0-3 異世界のお仕事
錬成物の提出が終わると、次は依頼の処理だ。
ギルドは国の人々から様々な依頼を受け、報酬としてお金や物品を受け取る。
つまり国の自警団。何でも屋だ。
カウンターの奥にある一室で俺は作業着から仕事着に着がえる。
白のシャツに黒のベスト。一角兎の金刺繍が施されたネクタイを締めて、黒のコートを羽織る。
最後に皮の剣帯を巻き、俺と一緒にとんできた刀、無銘・名無を差し、正装を整える。
部屋から出ると、ルイスは書類に目を通している最中だった。今日の作業分の依頼書みたいだ。
「お師匠様。今日の依頼は?」
「今日はですね、市場の生花店の手伝い。ハンナ夫人の妖精猫探し。それと………また縞猫団から護衛の依頼。これはパスでいいでしょう」
ぽいっと縞猫団の依頼書をゴミ箱に放り投げる。依頼を受けるも受けないもギルドマスター次第。まあ、縞猫団の連中とは面識があるので護衛という仕事はきっとロクでもないことなのだろう。
「後は、封印地区の巡回。これは私が請け負います。なのでスバルちゃんはいつものように雑務よろしくです」
「了解です。お師匠様」
こうして俺とルイスはそれぞれの仕事へと向かった。
◇◆◇◆◇◆◇
ノースドウッドは北の国の最北端の港町だ。漁業の他に貿易が盛んで様々な物品が港市で売り買いされて活気にあふれている。
港市は中央の広場から港まで扇状に市場が広がっている。
人間族、妖精族、獣人族の多種族が広場にはあふれかえっていた。
「で、いつになったらボクを解放してくれるのかな?黒の兎」
「あんたをハンナ夫人に引き渡したら、だ」
広場の茶飲み場。ここではカフェと呼ばれている場所だ。
両の手を縄で縛られ、やれやれといった表情で、妖精猫のザザが俺に言葉を投げかける。
すらっとした長身に赤いベストが目立つ好青年といった感じだ。顔は猫だが。
「毎回、いい加減にしてもらいたいな万年発情猫。他の女性を追っかけるのはいいが、ハンナ夫人が気の毒に思えるぞ」
「堅物の幼女趣味には言われたくないものだ」
無言で刀の鯉口を切る。
「おいおい、そんな物騒な物をしまってくれよ。………ふむ、わかったよ。今回もたくさんの可憐な子猫達と遊べたからよしとしよう」
すたっと立ち上がる。いつの間にか縛っていた縄は解かれている。ふと、ザザの耳がぴくぴく動く。
「中央の方で何か騒ぎがあったみたいだね。黒の兎、お仕事みたいだね」
ザザと別れ、俺は中央広場に駆け出した。
◇◆◇◆◇◆◇
「何がトラブルでもあったんですか?」
先ほど荷物の運搬を手伝った生花店の女主人がいたので声をかけてみた。
「あ、一角兎のクロさん。なんだかねェ、ドワーフの武器商人と12騎士の騎士候補生が何やら言い争いをしているみたいなんだよ」
「12騎士……ですか」
この世界には組織の他に12騎士団が存在する。この世界と統治、管理する名目で各国に存在している。俺の世界で言う警察団みたいなものだろう。
優秀な魔法遣い、貴族、王族のみが入れる選ばれた存在………と一部の人たちからは陰口をたたかれている。
人垣の隙間からひょっこり顔を出す。
やたら豪華な剣をもった武器商人と、白と赤の綺麗なローブで顔を隠し、胸には獅子の金細工の留め金を付けた騎士候補生がもめていた。
「だーかーらよぅ。ウチで取り扱っている剣は全て最高級のなんだよ。見ろよ、この剣、かの有名な鍛冶魔法遣いが最高級のエルヴィン鋼鉄を用いて錬成した最高級な剣なんだよ。装飾は最高級の金糸と宝石で拵えたもんだ」
まあ、よくも最高級最高級と恥もなく言えたものだ。
「よく、恥もなく最高級と言えたものだな」
凛、とした透き通る声。おお、騎士候補生が俺の心の内を代弁してくれた。
「そもそも、無駄な飾りでごちゃごちゃした剣などは必要ない。私が求めるのは【強い剣】だ」
「て、テメェ……。【王族】の騎士様だからってお高く留まりやがってっ!!」
「ならば、お高く留まっている騎士様とやらに、媚びへつらって足元を見るような醜悪な態度をとらないでもらいたいな」
「こ、っこのやろおおおおお」
顔を真っ赤にして怒声を上げながら、騎士候補生につかみかかる店主。
「放せ」
その時、俺は見た。胸倉を掴んでいる商人の手首を掴んだ瞬間、商人が宙を舞った。
どんっ、腰から盛大落に落ちて呻き声をあげる商人。
「邪魔したな」
踵を返し立ち去ろうとする騎士候補生。だが、それでは終わらなかった。
「ご、ごの゛の゛の゛の゛の゛ん゛の゛っっ!!!」
魔物の気の抜けた様な怒号。しかし明らかな殺意を持って剣を向け、駆け出す商人。俺は人垣から飛び出す。すでに腰の名無しには手をかけていた。
「抜刀・一振」
刹那、商人と騎士候補生の間に滑り込み名無しを抜刀。
神速の剣閃は商人の剣を切り裂いた。