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0-7 元世界の約束

【スティレット雑貨店】を後にし、港沿いを通って家路に着いていた。港沿いを通るとかなり遠回りになってしまうが、俺は海を見たくて毎回通っていた。


日は出ているとはいえ、冬期の潮風は冷たい。俺が初めて来た時は、露店で賑わっていたが、今は駆けっこで遊ぶ子供たちの声だけだった。


立ち止まり、遠く遠く、海を眺める。


♢♢♢♢♢♢


真白い病室には至るところに本が積まれていた。

どれも何度も読み返したように傷み、大切に置いてある。

換気の為に開け放れた窓のカーテンが初夏の風でなびいていた。今日は暑さも程よく、過ごしやすい一日だ。


目の前に1人の少女がベッドに佇んでいた。

肩まで綺麗に切りそろえた黒髪。

驚くほど白く、透き通った肌。

痩せ細った身体を隠すように、朝顔の浴衣をにカーディガンを羽織り、静かに読書をしていた。


少女の名前は(アカツキ) 美月(ミツキ)。俺の妹だ。


美月は生まれながら体が弱く、田舎の診療所に長いこと入院していた。


真白い病室でいつも一人で本を読みふけり、度々見舞いに訪れると、本から顔を上げ、振り向き、俺を迎える美月の笑顔が俺は好きだった。


「兄さま。美月は、いつか兄さまと海を見てみたいです」


風鈴よりも弱く、小さい声で美月は呟く。本を読み終えると決まって美月はささやかな願い事を呟いた。本当に、本当にささやかな願いなのに叶えてあげられなくて、俺の胸は痛む。


美月はパタリと本を閉じたと思うと、ずいっと本を突き出して、


「兄さま、次はあの右端に積んである本が読みたいです」


と言ってきた。俺は美月の手から人魚と王子様の物語(人魚姫と言うらしい)を受け取り、


「かしこまりました。お姫様」


と冗談っぽく答えた。美月の顔を伺うと目が合い、お互いに顔を合わせて笑いあった。


その後、椅子から立ち上がり、言われた通りの本を手に取り戻ってくる。手渡すと胸元にかけてあるペンダントが動きに合わせて揺れる。


「次ははどんな本を読んでいるんだい?」


「遠い海の国のご本です。幼い魔法使いが悪い竜をやっつけるお話なんですよ」


あまり外に出られない美月の為にと、貿易商を営んでいる両親は沢山の本を美月に贈った。初めは文字が読めなかった様だが、「何度も眺めている内に読めるようになりました」と驚かされたりもした。以降は見舞いに訪れるたび異国の物語を嬉しそうに語ってくれた。


俺はその時間が大好きだった。


でも、そんな時間は長くは続かなかった。


二年後の夏の終わり、

驚くほどガランと片付いてしまった美月の病室。

見舞いに来た俺をみた美月の顔は、不安と悲しみの顔だった。


それはそうだろう。今の俺の姿を見れば。

ギリギリまで短く切られた髪の毛。

真新しい軍服。

腰には祖父が鍛えた無銘.名無し。


いつもの様に椅子に腰掛け、少し背の伸びた妹を見る。


「本、処分されちゃったんだな」


「はい」


「そっか」


「はい」


会話が続かない。ヒグラシの鳴き声が病室に響いていた。


「出兵されるのですね」


美月のか細い声。ああ、ちゃんと言わなければいけない。そして渡さなければいけない。


「うん。ちょっと遠いところに行ってくる」


だから、俺は戦争に行く前に美月に贈物(プレゼント)を用意した。


「だから美月にこれを、」


不恰好に包まれた包装紙を美月に渡す。


「兄さま、これは……」


美月は驚く。


開けた箱の中には万年筆とインク。そして紙が入っていた。


「戻って来たら美月の書いた物語を読ませて欲しい。とびっきり長い物語を」


美月は震え涙をこらえている。震える声で約束してくれた。


「はいっ、……か、かならず兄さまが喜ぶ物語を書いて見せます。だから、」


美月は万年筆を起き、首にかけていたペンダントを外す。


「だから、必ず帰って来てください」


ふわり、と美月の軽い体が包み込む。


「これは、その為のお守りです」


体が離れる。胸元には不思議な輝きを放つ鉱石のペンダントがあった。


「ああ、必ず帰ってくる」



その次の日。俺は戦場に旅立ち、

その半月後、この世界に来てしまった。


大切にしていた胸元のペンダントは消えてしまい、ダリルから元の世界に帰る方法が無いと告げられた日、



俺は、美月との約束守れなかったと泣いた。




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