夏のある日
夏休みの課題の一部です。
太陽が己の電球を蛍光灯からLED型に替えたのでは、と疑えるほどギラギラな夏のある日。
それは、クヌギなどの広葉樹が生い茂っている街路から二つの影を伴って姿を現した。携帯のアンテナのようにはっきり分かれた身長差が印象的だ。蜃気楼に揺れる影を見つめ、腰までだらんとたらした腕を引きずる格好で二人は歩く。言うまでもないが足はもう千鳥足だ。もし通行人が居たら119に連絡が行き、熱中症、夢遊病とうつ病の奇跡の併発特殊病状の誕生で担ぎ込まれた超二流病院の看護師さんがノーベル生理医学賞を受賞視して世間を騒がせることだろう。しかし、ここには頼れるおせっかいオバハンズが居ない。居るのは無垢なる目を欲望の色に染め、木の上を見つめる仲良し小学男子児童グループのみ。
彼らの純情なる獲物はクヌギの木の上部に位置するカブトとセミだった。
ここの街路樹は十数人の頭のお堅い役人さんが、己の脳と脳髄を揉み解しまくって重苦しい会議の中搾り出された出汁の結晶だ。彼らの今まで出された街活性化計画の中では幾分かましではあった。犬放し飼い計画よりは常識的ではあろう。
すっかり忘れられていた背丈凸凹コンビは、カブトよりも更に上部にしがみ付いているセミのジャイ○ンリサイタルの所為でヒットポイントが確実に削られていた。せめてもの仕返しにとでも思ったのか背の高い方が右手を額に当て、太陽を忌々しげに睨み付ける。刹那、彼の双眸は太陽のお得エネルギー45%増加サニーフラッシュレーザー反撃を喰らい、目をしょぼつかせ俯く。そのしかめっ面にはヤーさんそのものだった。借金取りが慎ましく定食屋を経営している老夫婦に「お金返してよ~、それともシワ汁にしてやろうかゴルァ!」という感じで。しかし、そんなヤーさん(仮)は見た目17歳くらいだろうか。身長は170を優に越え、少肉長背という具現化している。そんなノッポ(仮)は黒ユニクロTに細い足に張り付く感じで履いているジーンズもダメージなしのスタンダード。髪も眉にかかるかどうかのところで切りそろえている。つまり、ツラ以外はいたってまじめなオーラをかもし出していた。だが、その程度で殺傷能力を完備した顔面を押さえることは出来ない。銃弾を100円ビニール傘で受け止めるようなものだ。むしろ、やりなれた若衆さんに見えてしまう。顔を上げて目線を下げれば「やんのかコラァ」。顔を下げて目線をあげれば「ガンたれてんじゃねーよ」。そして片手で顔を抑えて笑うと「このボタンを押せば爆発するじぇ」。イチゴの粒が奥歯に挟まったときは「覚えてやがれっ、夜道にきぃつけろ。ギリッ」・・・・・・。彼が何度目がぁ目がぁと嘆いたものか。この外見の所為で学校の高校教師に何度さすまたを構えられたものか。優等生で過ごそうと思っているのに・・・。
そんな彼は左斜め前を歩いている小さな人影の背中をじっと見つめる。身長は150チョイだっけ。灰色掛かった栗毛色を腰まで伸ばし、フリルやレースを万円単位のデコレーションケーキ並みにトッピングしている少し明るいピンク栗毛色のワンピース。背影だけでも容姿のよさが伺える。どこぞやのプリンセスストーリーにでてきそうな格好だが、まるでゆらりゆらりと三次会も終わり、新人OLを居酒屋に引き込もうとしている平衡感覚を先ほどの飲みすぎのための嘔吐によって流しだした四十代後半の円形脱毛症が現在進行形で進んでいるおっさん(独身)のような様なのでとてもお姫様には見えない。それより、もともとは透き通る室内派の白い腕は太陽熱のためか淡いピンク色に変色してしまっている。そこで、彼女の身の変化を心配し、若衆(仮)が声をかける。
「おい、奈良。大丈夫か」
慈悲心に満ちた声。聞く者によっては優しさを感じられるような声音だった。よく通る低い声で聞いているものを落ち着かせる。自分も同じ境遇の中、彼にとって最高の心遣いをこめて言葉を送った。母親が子供の成長を見守るように。目が目だが。
「うっさい。犬の癖に生意気」
だが、彼の天使並みの優しさは振り返りもしない彼女の即答その一言によってあえなく撃沈した。ただ、奈良と呼ばれた少女のその水晶を打つような声音は電子レンジの中のような気温のため、いつもの迫力はなく、ただ不機嫌なだけであった。そして気だるげに、しかし間髪を居れずに続ける。
「日傘くらい持ってないの?心配するなら行動で示さなきゃ。ホント使えないわねぇ。訓練所ってここら辺にあったけ」
機関銃のようにばら撒かれる罵詈雑言。天使のような若衆(仮)は銃弾を避けるほどの反射神経とスキルを持っていないので全弾的中。まぁ、足が地面についているかどうかすら分からないこの状況の中で避けることが出来たら格闘家にでもなればいい。と、奈良の連打攻撃に早くも慣れてきた若衆のような見習い格闘家(仮)は気軽に考える。と同時に彼の頭の中の使い古された白熱電球がフィラメントを焼き千切らんという勢いで点滅する。連結するように口も動く。
「あっーーーーー。お昼の材料買い忘れていた!!」
「うっさーーーーーーーーーーい!」
白熱電球の慈母(仮)が奈良の数十センチ後ろでこの世の終わりだ、俺には何も残っちゃいねーという感じで絶叫すると、髪を逆立たせた奈良がぐるんと風圧でろうそくのケーキを吹き消してしまうほどの勢いで振り返る。彼女の髪のにおいが彼の鼻腔くすぐる。先ほどまでの気だるさも吹き飛ばし、叫ぶ、叫ぶ。
「アンタ一体何やってんのよ!朝あんなに私に今日の計画はなしたくせに!」
「悪かったって。でも、テメェには言われたくねぇ!お前だって何も言わなかったろ!チクショー、イトウ屋過ぎちまったじゃねーか。今日お肉が特売だったのに。しゃあねぇ、戻るぞ」
「エー、ヤダヤダッ。あっちまで5分は掛かるよ!一分一秒に天国の門が近づいてきているというのに行っちゃだめだよ!アンタも地獄に行っちゃうよ!この先のサトウ屋でいいよー」
「お前はその口の悪さで天国どころか地獄すらいけねぇ、閻魔大王の召使いになる極悪人だ!どちらかというと俺が天国行きだ!ちなみにサトウ屋は今日、冷凍食品が特売だ」
「うそつき!アンタのそのツラを見ればどこに行くべき者かすぐに分かるわ!アンタのそのツラは前世に極悪非道、悪鬼創意な事ばかりやってきた証拠よ!一度地獄で罪を改めたけど、悔い切れず今世にその影響が出ているんだわ!違いない!冷凍食品認めない!」
「この目つきは遺伝だ!前世云々じゃねぇ!特異体質なわけねぇだろ!さっさと冷房効いたイトウ屋にいくぞ!」
「おー!」
やがて二人はかなりの気力と体力をこのケンカ(?)で失ったことを後に後悔をし、牛と豚をそれぞれ300gとその他を買い、奈良がもう歩けな~いと駄々をこねたため、バスで帰った。お徳どころか、サトウ屋に行くより赤字となった二人だった。
後に、ケンカしていた場で二人を見ていたおばさんが「ヤクザが美少女を地獄に連れて行こうとしている」という内容で110に連絡されたのはまた別のお話。
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