している。そんな部屋の中に一つだけあるベットの上に静かに横たわる彼女の体。
「紗姫……」
紗姫がいた。二年前と変わらない少女の面影を残したままの綺麗な顔。だが俺はそこで少し違和感を感じた二年前と全く変わらない記憶の中にある紗姫と寸分違わない。しかし、この記憶はさっき返してもらったから体験したように感じられるが二年もの時間は人を成長させるのには十分な時間なはずだ。もっと体も顔立ちも色んな所が変わっていてもおかしくない。だが紗姫にあの時から変わった様子はない。俺は恐る恐る、紗姫が眠るベッドに近づいて行く。
「真……」
由香梨の咎める様な声がしたがそれを無視して僕は紗姫の頬に手を伸ばし触れた。ぞっとして思わず手を引っ込めてしまった。冷たい……死人のように体温がなかった。こんなに血色良く生きてる様にしか見えないのに冷たい。それは俺に言い表せぬ恐怖となって俺の体を冷たい何かが通り抜けた。
「死んでるみたいでしょ?」
リンカがぽつりと呟いた。
「でもねちゃんと生きてるわよ。〝夢無人″になった。だけど紗姫は自らこんな死体みたいな状態にしたのよ。私達にもなんでどうやって紗姫がこんな事をしたのかは分からない。前例がないからね。魔力を喰われた人が〝夢無人″になる事は話したわね。この時魔法使いは魔力を全て喰らうわけではなく魔力の善の部分だけを喰らう」
「ぜん?」
「善悪の善よ。魔力は感情エネルギー、感情は色んな面を持っているでしょ。陰と陽、光と闇、互いは互いに求め合い惹かれあう。残った悪の魔力は残された〝夢無人″が絶望すればするだけ善の感情が支配していた領域すらも黒に染め上げて魔力を膨張させていくんだ。そして膨大した悪の心に飲み込まれ自殺する。死ねばその体に残った悪の魔力が善の魔力に惹かれて喰らった奴の元に渡ってしまう。そうする事によって私達の世界の人間を自らの手を汚さずに殺す事ができ更に魔力まで手に入れる事が出来る。狡賢い遣り方だ。だけど二年前私達が紗姫を発見した時魔力は一切残っていなかった。そのおかげかどうかは分からないけど魔力がない肉体は活動する事が出来ないから紗姫は〝夢無人〟の運命から逃れる事が出来た。私達が紗姫に施したのは《時止め》の魔法、現代科学だとコールドスリープが一番近いかな。紗姫の体を時間から切り離してある。だから彼女の体は死体のように冷たくなってるわ」
「こんな状態でも本当に生きてるのか!?」
「生きてる。そのために私達は二年もの間耐えに耐え紗姫を救うためにあなた達を待ってたんだから」
「私達を待ってた?」
「君達に会って確信したよ。君達の中には紗姫の魔力が流れている。きっと紗姫は〝夢無人〟になる前に悪の魔力を二つに分けて君達の中に封印し力になるように術式を組んでたみたい」
「私達の中に紗姫の魔力が……」
由香梨は自分の胸に手を当て鼓動と一緒に流れているだろう魔力を感じるように両目を瞑った。
「それで紗姫をどうしたら助けられる!」
俺はもうそれしか興味はなかった。もう一度彼女の笑顔を見たい、彼女の声を聞きたい、それだけが俺を駆り立てる。
「真さんと由香梨さんは紗姫さんをこのようにした敵への道標なのです。あなた達の中にある紗姫さんの魔力それが私達の敵に導いてくれるはずです」
「そのためにもまずあなた達には聖霞学園に入学して魔法を学んでもらうわ。聖霞学園は知ってるわね」
「あのエリート校の事だろ」
先程思いだしていた事をもう一度思い出しながら答えると、
「まぁそういう風に認知されてるみたいだけど本当はあなた達のような魔力に目覚めた子供達を集め教育する事が目的の教育機関、それが聖霞学園の本来の姿よ」
「じゃあ、今まで輩出されてきた人達は魔法の力を使ってインチキしてるって事なの?」
「いや、それはないわね一応決まりで結界内以外での魔法の使用は固く禁じられてるし、学園には才能溢れた人材が集まる傾向があるからそのせいじゃないかしら。無能なのもいるけど」
「それで、俺達が学園に入って得する事があるのか!?」
「基本魔力を目覚めさせた子供達は強制的に学園に入学が決められるからこれに逆らう事はできないわね。特別措置として魔力を再封印して記憶を改竄する事もできるけど、得する事って言ったら紗姫をこんな風にした奴に復讐する事が出来る」
重々しくリンカが言った瞬間、俺の心が激しくその言葉に反応した。
「俺に復讐する力をくれるっていうのか……」
「あげるわけじゃない。あなたがその力を自らの力で手に入れるのよ。学園はその手助けをしてくれる。どう、やる気出たかしら?」
「ああ、やっと分かった。俺が求めていた物の正体が。紗姫が無事だと分かっても燻っていた心のざわめき。リンカ、アンタが示してくれた復讐の道、歩いてやるよ!」
言い切ってやるとリンカは黒い笑みを湛えコウは何とも言えない苦笑いをし、ホタルは変わらない笑みを崩さない。
「真は来る気になったみたいだけど、由香梨あなたもそれでいいかしら?」
「私は……真に付いて行きます。私も紗姫を助けたい気持ちは一緒だものだったら私は真と共に同じ道を歩みます」
「そう……良かったわ。あなたも覚悟を決めてくれたみたいね。ホタル二人にあれを渡して」
「はいはい」
ホタルは喜々とした様子で俺と由香梨の手に何かを握らせていく。
「これは何だ?」
「学園に入るために必要な学生証よ」
手を開いて中を覗いてみると俺の上半身を映した証明写真と学籍番号その他が印字されていた。
「お前いつの間に俺達の写真を手に入れたんだ?」
「気にしない、気にしない」
「明日二人一緒にこの学生証を重ねて〝開門〟と唱えなさい。学園への道が開くから。手続きとかはこっらで全てやるから気にしなくていいわよ。それじゃ二人共また明日。今日はゆっくり休みなさい。今は気が張ってるから大丈夫だろうけど思いのほか疲れてるはずよ」
「ではお二人共また明日、学園でお会いしましょう」
「復讐もいいけど仲良くして行こうね」
三者三様に労いの言葉をかけ、病室を去っていく三人。
病室に残ったのは俺と由香梨。
「お前まで来なくても良かったんじゃないか?」
「私だって紗姫を助けたい! それに真をほっとけない……だから私も真に付いて行く!」
「そうか……お前が決めた事ならもう口出さないよ」
「うん……」
それから俺達は言葉を交わすことなく静かに紗姫の病室を出て、家路に着いた。由香梨が何を考えているかは分からない。いや、今はそんなことすら考えられないただ紗姫が何を思って俺達の中に自分の力を託したのかその真意だけを考えていた。
翌朝、俺はいつの間にか泥に沈むかのように眠ってしまっていたみたいだ。天井を眺めながら戻って来た記憶に思いを馳せる。紗姫と由香梨と俺、兄妹同然に育てられた俺達はいつも一緒だった。生まれてから今日までたぶん家族以上に多くの同じ時間を共有していたはずだ。互いに秘密など持てるわけないと思っていた。しかし、紗姫は俺達には秘密で、いや秘密にせざる負えなかったのだろう。俺もいきなり魔法だ何だと言われてまだ信じ切れていない部分もある。
俺達の隣で笑って楽しそうにしていた紗姫がそんな世界で血生臭い戦いをしていたと思うと情けなくなってしまう。その頃の俺には何の力もなかっただろうが違和感ぐらい気付いて上げられたらと思うと悔やんでも悔やみきれない。だから俺はリンカが示してくれた道にすぐに乗ってやった。あいつらは俺達が知らない紗姫を知ってるようだし、助けてくれたのも一応信頼するに値するだろう。だから俺は彼女達に言われた通り由香梨との待ち合わせの場所に向かっている。
いつもの公園にはもう由香梨が待っていた。俺と同じでいてもたってもいられない様子でそわそわとして落ち着きがない。
「由香梨早いな」
俺は気軽に声をかけるとびくっと少し体を震わせ俺に気付く。
「真、おはよう」
「ああ、おはよう」
「いつもの真に戻ったみたいだね」
「いつもの?」
「昨日の真、恐かったから……」
「まだ紗姫の事は頭の中にこびりついてるよ。だけどちゃんと冷静に思考出来るようになったから安心してくれ」
「うん分かった」
由香梨はようやく緊張をほぐし頬を緩めてくれる。
「それじゃ行こうか。リンカ達が待ってるだろうし」
「そうだね。はい」
由香梨は学生証を取り出し掌に乗せる。俺も学生証を取り出し、由香梨の学生証の上に重ね更に手を由香梨の上に重ねる。俺の手が由香梨に触れた途端どこからか爆竹を破裂させたかのような爆発音がした。
〝開門〟
のすぐあとに掻き消す様に由香梨が先走って呪文を叫んだ。
「どうした由香梨、一人で言っても開かないはずだぞ?」
「ごめん! ちょっと緊張してたから!」
「そうか? なら今度こそ行くぞ」
〝開門〟
唱えると同時に足元から強烈な風が吹き、俺達を包み込んでいき、視界を遮ってしまう。視界が奪われて数秒、やっと視界が戻ってくる。
そこにはうっそうと生い茂る草原と一定の間隔で巨石が乱立している。心地よく草原を駆ける風には清涼な草の匂いが混じっている。辺りを見渡してみれば乱立して立っている岩が不定期に輝き、その光が収まると岩の下に人が出現していた。どうやら俺達もああやって移動しここに来たのだろう。心底魔法とは何でもありなんだなと思ってしまった。
「凄いね真、だけどここってどこなんだろう? 日本にこんなとこあるわけはないし」
「多分、昨日俺達が入りこんだあの空間と原理は一緒だと思うよ」
「さすが真さん素晴らしい洞察力ですね」
横からいきなり聞こえた声に体が緊張し急いで振り向くが、その姿を見て一気に弛緩してしまう。
「なんだ、ホタルか……びっくりさせないでよ」
由香梨が俺の言いたかった事を言ってくれた。
「クスクスクス、それはごめんなさい。お二人を迎えに来ました。私に付いて来てくださいね」
ホタルは口に手を当てお淑やかに笑うと先だって歩いて行く。俺達はその後を付いて行きながらホタルに問いかける。
「今来てる奴らも俺達と同じ様な体験をしたのか?」
「そうですね。個々人違いはあるでしょうけど概ね死線を彷徨った末私達みたいな魔法使いに助けられた人がほとんどでしょう。ですが助けられなかった方達ももちろんいます。聖霞学園の生徒達はそんな幸運に恵まれた人が集まっているのですよ」
「ホタル達も?」
「いえ、私達の家は元来魔法使いの家系でして生まれた時から戦う運命にあったのですよ。紗姫さんもそういう家に生まれていますから。私達も真さん達みたいな幼馴染で仲が良かったんですよ」
