第九話
触れた指先から淡い光が生まれ俺達の額に指が入り込んで行く。俺はされるがままにただ動かず眺めているしかなかった。
指の第一関節ぐらいまで埋まったところでリンカが指を引き抜く。俺は急いで自分の額に触れ異常がないか確かめる。だがそこには血も傷もないようだった。由香梨の額を見ても変わった所はない。
「そんなに心配しなくても大丈夫。これも魔法だから」
リンカは先ほどとは打って変わって優しい声音で話しかけてくる。
俺がリンカの方に顔を向けるとリンカの指に一辺二センチ程度の立方体が二つゆっくりと回転しながら浮かんでいた。立方体には細かく切れ込みが入っていてそれは立体パズルのように一つ一つがピースになって分かれる構造になっているようだ。そして二つ共に一か所だけ不自然にピースが足りていない。
「それは何だ?」
俺は今まで使っていた敬語を忘れ問うていた。それにリンカは努めて何でもないように答える。
「これはあなた達の記憶を分かりやすいように魔法で構築し、取り出したもの。そしてこのピースはあなた達が今まで生きてきて頭に蓄えてきた知識、体験、思い出よ。ここ、ピースが一つ足りないしょう」
リンカが穴の空いた一か所を指さし、俺達に示してくる。
「ここにはある人物の思い出が嵌っていた。それを取り除いたのは私達」
「なぜそんな事をした」
俺は勝手に頭の中を弄られていた真実に怒りに思わず怒気を孕んだ声で言っていた。
「怒っても仕方ないわ。ちゃんと今から返してあげるから。そして思い出してあの子の事を」
リンカは今にも泣き出しそうな顔を無理に笑みの形に変えている。
立方体を持っていないもう一方の手を軽く振ると欠けた個所に光の粒子が集まり、最後のピースが嵌る。途端、俺の頭に激痛と共に幾つもの光景が浮かび上がっては消えていく。
それは早送りされる映画のように次々と映像が流れていく。場面が切り替わるごとに襲いかかってくる激痛に苛まれながらも思い出していくあいつの笑顔、あいつの泣き顔、あいつの拗ねた顔、そして俺を呼ぶあいつの声。
『真』
そして俺は失われていた最後の記憶まで辿り着いたらしい。
俺と由香梨、そしてあいつ、俺と由香梨はかなり戸惑っているらしく俺の心はさざめき怯えと不安で押し潰されそうになっている。
それを客観的に俺は自分の内から眺め続ける。思い出してきた記憶は今から二年前の丁度春、俺と由香梨の前からあいつが消えた瞬間、いやあいつが殺されたその記憶。だが俺にはあいつの名前が思い出せない。これから起こる事は思い出せるのに名前だけが……名前だけが思い出せない。
戸惑う俺達を宥める為だろう。あいつは落着いた声と態度でゆっくりと今起こっている事を説明しているようだった。しかしその声は届く事はなくただただ心を掻き乱すだけだった。
そんな戸惑っている俺達の前に更なる脅威が姿を現すのを俺は見た。それは俺達の視線の先、あいつの背後に現れた。それは人間にして異形にして異常。それが俺達と同じ人間だとは思えなかった。いや思いたくなかった。
こんなにも歪んでしまった存在が俺達とイコールなど本能が否定する。
それは人間の腕に見える異形の何かを振り上げ今だ戸惑い混乱する俺達とあいつの背に向かって振り下ろす。
最初はただの突風かと思った。だがそれは間違いと思い知らされるように爆音が轟く。それはかなり近く、いや、眼前で起こった。あいつが後ろに向けた掌から燻った黒煙が立ち昇っている。
由香梨は俺の腕に縋りつき身を震わせながらあいつに恐怖の視線を向ける。そんな俺達に後ろに下がるように言い、あの異形に対峙しようとするが、ザシュという音と共にあいつの背中から赤い異物が飛び出てきた。それはあいつの血によって赤く染まった異形の手。指先からはあいつの生命が一滴、一滴、赤い雫となって零れ落ちていく。
その光景は俺の精神を破壊するのに十分な威力を持っていた。
俺は訳も分からず叫びながら由香梨が絡めていた手を振り払い異形に向かって走り固く握りしめた拳を振り上げる。俺の怒りを籠めた拳は空を切ったと共に俺の腹部に炎が灯った気がした。後ろで由香梨が叫ぶ声がした気がしたがそれも定かではない。周りの音が遠くなり意識も徐々に黒く染まっているようだ。
そんな染まっていく意識の中あいつは風穴が空いた体で立ち上がり俺に笑ってこう言った。
「真、必ず助けてあげるからね」
声は聞こえなかったけどそう言ったのは伝わった。
俺は意識を失いながら必死にあいつの名を呼んだ。
「紗姫……」
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