第十四話
翌朝、俺はいつの間にか泥に沈むかのように眠ってしまっていたみたいだ。天井を眺めながら戻って来た記憶に思いを馳せる。紗姫と由香梨と俺、兄妹同然に育てられた俺達はいつも一緒だった。生まれてから今日までたぶん家族以上に多くの同じ時間を共有していたはずだ。互いに秘密など持てるわけないと思っていた。しかし、紗姫は俺達には秘密で、いや秘密にせざる負えなかったのだろう。俺もいきなり魔法だ何だと言われてまだ信じ切れていない部分もある。
俺達の隣で笑って楽しそうにしていた紗姫がそんな世界で血生臭い戦いをしていたと思うと情けなくなってしまう。その頃の俺には何の力もなかっただろうが違和感ぐらい気付いて上げられたらと思うと悔やんでも悔やみきれない。だから俺はリンカが示してくれた道にすぐに乗ってやった。あいつらは俺達が知らない紗姫を知ってるようだし、助けてくれたのも一応信頼するに値するだろう。だから俺は彼女達に言われた通り由香梨との待ち合わせの場所に向かっている。
いつもの公園にはもう由香梨が待っていた。俺と同じでいてもたってもいられない様子でそわそわとして落ち着きがない。
「由香梨早いな」
俺は気軽に声をかけるとびくっと少し体を震わせ俺に気付く。
「真、おはよう」
「ああ、おはよう」
「いつもの真に戻ったみたいだね」
「いつもの?」
「昨日の真、恐かったから……」
「まだ紗姫の事は頭の中にこびりついてるよ。だけどちゃんと冷静に思考出来るようになったから安心してくれ」
「……うん分かった」
由香梨はようやく緊張をほぐし頬を緩めてくれる。
「それじゃ行こうか。リンカ達が待ってるだろうし」
「そうだね。はい」
由香梨は学生証を取り出し掌に乗せる。俺も学生証を取り出し、由香梨の学生証の上に重ね更に手を由香梨の上に重ねる。俺の手が由香梨に触れた途端どこからか爆竹を破裂させたかのような爆発音がした。
〝開門〟
のすぐあとに掻き消す様に由香梨が先走って呪文を叫んだ。
「どうした由香梨、一人で言っても開かないはずだぞ?」
「ごめん! ちょっと緊張してたから!」
「そうか? なら今度こそ行くぞ」
〝開門〟
唱えると同時に足元から強烈な風が吹き、俺達を包み込んでいき、視界を遮ってしまう。視界が奪われて数秒、やっと視界が戻ってくる。
そこにはうっそうと生い茂る草原と一定の間隔で巨石が乱立している。心地よく草原を駆ける風には清涼な草の匂いが混じっている。辺りを見渡してみれば乱立して立っている岩が不定期に輝き、その光が収まると岩の下に人が出現していた。どうやら俺達もああやって移動しここに来たのだろう。心底魔法とは何でもありなんだなと思ってしまった。
「凄いね真、だけどここってどこなんだろう? 日本にこんなとこあるわけはないし」
「多分、昨日俺達が入りこんだあの空間と原理は一緒だと思うよ」
「さすが真さん素晴らしい洞察力ですね」
横からいきなり聞こえた声に体が緊張し急いで振り向くが、その姿を見て一気に弛緩してしまう。
「なんだ、ホタルか……びっくりさせないでよ」
由香梨が俺の言いたかった事を言ってくれた。
「クスクスクス、それはごめんなさい。お二人を迎えに来ました。私に付いて来てくださいね」
ホタルは口に手を当てお淑やかに笑うと先だって歩いて行く。俺達はその後を付いて行きながらホタルに問いかける。
「今来てる奴らも俺達と同じ様な体験をしたのか?」
「そうですね。個々人違いはあるでしょうけど概ね死線を彷徨った末私達みたいな魔法使いに助けられた人がほとんどでしょう。ですが助けられなかった方達ももちろんいます。聖霞学園の生徒達はそんな幸運に恵まれた人が集まっているのですよ」
「ホタル達も?」
「いえ、私達の家は元来魔法使いの家系でして生まれた時から戦う運命にあったのですよ。紗姫さんもそういう家に生まれていますから。私達も真さん達みたいな幼馴染で仲が良かったんですよ」
「紗姫が魔法使いの家系だったなんて……」
「じゃあ紗姫はこっちの生活と俺達との二重生活をしてたって事か?」
「そうですね。私達はこっちの世界での支えに、向こうの世界ではあなた達を支えに戦っていたみたいです。あなた達の事を話す時紗姫さんは本当に嬉しそうに話していましたよ」
思い出したかのようにまたクスクスと笑うホタル。
「失礼しました」
ホタルは謝る必要などまったくないのに静かに礼すると前の一際でかい岩を指差して、
「あの岩が学園に通じるワープポータルになっています。あそこでもう一度学生証を提示する必要がありますので出しといてください」
俺達はもう一度学生証を取り出す。
「その学生証には色々な最新の魔法機能が組み込まれた高価な物ですので大事にして下さいね」
「こんなカード一枚がか?」
「ええ、生徒の安全を守るための防御機能、学園との道を繋ぐ転移機能、学生同士で交信する連絡機能、その他色々な機能が付いてますので作るのにも時間が掛かってしまいますので必然的に高くなってしまうんですよ。使い方は後でちゃんと教わりますからきちんと使いこなせるようになってくださいね」
説明を聞いている内に岩の元まで辿り着いていた。ざっと見積もっても五メートルを越す大きさは下から見上げるとこちらに倒れてきそうな妙な圧迫感がある。しかも岩の表面を目を凝らしてみれば紗姫の病室で見たのとは違うみたいだが魔法文字がびっしりと埋め尽くされ時折脈動するように明滅しているから更に迫力が増している感じがする。
「でかいな」
「この岩も魔法で作られた物でして、いつ頃作られたのかは不明なのですが、学園との道を繋ぐ唯一の道標として重宝されているのですよ。さていよいよ学園へと行きますよ」
〝開門〟
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