「紗姫が魔法使いの家系だったなんて……」
「じゃあ紗姫はこっちの生活と俺達との生活二重生活をしてたって事か?」
「そうですね。私達はこっちの世界での支えに、向こうの世界ではあなた達を支えに戦っていたみたいです。あなた達の事を話す時紗姫さんは本当に嬉しそうに話していましたよ」
思い出したかのようにまたクスクスと笑うホタル。
「失礼しました」
ホタルは謝る必要などまったくないのに静かに礼すると前の一際でかい岩を指差して、
「あの岩が学園に通じるワープポータルになっています。あそこでもう一度学生証を提示する必要がありますので出しといてください」
俺達はもう一度学生証を取り出す。
「その学生証には色々な最新の魔法機能が組み込まれた高価な物ですので大事にして下さいね」
「こんなカード一枚がか?」
「ええ、生徒の安全を守るための防御機能、学園との道を繋ぐ転移機能、学生同士で交信する連絡機能、その他色々な機能が付いてますので作るのにも時間が掛かってしまいますので必然的に高くなってしまうんですよ。使い方は後でちゃんと教わりますからきちんと使いこなせるようになってくださいね」
説明を聞いている内に岩の元まで辿り着いていた。ざっと見積もっても五メートルを越す大きさは下から見上げるとこちらに倒れてきそうな妙な圧迫感がある。しかも岩の表面を目を凝らしてみれば紗姫の病室で見たのとは違うみたいだが魔法文字がびっしりと埋め尽くされ時折脈動するように明滅しているから更に迫力が増している感じがする。
「でかいな」
「この岩も魔法で作られた物でして、いつ頃作られたのかは不明なのですが、学園との道を繋ぐ唯一の道標として重宝されているのですよ。さていよいよ学園へと行きますよ」
〝開門〟
ホタルが風に掻き消されそうな小さな声で呟く。それは不思議と耳の中で反響し、心地よい温もりと安らぎを与えてくれる。無意識のうちに瞼を閉じ音色に心を預ける。心を空の蒼、海の蒼に包まれている感覚、それは胎児の時、母親の温もりに包まれた感覚に似ていた。その時の事なんて覚えてないはずなのにそう表現するしか例える事が出来なかった。
余韻を残しながら引いて行くホタルの音、消えて行くと共に自然に上がっていく瞼。微かに入ってくる光の眩しさに顔を顰めながら、視界がはっきりしていくのを待つ。
最初に目に入ったのは視界を埋め尽くすピンク色の花弁、桜の花びらが雪でも降るかのように次から次に舞い落ちる桜の花びら、現実の世界でもここまで咲き誇ってるのはそうないだろうと思う。
「綺麗……」
由香梨が陳腐だけど素直な感想を漏らした。
「この桜はちゃんと現実世界から植樹した物で樹齢何百年という桜の木もあるそうですよ」
「へぇ~……」
「いちいちスケールがでかいな」
「学長が派手好きで……全く困った物です」
いつもの笑みを困ったものに変えて微笑むホタル、いつもよりも困り成分を多く含んだ笑みはホタルには似つかわしくない物だった。
「来たわね二人共。どう聖霞学園に来た感想は?」
桜並木を潜ってこっちに向かってくるリンカとコウ、二人共ホタルと同じ笑み、顔立ちが本当そっくりだから一人一人の特徴を捉えておかないと判別するのは不可能だろう。
「まだなんとも言えないな。ただこんなに人がいるとは思わなかったよ」
俺達の横を興味深げに通り過ぎて行く。生徒達、俺達と同い年と思える奴もいれば明らかに小学生にしか見えない子供もいる。
「この学校は小学から大学までエスカレーター式だからね。幅広い世代の人がいるわよ。またこれだけの人が望まない運命に翻弄され、踏みにじられ、助け出された人がいるって事。あなた達も含めてね」
俺はもう一度通り過ぎて行く生徒を見てみる。どこの学校とも変わらないその光景は残酷な過去を経験して描かれている。一人一人が持っている傷は深く醜い。そんな傷を持っているにも関わらずこんなに明るい。それだけこの学校が良いところなのか、それとも過去を乗り切り今を生きているのかは分からない。ただこれからの生活が楽しくなってくれる事は俺に無理に付いて来てくれた由香梨には良い事だろう。
「さてまずは更衣室に行きましょうか。あなた達の制服が用意されてるからそれに着替えてちょうだいいつまで前の制服着てたら注目集めるばかりよ」
俺達二人は二回だけ袖を通してからもう着る事もない学校の制服を着ている。昨日の戦闘で確かに色んな所が破け、焦げ付いたはずだったのに気付くと新品同様元に戻っていた。まぁ魔法の力でホタル辺りが直してくれたんだろう。
リンカは颯爽と踵を返して先頭を歩いて行く。その後ろを付いて行くコウとホタルも自信に満ちた雰囲気を醸し出している。そんな三人に登校中の生徒達も挨拶し、中にはリンカに熱い視線を送ってる女の子もいた。リンカはそれに軽く答え、コウはにこやかに手を振り、ホタルは折り目正しくきちんと礼していた。ここまで似ていない兄妹は珍しいなと思いながら俺と由香梨もその後ろに付いて行く。
並木道を半ばまで歩いて行くと校舎が見えてきた。だが俺はまた自然と足を止めていた。
「ん? どうしたの?」
コウが俺に気付いて聞いてくる。
「いや、今まではスケールのでかさに驚いてきたが、あの校舎とその中央にある塔は何だ?」
俺は右手をこめかみに手を置いて襲いかかってくる頭痛に必死に堪える。今俺の視界に入ってきている木造建ての校舎は一つが単独で建造されたわけではなく端の方で別のしかもコンクリート造りの校舎とくっついて外角百二十度でおり曲がりあまつさえその内側には東京タワーとためを張れるんじゃないかと思えるほど高い塔が佇立してる始末だ。外から見る限りは校舎の中から塔が建っているような奇抜な建築物にしか見えない。
「あ~まぁ初めてみたら驚くよね。校舎の形はね、真上から見ると分かるんだけどあの塔を中心に六角形の形になるように配置されてるの。で六角形の中は中庭になっていてそこから塔は立っている訳。無意味に六角形にしてるわけじゃなくて万が一の非常時の為に結界が張られるように設計されているんだ。だけどね中は普通の校舎の様に一棟ずつ魔法で区切られていて外観の様に変に繋がってないから現実の学校と同じに出来てるから」
澱みなく喋り続けるコウ。あの時あれだけおちゃらけていたこいつも今日はいたく真面目に説明してくれている。俺と同じでこいつにも何か抱えている物があるのだろうか。
コウがベラベラと絶え間なく口を動かしている間に昇降口から中に入っていく。中は外が外だけに拍子抜けするほどに普通だった。板張りの床、木目美しい壁、天井から柔らかい光を落とす蛍光灯、昔ながらの木造校舎の雰囲気そのままだ。
「なんか懐かしい感じがするね。木造の校舎なんて初めてみたのに」
「ああ、気持ちが安らぐな」
「二人共こっちよ。ここが更衣室だから。それじゃこれあなた達の制服よ。サイズは合ってるから心配しなくで。男はそっちの右、女はそっちの左だから」
ビニールに包まれた学園の制服を押し付け更衣室にぶち込まれる。
俺はさっさと中からブレザーの制服を取り出し、手早く身につける。ふわっとホタルの声を聞いた時と同じ温かさを感じる。この制服にも魔法による仕掛けがされているみたいだ。おかしい個所がないか軽く確認して、外に出る。
外に出ると目の前にいきなり火花が飛び散った。何も反応出来ずに硬直してしまった俺の横にホタルが立って、顔の前で手を左右に振られる。
「大丈夫ですか? 真さん?」
「これ……何してんだ?」
「見ての通り訓練をしてるのですよ」
「いや!? 訓練ってなんでいきなり学校の廊下で刀出してチャンバラしてるんだよ!?」
「あの二人はいつも実戦形式で訓練をなさいますから時と場所を選ばないのですよ」
のんびりと言うホタルはこの惨状に随分慣れているみたいだ。という事はこの二人はしょっちゅうこんな事をしている事になる。
ホタルと言葉を交わしている間にも二人の斬り合いは加速する。力で攻めるコウの刀とスピードで攻めるリンカの刀。コウが一振りする間にリンカの刀は五振りは確実に振っている。しかもその中にはフェイントも混じっているため実際にはその倍は刀の軌道を変えている事になるのだろう。しかしそれに付いていくコウの剣技も速さはないのにリンカの剣筋を確実に先読みし鍔迫り合いに持ち込み、リンカの体勢を無理矢理崩していく。そんな遣り取りを何合も繰り返し、繰り返し交える。茫然と眺めながら分析しているといつの間に着替え終わったのか由香梨が隣に来ていた。
「凄いね。ただ学校の廊下でやる事じゃないよね」
「この学校ではきっとこれが当たり前の光景なんだろうさ」
俺がまた斬り合いに目を向けると終盤に向かっているように見えた。
「二人とも共着替え終わったみたいだね」
コウが斬り合いながら俺達の方に視線をやりながら言った。
「ならこっちも終わらせましょうか」
言うが早いかリンカの姿が掻き消える。目では全く追い切れない、リンカの足が地を蹴る音も四方八方、同時に聞こえ、耳でもリンカの場所を特定する事は叶わない。超高速から放たれる斬撃、蛍光灯からの光で白刃が照り返し、それが迫る様はコウを中心に光が集まっているようにも見える。
「甘い甘い、リンカちゃんはこんなゴリ押ししてこないもんね。周囲に注意を逸らせつつ狙いは……頭上!」
コウが勢いよく頭上に顔を向ける。今まさにコウの頭を斬ろうとしていたリンカの姿があった。リンカの顔が悔しげに歪んだ。
「もらった!」
逆にコウは歓喜に顔を綻ばせ反撃の刃を放つ。的確にリンカを斬り割く軌道、軍配はコウに上げられると思われたその時リンカが口端を釣り上げ凶悪な笑みを浮かべた。
「私が何の罠も張らずに姿を表すと思った? こっちは囮よ」
輪郭がぶれ、リンカの姿が掻き消えた。
「あんた、人の事言えないわよ。甘い甘いって言ってる割に自分も詰めが疎かじゃあどうしようもないわね」
コウの後ろから首に刀を当てながら言うリンカ。意地悪な笑みを浮かべて。
うまい。リンカはコウの周囲に残撃を残して囮と隠れ蓑として使い相手の注意を上に逸らしそこにも残像を残して油断させる、そしてコウがそっちに気を取られてる内に得意のスピードで近づき止めを刺す。完璧にコウの性格とパターンを読んだ戦術と人の領域を超えたスピードここまで戦いに慣れないと魔法使いにはなれないのだろうか。
「二人共ごめんね付き合わせちゃった」
コウがへらへらした顔で近づいて来て謝る。
