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一欠片の軌跡  作者: 皇 欠
二章~忘れられた出会い 新しい出会い~
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第二十二話

「面白い事してるね。私も混ぜて欲しいな?」


俺達の後ろからそんな声が聞こえてきた。その声に亘と信は再び震え出し、俺もゆっくりと首を巡らし後ろを振り向く。

そこには処刑執行人がいた。処刑道具であるモノをトレイに乗せた状態で立っている。アレが二人を恐怖に晒す委員長の料理みたいだ。


「皆席付いて。お昼にしましょ」

満面の笑みを浮かべる委員長はとても処刑人には見えない。二人は諦めたのだろうか大人しく椅子に座る。俺もそれに習って席に座り、委員長の料理に立ち向かう。


「さぁ皆どうぞ」


全員に配膳して周り自分も席に着く。俺は目の前に置かれた皿をガン見していた。

皿の中には卵と桜エビ、ネギをご飯と一緒に炒めた料理。いわゆる炒飯(チャーハン)が入っていた。だが俺はここで違和感に襲われていた。確かここに入った時煮る音と揚げる音がしていたはず。俺は料理はしないがそれでも炒飯に煮る工程も揚げる工程も無いと断言できる。だが見た目は普通の炒飯なので戸惑ってしまう。これがベチャベチャになっていたりしたらただの料理ベタな委員長で片づけられた。しかし目の前にあるのは見た目だけは完璧な炒飯の姿を保ち、食欲をそそる香りを放っている。由香梨も判断が付かないのだろう。食べるのを躊躇っている。


「あれ皆食べないの?」


委員長は自分の分を平気そうな顔でパクパクと口に運んでいる。


(どういうことだ?)


口パクで向かいにいる亘に聞いてみると、亘も口パクで、


(明菜は自分の作った料理は普通だって思ってるんだ。いわゆる味覚音痴って奴)


と答えてきた。

これは困った事になってきた。俺はまだ食べてないが委員長の味覚がまともではないと言う事はこの二人が証明している。委員長の味覚が正常だったらそこから諭す事も出来たのにそれももう出来なくなった。

信と亘はもう状況の打開を諦めたのか、下を向いてただ自分に矛先が向けられないようにしている。だが八方塞りの状況を覆してくれる救世主が現れた。


「明菜さんはいらっしゃいますか?」


ノックと共にかけられた声。その声は信と亘が体を張ってでも俺達に呼びに行かせようとしたホタルの声だった。


「どうしたのホタル?」


委員長が返事をするとドアが開き、ホタルが委員長を手招きする。


「リンカさんが探されていましたよ。行かれてあげて下さい」

「了解。じゃあちょっと私は行ってくるわね」


そう言い残し、委員長は家庭科室から消えて行った。

ハァ~向かいの席から体の中の空気をすべて吐き出す勢いで溜息を吐く二人。


「助かった……のか……」


茫然自失と呟いた亘、その顔は疲れ切りまるでフルマラソンを完走した後の様にゼエゼエと息を切らしている。


「皆さん、被害に遭われていませんか?」


ホタルがこちらに気品溢れる姿勢のまま歩いてくる。


「助かった。ありがとうホタル」

「いえいえ、コウさんが明菜さんの料理に気付いたから私もここに来る事が出来たのです。ですからそのお礼の言葉はコウさんに仰ってください。それに機転を利かせたリンカさんにもお願いします。私はただここに来てお伝えしただけですから」


感謝する俺達に謙遜しまくるホタル、これが彼女の美点なのだろうが些か過剰すぎる気もする。だがすぐにテーブルの上に置かれた問題の料理に気付く。


「さてそれが今日の明菜さんの料理ですか」


そう呟いてホタルはスプーンを手に取り、一口分すくい、俺達が止める間もなく口に運ぶ。ゆっくりと租借し、味わってそして吟味して飲み込んだ。


「なるほど、この胡椒見たいな黒い粒はあんこですか。そしてこの炒飯自体をこんなに輝かせているのはハチミツとなるほどこれは面白い組み合わせですね……」


俺はそれを聞いて味を想像してしまい、口の中が激甘になっていくのを感じた。


「明菜の奴また思いつきで材料選びやがったな……」


隣で毒づく信は本気で嫌そうな顔をしている。


「では、軽く手直しして皆さんのお口に合うようにしますのでしばしお待ちください」


そう言って四つの皿を片手で持ち、明菜が使っていたキッチンに向かう。

(あんなゲテモノの味付けを施された炒飯をどうやって直すのだろうか……)


