第十三話
第二章始まります
俺がリンカに付いて行って行きついた先はこの町で一番の病院だった。
「ここにいるのか。紗姫は?」
「ええ、ここの最上階に入院してるわ」
リンカ達はいつの間にかマントと刀をどこかにしまい、今は聖霞学園の制服を着ていた。聖霞学園は場所がどこにあるのかどんな校風なのかどんな事を学び、どんな人が経営しているのか全く謎に包まれた学校だ。だが聖霞学園の卒業生は大手企業の社長や有名政治家、オリンピック選手、学者を数多く輩出している超エリート校として有名だ。
などと考えながら歩みを進めていたら俺達を乗せたエレベーターが目的地に着いたみたいだ。
最上階は異様な光景だった。壁に一面に文字のような物が刻まれている。コウが魔法を使った時に浮かび上がる魔法陣の中に描かれている物と同じように見える。
「これはなに?」
由香梨が不用心にも触ろうと手を伸ばすと、
「由香梨さん、それに触れてはダメですよ」
横からやんわりとホタルが由香梨の手首を掴み下ろさせる。
「これは魔法文字と言って、まぁそのまんまなんですけど文字に魔法と同じ効力を持たせて書かれた文字です。一つ一つに半永久的に魔力を持って魔法を発動させ続ける危険な物ですが管理と使用をきちんとしていれば便利な物ですよ」
「まぁ簡単に言ったら次元の狭間に飛ばされたり、体中から出血したりそらもう恐ろしい事が起こるんだよ」
「怖っ!?」
由香梨は数歩後ろに下がって壁から距離を取る。俺達の遣り取りを無視してリンカは難しい顔をしたまま異様な廊下を突き進んでいく。その気迫に圧倒され俺達は自然に黙ってしまう。そして一つの扉の前に辿り着く。
「ここよ」
そう言ってリンカはノックもなしに扉を開け入っていく。
俺達も逸る気持ちを抑えつけてそのあとに付いて行く。そこは殺風景な部屋だった。病室内の壁は廊下と同じ白だったが魔法文字はなく清潔感を出している。そんな部屋の中に一つだけあるベットの上に静かに横たわる彼女の体。
「紗姫……」
紗姫がいた。二年前と変わらない少女の面影を残したままの綺麗な顔。だが俺はそこで少し違和感を感じた二年前と全く変わらない記憶の中にある紗姫と寸分違わない。しかし、この記憶はさっき返してもらったから体験したように感じられるが二年もの時間は人を成長させるのには十分な時間なはずだ。もっと体も顔立ちも色んな所が変わっていてもおかしくない。だが紗姫にあの時から変わった様子はない。俺は恐る恐る、紗姫が眠るベッドに近づいて行く。
「真……」
由香梨の咎める様な声がしたがそれを無視して僕は紗姫の頬に手を伸ばし触れた。ぞっとして思わず手を引っ込めてしまった。冷たい……死人のように体温がなかった。こんなに血色良く生きてる様にしか見えないのに冷たい。それは俺に言い表せぬ恐怖となって俺の体を冷たい何かが通り抜けた。
「死んでるみたいでしょ?」
リンカがぽつりと呟いた。
「でもねちゃんと生きてるわよ。〝夢無人″になった。だけど紗姫は自らこんな死体みたいな状態にしたのよ。私達にもなんでどうやって紗姫がこんな事をしたのかは分からない。前例がないからね。魔力を喰われた人が〝夢無人″になる事は話したわね。この時魔法使いは魔力を全て喰らうわけではなく魔力の善の部分だけを喰らう」
「ぜん?」
「善悪の善よ。魔力は感情エネルギー、感情は色んな面を持っているでしょ。陰と陽、光と闇、互いは互いに求め合い惹かれあう。残った悪の魔力は残された〝夢無人″が絶望すればするだけ善の感情が支配していた領域すらも黒に染め上げて魔力を膨張させていくんだ。そして膨大した悪の心に飲み込まれ自殺する。死ねばその体に残った悪の魔力が善の魔力に惹かれて喰らった奴の元に渡ってしまう。そうする事によって私達の世界の人間を自らの手を汚さずに殺す事ができ更に魔力まで手に入れる事が出来る。狡賢い遣り方だ。だけど二年前私達が紗姫を発見した時魔力は一切残っていなかった。そのおかげかどうかは分からないけど魔力がない肉体は活動する事が出来ないから紗姫は〝夢無人〟の運命から逃れる事が出来た。私達が紗姫に施したのは《時止め》の魔法、現代科学だとコールドスリープが一番近いかな。紗姫の体を時間から切り離してある。だから彼女の体は死体のように冷たくなってるわ」