「いやそれはいいんだけど。いつもあんな事してるのか? 俺はてっきりケンカ始めたんじゃないかと思ったぞ」
「僕がリンカちゃん相手にケンカするわけないじゃん。した瞬間僕が殺される事必見!」
「いや、別に見たくはないんだが……」
「そうだよね~。リンカちゃんのあの姿を見たらトラウマ一直線だもんね~」
同意を求めるようにコウは当人であるリンカの方に顔を向ける。
「そうねって答えると思ったかしら?」
再びコウの首に刀を当てにっこりと笑うリンカ。
「いえ、全然」
笑みを浮かべながら冷や汗が地面に伝い落ちて行く。
「ハァ、バカのせいで時間喰ったわね。うん二人共良く似合ってるわよ」
俺と由香梨をマジマジと眺め何度もうなずきながら褒めてくれる。
「さて、教室に案内するわね。一応二人共同じクラスで転校生として入ってもらうわ。まぁこの学校では良くあることだから皆すんなり受け入れてくれるわよ」
階段を二つ昇り、三つある教室の内一番手前の教室のドアをコウが勢いよく蹴り破る。
そして蹴り破ったコウが反対の窓に勢いよく顔面から突き刺さるが直前で白い壁に阻まれそのまま地面に叩きつけられる。
「あんたいきなりドアぶち壊してどうすんのよ? 皆もびっくりしてるじゃないの」
「「「いや、もう慣れたから大丈夫」」」
教室にいた全員が声を揃え、顔の前で手を左右に振り、否定する。全てにおいて完璧なシンクロを織り成して。きっとこの三人いや二人のこの行動はいつもの事なのだろうと全てを悟ってしまった。
「その二人が転入生なの?」
明るい金色の髪を肩の上で切り揃えその一房を緑色のリボンで結び、エメラルド色の澄んだ瞳をキラキラと輝かせ明るい声ではっきりと喋る女の子が気軽にリンカに問いかけた。
「ええ、紗姫の忘れ形見」
その言葉を聞いた瞬間教室中が一気に騒がしくなった。
「やっと来てくれた~!」
「紗姫さん、必ず助けて見せますから……」
一人は天井に向かって叫び、一人は胸の前で手を組み静かに祈りを捧げる。
俺達二人はその異様な光景を黙って見続けたが、さっきの明るい声の少女がこっちに向かって微笑みかけながら、
「ごめんごめん。君達二人を置いてきぼりにしちゃったね。ここにいる全員、紗姫さんに命を助けてもらった人達なの。助けてもらった後もこの学園で友達として恩人としてとっても良くしてもらってたんだよ。私もその一人で神代明菜って言います。このクラスの委員長もやってるから分からない事は何でも聞いてね。よろしく」
神代明菜、委員長は手を差し出してきた。
俺は頷きながら、
「辻村真です。こちらこそよろしく」
自己紹介して握り返した。
「うん、よろしく」
満面の笑みを返した。
委員長は機敏な動きで由香梨の前に移動して同じ様に手を差し出す。
「よろしく」
「雪村由香梨です。よろしく」
「委員長! ずるいぞ。抜け駆けとは委員長のする事じゃないだろ!」
「へっへ~ん早い者勝ちだよ~」
「あんた達、いい加減にしなさいよ」
呆れたようにため息を吐くリンカ。
「そろそろ授業始まるから用意しなさい。あなた達の席はそこだから。教科書とか全部中に入ってるから。それじゃ後でね」
それだけ言ってリンカは二人を伴って出て行った。
「あれ? あの三人はこのクラスじゃないの?」
「聞いてないの? あの三人は……」
キンコーンカンコーン丁度チャイムが鳴り響きガラっと音と共にリンカ達三人がもう一度入って来た。
「ほいほ~い、席に着いて~」
コウを先頭にリンカとホタルも続いて入って来た。
「先生もやってるのよ」
あの三人は規格外にも程がある。
「今日の授業は全部私達が担当して上げるから嬉しさで咽び泣くといいわよ」
教壇に立ったリンカが放った最初の一言がこれだった。そしていきなり教室中から咽び泣く声が聞こえ始める。そいつの顔を覗いてみるとマジで号泣していた。しかも男が。俺はいてもたってもいられず左隣に座っている委員長に話しかける。
「皆どうしたんだ? 男はマジ泣きするは、女の子はシクシクすすり泣くは。リンカ達の授業はそんなにいいの?」
「いや……その逆で……この三人、鬼みたいに厳しくて、皆トラウマになっちゃってるのよ。かくいう私も体の震えを抑えるだけで必死なんだけどね」
委員長はそう言って微笑んだ。だけど顔は若干青ざめている。
「そんなに怖いの!?」
俺の右隣りにいた由香梨が身を乗り出して委員長に聞く。
「怖いとかそんな次元じゃないよ。……ダメこれ以上は思い出させないで!」
「あんた達いつもの反応だから気にしないけど今日は安心していいわよ。真と由香梨はつい先日魔法を知った素人も素人だから。まずは基礎の復習をするわ。あんた達これ出来なかったら地獄見せてあげるから気合入れてやりなさいよ」
「はい!」
元気に返事を返す、俺と由香梨以外の面々。中には敬礼をする者までいる。リンカの鬼教官ぶりは相当な者みたいだ。
「真、由香梨、魔法って何だと思う?」
リンカから漠然とした質問をしてきた。
「凄い力だと感じたよ。けどそれと同じぐらいに怖いとも思った。コウ君の魔法見てたら足が勝手に震え出すのを抑えきれなかったもん」
由香梨が若干声を震わせながらそう答える。
「由香梨のその考えは魔法を扱わない人間からしたら正しいわ。だけどその考えはもう捨てないといけないわ。魔法を使う時一番重要なのは集中力なの。恐怖や畏怖はその集中を妨げる感情なの。恐怖や畏怖では生まれる魔力も微々たる物だしね」
「それは魔力が感情エネルギーだという事に起因するのか?」
「もちろん。魔力を作る上で効率の良い感情と悪い感情があるのよ。悪い感情の方はさっきの恐怖と畏怖に類する感情ね。良いのは怒りや憎しみ、楽しみかしら」
「楽しみは分からなくもないが、憎しみや怒りは漫画やゲームならダメな感情じゃないのか?」
「それは間違ってるわけじゃないけど説明不足ね。怒りや憎しみに囚われると人って周りが見えなくなるのよね。だから怒りや憎しみで魔力を引き出し、なおかつその感情に引っ張られない事が理想なの。二人とも思い出して。白い部屋の中で一人横たわる紗姫の姿……」
リンカが発した紗姫の名一つで俺の内からドス黒い感情が溢れだした。その黒い何かは俺の体を覆い尽くす。
「はい、そこまで」
首のあたりに軽い衝撃が走った。それだけで俺の体はバランスを保てなくなり倒れ、そのまま俺は意識を失った。
「まさかこんな簡単に魔力を引き出してくるとは思わなかった。なら予定を変更しないと行けないわね」
私はすぐに真の首に手刀を当て、気絶させた。
「真!?」
由香梨がすぐに真に駆け寄り体を揺さぶる。
「気絶させただけよ。安心しなさい。それにしても魔力だけであの圧迫感恐ろしいものがあるわね」
「真さんにそれだけの才能があっただけとは言い切れないですよね。やっぱり」
「一概にないとは言い切れないけど紗姫をあんな風にした奴に対する憎しみが凄まじい事だけは確かよ」
「僕も驚いたよ。あれだけ純粋に憎しみだけで構成された魔力を見たのは初めてかもしれない」
「まぁ私も奴と対峙したら我を失うかもしれないけど」
「「「勘弁して下さい」」」
コウと教室の隅に避難していた全員が声を揃えて言ってきた。ちなみにホタルはニコニコと笑みを絶やさないがその額から冷や汗が一滴垂れるのを私は見逃さない。
「あんた達私を何だと思ってるのよ?」
「「「鬼」」」
私の顔に青筋が浮かんだのが分かった。
「あんた達、痛い目見たいようね」
無意識の内に低くなった声、私はその声が相手にどういう効果を与えるか把握している。すなわち絶大なる恐怖。私が狙う獲物達はようやく自分達の失言に気付いたのか顔を青ざめさせ始める。
「リンカ、ちょっと落ち着こうね。その鬼も裸足で逃げ出すような笑顔を辞めてくれないかな?」
委員長が皆に押されて前に出て話しかけてくる。
「あら、可笑しいわね鬼は私じゃなかったかしら?」
じりじりともう下がれないだろうが委員長はグイグイと押してどうにかして私と距離を取ろうとしている他のクラスメイト。その無駄な努力に更なる氷の笑みを張りつけて一言。
「さぁ狩りを始めましょうか!」
そう言って私の傍らで我関せずという顔をしていたコウの顔面を掴んで委員長に向かって投げ込む。
〝魔封壁〟
すぐさま反応した委員長が前に障壁を張り、弾をガードし後ろにいるメンツは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出す。ある者は正攻法に廊下に逃げ出し、ある者は窓から脱出を図ろうとする。
「お前ら、私から逃げられると思うなよ?」
足に魔力を集中する。もう体の延長となるまで昇華した形なき私の体、魔力を纏った私こそが本当の私。
「ホタル、真と由香梨は任せたよ。魔法を学ばせるには実戦を見て体験するのが一番早いからね」
「お任せ下さい」
床を強く踏み込み真っ直ぐに飛ぶ。そのタイミングに合わせて向こうもこっちに突っ込んできたバカがいた。赤茶けた髪は緩く波打ち気の強そうな髪と同色の眼、好戦的な顔付きの口元からは八重歯が覗いている。こんな喧嘩っ早いバカはこのクラスには一人しかいない。いつの間にか握られている剣に合わせるように魔力を纏わせた手刀でガードし文句を言ってやる。
「亘あんた邪魔よ。あんた達三人は一番厄介だから最後に回そうと思ってたんだけど」
「あんただったら五分で捕まえて来れるだろうがその間俺が暇だから相手してもらうぜ」
亘の左手が閃く。いつの間にか実体化させたのか、短刀を握りこんでいた。私はその攻撃を右足からの蹴りを短刀の側面に当て弾き飛ばし、同時に撃ち込む体制を整えていた拳で亘の胸を殴りつける。だが肉を叩いたはずなのに殴った感触は金属の壁を殴ったような鈍い痛みが帰って来ていた。
だが元々の目的である離れることは出来ていたから上出来としておこう。
「出現のスピードと場所の制約がうまくなったんじゃないかしら」
「俺だって遊んでるわけじゃない」
カラッ、私が殴ったポイントから小さい手のひら大の盾が落ちた。簡素な造りだがそれは盾以外の何物でもない。
「魔力纏ってなかったら拳が砕けてたわよ」
「罅一つ入らない癖にいけしゃあしゃあと言えるものだ」
「う……ん……」
どうやら真が目を覚ましたみたいだ。手加減したとはいえこの短時間で意識を取り戻すとはしっかり体は鍛えてるみたいね。
「起きたかしら真?」
視線は亘に合わしたままそう問いかけてみる。
「真? 大丈夫?」