俺はそう思いながら首を捻る。


「なぁホタルって料理うまいのか?」

「いえいえ、嗜む程度ですよ」

「嗜むなんてレベルじゃないよ! ホタルちゃんは一人でこの学校の半分以上の生徒の腹を満たしてると言っても過言じゃない程料理がうまいんだから!」


いつの間に現れたのか、コウが隣で握りこぶしを握り、力強く力説していた。


「いつの間に?」


由香梨が尋ねるとにこやかにこう答えた。


「ついさっき!」

いちいちテンションが高いコウである。

「ホタルちゃんはね! そこらへんの三つ星レストランのシェフも裸足で逃げ出す程の実力を持ってるんだよ!」

「大袈裟ですよコウさん。私はそんなできた女ではありませんよ」


フライパンを片手で器用に捌きながら、片手で中華鍋を扱っている。どうやら炒飯を炒め直しながら炒飯にかける餡を作っているようだ。


「うん、出来ました。皆さんお席にどうぞ」


席についてホタルが配膳するのに任せる。最初に置かれたのは委員長が作ったのをホタルが手直しした炒飯だ。見た目は全然変わっていない。次に置かれたのはホタル特製の餡だ。


「皆さんまずは炒飯だけでお楽しみください。その後お好みで餡をかけて下さい」


シェフのように料理の説明をするホタル。その顔はとても活き活きした物で楽しそうだ。

俺は言われた通りまず炒飯を恐る恐る口に運ぶ。委員長が餡子とハチミツを投入した異色の炒飯いやもう餡子やハチミツを入れた時点で炒飯と呼んでいいのか分からないが相応の覚悟をして食べる。

俺にはこの炒飯のうまさを表現するだけの語彙はないがめちゃくちゃうまい。夢中で飯を掻き込み、半分食べた所で忘れずに餡をかけ、更に味が濃厚になった炒飯を更に掻き込む。俺はものの数分で完食し、しばらく口の中に残る余韻に浸る。俺と同様に食べ終えた三人も余韻に浸っているようだ。そして全く同じタイミングで同じ動作で唱和した。


「「「「御馳走様でした」」」」

「はい、お粗末さまでした」


笑顔で皿を引いていくホタル。


「まさかここまでうまいとは思わなかった……」

「ホントだね。ホタル凄く料理うまいよ」

「それはそうとホタル、食堂の方はいいのか? こっちに来てたら向こうで暴動起きるんじゃないのか?」

「それは全然大丈夫です。全て捌いてきましたから」


ここまでの会話から推測するに……、


「まさか食堂を切り盛りしてるのホタルなのか?」

「いえいえ、私はコックさんのお手伝いをしているに過ぎませんよ」

「ホタル、謙遜は美徳だけど、謙遜しすぎるとただの嫌味になるよ」


由香梨がそういってホタルを窘める。ホタルはその言葉に曖昧な表情を浮かべて、


「そうは申されましても私は本当に大したことはしておりませんから」


ホタルは本当にそう思っているのだろう。そこには自分には本当にそんな力はないと心底思いこんでいるようだ。


「さて皆さんはお先に戻っていて下さい。そろそろ次の授業が開始されますので」

「そうだね。僕はホタルちゃんと一緒に行くから。リンカちゃんに伝えといて」

「了解。今日もきつそうか?」

「そんなのわざわざ聞かなくても分かるでしょ。いつものようにスパルタだよ。ていうよりスパルタじゃなかった事があったかな?」

「ないな見事に」


諦め口調で呟いた信。


「俺は今のままの方が楽しいけどな」


不敵な笑みを浮かべる亘。


「お前は戦闘狂だからな」


呆れた様子でもう一つ呟いた。


「あ、でも委員長を待たなくていいのかな?」

「明菜さんはそのまま行かれてると思いますから気にしなくていいですよ」

「でもお昼食べないで行ったから。大丈夫かな?」

「そこはリンカさんが手を打ってるはずですので」

「相変わらずやる事する事に抜け目ないな」

「それがリンカさんですからね」

「俺は一足先に行ってるからな。信、二人を頼む」

「了解。任せとけ」


それだけ言い残し亘は出て行った。


「亘君も一緒に行けばいいのに」


隣で由香梨が言うが、


「まぁ気にするな。亘も色々とあるんだ」


信が意味深な事を言った。


「うん?」


由香梨は小首を傾げて追及しようとしたが一度開けた口を閉じた。どうやら深入りは良くないと思い直したのだろう。


「じゃあ俺達はホタルを少し手伝ってから行くとしようか」

「お気になさらず行ってくださって結構ですよ?」

「遠慮しないの! ホタル、私は何すればいいかな?」

「……ではお言葉に甘えて。信さんと真さんは皿をこちらに持ってきてください。由香梨さんは皿を拭いてもらえると助かります」

「お安い御用だよ」


由香梨はすぐにホタルが洗い終わった皿を手に取り布巾で拭き始める。俺と信もすぐに皿を運んで手伝う。

こうしてこの学校での初めての昼休みは朗らかな空気で終わった。

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