「こんな状態でも本当に生きてるのか!?」
「生きてる。そのために私達は二年もの間耐えに耐え紗姫を救うためにあなた達を待ってたんだから」
「私達を待ってた?」
「君達に会って確信したよ。君達の中には紗姫の魔力が流れている。きっと紗姫は〝夢無人〟になる前に悪の魔力を二つに分けて君達の中に封印し力になるように術式を組んでたみたい」
「私達の中に紗姫の魔力が……」
由香梨は自分の胸に手を当て鼓動と一緒に流れているだろう魔力を感じるように両目を瞑った。
「それで紗姫をどうしたら助けられる!」
俺はもうそれしか興味はなかった。もう一度彼女の笑顔を見たい、彼女の声を聞きたい、それだけが俺を駆り立てる。
「真さんと由香梨さんは紗姫さんをこのようにした敵への道標なのです。あなた達の中にある紗姫さんの魔力それが私達の敵に導いてくれるはずです」
「そのためにもまずあなた達には聖霞学園に入学して魔法を学んでもらうわ。聖霞学園は知ってるわね」
「あのエリート校の事だろ」
先程思いだしていた事をもう一度思い出しながら答えると、
「まぁそういう風に認知されてるみたいだけど本当はあなた達のような魔力に目覚めた子供達を集め教育する事が目的の教育機関、それが聖霞学園の本来の姿よ」
「じゃあ、今まで輩出されてきた人達は魔法の力を使ってインチキしてるって事なの?」
「いや、それはないわね一応決まりで結界内以外での魔法の使用は固く禁じられてるし、学園には才能溢れた人材が集まる傾向があるからそのせいじゃないかしら。無能なのもいるけど」
「それで、俺達が学園に入って得する事があるのか!?」
「基本魔力を目覚めさせた子供達は強制的に学園に入学が決められるからこれに逆らう事はできないわね。特別措置として魔力を再封印して記憶を改竄する事もできるけど、得する事って言ったら紗姫をこんな風にした奴に復讐する事が出来る」
重々しくリンカが言った瞬間、俺の心が激しくその言葉に反応した。
「俺に復讐する力をくれるっていうのか……」
「あげるわけじゃない。あなたがその力を自らの力で手に入れるのよ。学園はその手助けをしてくれる。どう、やる気出たかしら?」
「ああ、やっと分かった。俺が求めていた物の正体が。紗姫が無事だと分かっても燻っていた心のざわめき。リンカ、アンタが示してくれた復讐の道、歩いてやるよ!」
言い切ってやるとリンカは黒い笑みを湛えコウは何とも言えない苦笑いをし、ホタルは変わらない笑みを崩さない。
「真は来る気になったみたいだけど、由香梨あなたもそれでいいかしら?」
「私は……真に付いて行きます。私も紗姫を助けたい気持ちは一緒だものだったら私は真と共に同じ道を歩みます」
「そう……良かったわ。あなたも覚悟を決めてくれたみたいね。ホタル二人にあれを渡して」
「はいはい」
ホタルは喜々とした様子で俺と由香梨の手に何かを握らせていく。
「これは何だ?」
「学園に入るために必要な学生証よ」
手を開いて中を覗いてみると俺の上半身を映した証明写真と学籍番号その他が印字されていた。
「お前いつの間に俺達の写真を手に入れたんだ?」
「気にしない、気にしない」
「明日二人一緒にこの学生証を重ねて〝開門〟と唱えなさい。学園への道が開くから。手続きとかはこっらで全てやるから気にしなくていいわよ。それじゃ二人共また明日。今日はゆっくり休みなさい。今は気が張ってるから大丈夫だろうけど思いのほか疲れてるはずよ」
「ではお二人共また明日、学園でお会いしましょう」
「復讐もいいけど仲良くして行こうね」
三者三様に労いの言葉をかけ、病室を去っていく三人。
病室に残ったのは俺と由香梨。
「お前まで来なくても良かったんじゃないか?」
「私だって紗姫を助けたい! それに真をほっとけない……だから私も真に付いて行く!」
「そうか……お前が決めた事ならもう口出さないよ」
「うん……」
それから俺達は言葉を交わすことなく静かに紗姫の病室を出て、家路に着いた。由香梨が何を考えているかは分からない。いや、今はそんなことすら考えられないただ紗姫が何を思って俺達の中に自分の力を託したのかその真意だけを考えていた。
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