ずっと寄り添っていた由香梨が真に声をかけた。
「え……っと……俺どうしたんだ?」
真は私になにされたか気付いてないようだ。ならそれは知らないまま――。
「リンカさんが手刀で気絶させたんですよ」
「何故に速攻バラすかな!? ホタル!」
「別にリンカさんは何も悪い事をしていらっしゃるわけではないのですから良いではないですか?」
「いやまぁそうだけどさ……」
「真さん、リンカさんを攻めてはなりませんよ。リンカさんもしたくてしたわけでないのですから」
「どういうことだ?」
説明が足りないホタルに困惑した真は補足を求めるように由香梨を促した。
「私にもよく分からないんだけど、真の魔力が暴走したのをリンカが止めてくれたみたい」
由香梨が補足した説明は大体的を得ているものだった。由香梨が検討外れの答えを返すのではないかと冷や冷やしていたが満足いくものだったので良かった良かったとほっと安心したのも束の間、殺気が一気に膨れ上がり、私の胸に向かって鋭い切っ先が飛んでくる。すぐさま手を払い軌道をずらす。
「あっぶな、今の完璧に殺すタイミングだったわよ!?」
亘に非難の声を上げるが、冷ややかな声で言い返してきた。
「戦闘中はどんな事があっても気を抜くべからずと教えてくれたのはお前だったよな」
上げ足を取られた格好の私は二の句を告げなくなってしまった。
「確かに言ったわね。でも……」
「所でリンカともう一人は何をしてるんだ? 喧嘩か?」
言い返そうとしたタイミングで真がそんな事を言うから私は言うタイミングを失っちゃったじゃない! と心の中で叫んだ。
「リンカさんは授業をしてらっしゃるのですよ。この学校でのメインの授業となる実戦をしてらっしゃるのです。もちろん座学もありますがこちらの方に力を入れてるのは確かです。さてそれは何故だと思いますか?」
「そりゃ、戦う運命にあるからだろ」
真は何を今更と言うようにあっけらかんと答える。わずか短時間でかなりこっちの世界に毒されてるわね。
「正解です。私達はあの空間に入ってしまったら戦いを強制されます。ですが必ずしも戦い倒す必要はないのです」
「どういう事?」
淡々と進むホタルの説明。真も由香梨も相槌うちながらしっかり聞いている。良い生徒だ。あいつらに染まって欲しくないな~と物思いに耽っていたら何もない中空から剣が降って来た。
「あれ私そんなに隙だらけだった?」
「ああ。だから俺も座標変更しての術式が組めたんだろうが」
「ならもっと確実に殺れる方法を使わないと」
「俺は近接格闘が好きなんでな」
「そうでしたね」
軽口を挟みつつまた斬り合いを再開する。
「あの空間を敷かれれば私達魔法使いは必ず察知出来ます。つまり援軍が来るまで逃げのびれば援軍と合流して戦えばいいのです。私達が真さん達を助けられたのも敵に殺されてなかったらからですしね。今リンカさんが行ってる実戦も端的に言えば鬼ごっこですし」
「なんかシュールだな」
「いえこれが一番大事なのですよ。自分よりも強い敵に出会ったらどうしますか? 真正面から戦いますか? 奇策を弄して奇襲で倒しますか? それでも埋まらない力を持った敵が現れたらもう逃げるしか生き残る方法はありませんよね」
「うん、確かにそうかも」
「今リンカさんが行っている実戦は敵に発見され迎撃しながら距離と時間を稼ぐという物です。ルールは簡単、鬼であるリンカさんに捕まらないように逃げて、隠れて、迎撃する事です。ということでお二人にも参加していただきます。準備はよろしいですか?」
二人が驚くのを視界の端で捕えてた私は苦笑いを浮かべ、ホタルに注意を促す。
「ホタル私に言っといて自分をしないわけはないわよね」
「分かっていますよ。リンカさん本当に心配症なのですから。お二人はまだ魔法を使えませんのでこちらをお渡しします」
ホタルは制服のポケットから二丁の小型の拳銃を取り出した。黒光りするその姿は限りなく本物の様に見えるが俺は一応ホタルに聞いてみる。
「これって本物か?」
「いえ、これは形だけで銃ですが中身は学生証と同じで魔法機能を組み込んだものです。主に攻撃用の機能です。使い方は簡単で引き金を引けば〝魔法の矢〟が撃てるように設定されています。ただ矢に使われる魔力は勝手に体から銃に吸収されますので使いすぎには気を付けてください。もちろん防御に学生証を使われても構いませんがまぁいきなりでは多分使えないと思います。変に気負わずリラックスしてリンカさんから逃げ切ってください。何か質問はありますか?」
「捕まったとなる判定はどうなる?」
「リンカさんにタッチまたは魔法によって捕縛されたら捕まったと見なします。他には?」
やる気のある声で真はホタルに問いかける。
「逃げられる範囲はどこまでだ?」
「それは学生証のマップに表示されますのでのち程ご確認ください。なお他の教室はダメですよ」
「よし、それだけ分かれば十分だ。行くぞ由香梨!」
「うん!」
真と由香梨は勢いよく教室を飛び出していった。
「さて一分経ったら追いかけますか」
「の前に俺の相手をしっかりしていけ」
亘は機嫌を損ねたようで鋭い眼光で睨んできた。
「もちろん、亘はここでゲームオーバーよ」
「ああ、まだお前には勝てないだろうが五分は持たせてやるよ!」
亘は実体化させたナイフを二本私に放ってくるがそれをステップだけで回避し、魔法を発動する。
術式起動
〝十からなる水を纏いし魔法の矢〟
私の周囲に十個の水玉が出現し矢となって亘を襲わせる。
「お前俺をなめてるだろ!」
亘は激昂し、両手に日本刀を出現させ、矢を全て叩き落とし斬りかかってきた。
「いや、私あんたみたいに速い術式ないし、まぁそれでも直情馬鹿なあんたのあしらい方は熟知してるわよ」
私は床に残っていた水に魔力を通し形質を変化させ液体から気体に変え一気に蒸発され視界が白に塗り潰される。一瞬の目くらましただが私にとっては十分な時間。
「タッチ」
体を低い体勢のまま突っ込み亘に触れる。
「ジャスト一分、亘まだまだ甘いけど成長してるわよ」
「次こそ勝つからな!」
「励みなさい。それじゃホタルいってくるわ」
「いってらっしゃい、リンカさん」
「さて今日は何分逃げのびられるかな」
教室を飛び出して一番障害物の多そうな場所を探した俺達は六角形の校舎に囲まれた中庭の植え込みに囲まれた一角に身を潜めていた。植え込みを背にして貸し与えられた銃を構え緊張の糸を緩めずに周りを警戒する。
「この歳になって鬼ごっこをする事になるとはな」
「でも遊びじゃないよ」
由香梨も緊張しているのだろうその声は固い。
「二人共そんなだとまともに戦えないよ」
俺の後ろ植え込みの中からそんな声がした。俺はすぐさまその場から飛び退き銃を後ろに向かって構える。そこには植え込みから顔だけを出した間抜けな姿の委員長がいた。
「ども、委員長事こと神代明菜で~す」
片手を上げながら這い出てくる委員長。ともう一人その後ろから長身痩躯な体に若草色の髪と翡翠色の双眸の男も植え込みの中から這い出てくる。
「何で俺までこんな間抜けな登場しなきゃならないんだ」
とぶつぶつ呟いてるが委員長は聞こえてないのかはたまた聞き流してるのか無視して俺達に話しかけてきた。
「いや~二人共探したよ。隠れるのうまいね~」
「だが委員長にはバレちまった。また場所を変えないとな」
「それなんだけど私達と一緒に行動しない? 人数が多い方が逃げやすいのよね。逃げるにしても戦うにしても」
「俺達はまだ魔法を使えないぞ。使えるにしても支給されたこれだけだ」
俺は銃を軽く持ち上げ示した。
「平気平気、この学校の教育方針は実戦あるのみというスパルタ教育だからにまずは慣れる事から始めないと。援護とかの練習にもなるからぜひ組んでくれると嬉しいな」
「どうする由香梨?」
「私は委員長達と一緒に行動した方が良いと思うよ」
「よし。委員長よろしく頼む」
俺と由香梨は揃って軽く頭を下げる。
「うんうん良かったよ受け入れてくれて。そうそうこっちのノッポの男の子は朝崎信君教室で戦ってた亘君と一緒で私の部下だよ」
「お前が勝手に言ってるだけだろうが!」
信は委員長に怒鳴るがまた無視。
「信君、二人に自己紹介したら?」
しかもこういう始末。信も諦めてるのか大きな溜息を一つ付いてこちらに向き直る。
「朝崎信だ。このネジの外れたバカと教室で戦っているだろう亘とは腐れ縁でさ一緒に紗姫さんに助けられた。感謝してもしきれないだから俺は必ず紗姫さんを助け出したいと思ってる。それはお前も一緒なんだろ?」
信はそういいながら俺に手を差し出してきた。その手をしっかりと握り声に覇気を込め言い切る。
「当たり前だ」
信は力強く握り返し笑みを浮かべた。
「それじゃそろそろここから移動しようか。多分亘君は捕まってる頃だろうし獣は次の獲物を求めて行動を開始してるだろうしね」
「そいつが勝ったって可能性はないのか?」
「「ない!」」
「そんなはっきり言わなくても……」
「甘い! 甘いわ由香梨。リンカの恐ろしさはあの兄妹の中でも群を抜いて恐ろしいのよ。あのドSにかかれば人の精神をぽっきり折る事なんて造作もない事なのよ!」
「なんかテンション可笑しくなってないか?」
「ああ、あいつはクラスの中でもリンカから酷い目に合わされたからな」
容易に委員長がリンカに弄られている姿が想像できた。まだ由香梨にポツポツと語ってそれに逐一相槌を打っている由香梨も若干顔を青くしているように見える。
「おい! 明菜そろそろ移動しないとお前を狩りにリンカが来るぞ」
耐えかねた信が委員長の肩に手を置いて正気に戻す。
「ハッそうだったすぐに移動しましょう。こっちよ」
先頭を進む委員長にさっきまでの怯えた様子はなかった。頼もしいのか頼もしくないのかイマイチ掴めない俺だが今は彼女に付いていくしかない。
「それでどこに隠れるつもりなんだ?」
「校舎の裏手の方に森があるんだけどそこに開けた更地があってしかも御誂え向きに木々に隠れる形で小高いとこがあるのよ。そこに隠れてリンカを遠距離から狙撃して仕留めるわ」
「私の立てた作戦はこうよ……」
委員長は俺達にその策を話し始めた。
私は校舎内で見つけた生徒一人を捕獲し、次の獲物を探す為に魔法を走らせて居場所を探る。私一人の魔力では大まかな当たりを付ける程度しか精度がないが今回は以外にも反応が強く返って来た。
「あと捕まえてないのは……厄介な奴が残ってるじゃない」
