第2話
第2話
―踊り子―
フィーネが寝所から離れて、ほぼ一時間が経とうとしていた。
「貴方は誰なの?私の名前を教えてくれるなんて…」
おろおろと頭を抱え込んで悩み出すフィーネ。
アランはそれを、宥めるように声を出した。
「私の名前はアラン。この砂漠の国を旅している只の住人です。
さっき言った通り、貴方の名前は昨日フィーネとぼやいていたのです。
私もあなたを起こそうかと悩んだのですが、少し…疲れていた様子でしたので」
アランは一通りの事を話し終えると、フィーネの居る丘の上の岩場へ腰を下ろした。
「あなたはアランと言うのね。本当にありがとう。
私は記憶喪失で…何故、あんなところに居たのかわからないの。
だけど、あの赤い月に惹かれて砂漠を歩いてるとあなたに出会った」
赤い月は人を惑わす魅惑があると言う。
それならば、フィーネが惹かれてそこへ出向いたのも訳になる。
「ところでフィーネ。あなたは、自分の記憶を取り戻したいと思っていますか?
良ければ、私と一緒に諸国放浪の旅に参加して欲しいのですが。
他の民族を尋ねて見れば、あなたの親御さんもみつかりますよ」
微笑を湛えて、フィーネに手を差し出すと、フィーネも同じように笑って、
その手を取った。
「アラン、ありがとう。私も自分の記憶を取り戻したいの。
本当にその旅に参加しても良いと言うなら私も一緒に行くわ」
フィーネはそう言うと、アランが座っている横の岩場へと腰を下ろした。
アランはその様子をずっと見つめつづけていた。
「ところでアラン。あなたの親御さんはどこにいるの?」
率直に聞いてきた質問に対してアランは答えない。
黙認するしかできないのだ。宮殿を飛び出してきたとは、言えないから。
「フィーネ、悪いですがその質問に答える事はできません。
只、私の父も母も私の身を案じてくれていると思っています」
アランはフィーネに自分の身の上を言えない事を悔やんでいた。
この旅の中で、何回も母や父の事を聞かれたことがある。
その時もいつも、黙認する事しかできなかった。
「ごめんなさい。言いたくなかったら良いの。
聞いた私が悪いんだから…」
岩場に腰を下ろしていたフィーネはいきなり立ち上がると、
踊り始めた。
「アラン。私は記憶喪失だけれど民族の踊りだけは忘れていないの。
あなたに失礼をしてしまったこと、この踊りでゆるしてくれるかしら?」
そう言うと、フィーネは適当な場所を見つけ自分の民族に伝わると言う、
踊りを激しく舞い始めた。
その姿はまるでこの世のものではないようだった。
朝日とフィーネの踊りが溶け込み、それがまた自然と調和し、かもしだす風景。
何事にもかえられない、そんな出来事だった。
「フィーネ、ありがとう。別に気にしていませんよ。
それに、話せない私も悪い。あなたの踊りはとても素敵でしたよ」
「アラン、ありがとう。ゆるしてくれるのね。
踊りも誉められると嬉しいわ。
だって私、この踊りでしか民族を思い出せないから…」
言葉を濁しながらそっと微笑むフィーネ。
彼女も彼女なりに、アランに対して自分の記憶を探してもらうと言う、
その重荷を悪く思っているのだろう。
この二人、似ているようで似ていない。そんな風だった。
「フィーネ、ところでここの族長様にまだ挨拶はすましていないんだろう?
それだったら早く、族長様に挨拶を済ませた方が良いよ」
「そうね。私も何も言わず、起き出して来てしまったから。
謝らなくちゃ」
恥ずかしそうに頬を染めると、アランとフィーネは族長の家へと向かった。
「族長様、いらっしゃいますか?
フィーネが挨拶をしたいと言っていたので、連れて来ました」
族長の元へひざまずくと、フィーネも同じように族長の膝元へひざまついた。
「族長様、昨晩は御世話になり、本当に有難う御座いました。
私の名はフィーネと言います。
族長様の知っている通り、記憶を無くしております故、このアランと共に、
この国を旅しようと思っております」
フィーネはそう言い終わると、アランへと目配せをした。
「フィーネがこう言っておりますので、
私もこの娘の親御様を探したいと思っております。
族長様、良ければフィーネにこれからどうすれば良いか助言をお願いいたします」
アランはそう言って、族長の目線へ合わせるようフィーネに言った。