第1話
第1話
―私は誰…―
赤い月の一夜から一転、砂漠の国は強い日差しにみまわれていた。
あの月の夜見つけた少女は今も眠っている。
聞き出せた事は名前だけ。
「フィーネか…。あの娘、記憶を無くしているようだったが、
これからの時代親が居ないと子供は生きていけないと言う。
父上が言っていたが、本当にこの国は荒れ果ててしまっている」
アランは色々な民族が住んでいる土地を旅してきた。
次期王となる人物としてはありえないことである。
アランは、自分の信念を貫きこの国を直に見てみたいと言い、
宮殿を飛び出してきたらしい。
アランは座りやすそうな岩場を見つけると、何時もの様に物思いにふけりだした。
「父上!!私は、この国を立て直す為に他の民族をこの目で確かめて見たいのです!!」
その声音からは、並々ならぬ信念がこもっているのが解る。
「アラン。お前が、この国を立て直したいと言うのは良くわかる。
だが、この時代戦乱が耐えぬと言うのにその中へ次期国王となるべき人間を
放り出す訳にはいかぬのだ…」
王と呼ばれる威厳の高さを兼ね備えている、アランの父はずっとアランの意見に
反対してきていた。
今もそうである。だからこそ、毎日のように言い争いがおきているのだ。
「父上は解っておりません。
この眼で、民がどんな暮らしをしているのか知ってこそ、国は成り立つもの。
私はそう思います。母上はこの意見に賛成してくれています。
私は荷物を纏めて明日にでもこの宮殿を離れさせて頂きます」
アランは父に一礼すると立ち上がり、玉座の間から離れて行った。
父の静止の声も聞かずに…。
「アランよ、確かにお前の意見は最もなのだ。
だが、息子を心配する親の気持ちを察して欲しい。
どうか……」
アランの父は玉座へと戻ると頭を抱え込み、いつものように悩み出した。
「大体、父上も父上なのです。私の意見も聞いてくれず…。
私の身を心配してくれているのは解る。
けれど、自分の信念は曲げたくないのです。
どうか母上、何も言わず私を宮殿から去る事を御許し下さい」
その声を聞き、アランの肩へそっと手を置く婦人が一人。
アランの母親である。
いつも息子の事を1番に考え、その意見を反映させようと努力している、
第一の人間である。
「アラン。あなたがそう決めたのなら、そうしなさい。
ただし、あなたの身を父…いえ王が心配しているのは覚えておくのですよ」
優しい微笑を湛え、アランの肩を包み込むと、
解らないところでそっと涙を流し始めた。
「アラン…私の愛する息子。
何故、あなたをこの世の中へ放り出す事ができましょう。
けれど、私はあなたがする事を見てみたい…。
だからこそ、あえて送り出すのです。母の心情をどうか察してください」
アランの母親は、アランを抱き込みながら耳元でそっと呟いた。
その声はか細く本当に聞こえなくなるほど小さい声だった。
「母上、きっと立派な人間になって私は帰ってきます。
それまで待っていて下さい」
アランはそう言うと、そっと母の手を離し、部屋を去って行った。
「私がした事は本当に正しかったのだろうか…。
父も母も私の身を案じてくれている。それを押し切って」
アランは回想を終えるとその岩場から立ちさり、フィーネの元へと向かった。
その眼には、光る涙が一粒。
「フィーネ?起きているのか?」
アランが向かった時には、フィーネの姿は無かった。
まだ、布団の上が温かい。今までそこに居たのだろう。
「私は…誰。何処の誰なの…。どうしてこんな所に居るの?!
名前は…」
フィーネと言う少女は寝所から起きだし、丘が見える岩場へと足を移していた。
何も思い出せない。それはどんな気持ちなのだろう。
「あなたの名前は、フィーネですよ。
昨日、夢現の中で唯一私が聞き出した名前です」
「私の名前は…そうフィーネ。ごめんなさい。
あなたに御世話になったみたいで…」
頭を下げながら、フィーネはアランへと感謝の言葉を与えた。