私は手元に開いたリストを見つめて呻く。印が付いてないのは辻村真、雪村由香梨、神代明菜、朝崎信の四人だった。
「委員長は弄り過ぎたせいで、実戦訓練時は若干暴走気味になるもんな~」
まぁ原因は私にないとは言い切れないからしょうがないか。腕時計で残りの時間を確かめまだ余裕がある事を確認する。
「さて、どんな策を弄してるのかしら」
私は頭の中で明菜がどんな策を施していても対処できるようにシュミレートしながら反応があった森へ足を向ける。今回は四人だし大胆な作戦組み立ててるかな。初っ端か亘を私にぶつけて逃げるほどだし、由香梨の力はまだ分からないけど、真の力の片鱗は放出された魔力だけで十分強い事は頭の切れる明菜だったら確実に気付いてるだろうし。意外性を突いて真と由香梨、信を前に置いて、後衛からのサポートをしてくるかしら。学生証の使い方くらいは教えるだろうから防御はできるはず盾役の可能性もあるわね。
いくつものパターンを浮かべては消しを繰り返していると私はいつの間にか森の入口まで辿り着いていた。
「負けてあげるのも優しさかもしれないけどそれは私のプライドが許さないから全力で潰してあげるよ」
愛刀〝清水〟を抜き気持ちを戦闘用に切り替える。準備を整えて森に足を踏み入れた瞬間、風を切る音を靡かせて私の肩目掛けて矢が飛んでくる。無意識の内に手が勝手に跳ね上がり真二つに叩っ切る。矢は空中に霧散するように光を散らしながら消えた。
「信による遠距離射撃、さっきのは確実に様子見の一撃なら次は更に強力なのが来るはず」
矢が飛んできた方向に全力で駆ける。魔法で軌道が曲げられている可能性があるが信はそういう器用な事が苦手だからおそらくないだろう。そう思考してる内に魔力の反応が大きくなった。私は対抗するべく凛と声を張り唱える。
再生と生命を司る清き水よ
我は仇なす愚か者を洗い流す水を欲す
一雫 二雫 三雫 想いに力を宿して集い
何者も逆らえぬ激流を生み出せ
〝生命の奔流〟
私は手のひらに水球を留め、勢い良く振る。水球は私の眼前で弾け洪水もかくやという勢いで流れ信が放ったであろう矢とぶつかった。拮抗も一瞬、互いは互いを飲み込み喰らうようにして消える。
私はその横を通り大体当たりを付けた場所まで突き進む。そしていきなり視界が開け見晴らしのいい場所のほぼ中央に信が自分と同じかそれ以上の大きさの弓を携えて立っていた。信が口を開き詠う。
我に集え 光の矢束よ
百集まりて一となせ
その矢災いを打ち消す破魔の矢なり
その矢全てを砕く剛魔の矢なり
我に仇なす者を射抜き貫き星屑となせ
〝星が紡ぐ刹那の光〟
信が私に向けてではなく上空に向かって弓を引く。訝しみながらも足を止めずに進むがいきなり地面を踏む感触がなくなったと共に訪れる浮遊感。
「ん?」
結論だけ言うなら落とし穴に落ちた。
「古典的な罠仕掛けてんじゃないわよ!」
空中でバランスを取り着地に備える。だが頭上から先程よりも大きい魔力の反応、無事に着地を終え上を見ると狭くなった空を覆い尽くす矢の雨。さっきの詠唱はこれかと気付くのと目の前の事象をどう回避しようかという思考に至るのは同時だった。
「なめるなよ!」
右手に持った〝清水〟の宝玉に魔力を通しその姿を変化させる。刀身に蒼い線が走り蒼く色づいた水となる。気合い一閃裂帛の勢いを乗せて私は〝清水〟を上段から振り下ろす。
「喰らえ〝清水〟」
〝清水〟の刀身が伸び、幾重にも分かれ鞭のようにしなり矢を叩き落とす。落としきれなかった残りの矢を手首のわずかなスナップで枝分かれした鞭を全て制御し落としていく。神経を使う鞭の制御を何十回も繰り返してやっと全ての矢を叩き落とし終わった。安堵の息を吐きつつ私は穴から一足飛びに飛び出した。
後ろからバシュッと射出音が聞こえた。私は〝清水〟の刀身を薄い膜状に変え、覆う。膜の二か所に魔法の矢が命中し弾ける。
「真と由香梨か、戦力として劣る二人を奇襲要員として使ってきたか」
信がいつの間にか姿を消している。一度森に隠れたかそれとも……。
光は闇 闇は光
風に乗って詠唱が私の耳に届く。
「明菜の魔法!」
全身に気を張り巡らし辺りを注視し、森の中の一際高い所に立つ明菜を見つける。
二つは一つ 表裏一体
二つは交わらず 関わらず 共に存在を知らず
全てを照らし出す光と 全てを飲み込む闇が出会いし時
狭間に真っ白な無が生み出されん
来よ 私の子供達(力) 全てを貪り狂え
気の向くまま思うがまま暴れまわりて 喰らい尽くしなさい
〝暴食の世界〟
私は魔法での対処は間に合わないと判断し、すぐさま森に走って逃げる。足元の地面が光を発し始める。更地いっぱいに広がる魔法陣。魔法陣の内にいるもの全て無情の光に晒し消し去る広域消去魔法。たった一人に使う魔法にしては大袈裟すぎる。私は〝清水〟を振って伸ばし木の枝に括り付けゴムの要領で縮め一気に森の中に離脱する。私が森に逃げ更地の方に目を向けた瞬間光が更に力を強め消えた。対象がいなかったため不発に終わったようだ。木の陰で荒くなった息を整えるのも束の間隠れている木の皮が弾けた。
「今日はちょっとハードだわ」
一つ嘆息し、もう一度更地の方に戻る。遮蔽物の多い森の中だと遠距離から撃たれてジリ貧になるのを見越しての行動だ。私を追うように由香梨と真、正面からは信と明菜が飛び出してきた。四方からの同時攻撃、戦術としては鬼ごっこの趣旨とは違うが有効なのは間違いない。私じゃなければきっと殺れていただろう。だけど、
「爪が甘いわ」
足に魔力を集中、そしてそれを体全体に広げ、動く!
四人には私が消えたようにしか見えなかっただろう。一瞬にして私は四人全員(ヽヽ)の後ろに移動し手刀を叩き込む。
手応えはあっただが腹に衝撃が走り、私はすぐに飛び退く。そこには回し蹴りを放った状態で止まる真の姿があった。他の三人はさっきの一撃で狙い通り昏倒しているようだ。
「良く防いだわね」
私の攻撃を防いで蹴りまで入れてくるとは思わなかった。
「消えたと思った時はさすがに焦ったけどさっき首を狙われたからもしかしてと思って保険を懸けておいたんだ」
首の後ろに小さい透明の壁、魔力により作られる障壁〝魔封壁〟を展開していた。
「案外器用じゃない」
「委員長の教え方がうまかったからだよ」
「資質は十分ってことね。さて残りは真あんただけ、正々堂々一騎打ちと行こうじゃない」
「簡単に姿消せる奴のセリフじゃないよな」
「あら、あれは魔力で身体能力を強化しただけで魔法は関係ないわよ。私が習得してる流派の特殊歩法術。やろうと思えば真でも出来るようになるわよ。こんな風にね」
真の右後方に移動し、空いた手でタッチして決めようとするが、まるで予期していたように私目掛けて銃の引き金を引いた。咄嗟のとこで〝清水〟を跳ね上げ斬る。
「冗談。完璧に終わったと思ったのに」
「俺だけになったけど逃げ切ってやるよ」
真は両手で銃を握り銃口を向けてくる。
「ちなみにあんたで最後だから」
「鬼ごっこ始まってまだ三十分しか経ってないのに四十人近くいたクラスメイト全員捕まえたってのか……つくづく化物じゃないか」
「言うじゃない真。まぁ私に捕まってるようじゃ紗姫も助けられないだろうしね」
軽い挑発のつもりで放った言葉だったが、私は冷汗をかく破目に陥った。
放たれるのは殺気と魔力。皮膚が粟立つのを私は感じた。殺気を放たれる事は慣れてる筈なのにそれをも上回る純粋な殺気。殺気と共に放たれる黒く色づいた魔力が銃の中に吸収されていく。その膨大な量に世界が軋み悲鳴を上げる。
「俺は……紗姫を……助け……」
真が低く、呻くように口を開く。
「俺は必ず紗姫を……紗姫を助けてみせる!」
今回はどうやら意識を保っているようだがそれも危ういな。そう思ってる内に銃の前に黒い塊が現れる。
「そのためなら俺はどんな事でもしてやる!」
引き金を引いた。極限まで収束された魔力は銃の術式によって変換され莫大な破壊エネルギーとなって私を襲いにかかる。だが魔力は凄まじくとも私の脅威ではない。当たる直前に歩法を使い真の後ろに回り込む。砲撃はそのまま森を削り取り消滅させた。
「その心意気は良いけどまずはその感情に呑まれないようにしなさい。あなたが紗姫の事を大切に想っている事は十分に伝わったから。焦らずにここで学びなさい。私達も精一杯サポートしてあげるから」
そう言って軽くタッチする。そのわずかな力でも真は前のめりに倒れた。
「魔力の使いすぎね。いきなりだったけど頑張ったじゃない」
私は倒れる真の体を受け止め真の頭を撫でながら褒めてあげる。まぁ本人は気絶してるから分からないだろうけど。
ガサッと後ろで草を踏む音が聞こえ、こっちに向かって歩いてくるホタルとコウの姿があった。
「お疲れ様でした。みなさんは私達で運びますのでリンカさんは先に戻って少し休息を取ってください」
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
「それでどうだった、二人は伸び代がありそうかい?」
「真の方は期待できそうだけど。由香梨の方はまだ分からないわね。魔力の保有量は高そうだけどうまく引き出せてないみたいだから」
「由香梨の方も心中穏やかには行かないだろうしね。紗姫の事と真の事その二つの事で葛藤してるんだろうね」
その意見には同意する。
「ですが人は何かを乗り越えた時、成し遂げた時、何か掛け替えのない物を手に入れる物です。由香梨さんには自分の力でそれを見つけて貰いたいですね」
ホタルが由香梨の隣に屈みこみその体を優しく持ち上げる。
「それじゃ二人共後は任せたわよ」
「あいよ」
真の体を抱え上げながらコウが威勢良く返した。
私は軽く体を伸ばしながら校舎の方に歩いていく。さて次はどうやって鍛えてあげようかしら。
目をゆっくりと億劫に感じながらも開く。目の前に広がったのは心配そうな顔をした由香梨だった。
「あっ起きた?」
由香梨がそうやって聞いてくる。その後ろには委員長と信の姿も見える。
「ああ……?」
体を起こそうとするが力が全く入らない。
「どうしたの?」
由香梨が困惑した表情を浮かべる。
「いや、体に力が入らないんだ。頭と体が別になったみたいに」
手を握ろうとしてもその命令が途中で止められているのかピクリとも動かない。
「どこか怪我したの!?」
「いや……そうじゃないと思うけど」
困惑してる俺達に委員長が説明してくれた。
「心配しなくてもいいわよ。魔力の使いすぎで体の中のバランスが崩れただけだから。しばらくしたら動くようになるよ」
その言葉に安心した。リンカと対峙し、紗姫の事を言われた瞬間、体中から噴き出した俺の感情と共に心の中が虚ろになっていくのを感じていた。だがそれを不思議な事に怖いとかそんな事はなかった。きっとあの感覚が魔力を消費するということなんだろう。
「最初は感覚が掴めなくて結構やっちゃう物だからそこまで気にしなくていいよ。慣れていけば後どのくらい自分の中に魔力が残ってるのかも分かるようになるしね」
「なるほどな」
俺は体を動かそうとするのをやめ、全身を弛緩させリラックスする。
「所でリンカとか他のクラスの奴はどうしたんだ?」
「リンカはそこで休んでるよ」
俺の隣のカーテンで仕切られた方を指差した委員長は苦笑いを浮かべながら、
「一人で全員を捕まえたんだもん。疲れるのは当たり前でしょう。他の奴は反省文書かされてるわよ。私達は結構持ったから免除、安心して休んでていいわよ。この後普通に授業もあるし」
えっ、と由香梨が声を上げた。
「あんなハードな事した後に普通に授業もやるの?」
「ちゃんと高校の教育課程も終わらせるわよ。じゃないと向こうに戻った時困るでしょ。後、魔法の授業もあるよ」
「普通の高校よりもハードな気がするよ」
由香梨は弱音を吐いている。
「慣れればそうでもないよ。逆にかな~り濃い学校生活送れるもの」
「そのかわり結構命張ってる気がするがな……」
委員長の言葉は信の呟きによって危険度がアップした。
「それだけの事をしないと向こうに戻っても危ないだけって事よ」
シャとカーテンの開く音がし、ベッドに腰かけたリンカがこっちを見ていた。
「真、体の調子はどう? まだ動かないようだったらホタル呼んで治癒の魔法をかけてあげるけど」
もう一度手に力を込める。今度はゆっくりだが手は動いてくれる。それに体の感覚もちょっとは戻ってきているようだ。
「いや、大丈夫。徐々にだけど動くようになってきた」
「そっ。なら私は先に戻ってるから。あんた達は真が動くようになってから戻ってきなさい。最初にやる予定だった復習をするからね」
それだけ言ってリンカは出て行った。
「回復速すぎないか?」
「本人曰く『これくらい魔法使いだったら当然よ』だそうだよ」
「なろうとしてる俺が言う事じゃないかもしれないがつくづく化物だな魔法使いって」
「大丈夫、私も時々思う時があるからそれは正しい反応だよ。でもそれだけの力を持ってるリンカでも私達と同じくらいに、ううん私達以上に多くの悩みや苦しみを背負ってる。きっと何度も目を逸らしたくなるような現実を突きつけられて乗り越えてきたんだと思う。だから私は一人の教え子として、一人の友達として私はリンカの後ろを任せてもらえるくらい強くなりたいって思ってるの。真には紗姫さんの事ばかりじゃなく今ここにいる皆の事も考えられるくらいの気持ちを持ってもらいたいな」
俺と由香梨にそれぞれ視線を向け、優しい微笑を浮かべる委員長。
「まぁ今はまだこんな事言われても困るだけだよね。でも心の片隅にでも仕舞ってて。私の言ってる意味が分かる日はたぶんそう遠くはないと思うから」
そう言って委員長は由香梨に意味深な視線を送る。
由香梨はその視線を受け少し顔が赤くなったみたいだ。
「俺は……」
そこで一度言葉を切り、勢いを付けて体を起こし、真っ直ぐに委員長の瞳を見つめ返す。
「俺はまだ紗姫以外で戦う理由を見つけられない。だが俺がここで過ごすうちに俺の心が変化することを俺自身切に願ってる」
「うん、今はそれだけで十分だよ」
そこで委員長は口角をニュッと吊り上げ、笑みを不気味なものに変えて隣にいる由香梨に耳打ちする。
「由香梨、諦めちゃだめだよ」
委員長が何やら呟くと、由香梨は顔を伏せ、赤い顔で小さくコクと一つ頷いた。
「初心だね~由香梨は」
クスクスと笑う委員長を信が窘める。
「明菜いい加減にしろ。手加減を知らんのはお前の悪い癖だぞ」
「おっとついついやり過ぎちゃったみたいだね。ごめんなさい」
頭を下げる委員長。どうやら委員長には人を弄る癖があるようだ。弱みを握られないように気をつけなきゃな。
――遅い気がしないわけでもないけど。
「さてさて気分を変えて、授業に行きましょうか。真の体も動かせる様になったみたいだしね」
「そうだな」
軽い委員長の言葉に従って俺はベッドから降り、節々を伸ばして調子を整える。まだちょっとした気だるさが残ってる感じがするが授業を受けるだけなら問題はないだろう。
「じゃあ二人共付いてきて、まだ校舎の中分からないでしょ」
委員長に続いて信も出て行く。廊下に出ると最初に入った木造校舎ではなくリノリウムの床にコンクリートの壁と今の校舎の造りをしていた。
「あれ? 何で違うの?」
由香梨も気付いたのかそう呟いている。
「ああ、俺達もよくは知らないが、リンカが言うには理事長の趣味だそうだ」
信もきっとそう思った事があるのだろう。それだけで由香梨が何を指して言ったのかすぐに察した。
「趣味って……」
「私達もちゃんと姿を見た事はないのよ。いつも放送で挨拶とか言うだけだし」
なるほど、この学校で一番謎の人物と言う事か気を付けないとな。
「魔法それは己の身に宿る感情エネルギーつまり魔力を使って世界にねじ込み、改変させ事象を起こす物よ。魔法は三つの種類に分類する事が出来るわ。一つ目は〈簡易魔法〉、二つ目は〈自然魔法〉最後に〈特殊魔法〉となる」
リンカが黒板に三つの円を描いてその中に〈簡易魔法〉〈自然魔法〉〈特殊魔法〉と書き加える。
「まず〈簡易魔法〉は私達が持ってる学生証に入ってる防御魔法や学校に来るまでの転移魔法、真や由香梨に渡した銃に組み込まれてる攻撃魔法もこれよ。名の通り魔法の発動手順を簡略化して誰でも扱えるようにした魔法の事を言うわ。種類も豊富で一番使い勝手がよく、戦い方によっては最大の効力を発揮できる魔法よ。真と由香梨にはこの魔法から覚えて貰うから。次は〈自然魔法〉と〈特殊魔法〉二つの説明は一辺にするわ。〈自然魔法〉は文字通り魔法を自然の力に置き換えて発動する魔法よ。私は水の扱いに長けてて、コウは炎の扱いに長けてるわ。他にも木、土、風、雷、光、闇の八つに区分されるわ。〈特殊魔法〉は〈自然魔法〉に分類できない、又、修行では習得できない魔法の事よ。魔法使いの中でも扱える人は少ないわ。その理由となってるのがこの術式自体が才能に依存してるってこと。ここで覚えていて欲しいのが〈自然魔法〉と〈特殊魔法〉は合い入れないという事なの。〈自然魔法〉は身に付けようと思えば修行によって習得する事が可能。でも〈特殊魔法〉は先天的な物だから魔法の成り立ち自体が変異して使用者に一番最適化してる、そこに別の魔法式この場合〈自然魔法〉の術式を取り入れる事が出来ないのよ。だけど共通してる事もあるわ。それは〈詠〉を読む事よ」
「うた?」
由香梨が小首を傾げながら意味が分からなかった所を復唱する。
「そう〈詠〉。魔力を使って世界を改変させるってのは最初に言ったわね。それじゃ人間が一番自分の心を表すのに適してるのは何だと思う?」
俺はしばらく考えて自信は無いが答えてみる。
「やっぱり言葉とか仕草、後目線とかじゃないのか?」
「仕草や目線で物を伝える事は出来るけど限度があるわ。だから言葉が一番表すのに最適なのよ。だけど言葉だけじゃ伝えられる心に限界がある。だからそこから研鑽され、昇華して出来たのが〈詠〉による術式よ。自分の気持ちを言葉にして、心の揺らぎを声の抑揚に表し、自分でも分からない想いを音として世界に沁み渡らせる術式。いつ誰がこの術式を造ったかは定かではないけどもう何百年も使われ続けてきた術式よ」
「何百年って、そんな昔からこの争いは続いてるの!?」
由香梨が驚いて叫ぶ寸前の声を上げる。
「正確には人が文明を持ち、戦争を始めた頃、その世界の裏で永遠と繰り返されてるみたいよ。まぁ詳しくは歴史の授業の時にでも教えてあげるから。さて説明はこんなとこで良いでしょう。じゃあこれから……」
そこで丁度鐘の音がスピーカーから鳴り響いた。
「あら、そんなに長くしてないと思ったのに時が経つのは速いわね。じゃあ昼休みの後の時間は〈簡易魔法〉の練習をするからね。全員運動場に集合」
そう言い残してリンカはコウとホタルを伴って教室を出て行く。
「ふー慣れない事で疲れた」
「そうだね。所で真、お昼どうしよう? お弁当とか持ってきてる?」
「いや、そんな事全く気にしてなかったから。失敗したな」
さてどうしようと頭を悩ませていると、
「お昼なら私達と一緒に食べない?」
委員長がお昼に誘ってくれる。渡りに船だと思い、俺と由香梨は揃って二つ返事で承諾した。
「うん、腕によりをかけて作っちゃうからね!」
委員長は元気よく親指を上に向け、サムズアップしながら言う。その瞬間教室の喧騒をぶち破るようにけたたましい音が響き渡る。信と亘が椅子を倒しながら我先にと教室の外に出て行こうとするが音もなく二人の足元を光が通り過ぎ爆ぜる。
「二人も一緒に行くでしょ?」
凄味のある笑顔のまま一歩一歩信と亘に近づいて肩に手を置く。そこで小さくボソボソと何かを呟いたかと思うと二人は忙しなく首を上下に振り、率先して前を歩く。俺は不安になりながらも委員長に付いていくしかないためその後ろに続いた。由香梨が俺の耳に近づき囁きかける。
「真、今一瞬だけど見えたのって」
「たぶん、簡易魔法の〝魔法の矢〟ってやつだろうな。何のモーションも無く放ったんだ。委員長をむやみやたらに刺激するのは危険そうだな」
「だね」
そこで一度会話を切った由香梨は先を行く委員長に話しかけた。
「所で明菜、これからどこに行くの? 食堂?」
「家庭科室よ。申請すれば自由に使えるようになってるから。材料を持ってきて自分で作る生徒も結構いるのよ。ちなみに食堂は人気があり過ぎて競争率が激しいから落ち付いて食事が出来る雰囲気じゃないわ」
「そんなにおいしいの?」
「一回食べたら味覚が変革するくらい美味しいわよ」
「それは大袈裟じゃ……」
「真達も一度食べに行くと分かるわよ。さてここだよ」
信が躊躇う様に一瞬手を引きかけたが思い直して思いっきりドアを開く。中は一般家庭のキッチンの様にガスコンロと水道が併設されたものが幾つも配置され、一つの台にそれぞれ電子レンジや炊飯器、自動食器洗い機など最新設備が整っている。他にも作ったものをその場で食べられるようにテーブルなども配置されている。
「それじゃそっちの方で座って待ってて。すぐに作っちゃうから」
委員長は一つのテーブルを指差し、そのままそのテーブルからは死角になるキッチンの一つに歩いていく。そこからはすでに下拵えを澄ましていたのか何かを煮る音と油の跳ねる音が聞こえてくる。
俺と由香梨は適当な椅子に座るが、信と亘は体をガチガチに固まらせながら棒立ちになっている。二人はまるで電気椅子を目の前にしたように椅子を凝視し、怯えている。
「二人共さっきからどうしたんだ? 様子が変だぞ?」
俺が声をかけてみるがビクッと体を震わせ、更には震え出す始末。
「大丈夫か!? 顔が真っ青だぞ!」
席を立って二人に手を貸して椅子に座らせてやった。座らせてやった瞬間諦めるように長い長い溜め息を吐いた。
「亘、ここは俺達二人が犠牲になって真と由香梨を逃がさないか……」
苦渋の決断を下したように重々しい口調で切り出した。
「犠牲になるつもりならお前だけにしろ。俺は逃げる」
「なに!? お前だけ逃げるなんて卑怯だぞ!」
「卑怯なものか! お前あいつのアレでどれだけ俺達が苦痛を味わったか覚えてないのか!」
「忘れようがないだろう! 忘れられるわけがないだろ! わずか数分の内に何度あの世とこの世を行き来したと思ってるんだ!」
「その苦しみを知ってる上でこの二人を逃がそうというなら俺も逃がしてくれてもいいだろう! お前の骨は拾ってやるから!」
「まぁ少し落ち付け。何も俺だって助かる道を諦めたわけじゃない。真と由香梨にはホタルを呼んできてもらう。そうすれば俺達も必ず助かる。全員助かる方法は今んとここれしかないと思うがどうだ?」
「なるほど、確かに俺達二人で明菜を止めればホタルが来るまでの時間を稼げるかもしれないな……」
「どうだ? ここは協力するべきだろう?」
「そうだな。お前のその作戦に乗らせてもらおう!」
二人の長い話合いは俺達に一言も同意無く進められていく。俺は黙って事の推移を眺めていたが由香梨が待ったをかけた。
「あのね二人共、私達にも説明してくれるとありがたいんだけどな?」
それを皮切りに俺も口を開く。
「話から推測するに」
俺は一度そこで言葉を切り、委員長の方を窺って小声で囁く。
「委員長の料理がやばいって事だろ?」
「やばいって代物じゃないがな……」
脳裏にそのときの記憶がフラッシュバックしたのかまた二人は震えだすが、由香梨と二人で一発背中を叩いて正気に戻させる。……本当に大丈夫かこいつら。
「と、とりあえず真と由香梨はここを脱出したらすぐ学食に行ってホタルを連れて来てくれ。その間俺達は明菜の足止めをする。すぐに戻ってきてくれよ。じゃないと俺達……死んじゃうかも……」
「分かった。まだ腑に落ちない事はあるけど早い内に行動した方が良いだろう?」
「ああ。二人共俺達の命預けたぞ」
大袈裟な気もするが本人達にしたらきっと死活問題なんだろう。
「「作戦スタート!」」
「面白い事してるね。私も混ぜて欲しいな?」
俺達の後ろからそんな声が聞こえてきた。その声に亘と信は再び震え出し、俺もゆっくりと首を巡らし後ろを振り向く。
そこには処刑執行人がいた。処刑道具であるモノをトレイに乗せた状態で立っている。アレが二人を恐怖に晒す委員長の料理みたいだ。
「皆席付いて。お昼にしましょ」
満面の笑みを浮かべる委員長はとても処刑人には見えない。二人は諦めたのだろうか大人しく椅子に座る。俺もそれに習って席に座り、委員長の料理に立ち向かう。
「さぁ皆どうぞ」
全員に配膳して周り自分も席に着く。俺は目の前に置かれた皿をガン見していた。
皿の中には卵と桜エビ、ネギをご飯と一緒に炒めた料理。いわゆる炒飯が入っていた。だが俺はここで違和感に襲われていた。確かここに入った時煮る音と揚げる音がしていたはず。俺は料理はしないがそれでも炒飯に煮る工程も揚げる工程も無いと断言できる。だが見た目は普通の炒飯なので戸惑ってしまう。これがベチャベチャになっていたりしたらただの料理ベタな委員長で片づけられた。しかし目の前にあるのは見た目だけは完璧な炒飯の姿を保ち、食欲をそそる香りを放っている。由香梨も判断が付かないのだろう。食べるのを躊躇っている。
「あれ皆食べないの?」
委員長は自分の分を平気そうな顔でパクパクと口に運んでいる。
(どういうことだ?)
口パクで向かいにいる亘に聞いてみると、亘も口パクで、
(明菜は自分の作った料理は普通だって思ってるんだ。いわゆる味覚音痴って奴)
と答えてきた。
これは困った事になってきた。俺はまだ食べてないが委員長の味覚がまともではないと言う事はこの二人が証明している。委員長の味覚が正常だったらそこから諭す事も出来たのにそれももう出来なくなった。
信と亘はもう状況の打開を諦めたのか、下を向いてただ自分に矛先が向けられないようにしている。だが八方塞りの状況を覆してくれる救世主が現れた。
「明菜さんはいらっしゃいますか?」
ノックと共にかけられた声。その声は信と亘が体を張ってでも俺達に呼びに行かせようとしたホタルの声だった。
「どうしたのホタル?」
委員長が返事をするとドアが開き、ホタルが委員長を手招きする。
「リンカさんが探されていましたよ。行かれてあげて下さい」
「了解。じゃあちょっと私は行ってくるわね」
そう言い残し、委員長は家庭科室から消えて行った。
ハァ~向かいの席から体の中の空気をすべて吐き出す勢いで溜息を吐く二人。
「助かった……のか……」
茫然自失と呟いた亘、その顔は疲れ切りまるでフルマラソンを完走した後の様にゼエゼエと息を切らしている。
「皆さん、被害に遭われていませんか?」
ホタルがこちらに気品溢れる姿勢のまま歩いてくる。
「助かった。ありがとうホタル」
「いえいえ、コウさんが明菜さんの料理に気付いたから私もここに来る事が出来たのです。ですからそのお礼の言葉はコウさんに仰ってください。それに機転を利かせたリンカさんにもお願いします。私はただここに来てお伝えしただけですから」
感謝する俺達に謙遜しまくるホタル、これが彼女の美点なのだろうが些か過剰すぎる気もする。だがすぐにテーブルの上に置かれた問題の料理に気付く。
「さてそれが今日の明菜さんの料理ですか」
そう呟いてホタルはスプーンを手に取り、一口分すくい、俺達が止める間もなく口に運ぶ。ゆっくりと租借し、味わってそして吟味して飲み込んだ。
「なるほど、この胡椒見たいな黒い粒はあんこですか。そしてこの炒飯自体をこんなに輝かせているのはハチミツとなるほどこれは面白い組み合わせですね……」
俺はそれを聞いて味を想像してしまい、口の中が激甘になっていくのを感じた。
「明菜の奴また思いつきで材料選びやがったな……」
隣で毒づく信は本気で嫌そうな顔をしている。
「では、軽く手直しして皆さんのお口に合うようにしますのでしばしお待ちください」
そう言って四つの皿を片手で持ち、明菜が使っていたキッチンに向かう。
(あんなゲテモノの味付けを施された炒飯をどうやって直すのだろうか……)
俺はそう思いながら首を捻る。
「なぁホタルって料理うまいのか?」
「いえいえ、嗜む程度ですよ」
「嗜むなんてレベルじゃないよ! ホタルちゃんは一人でこの学校の半分以上の生徒の腹を満たしてると言っても過言じゃない程料理がうまいんだから!」
いつの間に現れたのか、コウが隣で握りこぶしを握り、力強く力説していた。
「いつの間に?」
由香梨が尋ねるとにこやかにこう答えた。
「ついさっき!」
いちいちテンションが高いコウである。
「ホタルちゃんはね! そこらへんの三つ星レストランのシェフも裸足で逃げ出す程の実力を持ってるんだよ!」
「大袈裟ですよコウさん。私はそんなできた女ではありませんよ」
フライパンを片手で器用に捌きながら、片手で中華鍋を扱っている。どうやら炒飯を炒め直しながら炒飯にかける餡を作っているようだ。
「うん、出来ました。皆さんお席にどうぞ」
席についてホタルが配膳するのに任せる。最初に置かれたのは委員長が作ったのをホタルが手直しした炒飯だ。見た目は全然変わっていない。次に置かれたのはホタル特製の餡だ。
「皆さんまずは炒飯だけでお楽しみください。その後お好みで餡をかけて下さい」
シェフのように料理の説明をするホタル。その顔はとても活き活きした物で楽しそうだ。
俺は言われた通りまず炒飯を恐る恐る口に運ぶ。委員長が餡子とハチミツを投入した異色の炒飯いやもう餡子やハチミツを入れた時点で炒飯と呼んでいいのか分からないが相応の覚悟をして食べる。
俺にはこの炒飯のうまさを表現するだけの語彙はないがめちゃくちゃうまい。夢中で飯を掻き込み、半分食べた所で忘れずに餡をかけ、更に味が濃厚になった炒飯を更に掻き込む。俺はものの数分で完食し、しばらく口の中に残る余韻に浸る。俺と同様に食べ終えた三人も余韻に浸っているようだ。そして全く同じタイミングで同じ動作で唱和した。
「「「「御馳走様でした」」」」
「はい、お粗末さまでした」
笑顔で皿を引いていくホタル。
「まさかここまでうまいとは思わなかった……」
「ホントだね。ホタル凄く料理うまいよ」
「それはそうとホタル、食堂の方はいいのか? こっちに来てたら向こうで暴動起きるんじゃないのか?」
「それは全然大丈夫です。全て捌いてきましたから」
ここまでの会話から推測するに……、
「まさか食堂を切り盛りしてるのホタルなのか?」
「いえいえ、私はコックさんのお手伝いをしているに過ぎませんよ」
「ホタル、謙遜は美徳だけど、謙遜しすぎるとただの嫌味になるよ」
由香梨がそういってホタルを窘める。ホタルはその言葉に曖昧な表情を浮かべて、
「そうは申されましても私は本当に大したことはしておりませんから」
ホタルは本当にそう思っているのだろう。そこには自分には本当にそんな力はないと心底思いこんでいるようだ。
「さて皆さんはお先に戻っていて下さい。そろそろ次の授業が開始されますので」
「そうだね。僕はホタルちゃんと一緒に行くから。リンカちゃんに伝えといて」
「了解。今日もきつそうか?」
「そんなのわざわざ聞かなくても分かるでしょ。いつものようにスパルタだよ。ていうよりスパルタじゃなかった事があったかな?」
「ないな見事に」
諦め口調で呟いた信。
「俺は今のままの方が楽しいけどな」
不敵な笑みを浮かべる亘。
「お前は戦闘狂だからな」
呆れた様子でもう一つ呟いた。
「あ、でも委員長を待たなくていいのかな?」
「明菜さんはそのまま行かれてると思いますから気にしなくていいですよ」
「でもお昼食べないで行ったから。大丈夫かな?」
「そこはリンカさんが手を打ってるはずですので」
「相変わらずやる事する事に抜け目ないな」
「それがリンカさんですからね」
「俺は一足先に行ってるからな。信、二人を頼む」
「了解。任せとけ」
それだけ言い残し亘は出て行った。
「亘君も一緒に行けばいいのに」
隣で由香梨が言うが、
「まぁ気にするな。亘も色々とあるんだ」
信が意味深な事を言った。
「うん?」
由香梨は小首を傾げて追及しようとしたが一度開けた口を閉じた。どうやら深入りは良くないと思い直したのだろう。
「じゃあ俺達はホタルを少し手伝ってから行くとしようか」
「お気になさらず行ってくださって結構ですよ?」
「遠慮しないの! ホタル、私は何すればいいかな?」
「……ではお言葉に甘えて。信さんと真さんは皿をこちらに持ってきてください。由香梨さんは皿を拭いてもらえると助かります」
「お安い御用だよ」
由香梨はすぐにホタルが洗い終わった皿を手に取り布巾で拭き始める。俺と信もすぐに皿を運んで手伝う。
こうしてこの学校での初めての昼休みは朗らかな空気で終わった。
「全員いるね。感心感心逃げた奴がいないなんてあんた達は真面目ね」
この時全員心の中でこう思ったに違いない。
(逃げたら後が怖いからな)
「それじゃ明菜、真と由香梨に〝魔法の矢〟のお手本を見せてあげて」
「ほいほい」
明るい声と共に前に出る委員長。
委員長は手を真っ直ぐに伸ばし唱えた。
〝魔法の矢〟
伸ばした手から放たれる一筋の光。そして数瞬遅れて遠くで爆ぜる地面。その後訪れた不気味な沈黙。その沈黙を破ったのは青筋を浮かべたリンカだった。
「明菜」
「はい、なんですか?」
「私はお手本を見せろって言ったはずだよ」
ツカツカツカ足音をわざと立てながら委員長に近づいていく
「うん」
「なのにな・ん・であんな風に派手に地面を抉ってるのかしら!」
「いひゃいいひゃいほっぺをひっぱらひゃいで(痛い痛いほっぺを引っ張らないで)」
情け容赦なく委員長の頬を思いっきり引っ張る。
「ひゃってへっかくみゃこととゆかりにみへるんならはへなほうがいいとおもっては(だってせっかく真と由香梨に見せるなら派手な方がいいと思ってさ)」
「派手にする必要などまったくない!」
委員長にゲンコツを一つ落とすとようやく手を放した。
「仕方ない。私が手本を見せるわ」
リンカは委員長と同じように手を伸ばす。
「まず体を巡る魔力を掌に集める。次に掌に集めた魔力をその上に放出し球をイメージして形成する。こんな風にね」
そういうとリンカの掌に薄い蒼色の球が形成された。
「これは〝魔力球〟と呼んでる物で基本となる魔力の使い方だからマスターしてね」
そういいながらリンカは掌を前に突き出す。
「〝魔法球〟を造り出したら後は簡単。頭の中で矢を飛ばすイメージを描いて唱えるだけ」
〝魔法の矢〟
リンカの〝魔法球〟がゆっくりとその姿を変えて行く。リンカが分かり易いように遅くしているのだろう。球状だったものが最初に鏃のように尖っていき箆と呼ばれる矢の棒の部分が簡単にくっつきそこで変化は終わった。矢羽はなく吹き矢に使われる矢のような形だ。
「最初は形のイメージ次に飛ぶイメージを浮かべるとこうなる」
言った瞬間リンカの掌で浮かんでいた矢が眼前から消え去りさっき委員長が開けた穴の隣でまた爆発した。手加減して放ったのだろうが窪むくらいの威力はあるみたいだ。
「こうなるわけよ。全ての要はイメージだから戦闘中でも明確にイメージできるようになりなさい。さてあなた達は今から〝魔法球〟を構築できるように練習ね。あんた達は二人一組になって〝魔法の矢〟だけの模擬戦を始めなさい。手を抜いたらコウと私が相手になるからね」
リンカは心が底冷えする笑みを湛えその後ろのコウは戦えるのが嬉しいのか歓喜の笑みを浮かべている。戦闘狂(亘)以外はすぐにチームを組み真面目に取り組み始める。だが、
「リンカ俺はコウと殺り合いたいんだがいいか?」
「好きにしなさい」
狂気に染まる笑みと喜びの笑みという対極の笑みを浮かべてコウと亘は離れて行く。そしてすぐに周囲は爆音が響き始めてる。
「それじゃ始めるわよ。体を巡る魔力を感じて掌に集中と同時に頭の中で球をイメージ。ただここで絶対球である必要はないわ。イメージ出来るならどんな形でも構わない」
イメージ、言葉だけなら簡単だ。だが明確にイメージを固めるというのは難しい。曖昧に浮かべる事なら誰にでもできる。だがイメージという自分の頭の中だけで形造るものはなにも媒介に出来ないため出来たと思ってもそれは結局は不完全な形となる。
(リンカの造った球を思い出せ。寸分違わない完全とは言わないまでもそれに近いものさえ出来れば)
掌から魔力が放出され集って行くのが感覚で理解できる、できるが、魔力はそのまま霧散し消え去ってしまう。頭では理解できるが体ではどうしても魔力という今までにないものを扱うために戸惑いがあるみたいだ。
「なら使わない方の手で銃を握ってなさい。魔力が集まる感覚が分かるはずよ」
言われた通りポケットの中に入れていた銃を取り出し握ると勝手に体を巡る魔力が流れを変え銃の中に集まって行く。
「その感覚を真似なさい。百聞は一見にしかずと言うけれどそれにも勝るのは体感、経験する事でしょ。頭は常に球状を思い浮かべながら、体はその感覚に委ねなさい」
意識をより高める為に両目を閉じ集中する。正常な流れを乱して力を集める銃の機構、それは必然的に違和感となって知覚できるようになる。その違和感を両手に等しく出来れば成功するはずだ。
「継続こそ力なりよ。ちょっと他の奴ら見てくるから」
そういってリンカは離れていた。
二人が苦戦している間に私は他の奴らの様子を見に行く。魔法は基本的な事はアドバイスできるが結局は個人のセンスと経験がものをいう。横から私が口を挟んでしまっては彼らの邪魔をするかもしれない。そういう考えで私はこっちに来たのだが――
――暇でもいいから向こうにいれば良かったかしら?
私は零れそうになる溜息をどうにか抑え込み、目の前の惨状を眺める。
簡潔に言えばそこは戦場だった。ここでは日常茶飯事に起こる事ではあるけれどまさかわずか数分目を放してる間になろうとは。飛び交う〝魔法の矢〟轟く爆音、穿たれる地面。そこはまさしく銃弾飛び交う命を奪いあう戦場。だが、
「目玉焼きには醤油だろ!」
「何言ってんのよ! 塩コショウに決まってるじゃない!」
「はぁ? お前こそ何言ってんだマヨネーズだろ!」
「はぁ? はてめえだ! ケチャップが一番だろうが!」
「何言ってんのさ。ホタルちゃんの目玉焼きが最高だよ」
アホすぎる。なんてアホな戦場何だろう。たかが目玉焼きに何を付けるか、何をかけるかで大地が変形してしまう争いを起こすこいつらホントなんて……なんてバカなんだろう。しかも止めるべきコウまで混じって戦闘を激化させてやがるし。さて私はこれをどう収拾したらいいのかしら。
「コウ! 俺はお前が羨ましい! なんでお前はホタルの手料理を食べ放題なんだよ!」
「なんでって兄妹だし。当然じゃない」
「総員、コウを狙い撃て! 目の前の怨敵に捌きの鉄槌を下すのだ!」
「「了解した!」」
「「分かったわ!」」
コウがボコボコにされるなら放置でいいかしら。
「ちょっと待って何で僕なの!?」
「俺達(私達)だってホタルの手料理が食べたいのよ!」
「あら皆さん嬉しい事を言って下さいますね」
私の後ろに音なく現れたホタル。我が妹ながら時々怖いわね。
「今度お茶会でも開きましょうか。私の料理を思う存分振るって御馳走しますよ」
「「やった~~~!」」
「話はついたみたいね。それじゃあなた達楽しい楽しいお説教タイムと洒落込みましょうか」
私が爽やかな笑みを浮かべて近づいていくと全員顔を真っ青にして退いていく。
「あれどうかした? さっさと来なさいよ。優しく、やさし~く説いてあげるからさ」
「コウお前どうにかしてリンカの怒り抑えてくれよ」
「無理! 絶対無理!」
「じゃあホタルお願い! どうにかして!」
「あらあらまぁまぁ」
「誰でもいい! 誰かリンカを止めてくれ!」
本人が居る目の前でそんな相談をし始めるバカ野郎どもさてどう懲らしめてやろうか思案している時そんな声が上がった。
「出来た!」
俺の沈んでいた意識を戻したのはそんな声だった。
「真! 出来た、出来たよ!」
はしゃぐ由香梨の掌にはきちんと安定した〝魔法球〟が浮かんでいる。俺は自分の事のように嬉しくなり心が弾む。
「やったじゃないか由香梨!」
「えへへ」
だらしなく緩んだ顔。だけどそれだけ嬉しかったのだろう。
「以外に早かったじゃない。由香梨それを飛ばしてみなさい。矢の形となって飛ぶイメージを思い浮かべながら唱えなさい〝魔法の矢〟と」
「はい」
〝魔法の矢〟
由香梨の〝魔法球〟はリンカ達の扱う〝魔法の矢〟と寸分違わない形で矢となり飛んでいった。
「簡単でしょ」
由香梨はちょっと驚いた顔でわずかに頷く。
「それじゃ由香梨は〝魔法球〟の構築から〝魔法の矢〟までの一連の流れを素早く正確に行えるように反復練習ね。真はそのまま〝魔法球〟の構築の練習。あんた達は一辺死にましょう」
「「「えっ」」」
委員長や信を含むクラス全員が絶句する。
「私ね。今まで前言撤回とかした事ないのよ。だからちゃんと優しく説教して上げるわ!」
力強く言い切ったリンカは愛刀〝清水〟をいつの間にか握り、全員に襲いかかる。
「全員逃げるわよ!」
委員長が大声を上げそれと同時に隣にいた信をリンカに投げつける。あの細腕のどこにあんな力があるのだろう。……あっ魔法か。
「何で俺だけ!」
真っ直ぐ顔から突っ込む信、そんな哀れな信をリンカは情け容赦なく、
「邪魔!」
裏拳を顔面に決め吹き飛ばす。由香梨がうわ~と小さく呟いてるが全く同感だ。こうしてリンカによる肉体言語によって行われる説教と言う名の惨劇が幕を開けた。
「さてお二人は修行を続けて下さって結構ですよ。周囲に結界を張りましたのでこちらに被害が来る事はありませんので安心してください」
相変わらず笑みを絶やさぬホタル。手際が良すぎる。
これで色々と刺激と未知に塗れた魔法学校での一日が終わった。
気軽に誤字脱字報告感想お送りください。




